Part 1-5 Network ネットワーク
NBC(/National Broadcasting Company) HQ. Comcast Bld. Midtown Manhattan NYC., NY., USA 15:31 Jun 27 2019/
Garfield St. NW Washington D.C. 9:11 Jun 28/
NBC HQ. Comcast Bld. Midtown Manhattan NYC., NY. 16:15 Jun 27
2019年6月27日15:31 合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン ロックフェラー・センタービル NBC本社/
6月28日9:11 ワシントンD.C.(/コロンビア特別区)ガーフィールド・ストリート・ノースウエスト/
6月28日16:15 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン ロックフェラー・センタービル NBC本社
全米3大ネットワークの1つNBCの看板プロデューサーのクリフトン・スローンは7ヵ月前にCBSに出し抜かれた巨大複合企業NDCのCOOインタビューを未だに苦々しく感じていた。
あの魔法や異世界という言葉は1人歩きして今やうちの顧客でありスポンサーらが追従せよと煩く言ってきているのが、苛立ちの理由の1つでもある。
あんな眉唾ものの企画はやらないと跳ねつけるのが難しくなってきている。
だがあの総帥を複数のルートから調べてみると色々と出てきた。
マリア・ガーランドという女──ありゃ正真の頭に血を登らせ見境が利かなくなる暴力的な奴だ。
民間軍事企業は国内にも幾つかあるが経営は経営、技術系は技術系と住み分けがはっきりしており軍隊経験どころか軍事知識も持ち合わせていない女が一線に立って兵を振り回せるわけがないと思っていたが、実の父親が海軍特殊部隊シールズの元指揮官であり、古参兵士に調査に行ったものが聞いたところではまるで戦友の様に言う連中がいるという事実。
それもあの女社長を少佐と呼ぶものすらいると報告書にあった。
まあ27という年齢からそれは絶対にあり得ないとクリフトンは思ったが、8ヵ月前にニューヨークで何らかの獣が暴れ多くの警官らが殉職した日の夕刻にあの暴力女が小型サブマシンガン片手にマンハッタンの渋滞した車の上を駆けているのがローカルテレビ局により撮影されていた。
イカレている。
あれは視聴率狙いの合成などではないはずだ。
ニューヨークの街中を機関銃を片手に走り抜けるなど安物の刑事ものでもやらないほど銃規制派から叩かれる理由になる。
戦歴どころか犯罪歴もなく社会保障番号はきちんと持ち学歴は大学まで行ってる1年8ヵ月前まで証券界で働いていた普通の女がなんで民間軍事企業のボスをやってるとクリフトン・スローンの意識の中で疑念が膨らみ続けた。
「刮目せよ! 今、この時をもって我がNDC率いる我は宣言する!」
「世界中のテロリストども! この──マリア・ガーランドにかかって来い!」
大規模世界報道のあの女の宣言が未だに耳にリフレインしやがる!
あいつは普通なんかじゃない。
彼は放送業界に長年いる勘からあのマリア・ガーランドという女には何かとんでもない裏があると睨んで未だに企画準備として調査費用を回していた。
ジャケットの胸ポケットに入れているセリーが威勢良いマーチングバンドスコアを鳴らしだしクリフトンは引き抜いて画面も見ずにタップして通話を始めた。
「あぁ俺、クリフ。誰?」
『PD、面白いもの嗅ぎつけたんですけれどどうします? いやリーク元が身の危険を縦に──』
「幾ら──だぁ?」
『60』
クリフトン・スローンは顔を引き攣らせ思わずデスクに乗せた脚を振り下ろし唾飛ばし怒鳴った。
「60万ダラーだとぉ!? 正気かぁ!? 契約切るぞてぇめぇ!」
