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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #14
66/164

Part 14-1 Shangri-la 理想郷

GW特別掲載号

Mumbai Maersk Container ship of the Maersk Triple E class Wharf 2 Port Newark–Elizabeth Marine Terminal Newark NJ., USA 0:33 Jul 14

7月14日0:33合衆国ニュージャージー州ニューアーク市ニューアーク湾エリザベス・マリン・ターミナル第2埠頭マースク・トリプルEコンテナ貨物船ムンバイ・マースク



 マンハッタンの西、ニューアークにあるエリザベス・マリン・ターミナルは北米の北東の海洋流通網を支える貿易港の1つである主要コンテナ船施設だった。



 深夜になり入港に近づいた大型コンテナ船ムンバイ・マースクにハドソン川の支流にあるバイヨンヌ橋を前に乗り込んできた港湾施設水先案内人と税関職員、検疫官や入管職員をクラーラ・ヴァルタリはブリッジで黙って見守った。



 この関門を抜ければいよいよニューヨーク市にいるパトリシア・クレウーザは目前だった。ここで揉め事を起こせばアメリカの司法当局や州軍の兵士とやり合うことになる。それは避けたかった。



 早くパトリシア・クレウーザを襲い喰らって世界1のテレパシストの能力を身の内にしたかった。大西洋を航海中にパトリシア・クレウーザの襲撃に合い危うく狂人にさせられそうになり、その1件からクラーラは貪欲に渇望していた。



 あの小娘の怯えきったエメラルドグリーンの瞳をのぞき込みながら細い喉笛に指を食い込まさせたいとクラーラは切望していた。



 どこから喰らう。締めつけた喉笛か。それとも叩き割った頭蓋骨の中身からか。



「────ポーランドで乗船される前はどの船で仕事を?」



 自分に問われているのだとクラーラはふと我に返った。



「いえ、港湾施設で働いていました」



 咄嗟とっさにクラーラは嘘をついた。適当な船の名を告げそこからほころぶ可能性がそうさせた。パスポートを手にした入管職員が何に疑念を抱いているのだとクラーラはかんぐった。いいや、それは考えすぎだ。この入管職員は珍しい女船員を前に世間話程度に問いかけただけだ。



「港湾施設で? 何をされていたんですか?」



 絡んでくる。



 クラーラは一瞬、意識の隅に湧き上がった怒気を押さえ込んだ。今、絶対死領域を広げたらブリッジにいる合衆国の職員だけでなく、船を操っている船員まで命を奪ってしまう。そうなれば水先案内人もなく独りでこの巨大船を接岸しなければならなくなる。な。船を見捨てて岸まで泳げばいいと考えクラーラはそれを投げ捨てた。航行する船を無人のまま放置すれば街のどこかの岸に激突し大騒ぎになる。そうなれば沿岸警備隊だけでなく連邦捜査局(FBI)が乗りだしてきて執拗に追われることになる。パトリシア・クレウーザを襲うどころではなくなってしまう。



 港湾施設の仕事と意識にのぼりクラーラは荷揚げ人以外の仕事を思いつかなかった。確か、埠頭のレールの上を移動する門型の荷揚げ機をガントリークレーンと言っていたはずだとかすかに思いだした。



「ガントリークレーンの操作職員をやっていました」



 入管職員がクラーラの目を見つめながら切り返した。



「ほう、女性では珍しいのじゃないですか? ブリッジですか、オーバーヘッドですか?」



 クラーラは返答に困った。ガントリークレーンにそう何種類もあるのだとは思いもしなかった。クラーラは喰らって身につけたルイゾン・バゼーヌの能力を咄嗟とっさに使ってその入管職員の意識を探った。



 ガントリークレーンもオーバーヘッドクレーン、ブリッジクレーンも港湾施設では重複ちょうふくする意味合いを持っていた。厳密には違うが作業領域がまたがるために港湾職員は同じ意味合いで単語を用いる。



「ブリッジの経験はありません。ガントリーだけです」



「揺り戻しは得意ですね」



 なおも絡んでくる!



