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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #13
63/164

Part 13-3 Destruction 破壊

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 00:06 Jul 14

7月14日00:06マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル



 扉の開いたままの出入り口に立ち社長室を見た刹那せつないきなり数人から発砲されヴェロニカ・ダーシーは撃たれたと身体を強ばらせた。



 その10発余りの銃弾(ブレット)が彼女の目前で火の粉を撒き散らし派手な火花を撒き散らした。



 まただ!



 ヴェロニカはこの何かに護られている感覚がとても強靭な力のような気がした。マリア・ガーランドやシルフィー・リッツアの時折見せる薄青いスクリーンのようなものが自分にもあるのだとヴェロニカは思った。



 火花の向こうに見える社長室の奥にあるマリアの執務デスクが倒されバリケードにされていた。そのきわから男らが顔を半分(のぞ)かせては拳銃を発砲していた。



「許せない──マリーの部屋で!」



 視線を1度下ろしたヴェロニカは先ほどまでに自分を苦しめていた不安をすっかり忘れ怒りにとりかれて男らが隠れている黒檀こくたんの両袖机へ視線を振り上げた。



 刹那せつな、彼女の足元からカーペットを焼き焦がしほのおがデスクまで突っ走った。途中にあるこの部屋の数少ない調度品の向かいあったソファの中間に置かれた低い硝子(ガラス)テーブルがほのおあぶられ1秒で粉々に砕け散った。その火焔がデスクトップに達した瞬間、男らがわめき散らしバリケードの陰から飛び出した。



 何が起こっているのか────。



 ヴェロニカが見つめるマリア・ガーランドの執務デスクがまるで火球のようにほのおを暴れさせていた。



 逃げだした男らは何かわめき続けていた。



 こいつらが何もかもを駄目にした。



 そうヴェロニカは信じて疑わなかった。そう思った方が楽な選択だった。







 意に染まぬものは────燃え尽きればいい。







 国家安全保障局(N S A)の女職員は、傭兵ようへいの男らに視線を振り向けた。











 社長室の出入り口に現れたスーツ姿の女がまともなたぐいではないと殺し屋らのリーダー──ダリル・サムソンは戦場で生き抜いた感でさとった。



 まるで取り残された車輌に立てこもり数百人のタリバーン兵に囲まれ次々に銃撃で同じ車の兵が倒されてゆく焦燥感。その窮地きゅうちがダリルに決意を迫ったその寸秒、出入り口に立つ女の足元からナパーム弾が炸裂したような火焔の波が押し寄せてバリケードにしている机に燃え移っ────。



 燃えだしたなど生易しい言い方ではおよびもつかない変化だった。



 両袖の机が一瞬で炎帝の日輪──鉄をも楽々と溶かす白い太陽炉と化してそばにいることさえ不可能になった。



 一気に皮膚が焼け傭兵ようへいの殺し屋らはわめき散らし机から跳び離れた。



 その奇っ怪な状況を出入り口の女が生みだしていると本能でさとった4人のうちのリーダーともう1人はみずからが至近距離で負傷するなど躊躇ちゅうちょもなくFNX45を発砲しながらジャンパーのポケットから手榴弾(グレネード)取り出し口でセーフティのリングを咬み一気にピンを引き抜いた。



 らねばられる。



 ダリル・サムソンともう1人が女に手榴弾(グレネード)を投げつけた。その空を飛ぶ2個の破砕炸薬弾が火焔を突っ切り彼らから見えなくなった瞬間、ほとんど同時に重なるように2度の爆轟が火焔を掻き乱した。



 彼ら傭兵ようへいの殺し屋らは幾度も戦地をくぐり抜け手榴弾(グレネード)の爆発など馴染みのものだった。その記憶に自分らが投擲とうてきしたものの破砕が変だとスローモーションのように気づいた。



