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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #10
49/164

Part 10-4 Escape 逃避行

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 15:35 Jul 11/

Hummingbird 2 over the Atlantic Ocean 16:49 Jul 11

7月11日15:35ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル/

7月11日16:49 大西洋上のハミングバード2





 空気が逃げ惑う甲高い音とともに姿を現したザームエル・バルヒェットと妹のリカルダは辺りを見まわした。



"Wo in aller Welt hat sich diese Frau in den Wolken versteckt?"

(:あの女いったいどこに雲隠れしやがった)



"Bruder, diese Weibliche Presidentin ist vielleicht nicht hier."

(:兄様、あの女社長はここにはいないかも)



 ザームエルは妹の精神強制能力は絶対だと信じていた。ならNDC本社ビルで次々に職員に尋問してまわったことは無駄足だったことになる。マリア・ガーランドの行方は本当に誰も知らぬのだ。暗殺を警戒しどこかに身を隠しているのだ。



 最後に見かけたのは時間テレポートをした瞬間、腕をつかまれたのだとザームエルは思い起こした。



 ならこの時間帯にいるのは間違いないのだがマリア・ガーランドは姿を消していた。となるとこの本社ビルから抜けだした可能性が高かった。だが曲がりなりにも社長だ。誰にも行く先を知らせずに本社を後にしたとは思えなかった。



"Ich mache mir Sorgen, dass die Maria Girlande dieser Welt auch nicht da ist."

(:この世界のマリア・ガーランドも居ないのが気になる)



"Vielleicht sind die beiden weggelaufen."

(:2人して彼女らは逃げだしたのかも)



 リカルダの見立てにザムはまさかと思った。あの手合いは逃げるより正面から挑んでくる。ならこの世界のマリア・ガーランドと2人して抜き差しならない事態に対応しているか、だ。



 ザームエル・バルヒェットはふと通路ドアのプレートを目にしてここも確かめようと思った。



 プレートに医務室とあった。



 ドアを開くとドクターらしい白衣の女性が振り向いた。



 兄の後に続き(リカルダ)が入り医務員に強制した。



「マリア・ガーランドの居場所は?」



 スージー・モネットは表情が弛緩しかんすると暗殺者(アサシン)らの問いに答えた。











 垂直離着陸できるジェット輸送機があったかと思案してオスプレイよりも数倍大きな輸送機、垂直飛行ができる輸送機があったと思い出した。NDCの民間軍事企(PMC)業が使うハミングバード・シリーズだ。



 輸送船の上空で反転し機首を客船に向けると急激にその輸送機が迫ってきた。



 付近を航行する船舶はすべて調べるつもりだとトップ甲板(デッキ)の手すりにもたれクラーラ・ヴァルタリは思った。その輸送機を落としたらマリア・ガーランドらはさぞ慌てふためくだろう。



"Älä nuolla."

(:舐めるなよ)



 見つめる先で夕張の赤い光に照らされていた輸送機がいきなりその姿を消した。



 上昇したかとクラーラ・ヴァルタリは上空を見上げた。



 空を見まわし完全に見失ったことにクラーラは怪訝けげんな面もちになった。



 だが────近づくくぐもったジェットエンジンの音に気づいてどうなってると周囲を見まわした。



 いきなりトップ甲板(デッキ)の間近に輸送機のランプゲートが出現して兵士らが甲板(デッキ)に飛び下りてきた。





「クラーラ・ヴァルタリ!」





 銃口を向け名を叫んだ兵士らの中に双子の様な女2人に気づいた。どちらがマリア・ガーランドかなど二の次だった。クラーラは跳躍ちょうやくし兵士らの頭上を飛び越え輸送機のランプゲートに飛び込んだ。そのまま貨物室(カーゴルーム)を駆け抜け操縦室に走り込むと振り向いたパイロットの頭部を腕に巻いてひねり切った。途端に輸送機は傾きキャノピー越しに海面が見えて来ると海中に突っ込んだ。



 クラーラは貨物室から狂った様に入り込んでくる海水に抗い泳ぎ水中に躍り出ると離れて行く客船の船底めざし懸命に泳いだ。空中を跳躍ちょうやくするのに比べ水中の抵抗は凄まじかった。1度は船底に手が触れたが水流に負け押し流された。キャビテーションに視界を奪われ衝撃にスクリュウにぶつかって弾かれたのだとクラーラは気づいた。



