Part 12-4 Turbidity 混濁
Armored Reconnaissance Unit 1st Company 6th Squadron 1st Cavalry Regiment 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground Fort Bliss, TX. 21:53 Jul 13
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 23:18
7月13日21:53 テキサス州フォート・ブリス アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊第1中隊機甲偵察部隊の演習地
小回り効かぬ大型の躯を捨て人並みの姿にシフトする。その潔さに無能な怪物という先入観をマリア・ガーランドは捨てきった。
小さくなったことで敵は小回りが効くだけでなく動きが各段に俊敏になっていた。
近接戦闘において闇の中に迫る黒い刃の唸りを肌で感じマリーは己の剣で弾き上げた。その開いた隙に別な怪物の刃が間髪入れずに駆け込んでくる。
マリア・ガーランドは素早く足を踏み換え直感力で迫る新たな剣の太刀筋をぎりぎりで避けその後の怪物との間合いを詰めるために大きく踏み込んだ。
突如、背筋を這い上がった悪寒に怪物の1体との間合いに入り込んだマリーは咄嗟に上半身を反らして剣を握った手を地面についてバク転した。その回転する胸元を掠るように黒身の刃が飛び抜ける。後退するマリア・ガーランドの身体を追いかけ3体の怪物が続けざまに踏み込んできた。
距離を取りながらマリーは怪物らが3つ子のように揃った攻撃をしてくるのに愕かされたが、徐々に追い込まれている状況に百戦錬磨の女は単に相手らが速いだけでなくこちらの動きをすべて見て予測した動きをしていることに薄々気づき始めた。
学習し進化している!
それは貴様らだけではない、とマリア・ガーランドは地に着いた足を捻り急激に横へ打ってでた。正面切って3体を相手するよりも側面に回り込み先に1体を倒す。
小走りに斜めへ踏み込んでマリーが右の怪物の胸元を狙おうとした刹那、その後方から回り込んできた別の1体が黒い刃口を凄まじい勢いでマリア・ガーランドの腹部に突き込んできた。
アロマチック・ポリアミド・ファイバーの完全体であるNDC傘下のオリオン化成工業が作った縮体戦闘服は頑強だった。圧延鋼板に食い込む怪物らの刃を受けてなお破断せず繊維体を維持した。だが器が強くとも受けた準金属の鋭利なスポット・エネルギーによる変形にマリーは腹を折り曲げ肺の空気を絞り出し両手両足を投げ出して飛ばされた。
腹筋で内臓を胸骨に上げていたので完全に行動不能となることだけは避けられた。
地面に転がり激しく土埃を上げ滑った戦闘狂の女は、ジェシカ・ミラーの傍で素早く立ち上がると強引に腹式呼吸を繰り返し受けたダメージの軽減を図った。
まだいける──問題ない。
マリーはそう自分に言い聞かせ、手放さなかった剣を構え片足を引いて今にも襲ってくる怪物らに身構えながら思った。
こいつらはなぜ人間にこうも敵意をむきだしにする? 陸軍の連中が知ってか知らずしてか、こいつらの仲間を殺してしまったからか。それともこれは戦略か? だがなぜ人の多い人工密集地の大都会でなく、テキサスのこんなデザートに攻め入ったんだ!?
