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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #12
60/164

Part 12-5 Burning 灼熱

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 23:47

23:47マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル



 咄嗟とっさに右手の多すぎる中指を隠そうとヴェロニカ・ダーシーは左手を被せおよがせた眼で作戦指揮室の第4課のブースの仕切り越しに人の眼を探った。



 誰とも眼を合わさずヴェロニカは視線を下げた。



 乗せた左手のひらの感触からも指の数が6本あるのがわかった。



 幻覚を見ているわけじゃない。



 身体に何が起きてるのかとヴェロニカは困惑した。胸を込み上げてくるのは痛心つうしんだけではなかった。言いようのない不安定さが吐き気を伴い喉をい上がろうとしている。



 身体のすべての細胞が分解したがっていた。



 恐れていたことが現実化しようとしている。マリア・ガーランドにより生まれなおしたのが破綻しようとしているのかとヴェロニカはおびえた。心臓が爆発しそうなほど打ちつけていた。気をゆるすと指が増えるどころか手足がわらわらと増えそうな気配を感じた。



 ヴェロニカは上着のポケットに右手を突っ込み目立たぬように立ち上がった。



 誰の視線も絡みついてこない。



 静かに椅子を戻しドラムのような胸の鼓動を呼吸で押さえ込もうと躍起になった。浅く速い呼吸が続き歩きだそうにも立っている脚が分裂しそうだと左手でスラックスの脹ら脛(ふくらはぎ)を押さえた。



 どうなってしまうのだろうかとヴェロニカは涙目になった。



 だめだ。突っ立てると目立ってしまう。



 ともするとふらつきそうになりながらヴェロニカは階段を目指した。ここにぐずぐずしているといずれ誰かに気がつかれるとばかりにヴェロニカは急いだ。



 浅い呼吸が熱いような感じにさいなまれた。気をしっかり保っていないと目眩めまいが際限なく広がり動けなくなる。



 精神的なものじゃない。



 身体に異変が訪れている。



 いきなり蜘蛛くも百足むかでのキメラが意識をよぎった。去年見たベルセキアみたく怪物になるのかとヴェロニカ・ダーシーはおびえた。



 なりたくない────。



 あんな化け物になりたくない。



「助けて──マリア────」



 つぶやきながらヴェロニカは階段を登り切るとセキュリティ・ルームに入った。人の視線を心配しなくてよくなると気がわずかに楽になった。その部屋を出て廊下に顔を出すと人気のないことにヴェロニカはほっとしてエレベーター・ホールを目指して歩きだした。



 社長室へ行くつもりだった。マリア・ガーランドが戻っているかもしれなかった。すがりつく思いで壁に左手をついて身体を支えながらヴェロニカ・ダーシーは脚を繰り出していた。











 ベースボール・キャップを被った5人の男らはバイザーで目を隠しエレベーターに乗り込むとドアが閉じるなり真っ先に天井角にある監視カムを抑制器(サプレッサ)付きのFNX45の.45ACP亜音速弾で撃って破壊した。



 男らの1人が携帯のソニー製ICレコーダーを取り出すとボリュームを上げ再生ボタンを押し込んだ。



「169階へ」



 マリア・ガーランドの声に瓜二つの音声でICレコーダーのスピーカーがそう告げるとエレベーターの操作パネル上部のスピーカーから電子音が流れエレベーターが上昇し始めた。そのICレコーダーを持った男はデバイスをスタジアムジャンパーの内ポケットに仕舞うとその手で1枚の写真を取り出し他の男らに回し始めた。



「抵抗されたらどうする?」



 青のキャップを被ったチェスター・ジャイルズが赤いキャップを被った鼻髭はなひげのリーダーのダリル・サムソンに尋ねた。



「セキュリティや警官が駆けつける前に片付けて立ち去る。撃ち合いになったら手榴弾(グレネード)併殺へいさつする。り損ねたらドロシアから1ドルも出ないだけでなく俺らは切り捨てられる」