 クラーラは揺り戻しがコンテナを吊り上げ移動させた直後、大きく揺れる状態だと考えた。



「ええ、1発で止めます」



 応えた直後、クラーラは奥歯をぎりぎりと噛みしめた。こんな男など一瞬で殺せるというのに。値踏みされたようでプライドが傷ついた。



 パスポートを返されクラーラは入管職員の何に引っかかったのか興味を抱いた。もう一度男の意識に自分の触手を差しこんで愕然がくぜんとなった。







 テロリストのクラーラ・ヴァルタリに風貌が似ている。







 その入管職員は2日前にインタポールの手配書を眼にしていた。目の色、髪の毛、整った顔かたち。だが船員は港湾施設で働いていた経歴を持つ新人の2等船員だった。パスポートにも不備はなく鎌掛ける専門用語の質問にも即答し怪しい素振りも見受けられない。そう入管職員は考え、だが何かがと引きっていた。



 クラーラに背を向けた入管職員は意識をブリッジにいる男の航海士に切り替え声をかけ始めた。911以降、入管職員の眼は厳しくなっていた。それは空港だけではなく港湾でも同じだった。クラーラは意識の力で容姿を変えられないかとふと考えた。銃弾(ブレット)えるあの黒いうろこのような皮膚も本能で弾を避けたいという一念の産物だった。



 クラーラはブリッジをそれとなく見まわした。誰の視線も自分には向けられてはいなかった。わずかに右手を持ち上げて視野の片隅に見えると意識を右手に集中させ強く左手をイメージした。



 変化は音もなく訪れた。







 袖から見えている右手の手首から先が波打ちだし小指が太くなり横に下がると元の親指が細くなり薬指と入れ替わった人さし指の脇にせり上がった。







 痛みや違和感はまったくない。



 クラーラ・ヴァルタリは目を細め左右の口角を吊り上げた。これならパトリシア・クレウーザの不意を突ける。近親者になりすまし少女の肩に手をかけ逃げられないようにしていきなり眼の前で本来の私の姿に戻るのだ。女テロリストはにやつきながら声にださずに唇を動かした。







"Eikö olekin mielenkiintoista..."

(:面白いじゃないか────)











 コンテナ埠頭に接岸しクラーラが意思の呪縛を解くと船長以下上級乗組員らはまるで幻を見ているように黙り込んで動かなくなった。



 クラーラは船に見切りをつけ黒のナップザック1つ肩に提げ1人下船し幹線道路に出るために埠頭沿いを歩き始めた。深夜1時を過ぎ埠頭に動くのは夜通し荷下ろしする2基のガントリークレーンと数台のトレーラーだけで人気ひとけはまったくなかった。右には立ち並ぶコンテナがずっと続き、クラーラは11基のガントリークレーンの脇を抜けて500ヤード余りをゆくとランプウェイの下越しにトレーラーやトラックの走り抜ける道路が見えてきた。深夜でもあり行き交う車は多くはなかった。貨物車ばかりで乗用車はなく、クラーラはランプウェイを右に回り込んでその幹線道路に出た。



 やはりイエローキャブどころか乗用車すら通らない。



 水先案内人はニュージャージー州ニューアークと言っていた。ということはニューヨーク市まで遠いということだ。クラーラ・ヴァルタリは一瞬、跳躍ちょうやくしニューヨークの都心部を目指そうかとも考えた。だが闇雲に跳んでもニューヨークとは逆の方角へ向かうこともある。



 クラーラは仕方なくトラックにヒッチハイクするつもりで道路のきわに立った。



 夜ということもあり、止まる気配も見せずトレーラーが10台ばかり走り抜けた。



 この国は夜の女の1人歩きに車を止めないのか。暗くて運転手からは女だと見えないのかもしれない。クラーラは編み込んでアップにしたブロンドヘアをほどき肩下に垂らした。そうしてパイロットジャンパーの胸を見下ろした。アメリカでは金髪と青い目でバストが大きい女が好まれると下らないことを思いだした。胸を見下ろしながら強く意識するとみるみるまにバストが膨らみ始めた。Hカップほどになるとスポーツブラが苦しく感じられ始めたのでそこで大きくするのは止めにした。