 揺さぶり掻き乱されたほのおがまるで意思をもつ生き物のように吹き戻し社長室の奥へと津波のように押し寄せた。



 その白熱の壁に4人の傭兵ようへいらは45口径の銃弾(ブレット)手榴弾(グレネード)では役に立たないと自分らの最後を意識した一閃いっせん、背後の強化ブロンズ硝子(ガラス)を突き破り、武器商人ドロシア・ヘヴィサイドが180万ダラーを惜しげもなく使い切ったRGMー109Eタクティカル・トマホーク巡航ミサイル・ブロックIV が炸裂し1000ポンドのシクロナイトを主成分とする高性能合成爆薬が起爆した。



 秒速2万8千フィートの爆熱の嵐が一気に社長室の窓から押し寄せ外壁は破砕しコンクリートとステンレス、溶解しかかったブロンズ硝子(ガラス)の踊り狂った散弾のような砕片が室内の男らを挽き肉に変え、ヴェロニカ・ダーシーの生みだしていた白熱とのエネルギー境界面をぶつけ合った。











 マリア・ガーランドを殺しにきた男らを焼き殺すだけを意識したヴェロニカ・ダーシーは投擲とうてきされた爆発物の小波が部屋へ送り込んだ熱量の足元にも満たないと直に感じとった。



 この魔王のような轟火が部屋を一掃するはずだった。その算段がどこかで狂い大きくよじれ曲がった。







 部屋奥の窓から急激に押し寄せた新たな爆炎の津波が彼女の生み出しているほのおの壁に激突し押し切ろうとした。







 戸惑いと困惑にヴェロニカは顔を強ばらせた。



 マリアのこの部屋だけはとどめていたかった────。



 それどころか、圧しきられたらみずからがあの火焔流に荒らされ粉々にされる!



 こぶしを握りしめ唇を噛んで引いたあごにらみつける爆炎の嵐を粉砕しようとした寸秒社長室の内壁が上下左右に膨張し無数の亀裂が迷走し突っ走った。



 だめだ。マリアのこの部屋はもう使い物にならない。そうヴェロニカが意識した刹那せつな、彼女の根底の支えだった掛け金が音を立てて砕け散った。



 一閃いっせん、押し寄せた熱爆の嵐に巻き込まれヴェロニカ・ダーシーは焦げた床に両膝りょうひざを落とし着衣の至る所からほのおが後ろへ吹き出した。一瞬で彼女の周囲を吹き抜けた暴圧のほのおの衝撃波はエレベーター・ホールと通路反対の壁やドアを蹂躙じゅうりんし廊下の内装を破壊し尽くした。



 深夜のグラスシャトーの外壁をオレンジ色に染めた輝きは寸秒で重なり膨れ上がる黒煙の群れになりNDC本社ビルの上層を飲み込んでしまった。



 遅れて鳴り響き始めた火災警報と169階全フロアのスプリンクラーが散水を始めたが凄まじい余熱に水は床に届く前に水蒸気となり通路を流れる黒煙を取り込んで濁った水滴となり壁や天井に寄り添い続けた。



 やがて熱気は広がり落ちる水滴に奪われ、廊下は薄煙と水蒸気が立ち込めるように落ち着き始めた。



 スプリンクラーの降りかかる水に意識を失い横倒れになったヴェロニカ・ダーシーの身体は噴煙のような凄まじい水蒸気を上げて熱を逃がそうと苦闘していた。



 ほお上で踊る無数の水滴に気がつかない25歳の国家安全保障局( NSA )職員の女は遠くなる意識でつぶやいていた。







「ごめんなさい──マリア────ごめんなさい──」











 エレベーターが開くと黒いウエットスーツのようなスターズの戦闘服(BU)とフェイスガードで顔を覆ったヘッドギアを装着したパトリシア・クレウーザが姿を現した。



 ヘッドギアのベンチレーションは跳ね上がった廊下の外気温に甲高いノイズをうならせた。フェイスガードの湾曲した有機ディスプレイに多数表示されるパラメーターの1つ──ボディスーツの外気温のデジタル表示された数値にパトリシアは唇をすぼめて短く息を吸い込んだ。



