表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #10
50/164

Part 10-5 Gambling 博打(ばくち)

3 lipca 9:25 Gdynia Rzeczpospolita Polska

7月3日9:25ポーランド共和国グディニャ




 ポーランドの地図が貼られた仮設のホワイトボードをこぶしで殴りつけたフローラ・サンドランの怒りにセキュリティらは押し黙った。



 ポーランド北部のグディニャまでの転々とした足跡を辿たどりクラーラ・ヴァルタリに追いついたはずが女テロリストはいきなり行方をくらませていた。



「昨日の21時まで南のビドゴシュチにクラーラがいたのは間違いない」



 西へと逃げるクラーラがチェコかドイツへの越境を諦め北へと移動し始めてかなりの距離を移動していた。女テロリストは移動先で必ず民家を急襲しその被害の届けが警察に上がり、それをパトリシア・クレウーザが探しだしてここまで来た。



 強盗とクラーラの襲撃は一見すると見分けがつかない。だが家人の殺害の残虐性において抜きん出ていて、ゾンビ化させることなく、人肉を喰らっていた。



「チーフ、どうしてグダニスクじゃないんですか。街としてはそちらの方が大きいし」



 スナイパーのアルノー・ボードレールが尋ねた。



 グダニスクはグディニャの南東13マイルにある街だった。クラーラはカトヴィツェにあった金属加工業のアジトから逃げ出し当初は思いつきの場所に跳び逃げていた。だが街へ跳ぶ様になり跳ぶ先々で民家を襲った。そうして逃げ込んだ先はバルト海に面したグダニスク方面だった。



 だが日が変わりまだクラーラは人家を襲っていなかった。



「クラーラは国境でなくバルト海を目指していた。だから港のある街に下り立ったに違いない。グダニスクはグディニャより街として大きいが港が小さい」



「チーフ、港を目指していた確証はないんでしょう」



 ガンファイターのフィロメーナ・ペシャラがフローラにたずねた。



「いくら怪物的な体力があれども自分の足で逃げ切れるとは思っていないだろう。なら高飛びで空港か港を目指す。そのためには金が必要になる」



「銀行などの金融機関を襲撃する?」



 爆発物担当のエミリアン・デュ・ゲクランが困惑げに指摘した。



「パトリシアの索敵範囲は広大だがすべてを見切っているわけではない。襲撃を察知し初動をかけても遅い確率が高い。ではどうやって我々はクラーラ・ヴァルタリを追い詰められるか」



 フローラ・サンドランは打つ手なしとは決して口にしないとセキュリティらはわかっていた。何かのアイデアにたよらなくてはならない状況を堪え忍んでいた。











 前日ビドゴシュチを後にしたクラーラ・ヴァルタリはわずか6回のジャンプで港街グディニャに到達した。追跡者らの気配はなかったが、これまでの様に民家には押し入らなかった。痕跡を残せばあの特殊部隊が忍び寄ってくるからだった。



 これまで押し入った民家から奪った金が多少はあった。



 クラーラは船員が遊び歩くのに寝泊まりする安モーテルに部屋を取った。どうにかして渡航するための段取りをしたかった。まとまった金はどこかを襲撃すれば手に入る。パスポートは偽造品を買えば良かった。客船で大西洋を渡ろうとは思っていない。密航という手もあったが追っ手が目をつけるとすれば客船だ。それよりも頻繁に行き交う貨物船の乗員の口を探そうと思っていた。その方が特定されにくい。



 まずは偽造パスポートだったが、安くはないだろう。それほど所持金を持っているわけではない。どこかを襲撃してまとまった金を手に入れるのが先決だとクラーラは思った。



 明日、日中に銀行を襲うかと考え否定した。火器を持っての襲撃なら手早いが、素手ではいくら剛腕でも思い通りに脅せないだろう。



 窓から暗い通りをながめながらクラーラは銀行以外にまとまった金が手に入りそうなものをあれこれと考えて1つに辿たどり着いた。



 部屋を後にして鍵をフロントに預けるとクラーラは夜の街にくり出した。街といっても繁華街があるわけでなくレストランとパブが何軒か目に付くだけだった。クラーラはバドワイザーのネオン灯を窓に下げたパブの扉を開いた。



 カウンターの止まり木に腰を下ろすと数人の男らの視線を感じた。ハイネケンを頼みバーテンがグラスと缶を出した。リップルを上げると横の席に遊び人風の男が席を移してきた。



"Czy jesteś marynarzem?"