 そうして向かってくるトラックにサムアップして立っていると最初の大型トラックが通り過ぎて止まった。



 くだらないと思いながらクラーラはトラックに向かい駆け寄るとステップに片足をかけ助手席のドアを開いて運転手を見上げた。



「こんな夜更けにヒッチハイクかい?」



 白字のCの文字が入った赤いキャプを被った髭面ひげづらの40代中頃に見える日焼けした男だった。



「貨物船が夜に着いたんだ。悪いけど手近な街まで乗せていってくれる?」



「乗りな。ニューヨークまで乗せてってやる」



 下心があるかないかわからなかったが、その一言でクラーラは男が人が良さそうに思えて助手席に上がりドアを閉じた。



 走りだすと男の方から話しかけてきた。



「あんた船乗りなのかい?」



「ああ、さっきまではな。嫌気がさして船を下りることにしたんだ」



「そうか。ニューヨークなら仕事はすぐにみつかるさ。生活に困らなければゆっくりと職探しするといい。人生は一度きりだから悔いのないようにな」



 クラーラはこの男はよほど達観しているのか、それとも口先だけなのかと思った。まあ言い寄ってくるよりはいいとクラーラは感じた。



「クラーラ・ヴァルタリ、あんたは?」



「ブレンダン・クアーク、運転手仲間はブルと呼んでいる」



 ブル? ブルドックの? だが強面こわおもての刑事には見えないとクラーラは思った。



「ブル、あんた家族持ちかい?」



「ああ、そう見えないか? クラーラ、旦那はいるのか?」



「身内はいらない。判断を鈍らせるだけだ。そのように生きてきた。死ぬときも独りだ」



 それを聞いてブレンダンは短く笑い声を上げた。



「クラーラ、お前さんまるで生粋きっすいの軍人みたいだな」



 兵士ではないが生き方は近いとクラーラ思った。どのみち銃弾に倒れる時は独りだ。それが司法捜査官のものでも軍特殊部隊のものであっても命譲り渡すときは同じだ。最後通告もなく手を取って看取ってくれることもない。



 ふと貨物船を襲ってきた特殊部隊を率いていた双子の女リーダーの顔を思いだした。プラチナブロンドのショートヘアをした射し込んでくるラピスラズリの瞳を鮮明に思いだした。あいつらは弱くはなかった。機転が利き不手際を見逃さず躊躇ちゅうちょなく押してくる。



 あいつらは手を取り合って悲しむのだろうか。



 だとしたらあいつらは兵士じゃない。ただの民間人(シヴィリアン)だと考えてクラーラはブレンダンにわからぬほど小さく鼻で笑った。



 そういえばポーランドで執拗に襲ってきた民間軍事企(PMC)業を率いている女リーダーも揺るぎないいい眼をしていた。フローラ・サンドラン──ルイゾン・バゼーヌの記憶から名を知っていた。まさか対戦車ミサイルやレーザー兵器まで用意してるとは思いもしなかった。街中の戦闘で個人を倒すのに躊躇ちゅうちょなくミサイルを使う判断力はいい。これまで幾つもの特殊部隊と渡り合ったが、ミサイルを撃ち込んできた連中はいなかった。



 4分の1を失いこの特殊なからだでなければ死んでいただろう。



「────ったら俺が知り合った中で1番変な女だった」



 考えていてブレンダンの話しをクラーラはまるっきり聞いていなかった。



「その人に私は負けないよ」



 ぼそりと言い切った真夜中のヒッチハイカーに運転している男は一瞬ドキリとして流し目で助手席に座る女を見つめた。



「ギャングスタと渡り合って一歩も退かなかった奴だぞ」



 男は釘をすようにクラーラに教えた。



「そいつは死んだのかい?」



 クラーラが尋ねるとブレンダンは感情を込めずに教えた。



「いや、ギャングスタの2人を拳銃で撃ってまだ刑務所に入っている。1人が死んだから、まだ7年は出所できんだろう」



 いきなり助手席の女が短く笑い声を上げブレンダンは驚いた。







「そいつは下手を打ったんだよ。ひと1人殺したぐらいで塀の中に送り込まれたんだからな」







「あんた兵役の経験があるのか?」



 運転手が遠慮がちに問うた。それに応えずにクラーラ・ヴァルタリは助手席にサイドウインドに頭をもたげてトラックのライトに照らしだされるハイウェイをじっと見つめた。



 光の外先そとさきには判別のつかない闇がある。見えた瞬間には判断が遅れることもあるだろう。だが闇に生きていればそれはない。ただ死ぬだけだ。それがノワールを信条とする理由でもある。