 4人の男らが写真に目を通し再度標的を確認するとリーダーが写真を受け取りジャンパーの内ポケットに戻した。



「シルバー・ブロンドのショートカットじゃ見間違うこともないさ」



 そう言い捨て黄色のキャップを被ったカーティス・マリガンが細い眼差しをリーダーに振った。



「副社長のD・ロリンズもシルバー・ブロンドだ。見間違うなよ。セミロングじゃなくショートカットが標的だ」



 そうダリル・サムソンが念押しした。それぞれ色の異なるキャップを被った5人のスタジアムジャンパーにジーンズ姿の男らは武器商人ドロシア・ヘヴィサイドの手駒だった。男らはいずれも軍の特殊部隊上がりで手練れだが、今は傭兵ようへいとして新進気鋭の武器商人の傭兵ようへいとして大金で働いていた。



 マリア・ガーランドを仕留めれば破格の500万ダラーのボーナスが5人に入るので男らは張り切っていた。



 ニューヨークのチェルシー地区にあるNDC本社ビルを1日見張っていて、まだマリア・ガーランドはビルから出てきていなかった。この遅い時間帯だと邪魔な社員も少なかった。残業が命取りとなる。



 高速エレベーターが急激に減速すると停止して操作パネル上部のデジタルで表示された階が169を表示した。



 電子音と共にスライドドアが左右に開くとワインレッドのカーペットで床が覆われたフロアが見えた。



 誰もいない。想定通りだった。



 誰もいないはずの廊下に壁に肩を預け立ち止まっているスーツ姿の女の後ろ姿が目に飛び込んできた。



 ブロンドのセミロング。



 こいつじゃないと男らは顔を見合わせ廊下を歩きだした。身動きしない女を通り過ぎながら男らの数人は横目でその女を警戒するように見た。



 女は具合悪そうにうつむいて眼も合わせなかった。



 障害(NS)じゃない。



 男らはその女を置き去りにして社長室へ急ぎドア前に辿たどり着くとその左右に2人ずつ張り付き、1人が振り返り廊下にたたずむ女の様子を油断なく見張った。



 5人とも抑制器(サプレッサ)付きのFNX45をジーンズのインサイドから引き抜きセーフティを解除するとハンマーを起こしノックもせずにドアを1人が引き開けた。



 振り上げた抑制器(サプレッサ)の先に押し入った広い部屋には人影はなかった。



「いないぞ!」



 黒いキャップを被った男が抑制器(サプレッサ)を右に振り向けそう吐き捨てた。



 良くない状況だとリーダーのダリル・サムソンは次手を思案した。標的を探してこの巨大なビルをうろつき回るのは願い下げだった。



「あなた達────何もの──なの────」



 開いた出入り口から女の誰何すいかする声が聞こえダリルは顔を振り向けた。廊下にたたずんでいた女だろう。



 どのみち顔を見られている。騒ぎになる前に黙らせるのがセオリーだった。



れ」



 出入り口越しに廊下にいる部下に命じた直後、抑制器(サプレッサ)もった銃声(ガンショット)が聞こえた。



 だが倒れる音が聞こえなかった。



 カーペットのせいか。



 再びの銃声(ガンショット)。部下が1撃目を仕損じるとは思えなかった。外しはしなかったが急所を仕損じたか。銃を両手で構えた部下が出入り口へと後退あとずさってきた。



「ダッド! 見てくれ──ダッド!」



 廊下にいる部下が上擦った声でリーダーを呼んだ。



 ダリルは銃口を天井に向け出入り口を廊下へと出た瞬間顔を強ばらせた。







 廊下全体のカーペット至るところから白煙が立ち上り異様なことに灰が床から天井へと落ち始めていた。











 エレベーターからマリア・ガーランドの専用室のフロアへ出たら吸い込む息が鉛のように重くなり始めた。酸素を求め喉をかきむしりそうだった。



 ヴェロニカ・ダーシーは数歩足を繰り出しては壁に肩をぶつけた。



 身体がバラバラになりそうだと苦しんだ。



 壁に身を預け浅く速い呼吸を繰り返していると人の気配がして横を男らが通り過ぎて行った。スタジアムジャンパーに色違いのキャップを被った男ら。NDCの社員らしくない風体ふうてい。まだ見慣れぬ顔の多い対テロのセキュリティの連中かしら────。うつむいて顔を上げるのも辛くヴェロニカは視線を足元に落とした。