 徐々に緩やかになる潮の流れにクラーラは客船に取り付きそこねたのだと海面に泳ぎ出て進み去る客船の船尾を見つめた。



 海水を蹴って飛び上がってみたが精々10ヤードほどしか距離を飛べなかった。波に揺られ立ち泳ぎをしながらクラーラは覚悟を決め西へと泳ぎ始めた。











 貨物船からハミングバード2に搭乗した直後パイロットのイザイア・ルエラスが北に客船がいるのを報告してきた。



「クラーラはあの船に?」



 未来のマリア・ガーランドが問うとこの世界のマリーが応えた。



「行ってみればわかる」



 その言葉の通り客船が近づくとトップ甲板(デッキ)の乗客の中に未来のマリア・ガーランドが精神感応能力で見つかった。



「クラーラがいたわ! トップ甲板(デッキ)の煙突のかたわらに」



「イザイア、煙突のそばにランプを着けろ!」



 この世界のマリア・ガーランドがパイロットのイザイアに命じると床が傾き機が旋回に入った。相手は観光客船──戦術攻撃輸送機が接舷したら大騒ぎになるが電子光学擬態(エミック)とジェットエンジンの騒音を減音するブラックオカリナで幾らか相殺でき、その様な事など二の次だった。



 この世界のマリア・ガーランドは異様な執念を持ってクラーラ・ヴァルタリを追い詰めようとしていた。



 未来のマリア・ガーランドはクラーラがもう1人のベルセキアなのだと確信していた。マリーはこの世界の自分とベルセキアの事をほとんど話してなかったが、ここまで敵視する理由を知りたかった。



 下がったランプゲートの先にトップ甲板(デッキ)が見えて来ると逃げ惑う船客の間に睨み返すクラーラ・ヴァルタリがすぐに特定できた。



 セキュリティに続きランプから甲板(デッキ)へと飛び下りたこの世界のマリア・ガーランドに続き未来のマリーが飛び降りるとこの世界のマリアが大声を上げた。



「クラーラ・ヴァルタリ!」



 一閃いっせん、クラーラは駆け出しセキュリティの頭上を飛び越えハミングバード2のランプゲートに飛び込んだ数秒で機がトップ甲板(デッキ)を離れランプを跳ね上げ大きく急激に傾きだした。



 どうすることも出来なかった。



 ランプゲートは上を向き激しい瀑布のごとき水柱を海面から噴き上げると電子光学擬態(エミック)が切れ巨大な機体を曝したハミングバード2が客船の舷側をこすりながら海中にぼっした。



「イザイア!」



 飛び込もうとするこの世界のマリア・ガーランドの両腕をつかみ第2セル・リーダーのロバート・バン・ローレンツが引き止めた。元SAS中佐(LTC)の方が助からないと見極めが確かだった。



 パイロットだけでなくクラーラ・ヴァルタリも戦術攻撃輸送機と共に海中に沈んだ。助からないという思いが半分、しぶとく生き延びているという思いが半分あり、先の世界から来たマリア・ガーランドはトップ甲板(デッキ)の手摺りにつかまり身を乗りだして舷側の波間を見つめた。



 テレパスの探索にもみつからずマリア・ガーランドは輸送機を奪おうとしてクラーラ・ヴァルタリは死んだのだと判断した。



「さあ、どうやって帰還するの」



 未来から来たマリア・ガーランドが誰にともなく尋ねるとこの世界のマリーが応えた。



「ヴィッキーに予備のハミングバード3で回収に来させる」











 泳いでいると不安になった。



 体力は持つだろうか。拾ってくれる船はあるだろうか。クラーラ・ヴァルタリは8日前にポーランドのグディニャで船員の仕事を探した時の事を思いだした。



 まず金を手に入れるために裏カジノを襲撃しまとまった額の金を奪った。その金を元に身分証は街のチンピラの手引きで買い入れた。



 手配を逃れるために空路は避けた。



 貨物船の乗員の仕事を探すとあっさりと見つかった。コンテナ輸送船だった。アメリカへ向かう船なら何でもよかった。



 物事は望まぬ時に悪化する。



 出航して7日目に火災がおきて特殊部隊が現れた。奪ったルイゾン・バゼーヌの能力でパトリシア・クレウーザの所属する部隊だと知った。近接戦闘(CQB)権化ごんげマリア・ガーランドと対峙したのはいいが、双子だという情報は探った意識の中になかった。



 パトリシアを食らい精神感応の最上位の能力を得るにはマリア・ガーランドを倒さなければならない。



 どちらのマリア・ガーランドだ!?



 いきなり左脚を引っ張られ水面下に落ちると左足にホオジロ鮫が噛みついていた。クラーラはその鼻面はなっつらを殴りつけた。



 口から逃れたクラーラはホオジロ鮫にしがみついた。



"Tämä on hyvä!"

(:コイツはいい!)