『いやぁ聞いただけだからだけどさぁ。あんたのご執心な女が16の時の衛星画像だぁぞ。それもレバノンのベッカー高原────』
ニューヨークからD.C.まで夜に来た甲斐があるのかとクリフトン・スローンは自問自答し続けていた。
用意したのは足のつかないキャッシュ100ダラー紙幣6000枚。ゴールデン帯の3番組打ち切りで回した現金だった。これが世の中に出せないネタなら借金抱えて足を洗う必要がある。
D.C.くんだりに呼び出されたのはリーク元が政府職員か、軍人士官の可能性があった。
「で、場所はどこなんだ?」
運転する探偵事務所の調査員に彼が尋ねるとそこら辺にいそうなその中年男が答えた。
「ワシントン大聖堂ですぁ」
そう告げるなり男が右にハンドルを切って歩道に寄せ車を止めた。
「なんだ? 近くか?」
「こっからは、PDが1人で行って下さいな。路駐車の取締りうるさい地区なんでぇ」
「おい待て! 俺はその提供者を知らんし、引き渡しの直後フェズに取り囲まれるなんて御免だぞぉ!」
「大丈夫でさぁ。ショッパー持って大聖堂見学に来る奴なんて他にいやせんしぃ」
ハンドルから手を放し胸ポケットに入っているラッキーストライクを引き抜き調査屋が振り向いてほざいた。
「そんときゃ、脱獄の手引きいたしやすよぉ」
朝の9時過ぎ。通りの名も知らぬ歩道に降り立ったクリフトン・スローンは大聖堂がどこにあるのだと見回しわかるわけがないと怒りにかられかかると樹林の枝葉の上に僅かにタワーみたいなものが見えた。
おおよそのその向きに彼は歩きだしこの時刻に人通りがないことに逆に監視がいるような気がして落ち着かない。
森の中の遊歩道をしばらく歩いていると急に開けて石段の控えるワシントン大聖堂が見えてきた。直前に車道があり多数並ぶ路駐車に彼はぼやきながら車道を歩き渡った。
「なんだぁ、ここまで車入れるし路駐できるじゃないか」
情報提供者はどこだと見渡すが、そのものどころかこの場にも人の姿がなかった。
物陰すべてに視線がありそうな気がして、空はとドローンを探し視線を車道に戻した。
その車列の1台のサバーバンの運転席ドアが開いてスーツを着ている男が下りた。
若いかと思っていたがクリフトン・スローンは相手が白髪の初老なのに驚いた。だが背筋がしっかりしておりそれが違和感になった。
その男は迷わずプロデューサーの方へ歩き寄って来るとスーツのサイドポケットに手を差し入れた。
クリフは銃なのかと警戒したが男が引き抜いた指の間に黒い小さな長方形の何かが摘ままれていた。
「このUSBスティックメモリに動画変換して入れてある。記録時間で5043秒分だ」
「あんた誰だよ?」
現金の詰まったショッパーを差しだし男の突きだしたメモリスティックに手をかけ問うた。
"I'm a god...A father who is obliged to give that girl more trials."
(:神さ────あの娘にさらなる試練を与える義務を負う神さ)
受け取った刹那、クリフトン・スローンは身体に電撃が走って瞼瞬き星空を────膨大な数の星が散っている星団が重なり見えた。
な、何だこれは!?
彼は胸が高鳴り落ち着いていられなくなると気づいたら大聖堂への石段の最初の段に片足を乗せている事に気づいた。
あの初老の男はおらず、下りてきたSUVも路駐車の群れから消えていた。
「あいつ────自分が神だと────」
彼は急に走りだした。一刻も早くメモリスティックのファイルを見てみたかった。調査屋が用意してきた車に鞄に入れたノートPCが意識にあった。
息切れに抗い5分ほど駆けて通りに出ると乗ってきたセダンとその後ろにPCが止まっており、調査屋が制服警官と押し問答をしていた。
それを無視して彼は助手席のドアノブに手をかけると1人の警官が怒鳴りつけた。
「な、何をやっとるか貴様ぁ!?」