 マリア・ガーランドに会わないとと意識に浮かび上がり再び視線を上げると男らが社長室のドアの前後に張りついていた。



 様子がおかしい。



 重い頭で気がついた。



 社長室へ突入する気だわとヴェロニカはあえいだ。視線を落とし声を出すために浅い呼吸を整えまた社長室へ視線を振り上げると男が1人になってこちらをじっと見ていた。その右手に握る得物えものにヴェロニカがおよがせた視線が絡みついた。



「あなた達────何もの──なの────」



 か細い声しか出せなかった。だが男に届いたはずだった。社長室の部屋の中から不明瞭な声が聞こえた寸秒、廊下にいる男が銃口を振り上げた。



 まずい。逃げないと。隠れないと。



 だが逃げるエレベーター・ホールは不調の自分には遠く、ここには隠れる遮蔽物1つないことにヴェロニカは気づいたが焦りよりも身体の変異の方が重大だった。逃げ出すために駆けだすどころか、きびすを返した時点で床にひざを落としそうだった。



 かすかなもった銃声(ガンショット)が耳に入った。



 見つめている男の右手に握った銃がわずかに跳ね上がった。



 撃たれた────そう思った。



 どこを撃たれたかわからなかった。その思いの寸秒、ヴェロニカが眼にする男の姿が蜃気楼のようにゆがんだのと同時に気がついた。







 顔の3フィート先に真っ赤に焼けて回転する銃弾(ブレット)が眼にとまった。







 銃弾(ブレット)は火の粉を撒き散らし見えない空気の壁に抗っていた。その飛翔物が派手に火の粉を振り撒ききると燃え尽きた。



 何が起きているのかとヴェロニカ・ダーシーは強張った面もちで眼をおよがせた。



 間髪入れず新たな銃弾(ブレット)が火の粉を撒き散らせ始めてヴェロニカはまた撃たれたのだとやっと理解した。



 このままではいずれ撃たれ倒れてしまう。奇跡はそう何度も起きはしないとヴェロニカは危機感をつのらせた。唇を開き酸素を求めあえぎながらヴェロニカは自分を撃った男をにらみつけた。



 顳顬こめかみの血管が膨れ上がり割れそうな頭痛が居座って、男のその姿がゆがみ続けた。ヴェロニカはふと廊下の床から立ち上る幾筋もの白煙に気づいた。



 なぜ床から水蒸気が、とヴェロニカは男から視線を外し自分に近い床に敷かれたカーペットを見つめた。



 無数のひび割れが広がりその走る谷間に赤黒い光が明滅している。まるで熔岩のようだとヴェロニカは思った。そのひび割れから噴き出すのは無数の水蒸気だった。



 水煙だけでなく大小多数の灰がゆっくりと登って天井に積もり始めていた。



 灰は落ちてゆくもの。その尋常じゃない光景にヴェロニカ・ダーシーは今し方2発も撃たれたことなど意識の外にあった。



 社長室に侵入を試みる武装した集団がマリア・ガーランドに望むものとしたら命のやり取りだった。



 命を分け与えてくれた大切な人になんてことを!



 そうヴェロニカが意識した瞬間、心臓が大きく鼓動した寸秒、ヴェロニカの見つめる廊下全体が波打つように遠ざかり急激に戻ってきた。刹那せつなヴェロニカの怒りが燃え上がった。



 カーペットの至るところから炎が立ち上ると拳銃を向けて後退あとずさっていた男が破裂するように火達磨になった。



 荒く速い呼吸で熱気を吸い込むと廊下の炎は天井に届きそうな太い火焔に変化し生き物のように暴れ始めた。



 社長室の出入り口からでかかった拳銃を手にする別な男が顔をのぞかせあわてて室内に姿を隠した。



 ヴェロニカは男らが5、6人だったと思いだした。



 1人火達磨になって廊下に崩れ落ちたならあと5人は残っているとヴェロニカは足を踏みだした。足を出すと不思議と燃え盛る床がくすぶる程度に弱くなる。歩く都度にヴェロニカは目眩めまいやふらつきがまといついてないことに力強さを取り戻しつつあった。



 これだけ火の手が上がっているのに火災報知器も動作せずスプリンクラーも散水する気配はなかった。



 社長室に近づきながらヴェロニカはこれが幻覚なのではと疑い始めた。だがほおや額をあぶる熱気と吹き出す汗は本物みたいだ。それらがマリア・ガーランドの個室に押し入った男らへの怒りにすり替わる。