 華氏348.8度(:約176℃)


 デジタル表示されたセンサーの値に並んで4桁の秒が狂ったように数値を減らしている。スプリンクラーの散水がそのまま水蒸気と化す169階のフロアにいられる時間は残り483秒を切った。



 場所はわかっていた。



 マリーの執務室。フロア中央にある社長室だった。



 ヴェロニカ・ダーシーの意識の叫びを感じてパトリシアはすぐに戦闘服に着替えた。個人防衛火器(PDW)は携帯してこなかった。ヴェロニカが生みだした途方もない熱量から169階のフロアと社長室はスチーム・オーブンの状態だとわかっていた。マリーを襲撃に忍び込んだ暗殺者(アサシン)らは生き延びているはずがなかった。



 だけどヴェロニカの意識は今もはっきりと見えていた────生きている。



 どうやって溶鉱炉のような熱に命を保っているのかパトリシアは理解(およ)ばなかったが、少なくともヴェロニカの脳は活動を継続していた。



 足速にカーペットと床材の炭を踏み割って急いで社長室へ向かうと水蒸気のカーテン越しに出入り口から倒れた女性の脚が見えてきた。



 倒れたヴェロニカ・ダーシーを見下ろした瞬間、パトリシアはまばたきも忘れ眼にしたものに捕らわれた。



 着ていたスーツや下着が焦げ至る所から肌が露出しスプリンクラーの水滴を弾いていた。



 ヴェロニカは意識を失う直前に社長室へ立てこもった男らを焼き払うと思考していた。ならこの惨状はヴェロニカが巻き起こしたことになる。だがパトリシアは周囲を見回して何らかの火器を見つけることはできなかった。いいや火器なんかじゃない。気化爆弾でも炸裂したような有り様だった。



 社長室の奥へ視線を向けると黒煙の合間にマンハッタンの明かりが見え隠れしていた。



 大きな窓どころか外壁がなくなっている!



 パトリシアは作戦指揮室で確かにビルを揺する爆轟を感じた。



 いったい何をすればこんな状況になるのだとパトリシアは息を呑んだ。まるでマリーやシルフィーが爆炎魔法を放ったような惨状。



 パトリシアは片膝かたひざをついて横たわるヴェロニカに顔を近づけた。液晶画面に新たに表示されたバイタルサインがゆっくりとだがしっかりした心臓の鼓動(サイン)を示していた。



 不思議なことにヴェロニカの露出した皮膚は赤くはなっていなかった。火脹ひぶくれも見当たらない。



 ヴェロニカは大丈夫だとパトリシアは判断して彼女の片腕を肩に回し気を失った彼女を抱き起こした。両腕にヴェロニカを抱き上げたかったが、彼女はパトリシアよりも上背があり両腕に抱き上げると数歩も歩けないのはわかりきっていた。



 残り秒数は196秒を切った。スーツ外気温はわずかに下がり華氏300度を下回った。だけどそれでも生身の身体がえられる温度を遥かに越えている。



「急がないと。ごめんなさいヴェロニカ────」



 フェイスガードの内でそうつぶやきパトリシアはヴェロニカ・ダーシーをエレベーター・ホールへと強引に引きり始めた。



 ヴェロニカは何をしてこんなことを巻き起こせたのだろうとパトリシアはエレベーターへ急ぎながら考え続けた。ヴェロニカは暴れ狂う火焔に戸惑っていた。それなのに操れると判断した。それがこの爆発したような惨状になったのならもうマリーの使う爆裂魔法に感化されたのだろうか。



 去年末にベルセキアによって命を落としたヴェロニカはマリーが復活させた。その時にマリーがヴェロニカに能力を授けたのだろうか。その使い方を理解できずに暴走させてしまった。