(:船員さんかい?)



"Tak."

(:ええ)



"Chcesz się ze mną napić?"

(:一緒に飲まないかい)



 急に男が猫なで声になった。



"Czy znasz miasto?"

(:街に詳しいの?)



"Znam wiele miejsc do zabawy."

(:遊ぶ所なら幾らでも)



"Wprowadź mnie do kasyna."

(:カジノ知ってたら紹介してよ)



"Czy to gra…"

(:そっちの遊びか──)



 クラーラはポケットから100ユーロ紙幣を出すと男の前のカウンターに突き出した。それを男は確かめもせずに上着の内ポケットにしまい込んで声を潜めた。



"Stawka jest wysoka, ponieważ jest to tajne kasyno."

(:裏カジノだからレートは高いぞ)



"Nie ma problemu. Weź mnie."

(:かまわないわ。案内して)



 クラーラは男の分もアルコール代をカウンターに置いて止まり木を離れると男も席を立った。そうして男の後をついてクラーラは店を出た。車はあるのかと思ったが男が歩いてゆく後をついて歩いた。



"Jeśli oszalejesz, zostaniesz bez grosza przy duszy."

(:はまると、からっけつになるぞ)



"Nie zamierzam przegrać."

(:負けるつもりはないわ)



 心配するのかとクラーラは笑いたくなった。少なくともオケラにはならない。



"Jeśli masz problemy z graniem, daj mi znać."

(:遊びに困ったら声かけろよ)



"Chcesz zobaczyć coś strasznego."

(:怖いわよ)



 鼻で笑ったチンピラの頚椎けいついを噛み切ってやろうかと口を開いた。



 案内されたのは波止場に近い倉庫だった。そこに似つかわしくないのは周囲に高級車が多数路駐している事だった。



 入り口の上にビデオカメラがあり男の顔パスで扉が開かれた。



"To klient."

(:客だ)



 それだけ男が告げると扉を開いてるスーツ姿の男が顔で招いてクラーラは倉庫の中に入れた。



 賭場とばは薄暗くルーレットやバカラ、ポーカーのテーブル直上にやや明るい照明がついており十数台のスロットの照明がギラギラと光りを放っている。ドアを開いたスーツ姿の男が耳元に口を近づけ換金の窓口をあごで指し示した。その窓口には鉄格子てつごうしが付いており隣に出入り口の扉があった。



 クラーラは用心深く室内を見回しゲームに参加せずにテーブルに距離をおいている男らの立ち位置を頭に入れた。用心棒の人数は8人。それに対して客が30人ほどいる。



 換金の窓口の格子は力をかければ折れそうだった。だが一旦騒ぎを起こすと賭場の用心棒から銃を向けられる事はわかりきっていたので用心棒から倒す腹積もりになる。暴れ始めて7分で制圧し売上を奪い逃げる事に決めた。



 右手の人さし指を数回振って案内する男を口元に招き寄せた。



"Co."

(:何だ)



"Proszę umrzyj."

(:死んでくれ)



 裏拳うらけんあごを砕いた一閃いっせんクラーラ・ヴァルタリはグラス片手にポーカーテーブルにたむろしていた男らを跳ね飛ばし2人目の用心棒目掛け低い姿勢でダッシュした。



 その用心棒はホルスターから銃を引き抜く事も出来なかった。客の合間から突進してきた何かが胸元をつかみ振り回された。振り上げられ頭部から床にぶつけられたその男は首をあらぬ方へ向け折ると事切れた。



 死んだ男を投げ出し振り向いて駆け出したクラーラはバカラテーブルに駆け上がると座っていた客を飛び越えブローニングを引き抜いた用心棒の眉間にひざを打ち込み頭蓋骨を打ちくだいた。