 迷いは嫌いだ。



 運命に立ち向かい撃ち砕かれるならそれが本望。



 力こそすべてだった。











 ニューヨークのブルックリンでクラーラがトラックから下りたのは深夜の2時を回っていた。



 住宅街だった。



 理想郷の夜の世界だった。



 NDCの本社にパトリシア・クレウーザが勤めているのはルイゾン・バゼーヌの記憶から知っていたが、住居の場所は喰らった小娘のうかがい知らぬことだった。住まいで安心しきったパトリシアを襲うことが喉から手がでるほど望ましかったが、今日の日中に出勤している小娘を襲うしかなかった。



 NDC本社はマンハッタンのチェルシー地区にある。トラックから下りたこの住宅街とチェルシー地区の位置関係は知らなかったが、昼ならイエローキャブで行くこともできる。



 とりあえず朝まで深夜営業のカフェテラスでもあればそこで時間をつぶそうと人気のない住宅街をクラーラが歩いていると、いきなり背後から拡声器で命令された。



「そこのジャンパーを着た人、立ち止まりなさい」



 半身振り向くとサーチライトの明かりがホワイトアウトさせた。車のドアを開き閉じる音の後その明かりが数回途切れ男が近寄ってきた。



「こんな夜更けにどうしたのですか?」



 クラーラは逆光の中にいる男が片手をホルスターの銃握じゅうはに手をかけているのがわずかに見えた。パトロール中の制服警官だとクラーラは思った。もう1人が斜め後ろでこちらの動きに注視している。



「一時間半ほど前に貨物船で来たんだが泊まるところを探していた」



 両手を制服警官の見える場所に出したまま平然とクラーラは応対した。



「IDを出して──」



 急に威圧的になった。相手が司法モードに切り替えたとクラーラは思った。







 下手したてにでるか。揉め事を起こすか。いつでも迷いはなかった。本能の命じるままに。







 いきなり近い方の制服警官へとクラーラ・ヴァルタリは凄まじい勢いで踏み込んで相手の前に出した支給靴の甲を踏みつけ自由な右手首を捻り逆手でホルスターの銃握(ハンドル)にかけた制服警官の右手に被せ押さえ込み蹴り上げた左膝ひだりひざで男の鳩尾みぞおちを打ち込んだ。



 近い制服警官が胃液を吐き戻しうめき前屈みになった瞬間、左手で急激に振り回したナップザックを斜め後ろに立つもう1人の制服警官の顔へ投げつけた。



 そのもう1人が顔にナップザックを喰らったのに先んじてクラーラは前屈した制服警官を回り込み一気に駆け込んで右手の腹を斜め後ろにいる制服警官のあごへと打ち込んだ。



 あごを強打されたその制服警官は両足を振り上げ後頭部からアスファルトに落下して動かなくなった。



 クラーラは振り返り地面に両膝りょうひざを落としてうめいている制服警官の襟首をつかみ引っ張り上げると息を吸い込んで口を大きく開きその頚椎けいついに食らいついた。



 制服警官の頭蓋骨を両手で粉砕し脳を残らず食べきったクラーラはおもむろに服を脱ぎ始めた。そうして裸になると履き物も含めて自分の服を残らずナップザックに詰め込み意識を体表面に集中させた。



 皮膚がうねり足元から警察支給品の靴に変化し始めてスラックスも再現させてゆく。銃以外の装備品も含めてすべて完全に再現させ脳を喰らった制服警官の顔に仕上げた。



 細部に神経を使ったが、やってみるとさほど難しくもなかった。



 最後にクラーラは頭を失った制服警官のホルスターからグロック17を引き抜くと自分のホルスターに収めて振り向いた。



 後頭部を打ちつけて伸びている制服警官がうめいて身動きを始めていた。



 男のなりをしたクラーラ・ヴァルタリは男らしくないランウェイモデルウォークでその後頭部を押さえて身を起こそうとする制服警官へ行くと肩のそばで脚を止めた。



 その制服警官が薄目を開いて同僚を見上げると知ってる男がおもむろに右膝みぎひざを持ち上げた。







 凄まじい勢いで顔を踏み砕いたクラーラ・ヴァルタリはナップザックを左肩に提げパトロールカーにゆっくりと向かった。












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