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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #11
53/164

Part 11-3 Fałszerstwo 偽造

4 lipca 12:17 Gdynia Rzeczpospolita Polska

7月4日12:17ポーランド共和国グディニャ





 裏通りを女の後ろから走ってきた黒のワンボックスが真横で急停車するとスライドドアが開いていかつい男らが4人躍り出た。マフィアの男らは録画ビデオの女に間違いないと女を取り囲んだ。銃を向けられても女からは驚い表情は見て取れなかった。



"Hej kobieto.Czy możesz pożyczyć mi swoją twarz."

(:おい、女。ちょっと顔を貸してもらおうか)



 歳嵩としかさの男がリーダーだった。女は男らが持つハンドガンを見回した。9ミリ口径のセミオート銃だった。女は言い放った男にうなづいてみせてワンボックスに乗り込むと後を追うように男らは乗り込みスライドドアを閉じた。



"Słyszałem, że naruszyłeś nasze terytorium,Ilu jest twoich ludzi?"

(:うちのシマで暴れたらしいが、仲間は!?)



 女にじたばたする様子は見られずそれでも車中に引き込んでなお銃口を向ける男らに女は静かに鼻で笑った。その態度に男らのリーダーがいきなり女の右向こうずねをハンドガンで撃った。跳ね上げた空の薬莢(カートリッジ)が天井にぶつかり、激痛に拉致らちした女が泣き叫び片膝かたひざを抱え込むさまを笑おうと男らがにやついた。



"Hihi,Typerys."

(:ふん、愚か者め)



 何語かを理解できない男らはそれでも捕まえた女が銃弾にもわめかずに口にした短い言葉がさげすんだものだと理解して腰を浮かせた。



"Istnieje kilka sposobów zastraszania."

(:人を脅すには幾つかの方法がある)



 女は男らが理解できるポーランド語で語りかけた。







"Najlepszym sposobem na to jest przestraszenie ich do rdzenia."

(:そのもっともな方法は心底怯えさせることだ)







 うつむいた女がそう言い切り顔を上げると三白眼の両眼が歳嵩としかさの男をにらみ閉じた紅い唇が吊り上がった。一瞬のがあり女が歳嵩としかさの男が銃握る右手首をつかんだ。咄嗟とっさに男は引き金を引いてしまった。女の腹の真っ正面で爆轟とブラストが広がった。同時に女は並んで座っていた左の男の右腕を蹴り上げ拳銃を天井に当て落とすと、歳嵩としかさの男の隣に座った男に飛びついた。歳嵩としかさの男は女が隣の男の首に噛みつき肉を咬み千切ったのを驚いた顔で見やった。



 首を咬み千切られた男を片手で突き放し女は右に座った男へと振り向き飛びかかると顔に咬みついた。歳嵩としかさの男は向かいに座った手下が落としたハンドガンを拾おうと前屈みになった背をかするように銃を握った腕を女の背に振り向け引き金を引いた。



 腹と背を撃たれ動けなくなるはずの女は飛びついた男の鼻を食い千切り、その横で床から銃を拾い上げている男の頭を抱き込み首に噛みついた。歳嵩としかさの男は驚愕の眼差しで女の行動を見た。リーダーのその男は暴虐の女の側頭部に銃口を向け引き金を引き絞った。



 銃声(ガンショット)が車内に響き渡って女が頭を振られワンボックスカーがタイヤを軋ませ急停車した。運転を任されている若い手下がドアを開け放ち逃げだした。



 死んでしまうはずだった。



 向こうずねを入れて4発も撃たれたのだ。最後は耳のかたわらを撃ち抜いた。



 死んでしまうはずの女が歳嵩としかさの男の首を横様に伸ばした腕でつかんだ。男は右手首をひねり女の顳顬こめかみに銃口を押し付け引き金を続けざまに引いた。弾ける3発の銃声(ガンショット)が重なり女が激しく頭を揺り動かした。



 ゆっくり振り向く女が三白眼で歳嵩としかさの男をにらみ整った血だらけの唇を吊り上げた。











 唖然と見つめる歳いった男から銃を取り上げクラーラ・ヴァルタリは男の耳元に顔を寄せささやいた。



"Mam pytanie..."

(:聞きたいことがある──)



 歳嵩としかさの男が生唾を呑み込み数回小刻みにうなづいた。



"Poprowadź mnie do faceta, który robi fałszywe paszporty."

(:偽造パスポートを作る奴に案内しろ)



"P,poprowadzę cię."

(:つ、連れて行く)



 クラーラはスライドドアを開き男の襟首をつかんで引きずりだした。そうして助手席のドアを開き男を押し込むと自分も乗り込み男を運転席に押しやった。



"Zamknij drzwi."

(:ドアを閉じろ)



 クラーラは男に命じ1度咳き込みダッシュボードの上に数発の銃弾を吐き出した。それを見ていた男が開き放しの運転席のドアに手を伸ばし閉じた。車を走らせ始めた歳嵩としかさの男がつぶやくようにクラーラに問いかけた。



"Jesteś...człowiekiem?"