 3人。ここまでは瞬殺だった。



 銃声が弾け左肩を後ろに持っていかれクラーラはキッと振り向いた。とっさに近くのポーカーテーブルに座っていた客の椅子の背をつかみ客ごと振り上げると豪腕で発砲してきた方へ投げつけた。そんな大きなものが飛んで来るとは思いもしなかった発砲した用心棒は椅子と客にぶつかりもんどり打って背後のスロットを破壊し伸びた。



 暗い賭場が騒然となり騒ぎの元を見極めようと残り4人の用心棒がスーツを開き銃握じゅうはに手をかけ店の1点を見つめた。



 クラーラは傾いたポーカーテーブルを鷲掴わしづかみにすると振り回し投げつけた。その円卓が唸りを上げ飛んで来ると狙われた用心棒はかわす事もできずに壁に叩きつけられた。



 残った3人の用心棒の内、2人が狼狽える客の間にクラーラを捉えていた。1人がブロンドの巻き髪の頭部をもう1人が背中を狙い銃口を振り向けた。



 同時に銃口が火を吹いた。



"Teräs!!!"

(:はがね!!!)



 クラーラが叫んだ一閃いっせん眉間と肩甲骨に銃弾(ブレット)が命中し、女テロリストは一瞬よろめいたが倒れなかった。



 顔を撃った奴は見えていた。



 逃げ惑う客を跳ね飛ばしクラーラは猛然と突進し額を撃った用心棒の銃を握る手首をつかみ腕の内側に入り込む様にからだを反転させた。そうしてクラーラは銃口を背中を撃った別の男の方へ向け銃握じゅうは握る男の手の上から被せた手のひらを握りしめた。



 仲間の銃火にクラーラの背中を撃った用心棒は左胸に銃弾(ブレット)を受け回転して倒れた。



 残った無傷の用心棒はブローニングをホルスターから引き抜いて連れ衆に組み付いている女を照門と照星で捉え引き金を絞った。



 クラーラはその銃弾(ブレット)を広げた左手のひらで受け止めた。その銃弾(ブレット)を投げ捨てクラーラは頭を振って組み付いている用心棒に後頭部をぶつけ意識を奪うとブローニングを取り上げ人垣の先にいる撃ってきた用心棒を狙いトリガーをタップさせ連射した。



 額を撃ち抜かれた用心棒が崩れ落ちるとクラーラは銃をベルトにし換金所へ駆けた。



 窓口の鉄格子てつごうしに飛びつき片足を壁にかけ女テロリストは全身の筋肉を張り詰めさせた。鉄格子てつごうしは微動だにしない。歯を噛み締めクラーラは腕と脚の筋肉を膨らませた。



 格子の周囲の壁にひびが広がりいきなり破綻が訪れた。



 壁が割れ鉄格子てつごうしを引き抜いたクラーラはそれを投げ捨てベルトから拳銃を引き抜くと壁に開いた穴に身を乗り出し部屋の中にいる男性に凄んだ。



"Włóż pieniądze do torby, jeśli nie chcesz umrzeć!"

(:死にたくなければ金を袋に詰めろ!)



 部屋の中の男は頷いてゴミ箱の袋を引き抜きカウンターの札束を詰め込み始めた。賭場は騒ぎに包まれ客らは逃げ惑っていた。



 じたばたとビニール袋に札束を入れて換金所の男はクラーラの前に炊飯器ほどの袋を差し出した。それをひったくり女テロリストは出口へと向かった。息急き切って賭場から逃れる客らに混じりクラーラは外へ出た。シンジケートの一味と見られる男らがいたがクラーラは止められる事なく倉庫を離れた。



 銃弾(ブレット)を恐れる事がないとはいえ、事が上手く運んだ事にクラーラは安堵あんどした。



 問題は手に入れた金で偽造パスポートを手に入れる事ができるかだった。1度モーテルに帰り手に入れた金額を確かめるつもりだった。



 人通りの少ない夜道を急ぎ足でモーテルへと急いだ。辿たどり着くと受け付けで鍵を受け取り5階の部屋に戻った。



 ベッドの上に袋の口を開いてユーロ札を広げた。帯封をしてあるものもあったがバラの紙幣が大多数だった。数え始めて20分ほどかかり2万8千ユーロあることがわかった。まずまずの金額だった。クラーラは札を几帳面に重ねたばにすると袋に入れ空気を抜いた。それをベッド下に隠しシャワーを浴びるためにバスルームに入った。