クリフトン・スローンはそれを無視してドアを開き助手席に身を乗り出しバッグに手をかけノートPCを引き抜き車外に出るとルーフにノートPCを乗せ液晶モニタを開いた。自動で起動画面に切り替わり彼は急くようにUSBメモリスティックを横に差し込んだ。そうしてファイラーを操作し外部ストレージを選択し番号だけのフォルダを開くとファイルが1つあった。
生唾を呑み込みクリフは開いた動画再生ソフトを見つめた。
画面はオフホワイトで画面両サイドに幾つかのデジタル数値が変動しておりそれ以外、最初は何が映っているのか理解できなかった。その画面には斜めに数本のうねる線があった。
画面が急激にズーミングしてゆき染みの様なものが見えだしその合間のオフホワイトのエリアに複数の長方形のバックグラウンドと微妙に1つひとつが色合いの違う図形の群生が判別できそれがすぐにテントだとわかるほどに拡大する。その近隣に軍用車輌がいるのが染みに見えたのだと理解した。
これがレバノンのベッカー高原なのかと彼は食い入る様に画面を見つめた。
では軍のキャンプを偵察衛星が捉えたものかと彼は思った。
遅れてテントからかなり離れた場所に人が見えだしたのは迷彩服のせいかとプロデューサーは考えた。それくらいはわかる。
テントの1つから誰かに肩を貸す小柄な──肩幅の狭さからそう思ったのだが──人が出てきてテントに離れ集まっているものらへ歩いて行く。
その肩貸すものの方へ2人が走り寄り大柄の人を受け取り地面に寝かせ何かし始めた。
クリフは大柄の方が手当てされており大人で小柄の方は年少者だと思った。
一閃、小柄のものが両手を左右に振り出し何かを持って駆けつけ寝かしつけた大柄の方を治療していた大人2人の背後で急激に動くとその高高度の画像でもわかるほどに血飛沫が地面に広がり2人の救護者が倒れ動かなくなった。
瞬殺だとプロデューサーは鳥肌立った。
その直後、ほんの一瞬、離れている兵士らが駆け出し向かってくる年少者へライフルを1度構えそれを下ろし銃先に何かしてる間に7人ほども倒されてしまった。
寸秒、対峙していた兵士らがライフルの構え方で銃剣を装着したのだとクリフトン・スローンは気づいた。
凄いと彼はとり憑かれた様に画面を見つめていた。小柄の兵士は稲妻の様に不規則に駆け止まる一瞬にも駆ける間にも斬りつけていた。そのものの走った動線の左右に人が倒れあるものは血を地面に広げている。
まるで角砂糖に群がるアリの如くその年少者へ大人の兵士らが群がった。だが一瞬もその小柄な兵士は動く事を止めず船が水面を進み波紋が三角形に広がる様に──あれは船舶用語でなんと言っていたか──倒れ動かない兵士らが増え続ける。
衛星カメラが遠距離から左右に不規則に動き続ける小柄の兵士1人を追い続けられるのは、その三角の頂点にいるからだ。
彼は無意識にその小柄の兵士が倒す人数を数え1秒に7、8人は倒してると背筋が凍りついた。その道具は機関銃などでなく両手握るナイフ2本!?
カメラが数回不均等間隔でズームダウンし小柄の兵士に群がる群集の様な兵士らを映し出す。
100や200ではないもっと大多数の兵士らが蠢いてその小柄の兵士を探し求めていた。
しかしながら、その間近、小柄の兵士は一瞬も休まず殺し続けていた。クリフはふと小柄の兵士と大人らが見分けつく事に気づいた。
大人らはヘルメットを被るか黒い髪をしている。だが小柄の兵士は白い──モノトーンの画面から白にも見える恐らくは薄いブロンドの髪を靡かせ振り回し────────プロデューサーは愕然となった。
ショートカットのプラチナブロンドだ!!!
クリフトン・スローンはNDC──COOの顔を思い出し、須臾警官らと煩くやり取りしてる調査員の言葉を思い出した。
────あんたのご執心な女が16の時の衛星画像だぁぞ。それもレバノンのベッカー高原────。
彼は顔から血の気が引いてゆく音が聞こえ、あのマリア・ガーランドが殺人鬼どころか、すでに200人近くを殺しており──いいや、これは戦闘だ! 純然たる戦闘地帯の光景なのだ!! まるで鬼神の如く人を刈るこの映像はなんなのだ────!?