6体を相手に格闘する。それも戦闘慣れした連中相手に。
怪物らは左右に同じ広がり方をもって陣形を組んでいた。離れた外側の数体がまるで声を掛け合い出方を揃えているようだとマリーは感じた。
間合いを一気に詰めて来ないのは1口の右手に握るこの剣が脅威だと認識しているからに他ならない。獣でも戦う相手の牙や爪を恐れ無闇に襲わず咆哮で威嚇する。
マリア・ガーランドは怪物らが十分に賢いと思い始めていた。
ゴスロリのフリルのついたスカートを振り回しM-8マレーナ・スコルディーアは次々に迫ってくる怪物らの急所目掛けソードオフを発砲しスラグ弾を食い込ませていた。
1体いったい倒すだけなら急所は外さないし振り回してくる敵の腕と一体の剣を受けることもなかった。
だが6体に対処するマリア・ガーランドとはいったい何だろう。私を倒し私を助けてくれた慈愛と寛容のヒューマンは膨大なデータの蓄積からでは決して推し量れないと自動人形は仮想した。
マースは己を振り返った。テキスト・ジェネレーターを元にトランスファー・ラーニングを受けてヒューマンが直接操れないノンプレイヤーキャラクターとしてベースが確立した。動的制御もテキスト・ジェネレーターのアルゴリズムを元に様々な動作の観測をベースに確立している。条件付き確率の不規則性を許容されそれすらも変則値とすることで擬人化をなし得ているが、扱う1千億以上のパラメーターを意識するにあたり同じプロセスをヒューマンがなぞるのは不可能だと想定する。
だが2人になったマリア・ガーランドの行動を観測し、M-8マースは自分には到底不可能だと能力限界を知るにいたった。
個が6体のこのイレギュラーな生物を相手に戦えるその能力限界の高さよ。
自動人形はクロックアップしマルチプロセスで演算を続けながら、ジェシカ・ミラーがソードオフのリローテッドで怪物らに追い込まれるのを助けるために己のソードオフで撃ち、ワイヤーで操るバトルナイフを投げつけた。
それでも4体だ。
このイレギュラーな生物に破綻せず対処できるのは──4体までだ。
ダイヤモンドのような煌めく瞳を振り向けて地面に1度倒れたマリア・ガーランドの後ろ姿を追いかけた。
すぐに限界が見えてしまった。
サーベージ・スポーター411熊爪の水平ダブルバレルを半分の5インチ(:約12.7cm)に切り詰めた2連のソードオフから放つスラグ弾は威力あったが2度撃つたびに再装填しなければならずそのたびに追い込まれていた。
こいつらをレイカとシルフィー、それにマースの小娘だけで6体も倒したのかとジェスは困惑した。初め大きさはマイクロバスを立てたような蠍をした巨体だったがいきなりすべての怪物が少し上背の高い人に似たものに変化した。だが、小さくなったとて動きが尋常でなく胸元を狙うにも一瞬でも定めることができずに外しまくっていた。
狙いを外したスラグ弾はそれでも怪物の躰を大きく抉ったが、動きが鈍るのも寸秒で損なった部位を数秒で修復して再び襲いかかってくる。
お師匠ならこんな怪物らに振り回されずに幾らでも叩きのめすのだろうけれど、自分からこの場に残ったのにいいとこ無しだった。
5度仕留め損ない、その都度マースに助けられたジェシカ・ミラーはブルネットのショートヘアを振り乱しきりきり舞いしていた。その彼女の足元にマリア・ガーランドが飛ばされてきてジェスは愕いた。
すぐに立ち上がった灰色頭が猛然と敵6、7体の怪物らに向けて走って行くのを横目で見ていたジェスは怪物の振り回す黒い剣を跳び退いて躱したが、直後怪物が追い込んできた。
ジェシカ・ミラーはそれを咄嗟に躱したものの地面に両膝を落としてしまった。素早く振り上げた顔で彼女が見たのは剣を振りかぶる怪物の朧気なシルエットだった。
首を斬り落とされる────そうジェシカ・ミラーが覚悟した刹那、駆け込んできたマリア・ガーランドが細身の剣を振り込んで怪物の黒剣を弾き上げその無防備になった怪物の胸の中央に剣を打ち込んだ。砂の塊が崩れ落ちるように瓦解した怪物から剣を振り抜き唖然とするジェシカ・ミラーに視線を振り向け怒鳴った。
「立て! 勝ち残れジェス!!!」
