Part 12-2 Black Impulse 黒い衝動
Armored Reconnaissance Unit 1st Company 6th Squadron 1st Cavalry Regiment 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground Fort Bliss, TX. 21:37 Jul 13/
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 23:18
7月13日21:46 テキサス州フォート・ブリス アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊第1中隊機甲偵察部隊の演習地/
23:24 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
吹きつけていた生暖かい風が止まりぴりぴとした感覚を研ぎ澄ました。
「来るぞ!」
今日のマリア・ガーランドがそう告げると昨日の異次元から来たマリア・ガーランドとジェシカ・ミラーそれにM-8マレーナ・スコルディーアが身構えた。
そこへ突然に見覚えのある若い男女が空気を唸らせて現界した。
暗殺者ザームエル・バルヒェットとリカルダ・バルヒェット兄妹は前後に振り向いた殺す対象が2人いることに愕いた。ジェスは突如傍らに現れた男女が武器を手にしていることにソードオフ2挺を振り向け怒鳴った。
「除装しろ!」
2人のマリア・ガーランドは殺し屋らにかまう余裕はなかった。顔を振り戻すと挟み込むように迫る威圧に闇を睨み据えていた。
敵は40体。もう1人のマリアと分かち合い半数の20体もの怪物を相手に闘う。
追い込まれているこの感覚がいいとマリーは思った。
その寸秒、砂塵を巻き上げ怪物らの先陣が15ヤード先に立ち止まった。
でかい。壁のようだ!
1体がスクールバスを立てたような体躯。横並びの3体でマリーの視界の7割を占めていた。
星空を遮るシルエットはヒューマノイドの体型と異なる尾を横に振り上げた蠍そのもの。
虚仮威し────だ。
そうベルセキアが囁いた。威圧するために選んだ仮の体型だと内なるベスが教える。チョーカーのなくなったマリア・ガーランドは右手につかんだバトルナイフに意識を振った。その刹那冷たく光る銀色の刃が伸び始めた。
中央の怪物が踏みだしてくる。
その車のトランクほどある右腕の鋏みを振り上げ叩き下ろし狙っていた。
こいつに目はあるのだろうか。
シルエットを見上げながらマリア・ガーランドはラピスラズリの三白眼で睨み据えた。
白兵戦の基本は視線を相手の目から離さないことだ。目に相手の次の1手が浮かび上がるのを拾う。
「──スタンバースト」
高速詠唱もなく呟いた瞬間、3体同時に高圧の電撃を喰らわした。
怪物らの間に放電が迸りマリア・ガーランドを青白く照らしだした。
直後、怪物らの輪郭が揺らぎだし波に浚われる砂城が形奪われる如く総崩れになった。その脆さにマリーは眼を強ばらせ思いを吐いた。
「こんな連中に陸軍機甲部隊が大損害を受けたというのか────!?」
後ろから異次元から連れてきたもう1人のマリア・ガーランドが大声でマリーに告げた。
「こいつら電撃に弱いぞ!」
なら残りの34体への対応は明白だった。
マリア・ガーランドは眼の前にさらに現れた17体の壁へ高速詠唱を唱え始めた。
"Föl elding, konungur allra lausna.Með því að víkka út lögmál himins og jarðar, ég er ástæða allra hluta.Eyðing, komdu niður járnhamar tortímingar, eldingu endalokanna...Śakra Vajra!!!"
(:青白き雷光、万解の王。天地の法を敷衍し我は万象の理。破壊、壊滅の鉄槌よ下れ終焉の雷撃────シャクラ・ヴァジュラ!!!)
こいつらは何をやっているのだ!?
暗殺者の兄ザームエル・バルヒェットはブルネットの女に向けられたソードオフの銃口から暗殺対象の女社長の前に現れた怪物に気を奪われた。
あれは何だ!!?
暗がりの高野で星灯りに浮かび上がったシルエットはバスを立てたほども大きさのある蠍のような異形の生物だった。それが立ちはだかり女社長へドアほどもある大きな鋏みを振り上げていた。
ザームエルは目にしているものが幻影なのかと思った。
"Bruder, das Monster..."
(:兄さん、怪物が──)
傍らで反対を見ている妹が上擦った声で呟いた。直後、3体の怪物らが放電を発して青白く照らしだされると一気に崩れ去った。
寸秒、砂塵を巻き上げ同じ怪物らが現れひしめき合った。
「我々に銃口を向けている場合じゃ──」
ザームエルはソードオフを向けるブルネットの女兵士に英語で警告したが、女兵士は銃口を逸らそうともしなかった。
突如、星空が雲に覆われ雲海に雷が走り始めると同時に何本もの落雷が怪物らに落ちて爆轟が広がると怪物らの間にも横へ稲光が突っ走った。
また崩れると見つめていたザームエル・バルヒェットは壁がまったく崩れないことに呟いた。
"Es ist schlecht..."