いきなり液晶モニタを閉じられプロデューサーが顔を上げると調査屋1人が立っており彼がルーフの反対側から手を伸ばしノートPCを閉じていた。
警官らはとクリフは横を見るとまだPCはそこに止まっておりフラッシュを明滅させている。
「PD、早く立ち去りましょうぜぇ」
そう告げて調査屋が顔を振ったのでプロデューサーはボンネットの横を見やると倒れている警官の片足が見えていた。
「こ、殺したのか!?」
「ハン! 人をですかぁ?」
彼は男の意味をつかみかねてノートPCをつかみ助手席に乗り込んでドアを閉じた。そうして遅れて乗り込んだ調査員の言葉を唖然としていて深く理解していなかった。
「大したもんでしょう。あの御方は舌を巻いてしまうほどに────」
そう舌を巻くほどに毒気を抜かれていた。
マリア・ガーランドは16で敵兵──500はいる。いいやもっといる。その倍はいるかもしれない──の中に孤立無援で活路を切り開く戦闘力を持っている。まるで機械の様に死を量産してゆく死神だとプロデューサーは思った。
「世界中のテロリストども! この──マリア・ガーランドにかかって来い!」
あの言葉はただの虚勢ではない。この映像から10年を経てあの女社長はさらに殺しの腕を上げている。きっと、もっと、すごく! これはスクープどころではない。途轍もない大騒ぎになる。世界1の超巨大複合企業の総帥がそこら辺のベテラン傭兵すら裸足で逃げだす戦闘機械だとスッパ抜いたらうちの局は視聴率を独占できる。
他の2大ネットワークに大差つける生涯に1度の大チャンスだ!!!
空路で夕刻前にニューヨークに帰ったクリフトン・スローンは数人の信頼できる社員、それにNBCの顧問弁護士2人の7人で持ち帰った画像を最後まで見終えた。
終盤は対地攻撃機の空爆や機銃掃射の間にも少女が敵兵を倒し続け、地上兵に大きな乱れが出た頃合いにヘリ2機が降り立ちマリア・ガーランドを救出し離脱していた。
最後まで見終えてまるでベトナム戦の最悪の状況を目にした様に皆言葉を無くしていた。
「クリフトン、これは──確かに大スクープだが────公開するのは危険だぞ」
まず異を唱えたのはNBCと古くから取引のある全米でトップ3に入る弁護士事務所の腕利きの弁護士カーティス・プレスコットだった。
「どうしてだ!?」
「まず、うちの社がNDCの大弁護団と争う事になり恐らくは訴訟費用が数百億ドルになる。次に問題なのは16歳のマリア・ガーランドがどこに雇われ傭兵をやっていたか──」
クリフは右腕を横に大きく振って否定した。
「違う! 違うぞ! 傭兵なんかじゃない。海軍特殊部隊のシールズだ! シールズの古参兵数人が彼女を少佐と言い切っているんだ!」
カーティス・プレスコットが唸って付け加えた。
「それじゃあ、うちは国防総省や政府ともやり合わないとならなくなる。16歳の小娘をレバノンに派兵したことを脇に置いてはおけない。見過ごせない政府の失態だぞ」
クリフトン・スローンと懇意のあるプロデューサーでライバルでもあるトリスタン・ファレルが逃げ道を提案した。
「何か特殊な──そうだクリフ。マリア・ガーランドの親父さんがその特殊部隊指揮官だから、非公然と参戦してたんじゃないのかな。だから実際上は戦地にいた記録はこの動画を除いてない事になるだろう。政府はそれを承知で白を切るから、うちと争うのはマリア・ガーランド側だけになる」
NBCニューヨーク本社の顧問弁護士をしているこれも敏腕のオスニエル・アイヴズが放送牽制側に回った。
「爆撃機や地上攻撃機まで出していて白の切りようがないんじゃないかな。こんなもの出されたら国防総省は向こう四半世紀NBCに撮影協力をしなくなる」
クリフトン・スローンは腕組みしてうろうろと抜け道を探り続けた。そこへ人気キャスターでありクリフの親友であるシャロン・ベンサムが提案した。
「そうね、クリフ──この映像は放送せずマリア・ガーランドへのインタビューの最中に彼女に突きつけ彼女の口から16の年に軍事作戦に参入していた事を放送すれば彼女の株は底値に落ちるでしょうし、政府や国防総省は1企業の社長が勝手に言ってる事だと突っぱねるでしょう。NDCも彼女が言い出せば庇い様がないでしょうし、私なら喜んでインタヴューを引き受けるわよ。視聴率抜きであの女嫌いだから徹底して叩いてあげる」
これだから女は怖いとクリフトン・スローンは苦笑いして思った。だがいけるかもしれない。特ダネ映像は後日別な視聴率を稼ぐのに加工して使えばいい。
そうだ。あの女社長を引き摺りだす口実を考えればいい。
深い穴から引き摺り出せれば、表情のアップで半時間、いいや1時間は引っ張ってみせるとプロデューサーは考えた。