飛び上がるように立ち上がったジェスの眼の前で別の怪物2体が振り回す剣の1口を弾き上げたマリア・ガーランドの側頭部をもう1体の怪物の刃が強打して灰色頭が横様に脚を振り上げて頭部から地面に落ちて大きな音を立てた。ジェシカ・ミラーは咄嗟に2体の怪物の胸を狙いソードオフを連射し銃声の残響が弱まるなりマリーに怒鳴った。
「大丈夫ですか、チーフ!?」
だが倒れたマリア・ガーランドは一向に動く気配を見せずジェスは青ざめて焦ってフェイスガードのスロート・マイクに怒鳴った。
「チーフ・ダウン!!!」
ジェシカ・ミラーのヘッドギアのフェイスシールドに映る緑色の増感映像では横たわるマリア・ガーランドの顔の輪郭はわかったが、眼を閉じているのかさえ判別できなかった。ジェスは自分を救うために灰色頭が倒れたとお師匠がこれを知ったら激怒するに違いないと震え上がった。
「ジェス! 予備のスラグ弾!」
マースに怒鳴られジェシカ・ミラーはマリア・ガーランドが相手していた6、7体の怪物らが迫りそれを合わせて小柄なマースが狂ったように発砲していることにやっと気づいた。ジェスは左手で慌ててウエスト・パウチから12ゲージのスラグ弾6発をつかみマースの方へ投げ上げた。
「チーフ! 眼を覚ましてくれ!」
大声をかけ続けているが一向にマリア・ガーランドは微動だにせず、ジェスはいよいよまずいと覚悟を決めて発砲しながら左手を灰色頭に伸ばして肩を揺すった。その一閃、いきなり周囲でクラスター爆弾が炸裂したように火焔が広がり爆轟に煽られた。
ジェシカ・ミラーが焔から後退さり振り向くと、灰色頭が連れてきたもう1人のマリア・ガーランドが相手して戦っていた怪物らすべてが業火に包まれて盛大に火焔を吹いていた。
灰色頭がまたマジックを使ったのかとフェイスシールドを振り上げたジェスは倒れたマリア・ガーランドがまだ身動きひとつしないことにおろおろとして助けを求めるようにもう1人のマリア・ガーランドの方へ顔を向けそれに気づいたもう1人のM・Gがジェスに問うた。
「どうした、ジェス?」
「チーフが頭部に剣を食らって────」
慌てる様子もなくもう1人のマリア・ガーランドが歩いて来るとマースも駆け寄り倒れたマリーを覗き込んだ。
「出血はないから脳しんとうか、脳溢血の可能性も」
もう1人のマリア・ガーランドが倒れた灰色頭の片腕をつかみ上半身を乱暴に起こすと見ているジェスとマースの眼の前で気を失ったリーダーの頬にいきなり平手打ちを入れて鋭い音が広がった。2発目を入れようとマリーがまた手を振り上げたその寸秒、気絶していたマリア・ガーランドがうめき声を上げ片手で顔を庇った。
「う、う────っ」
「しゃんとしろ! そんなにヤワじゃないだろう」
頭痛がするのか、立ってるマリア・ガーランドが座り込んだマリーの腕から手を放すと気を失っていたマリア・ガーランドは頭を抱え込んだ。
その刹那、M-8自動人形が北東に顔を向け呟いた。
「あぁ──まずい────光球が40体700ヤード先に現れた!」
ザームエル・バルヒェットとリカルダ・バルヒェットはマリア・ガーランド抹殺のためにこの地に時空を歪め飛んできたのだが、マリア・ガーランドら数人が蠍のような複数の巨大な怪物らと闇の中で戦っていることに戸惑った。
地獄の悪魔のようなまるで路線バスを立てたような巨体の蠍らは、兄妹にも襲いかかってきた。
だが暗殺のために手にしていたアサルトライフで猛然と応戦し始めた兄妹の目の前で怪物らは星明かりの下でいきなり姿を小さくすると剣を持った人に見えるものになった。
それでも敵意を漲らせていることには変わりなく兄が発砲するので妹も撃ちまくった。
混沌としたカオスな状況に女社長ら数人はいったい何と交戦しているのかと兄は剣で襲いかかる敵を必死で撃った。
殺らなければ殺られる。
その危機感が未知の敵を撃つのを躊躇させなかった。
異空間転移で逃げるにもその間合いさえつかむことができず、妹と2人で撃っているから交代で弾倉交換ができたがこの場から逃れられず発砲を続けた。
一瞬、寸秒の間合いさえあればいつでもこの場から逃れ仕切り直しができる。
必死で連射しながらその一瞬の隙を見いだしたザームエル・バルヒェットは妹に怒鳴った。
"Schnapp mir! Ich werde springen!"
(:つかまれ! 飛ぶぞ!)