(:お前──人間なのか?)



 クラーラは鼻で笑った。頭に4発、胴体に2発、向こうずねに1発撃ち込まれていた。どう考えても死体だった。



"Jestem diabłem."

(:悪魔さ)



 運転する裏世界の男は確かめるようにクラーラに一瞬視線を向けた。



"Dlaczego diabeł chce paszportu?"

(:悪魔が──パスポートをなぜ欲しがるんだ?)



"Jest,jeśli wejdziesz między wrony, musisz krakać jak i one."

(:郷に入れば郷に従え、だろ)



 運転しながら男は額の汗を拭った。後席で顔や首を咬み千切られた手下らがうめき声を上げ続け歳嵩としかさの男は1度ルームミラーをのぞいた。



"Ty jesteś,Dlaczego zaatakowałeś naszą organizację?"

(:あんた、なぜうちの組織を襲ったんだ?)



"Pieniądze są zabierane tym, którzy je mają."

(:金はあるところから奪うものだ)



 男はわずかに何かを考えクラーラにたずねた。



"Jeśli jesteś nieśmiertelny, dlaczego nie dołączysz do naszej organizacji?"

(:あんた、不死身ならうちの組織に来ないか?)



 クラーラはまた鼻で笑った。この男の組織に敵対する組織が地元にあるのか、これだけのものを見せられてなお私を客人に迎えようというのかと愚かしいとクラーラは思った。



"Niemożliwe.Stań się górą trupów."

(:諦めな。死体だらけになる)



 言ってみたが悪くないとクラーラは思った。裏世界の男らと話しをするのはいいものだ。腹の探り合いはあれど打算の上での会話になる。身内も損得勘定だった。明快だ。アメリカに渡りパトリシア・クレウーザを喰らったらどこかのマフィアに転がり込むのもいいかもと感じた。



 ワンボックスカーは広い道から裏路地に入ると古びた煉瓦れんがの2階建て建物の前に止まった。



 クラーラは運転席の男の襟首をつかむと助手席から下りて男を引きずりだした。



"Nie mów nic zbędnego."

(:余計な事は言うな)



 男がうなづいてクラーラは襟首から手を放した。



 男が建物のドアに向かい呼び鈴のボタンを押すと離れた窓のカーテンが動いた。



"Dominiku, otwórz."

(:ドミニク、開けてくれ)



 男がそう呼びかけるとすぐにドアのデッドボルトが操作される音が聞こえて開いた。顔をのぞかせたのは髭面ひげづらの丸眼鏡をかけた痩せた男だった。その男は歳嵩としかさの男の後ろに立つクラーラを警戒するように一瞥いちべつした。



"Przyprowadził gościa."

(:客を連れてきた)



 運転してきた男がそう告げると、眼鏡の男は部屋の中へあごを振り扉を大きく開いた。



"Poprosić o paszport."

(:パスポートを頼む)



 そう告げながら歳嵩としかさの男は中へ入った。クラーラは用心深く後に従い後ろ手でドアを閉じると眼鏡の男がクラーラのわきを抜け施錠しにきた。



"Jaka jest twoja narodowość i imię?"

(:国籍と名前はどうする?)



 問われクラーラは希望を述べた。



"Narodowość paszportu jest polska.Możesz wybrać imię."

(:ポーランド国籍で名前は適当に)



"Zrobić zdjęcie.Chodź tutaj."

(:写真を撮る。こちらに来てくれ)



 室内の壁の1つにシーツが伸ばされ張り付けてあった。そこの床に黄色のテープで線引きされており眼鏡の男はそこを指さした。三脚に載せられた一眼レフがその向かいに置かれていた。



 クラーラは胸元の服を引っ張り出し見下ろした。咬み千切った男らの血が染みになっていた。



"Pożycz mi ubranie na zmianę."

(:替えの服を貸して)



 書類屋は天井を見上げ近くの机に行くと椅子の背に掛けた綿のシャツをつかんでクラーラへ投げ渡した。そのシャツを片手でつかんだ瞬間、クラーラは失意に気づいた。





 歳嵩としかさの男の動きを失念していた。





 視線を振り向けた部屋の角にどこから取り出したのかフランキ・スパス12を肩付けし歳嵩としかさの男は銃口を向けていた。



"Potwór!"

(:化け物が!)



 爆轟が広がり銃口が火花噴き出した刹那せつな、クラーラは散弾だと思い込んで予想した以上の桁外れの衝撃を理解できず壁まで吹き飛ばされた。激しく背を壁に打ちつけ床に落ちたクラーラは感覚のなくなったわき腹に手をあて眉根をしかめた。



 わき腹が大きくえぐられていた。



 スラグ!



 散弾ではなく単一の銃弾(ブレット)だった。



"Przygotowywałem kuloodporny łamacz w ramach przygotowań do ataku!"

(:襲撃に備えて防弾着破りを用意してたんだよ!)