 暗殺者(アサシン)の男らが死ぬ直前に闇商人ドロシア・ヘヴィサイドへの火砲依頼を意識していた。戦場じゃあるまいし支援火砲などマンハッタンで用意できるはずもない。



 ヴェロニカを引きりながらパトリシアはマリア・ガーランドに報せないといけないと思いブレイン・リンクの能力でチーフを探した。いつもなら簡単に見つかるのに数秒のがありテキサスのフォート・ブリスに彼女の精神オーブを見つけ飛び込もうとした刹那せつな、パトリシアは躊躇ちゅうちょした。



 違う────マリア・ガーランドじゃない!?



 精神構造は瓜二つなのだが、イドの深い部分が異なっている。パトリシアはそのマリーのまがい物にリンクせずすぐに同じテキサスのフォート・ブリスにルナを探り当てた。



────なに、パトリシア?



 繋げた彼女の意識が問い返した。



「ルナ、そばにいるマリーは偽者だわ!」



────違うのよ。MGが異空間の異なる時間世界から連れてきた本人よ。



 異空間の別時間!? パトリシアは混乱したが報告を優先した。



「本社の社長室が暗殺者(アサシン)らに襲撃されヴェロニカが撃退したの」



────襲撃? 負傷者は? 容疑者の確保は?



「負傷者はヴェロニカだけ。他の生存者はいない。暗殺者(アサシン)らはみんなヴェロニカが倒したわ」



────こちらは抜き差しならない状況でこれ以上手を割けない。事後処理をレノチカに任せなさい。



「ルナ、マリーは?」



────行方不明よ。



 エレベーター・ホールに辿たどり着いたパトリシアは、開いたドアに何かを挟んでおくのだったと後悔した。エレベーターの呼び出しセンサーに手をかざし扉が開くのを待った。



 行方不明よ。ルナの言葉が引っかかる。今や地球上の8割を網羅している精神感応にマリーが見つからないとは思えなかった。扉の開いたエレベーターにヴェロニカ・ダーシーを引きり込んでパトリシアは作戦指揮室のある上階フロアを音声で指定した。



 ドアが閉じて圧倒的な灼熱が遠ざかるとパトリシアはヴェロニカをエレベーターの壁にもたらせて座らせた。



 北半球を一気にスイープする。馴染みのオーブはすぐに見分けることができる。好意をもつ相手だとステージIVのノンレム睡眠下でも数十億の人の中から数秒で個人を特定できる。マリーが見つかることを期待していた。







 69億の精神オーブにマリーが見つからない!







 南半球まで捜索の手を広げ合わせ73億の精神をスイープした。考えられることは3つ。



 マリーの脳機能が停止している──脳死状態。



 マリーが死んでしまった。



 スイープの手が届かない地球のどこかにいる。



 パトリシアは情報2課の主任の意識に手を伸ばした。



「レノチカ、本社ビル社長室フロアが壊滅。ヴェロニカ・ダーシーが巻き込まれて昏睡状態。社長室には数人分の暗殺者(アサシン)らの損壊した遺体があるの。警察や消防が来る前に対応をお願いします」



────パトリシア、あなたに怪我は?



「私は無事です。それよりもチーフが行方不明になっています。169階の対応とグローバル規模でのチーフ捜索をお願いします」



────今、自宅なので本社ビルまで20分で向かいます。向かう間にナイトシフト主任(GM)へ諸機関への対応を指示します。それとヴェロニカは当直医に見せて治療を受けなさいパトリシア。



「ありがとうレノチカ」



 フェイスガードを跳ね上げてパトリシア・クレウーザはエレベーターの開きかかったドアをエメラルドグリーンの瞳をギラつかせにらみつけた。



 NDC情報部には6時間法則があり、以内に見つからなければ後日死体がどこかの機関に回収されるか永遠に遺体は人目にさらされない。







 マリア・ガーランドは死んでないとパトリシア・クレウーザは心では受け入れられなかった。












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