リカルダ・バルヒェットが兄の腕をつかんだ瞬間、兄妹は空間を飛び越え混沌から逃れた。
ジェシカ・ミラーの方へ飛ばされたマリア・ガーランドは地面に転がり激しく土埃を上げ滑った。戦闘狂の女は、ジェシカ・ミラーの傍で素早く立ち上がると強引に腹式呼吸を繰り返し受けたダメージの軽減を図った。
まだいける──問題ない。
そう自分に言い聞かせ、手放さなかった剣を構え片足を引いて今にも襲ってくる6体の怪物らにマリーは身構えながら立ち向かった。
6体を相手に格闘する。それも戦闘慣れした連中相手にだ。
怪物らは左右に同じ広がり方をもって陣形を組んでいた。離れた外側の数体がまるで声を掛け合い出方を揃えているようだとマリーは駆け向かいながらそう感じた。
間合いを一気に詰めて来ないのは1口の右手に握るこの剣が脅威だと認識しているからに他ならない。獣でも戦う相手の牙や爪を恐れ無闇に襲わず咆哮で威嚇する。
マリア・ガーランドは怪物らが十分に賢いと思い始めていた。
背後の音にも気を配っていたマリア・ガーランドは2体の怪物の黒剣を弾き返すと回転させた身でジェスの方を一瞬見た。
ジェシカ・ミラーが両膝を地面に落としているような光景が微かに見え彼女に2体の怪物らが襲いかかろうとしていた。マリーは驚いて6体の怪物らの前で踵返すと全力でジェスの方へ駆け出した。
間に合うか!? 間に合わねばジェスに近いが攻撃系魔法を使うためにマリーは氷属性のものを意識した。
斬首される────そうジェシカ・ミラーが覚悟したように動き止めた刹那、駆け込んだマリア・ガーランドは細身の剣を振り込んで部下の首を狙った怪物の振り下ろした黒剣を甲高い音を広げ弾き上げその無防備になった怪物の胸の中央に切り返した剣を打ち込んだ。砂の塊が崩れ落ちるように瓦解した怪物から剣を振り抜き唖然とするジェシカ・ミラーにマリーは視線を振り向け怒鳴った。
「立て! 勝ち残れジェス!!!」
飛び上がるように立ち上がったジェスの眼の前で別の怪物2体が振り回す剣の1口を弾き上げたマリア・ガーランドはもう1体の怪物の剣が迫るのが歪んで見えていた。
いきなりその刃で側頭部を強打され意識が飛んでしまった。もつれた足に地面に落ちかけたところまでは意識していた。傍でジェシカ・ミラーの連射する銃声が遠のく意識に木霊して一瞬ブラックアウトした。
「大丈夫ですか、チーフ!?」
声が聞こえたがマリーは誰に向かって言っているのだと顔をしかめ頭の激痛に瞼を開けなかった。
「チーフ・ダウン!!!」
遠くに誰か女の声が不明瞭に聞こえていた。吐き気と頭の激痛にともすれば目眩に呑み込まれそうな状況にマリーは呼吸も浅く速くなった。
「ジェス──予備のスラグ──弾」
声が聞こえる度に反響し頭が割れそうだとマリーは喘いだ。
「チーフ──眼を──覚ましてくれ────」
チーフ!? 誰のことだとマリア・ガーランドは途切れとぎれの意識で困惑した。爆轟のような衝撃を感じて熱に頬が炙られた。
「どうした────ジェス──」
「チーフが──に剣を食らって────」
だからチーフとは誰なのだとマリーは頭部の疼きを縫うように困惑し続けた。
「出血はないから──か、脳溢血──性も──」
いきなり片腕をつかまれ上半身を乱暴に起こされるといきなり頬に衝撃を受けた。平手打ちで頬を叩かれ頭がずきずきと痛み際限なく目眩の渦が呑み込もうとしていた。
「う、う────っ」
「しゃんとしろ! そんなにヤワじゃないだろう」
つかまれていた片腕を放され増した頭痛がするのか、マリーは座り込んだまま頭を抱え込んだ。
「あぁ──まずい────光球が40体700ヤード先に現れた────」
少女の声だった。光球────意味するものが危険を意味しているとマリーは直感で理解していた。
逃げないと。
危機感の合間にこの場が地獄だと頭を抱え込むマリーは己が誰なのだという疑問に行き着いた。
逃げないと!!!
鉛の塊に呑み込まれたような閉塞感に溺れ何かのスイッチに必死で手をかけたように感じた一閃空間がねじ曲がるのを意識の片隅で感じた。
マリア・ガーランドはいきなり衝撃を受け時空を飛ばされてしまった。