(:まずいぞ──)
その時になって初めてブルネットの女兵士が銃口を向けたまま視線を逸らした。それをザームエル・バルヒェットは見逃さなかった。ソードオフの銃身をつかみ逸らすと兄はブルネットの女兵士を殴りつけ倒した。
その手からショットガンをつかみ取ったのは傍らにいたドレスアップした小娘だった。この状況に気を取られていたが、倒した女兵士の傍らにスカートの膨らんだドレスを着た少女がいたのを兄は失念していた。
"lass deine Waffen fallen! Meine Waffe hat einen sehr leichten Abzug!"
(:除装しなさい! 容赦せずに撃つから!)
いきなり小娘からドイツ語で言われザームエル・バルヒェットは警戒し手にしているM4A1カービンを負い革で地面に下ろした。
"Bruder, werden wir uns von unseren Waffen trennen?"
(:兄さん、武器を手放すの?)
妹に問われザームエルは短く応えた。
"Manipuliere den Puss."
(:小娘を操れ)
兄に命じられ妹はドイツ語で小娘が喋ったことで意識を集中しドイツ語で命じた。
"Gib dem Mann die Schrotflinte."
(:ショットガンを男に渡しなさい)
妹の精神強制力は強力だったが、ソードオフを兄に向ける小娘の攻撃的な態度は揺るぎもしなかった。だがザームエル・バルヒェットはそんなことよりも女社長が剣を振り回し体格で3倍以上大きな怪物とやり合う様に気を取られていた。
一気に辺りが混乱すると、妹はハンドガンをスーツの内側から抜いて小娘を撃った。
レイジョ6は高速走行すると原住民のミーリテスの東西に挟むように接敵した。
外殻の大きさの差はそのまま原住民の意識に負のバイアスをかけ無抵抗に抹殺できるはずだった。
だが目論見が大きく外れた。
大した強勢仕掛けを持たぬミーリテスが強力な電流攻撃で6のコアを麻痺させた。
マヒ直前に、どうやって──よりも、原住民の攻撃手法を残り34のレイジョに共有することを先陣は選んだ。
34のレイジョは接敵した直後、強力な落雷がレイジョを襲った。原住民は天候を操れるのかと共有したが、躯を構成するマテリアルを操作しコアを避けて電導率の高い部分を作り出し高電流を地落し難を逃れた。
興味深いのは原住民のミーリテス2体の外観が寸分違わぬものだということ。原住民にもレイジョがいるのかと、これまでの多種雑多な世界のコロニーの記録を検索した。我以外にレイジョはなくそんなコロニーの記録は残されていなかった。ということは原住民のミーリテス2体の外観が同一なのは1卵生双生児という稀少な発生で、抹殺後に特別なトロフィーとして記憶を保存する価値があるとレイジョは考察した。
6人の原住民はこの場で抹殺するのだと東西のレイジョ6が腕を振り上げて銀色の毛髪をしたミーリテス2体に鋏み振り下ろし襲いかかった。
意想外の事態にレイジョの状況判断は停滞した。
振り下ろした鋏みを銀色の毛髪をした2体が躱すと腕を駆け上がりコア目掛け剣を振り込んできた。
意識がはっきりしてくるとすぐ真横に迫った蠍の怪物にジェシカ・ミラーは顔を引き攣らせ地面から跳び立ちソードオフを振り上げ迫った怪物の鳩尾を狙い引き金を引いた。
銃口から飛び出したスラグ弾は蠍の怪物の外殻を粉砕しコアを撃ち砕いた。途端にその1体は投げだした砂のように地面に崩れた。
紫外線弾で吸血鬼を撃ったみたいだとジェスは思い武装した男女に意識を振り戻した。敵対心剥き出しだった男女2人は逆側から迫った怪物へカービンを乱射していた。聞き慣れた発砲音にジェスが視線を振り向けると南側から迫った蠍の怪物へ向け自動人形がソードオフを発砲していた。
ジェシカ・ミラーは怪物7体と戦っている灰色頭に視線を奪われた。連続して繰りだされるドアほどもある鋏みを何度も既の所で躱し次々に怪物を崩れ去る砂山に変えてゆくのを呆れかえって見ているとジェスの方へ新たな蠍の怪物が回り込んできた。
負けてらんねぇ──そう思ってジェシカ・ミラーはソードオフを怪物の鳩尾へと振り向けトリガーを引いたその寸秒マースが大声で命じた。
「ジェシカ! 新しいシェルを!」