 泳ぎだした鮫に乗せられてクラーラ・ヴァルタリは暗くなって鼻先しか見えぬ水中を進んだ。だが彼女はその鮫を手放した。洋上に出ると夕陽の方へ向かって泳ぎだした。



 日が暮れて星空が広がるとクラーラは時折振り向いて船の航行灯を探した。そうして6時間ほど泳いでいると近づいて来る航行灯を見つけた。



 月明かりのシルエットから輸送船に思えた。



 クラーラ・ヴァルタリは懸命に泳いでその貨物船の航路へと移動した。



 迫って来る貨物船の船首目掛け泳ぎ寄ると波に押しやられる前に艦首鋼板にこぶしを繰り出した。鋼板にできたくぼみに指をかけその上を殴りつけ新たなくぼみを作りき乱れる海水から上半身を引き上げた。



 そうして連打を続け舷側を登り切ると甲板(デッキ)の縁に手をかけ船上に這い上がった。



 鋼板を数十回殴りつけた割には乗員は気づかなかった。



 シャワーを浴びて塩を流したかったが、船員でもなくうろつき回ると騒ぎになるのはわかりきっていた。コンテナに潜み10日ほど堪えなければならないが、不思議と飢えも喉の渇きもなかった。



 乗員に見つかり1人でも倒すと残った乗員が総出で探しにかかるだろう。見つかったら船を制圧するつもりでいる必要があった。



 クラーラは積み重なるコンテナをよじ登り最上段の扉を開いて中に入った。1つ目は家電品ばかりで潜むにスペースが足らなかった。次々に煽り戸を開き4つ目に食料品や清涼飲料の詰まったコンテナを見つけた。そうして食べ物よりも飲み物に安堵感を抱いた。何よりも塩分を追い出したかった。超人の様な体力と不可思議な力を手に入れ飢えにもかわきにも屈しないのに海水の塩分がわずらわしかった。



 密航して3時間経った夜更け、人の気配にわずかに開いたあおり戸の隙間すきまから甲板(デッキ)を盗み見た。



 ハンドライトを手に巡回している船員が見えた。時折頭上に灯りを向けるが満遍なく最上段のコンテナを確認しているわけではなかった。



 クラーラは用心してしばらくあおり戸を閉じ10分ほどして戸を開いた。甲板(デッキ)を照らす照明の中には人影はなかった。



 クラーラ・ヴァルタリはコンテナの天井に上がるとあおり戸を閉じて天板に大の字になった。星空を見上げ社会に害なしてきた自分の諸行を静かに思った。主義があってテロリズムを続けてきたわけではなかった。ノワール──悪意と暴力を標榜して乗り切ってきた。優しさや愛などくそ食らえだった。寝ても覚めても意識に染み込んだそれらを切り離せない。



 大衆へのアピールなどどうでもいい。政権奪取が無理なのも理解する。報復ならまだ少し望みがある。所詮しょせんは理屈、理由、感情は後から追いついてくる。



 爆発するような衝動に飲み込まれ突き動かされそれが単純明快でいいのかもしれない。



 所詮しょせんテロリズムは犯罪だとなぜ認めない!? ノワールにこそ美学があり美しさの追及こそすべてだとなぜ言い切らない? そこに一線引いて押し寄せては下がってゆく波に浸かる事を拒んでも砂地は塩を含み足は濡れている。



 突きつけられる現実に気づいたのは7歳の時、残酷すぎるリアルは成すべき事を迷わせるとその時知った。



 乗り切るには悪意と暴力だけが唯一の作法だ。



 フローラ・サンドランやマリア・ガーランド姉妹は手の平を返したノワールだ。平和や愛などで何が救われる。プラカード片手に銃を構える連中だった。



 世の中をみだせ。揺さぶりつくせ。対テロ特殊部隊をことごとく潰してやる。わたしがリアルだと教え込んでやる。



 もう徒党を組む必要はなかった。



 手にした力で1人でやれる。



 クラーラ・ヴァルタリは指を握りしめ手の平を開きまた握りしめた。



 理不尽こそがこの世界をゆがめられる。



 風にひずめられたわたしがここにいる。



 パトリシアの喉笛を食らい脳髄をすするのだ。



 ふとクラーラ・ヴァルタリは自分が呪縛(ヒュプノ)の力を手にしている事に気づいた。食らったルイゾン・バゼーヌが人を自在に操る能力を手にしていた。



 クラーラは体を起こすと10段に重ねられたコンテナから一気に飛び下りた。そうして甲板(デッキ)に降り立つと船尾に向かって歩きだした。



 船橋(ブリッジ)の下まで来ると外階段を登りブリッジに入った。操縦室には2人しかいなかった。



「誰だ君は? どうやって乗船した?」



「今日からわたしが船長だ」



 クラーラがそう告げると2人の男の表情が胡乱うろんとしたものに変わった。



「はい船長」



「君らの階級はなんだ」



 2人は元船長と航海士だと応えクラーラはコイツはいいと思った。人が思いのままになる。



「元船長、操舵を任せる。航海士、船長室に案内しろ」



 クラーラはこれでシャワーが浴びれると思った。だがこの能力、同時に何人まで使えるのか、何時間有効なのか、呪縛下で仕事に支障はないのかわからなかった。まあいい、この貨物船を実験場にしてやると彼女は決めた。



 船長室はブリッジに近い場所にあった。



 部屋に案内され航海士が下がるとクラーラは服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。塩を洗い落としながら、どの程度人を操れるのかと考え続けた。



 良心の呵責──良心に反する命令にどの様な反応をするか。



 浴室の壁に手をついてクラーラ・ヴァルタリは不敵な笑みを浮かべた。












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