 フランキ・スパス12構える男に言い放たれクラーラ・ヴァルタリは一瞬絶対死領域を広げようとして躊躇ちゅうちょした。同室にいる偽造書類屋も殺してしまったら元の木阿弥もくあみだと思った。えぐられた脇腹を押さえてクラーラはよろめき立ち上がった。











"Najwyraźniej nieśmiertelność była kłamstwem!"

(:どうやら不死身はでまかせだったな!)



 歳嵩としかさの男は言い捨て狙いつけたままフォアエンドをスライドさせ薬莢やっきょうを排出し脇腹をえぐっても立ち上がった女の胸を狙い引き金を引いた。爆轟と硝煙を放ちライフリングを刻まれた0.727インチ径の鉛のフォスター型スラグ弾頭が高速で飛び出し20ヤード先のクラーラの左胸を大きくえぐった。撃たれることを予想し身構えた女は飛ばされこそしなかったが、上半身をひねり両腕を激しく振り回した。



 9ミリパラを7発も喰らってものともしない女だったが、口径で倍以上ある鉛の銃弾(ブレット)に肉や内臓組織を大きく損なわれ足をよろめかせていた。熊でも1発で仕留めるフォスター型スラッグ弾頭を2発も喰らいそれでなお立ち向かってくる女に男はさらにフォアエンドを引き次弾をリロードして顔を狙って引き金を引いた。



 左の眼孔と左耳を吹き飛ばされ女は血飛沫ちしぶきと共に顔を左に激しく振った。



 これで死ぬ。ここまでやって死なぬはずがなかった。顔だけでなく脳にも損壊を与えたはずだった。司法当局のガサ入れに備え隠させていた武器がこんな奴に役立つとは思いもしなかった。しかばねごとき女は両膝りょうひざを床に落とし両手を床についてうなだれた。



 ここまでやってうつ伏せに倒れない女を見つめ裏社会の歳嵩としかさの男は口を開いて荒い呼吸を補おうとした。



 室内で3発も発砲し男の耳には甲高い金属音が木霊していた。その耳鳴りが収まってくるとビチビチと得体の知れぬ音が聞こえ始め何の音だと男は目をおよがせた。



 男はふと目の前に床にうつむく女の顔の下にできた血だまりが小さくなってゆくことに気づいた。顔からは数本の筋をき血が滴っており血だまりが狭くなってゆくことが理解できなかった。唐突に男は血の筋に時折見えるこぶが上から下に落ちるのではなく顔の方へ登ってゆくことに気づいた。その時にはもう血だまりはビール缶の底ほどに小さくなっておりそれが急激にペットボトルのキャップほどの狭さになり筋に呑み込まれた。



 そうして女がゆっくりと顔を持ち上げた。



 右目の三白眼が見えその眼光に女の闘争本能がまったく失われておらず男を倒す手だては幾らでもあると知らしめていたが、歳嵩としかさの男はそんな視線よりもえぐられた女の左顔面に意識がとらわれた。







 ぶくぶくと泡立ち女の欠けた顔が急激に盛り上がっていた。







 その泡立ちの合間には蚯蚓みみずのような赤い筋がうねり踊って泡に消えてゆく。歳嵩としかさの男は手にしたショットガンを慌てて女の顔に照準すると引き金を引いた。薬莢やっきょうを叩く乾いたファイアリングピンの音がレシバーから聞こえ、男は焦ってフォアエンドを前後にスライドさせシェルをリロードさせ照星の先に女の顔を合わせようとして顔を強ばらせた。







 その女の顔がフォアエンドの真横にあった。







 目鼻の先で引き結んだ紅い唇が吊り上がるとゆっくりと開かれ見えてきた犬歯が他の歯の2倍以上に伸び下りるのを見つめ歳嵩としかさの男は女が何を狙ってくるのか直感で理解した。



 刹那せつな、防ぐこともできず男は喉笛を食い千切られ横に向けた女の顔が1度遠ざかると信じられぬほどあごが大きく開き顔面に喰らいついた。一咬みで鼻孔の奥までえぐられた男は悲鳴を漏らしショットガンで女を突き放そうと足掻いた。その直後、女は歳嵩としかさの男の左肩に喰らいつき一咬みで鎖骨を咬み砕かれた男はショットガンを床に落とした。











 倒れた男の脇腹に喰らいつき肉を食い千切ったクラーラ・ヴァルタリは咬み千切った腸を呑み込むと血をすすり口周りについた血を上着の袖で拭った。


 完全に左顔面を復元させたクラーラがゆっくりと顔を振り向けると部屋の隅に偽造書類屋が震え上がり立ちすくんでいた。



"Dominiku, Jeśli nie chcesz być zjedzony, daj mi ręcznik i koszulę."

(:ドミニク、喰われたくないならタオルとシャツをよこしな)



 押し殺した声でクラーラ・ヴァルタリが要求すると眼鏡の男は激しく顔を上下に揺すって服を脱ぎだした。












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