 偽の身分証を扱うものを探すのは明日の日中に回した。金を奪うよりもその方が難しく思えた。







 翌朝、明るくなると目を覚ました。部屋の時計はまだ6時前だった。まだ街は目覚めていない。ベッドに腰掛けてクラーラは今日の予定を考えた。



 昼過ぎまでに偽造パスポートが手に入ったらその脚で船員組合に船員募集の確認に行くつもりだったが女の船員は募集が少ないかもしれなかった。どうしても無いならクルーズ客船を利用するしかなかったが、渡米の手段としては危険だった。捜査の手が入ったら洋上では逃げ場がなくなる。それなら貨物船に密航するしかなかった。



 クラーラは金を入れ巻いたビニール袋を脇に抱えモーテルを後にして早朝営業のレストランを探した。


 人を食らう様になり普通の食欲はなかったが習慣がそうさせた。しばらく歩いているとこざっぱりしたカフェテラスが営業していた。クラーラは人目につくのを避け店内の席を選んでカプチーノのホットサンドを注文した。



 偽造書類屋はこんな早朝に仕事をしていないし街中をぶらついてもいない。またパブに入りそれらしい客に声をかけ渡りをつけなくてはならないとクラーラは思った。



 カフェテラスで1時間近く時間をつぶし、8時過ぎに街中へ出た。まだ営業を始めて店舗も多くクラーラは街を散策した。結構歩き回りその中でバッグなどをショーウインドに並べている店を見つけ丁度開店した所だった。クラーラは店内に入ると小ぶりのバッグを購入し、すぐ使うからとタグを外してもらった。



 店外に出るとクラーラは早速、現金を包んだビニール袋をバッグに入れた。ショルダーバッグよりは幾分大きいが持ち歩くのに不審感はないと思った。



 パブが開くにはまだ1時間ほどあった。クラーラは公園のベンチに陣取ると周りを見渡した。公園を通勤に抜けて行く人以外、家族連れやカップルはいなかった。



 ここには安寧秩序あんねいちつじょがあり自分だけが場に反している。平和や安心を求めている事はなかった。混沌と暗黒が最も信頼を寄せる心情だった。



 ここを歩き抜ける労働者は毎日を変わらず過ごしている。それが当たり前で心落ち着く暮らしなのだ。だがノワールこそ当たり前で人生の目的だとしてもそれがおかしいとは考えられないのは、自身の異常性なのか。



"Normaali on naurettavaa..."

(:正常などくそ食らえ──)



 もうそろそろパブの開く時間だろうとクラーラは立ち上がった。腕時計は昨日暴れ回った際にばらばらになってしまっていた。



 昨日入った店からかなり離れたパブを選び店に入った。まだ開店して間もなく店内はがら空きだった。クラーラは止まり木に腰を下ろすとバーボンを注文した。この手の店にありがちでバーテンは話しかけてこない。



 酒をちびちびと舐める様に口にして入ってくる客の色定めした。



 そうして1時間近く待つとチンピラ風の男が入ってきた。その男は店内で唯一の女性客であるクラーラを一瞥いちべつし離れたカウンターに腰を下ろした。



 クラーラが横目で目配せするとその男が隣の席に移ってきた。



"Szukasz kogoś do gry?"

(:昼間から男漁りか?)



"Nie.Szukam miejsca na zakup paszportu."

(:違うわ。パスポート屋を探しているのよ)



"Czy mam się tobą zaopiekować?"

(:世話しようか?)



 クラーラはポケットから札束を取り出すと200ユーロを折って手渡した。



"chodź za mną."

(:ついて来な)



 男の一言にクラーラは100ユーロ札をカウンターに置いてバッグを手に立ち上がった。



 表に出ると男はモバイルフォンでどこかに連絡を入れ始めた。しばらく男についてクラーラは歩くと男は裏通りに入った。



 近くかとクラーラが思った矢先に通りを後ろから走ってきた黒のワンボックスが真横で急停車するとスライドドアが開いて男らが4人躍り出た。その男らに銃を向けられクラーラはグディニャが狭い街だとこの時思い知った。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