 ゆるさない。



 そう強く意識しながら、社長室に辿たどり着いたヴェロニカ・ダーシーは出入り口に立つと部屋の中を見まわした。











 確認を求める部下の1人が廊下でほのおに包まれた瞬間、リーダーのダリル・サムソンはヤバい状況だと跳び退くように社長室へと戻った。



 出入り口のきわにはまるで火焔放射器であぶられたように消しようのないほのおを上げ燃えくずれた仲間がいた。



「両袖デスクを倒して遮蔽物(バリケード)にしろ!」



 リーダーが振り向きもせず出入り口の外を気にしたまま後退あとずさっていた。そのさまを目にして3人の男らは執務デスクの後ろに回り込み力()くで大きな机を起こした。



「ここのセキュリティは火焔放射器で応戦するのか!?」



 青のキャップを被ったチェスター・ジャイルズが上擦った声で出入り口に近かったダリルに聞くと廊下の熱気に額に汗するリーダーはかぶり振った。



「知るか! 逃げ場のない通路で火焔放射器を使うなら、殺しにきてる! 姿を見せたら全員で撃ち殺さないと生きて帰れないぞ!」



 ダリルがバリケードにした黒檀の両袖デスクの後ろに回り込んできて男らの緊張が高まった。男らはデスクの縁から出入り口をにらみFNX45を各々(おのおの)が構えた。廊下は倒された仲間だけでなくほのおたけり狂っていた。火災報知器も鳴らずスプリンクラーも動作しない。セキュリティが火焔放射器を使うので意図的に防災システムが切られている可能性があった。



 リーダーのダリル・サムソンは右手で銃を構えたままジャンパーからモバイルフォンを取り出し着信履歴からクライアントを選んだ。



 回線が通じるとダリルは早口になった。



御嬢おじょう、NDCのセキュリティに追い込まれている。火砲で支援を頼む。1人でも標的側に落ちると面倒なことになるぞ!」



 脅しに等しい要請だった。



『ビルの何階だ?』



 ドロシア・ヘヴィサイドの冷ややかな声がささやいた。



「169階だ」



『56秒堪えろ』



 56秒!? 長すぎるとリーダーは思ったがドロシアが最良の手を打ってくれるのは明確だった。



了解(コピー)



 通話を切った寸秒、出入り口外の火焔が弱くなってゆっくりと姿を現したのは彼らが社長室へ行く途中、壁に持たれかかっていたスーツ姿の女だった。ドアに片手をついて室内に入ろうとした刹那せつな、ダリル・サムソンは他の3人に命じた。



「撃ち殺せ!」



 火器を手にしてない女1人相手だった。手榴弾(グレネード)を使う必要もないとばかりに.45ACPを次々に浴びせた。











 ニュージャージー州ニューアークの貨物埠頭ポートニューアーク第1埠頭に停泊するヘヴィサイド海運所有のシングルデッカー貨物船のブリッジからガラス越しに甲板(デッキ)を見下ろしていた武器商人ドロシア・ヘヴィサイドは薄い唇を吊り上げてから同じブリッジにいる部下に命じた。



「撃て──」



 部下が航法管制宅を改造した隠しキーをひねり点火スイッチを押し込んだ。刹那せつな、固体燃料ブースターの噴焔を輝かせ中ほどの上甲板防水シートを割いて飛びだしたトマホーク巡航ミサイル・ブロックIVは十分に加速を終えるとブースターを切り離しRJー4を燃料にするウィリアムズ・インターナショナルF107ーWRー402ターボファンジェットエンジンに点火し弾頭を下ろし水平飛行に入った。そうしてニューアーク湾を飛び越えベヨーン地区の低い街並みを高度164フィートでフライパスすると毎時490ノットでニューヨーク州マンハッタン南のアッパー湾に躍り出た。



 トマホーク巡航ミサイルは入力されたデータ通り自由の女神像南東200ヤードで110度向きを変えると高度を97フィートに落としハドソン川を駆け上った。



 17秒後チェルシー地区に南から侵入し高度をホップアップさせた巡航ミサイルはNDC本社ビル169階高度に到達した。



 ドロシア・ヘヴィサイドはマリア・ガーランドの命を取るために暗殺に送り込んだ傭兵ようへいらを切り捨てた。












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