ジェスは腰のパウチから新しいショットシェルを4個左手の指に挟み取り出すと腕を振ってそれらを放り投げた。
暗闇に手を伸ばし次々にショットシェルをつかんだ自動人形はソードオフのバレルを開放し振り回し空のシェルを排莢するとリロードするなりバレルを閉じてソードオフを振り切り新たに迫った怪物の鳩尾目掛け発砲した。
見上げる崖のように立ち並んだ化け物らに雷撃の上位魔法が効力をなさなかった寸秒、マリア・ガーランドは舌打ちして蠍の怪物が振り回してきた鋏みに飛び乗って駆け上がり3歩で横へバク転しなが隣の化け物の脇腹から躰の中心へと細身の剣を打ち込んだ。
崩れる砂状の骸から剣を引き抜き身体をスピンさせさらに傍で鋏みを振り下ろしてくる蠍の胸と腹部の中間に剣を突き立てた。
駆け回り両足を凄まじい勢いで交差し身体をスピンさせ反らせセミロングのプラチナブロンドを振り回し敵の攻撃を紙一重で躱しながら次々と怪物を砂山に変えてゆくマリーは視野の隅に反対側で闘う異次元の昨日から連れてきた自分を認識し、同じ数の怪物の攻撃に一歩も引かない自分に満足し、さらにはジェシカとM-8マースも善戦している状況に、怪物らが初手の放電一撃に学びより上位の雷撃系攻撃魔法に耐性を見せ、なら今、繰り広げている白兵戦ディフェンスにこいつらも学ぶのかと考えた一瞬、様相が一変した。
まるで再構築するように残った怪物らの巨体が人の大きさと手足一組に変化すると、マリア・ガーランドは即座に気づいた。
躰が小さくなったことで、急所を狙い難い。
2体同時に攻め込んできた怪物の1体を砂山に崩し剣を振り切ってもう1体をと狙った須臾、怪物の攻撃を見誤った。
両腕に下げているはずの鋏みがいつの間にか長剣になっておりその1口の切っ先がマリア・ガーランドの右肩の鎖骨を折り肩甲骨を刺し貫いた。
即座に飛び離れた百戦錬磨の女は右腕が使い物にならなくなったことで左手に剣を持ち直すと残った怪物らに向かいあった。
6体のそれらはまるで同期しているように同時に同じ足を踏みだして襲いかかってきた。それら6体の腕と一体になった長剣が同時にマリア・ガーランドに左肩を狙ってきたことで、怪物らが学ぶだけでなく何らかの方法で意思疎通をしているとマリーは顔を強ばらせ身を翻した。
距離をとり魔法防壁のスクリーンを張って時間稼ぎをした合間にマリーは剣を握った左手を右肩に当て治癒を試みた。
空中から湧き出した金粉の耀きが肩に降り注ぎ急激に痛みが遠ざかった。
ヒューマノイド化した怪物らが魔法防壁を破ろうと長剣で切りかかっていた。その様を眼にしてマリーはこいつらは急所を突けば原形を止めぬが、手足を切り落とせば蘇生するのかと思った。
身構えて魔法防壁を解除した瞬間、マリーは正面に近い怪物2体の長剣伸ばす手首を細身の剣をしならせ叩き落とした。
星空の明かりだけで細かなことまで見て取ることは出来なかったが、怪物の足元に転がった剣を伸ばした腕2つが砂状に形崩すとその小山が減って切り落とした怪物らの手首から先が伸び始めて長剣まで再生してゆく。
こいつら急所の1点を打ち抜かなければ、幾らでも復活するのだとマリア・ガーランドは顔を強ばらせて生唾を呑み込んで呟いた。
"Bring it on...!!!"
(:上等だわ────!)
活気の落ち着いた深夜、NSAのヴェロニカ・ダーシーはチェルシーにあるNDC本社の作戦指揮室でマリア・ガーランドの帰りを待ちわびていた。
だが肝心のマリーは超がつくほどご多忙で、日中から顔を合わせていない。
命を蘇生させたマリーならこの内なる囁きを解決してくれるとヴェロニカは一縷の望みを託していた。
することもなく第4課のブースでパソコンを使い止め処もなく『再生』や『復活』などのワードで検索し引っかかってくる文献を読んでいた。
操っているトラックボールの指がむず痒く感じてヴェロニカは自分の右手を見つめた。細くしなやかな指。その形よい指を見つめていた彼女はだんだんと顔が強張りきつい視線で手元を見つめ続けた。
トラックボールに乗った中指と同じ長さのもう1本の指。
数えなおしても右手の指が6本ある!
顳顬に冷や汗が吹き出したヴェロニカ・ダーシーは見間違いだと自分に言い聞かせながら眼を游がせた。