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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #9
45/164

Part 9-5 Kohtuuton halu 理不尽な欲求

Hummingbird 2 over the Atlantic Ocean 16:17 Jul 11

7月11日16:17 大西洋上のハミングバード2




 まんまとクラーラという女を逃がしてしまいこの時間帯のマリア・ガーランドは握りしめていた鉄パイプを力任せに折り曲げた。



 階段を上がるともう1人のマリーが立ち上がるところだった。



「怪我は?」



 階段を上がってきた自分に問われマリーかぶり振った。



白兵戦(CQB)慣れしていたわ。クラーラって何ものなの?」



 明日のマリーが今日のマリアに問うた。



「元はヨーロッパを荒らし回っているテロリストらしい」



「知っていたの?」



「いや戦闘中に意識に潜り込んだ」



 過去へ来たマリーはこの世界のマリーも精神官能力を持っているのだと今にして思った。



「あの女テロリスト、外に出た瞬間、跳躍ちょうやくして逃げ切ったな」



 気配の残滓ざんしはつかめていたが洋上のどこに逃げたかわからなかった。



「まさか大西洋をおよぎ渡るつもり──?」



 明日のマリーに言われ今日のマリア・ガーランドは眉根を寄せた。洋上の1人を探すのは難しいし捕まえるのも困難だった。



「時間はかかるが索敵するしかない──招集! 5分で離船する」



「イザイア、船首にハミングバードを。全員乗り込む」



 意識を失った2人の顔を見てこの世界のマリア・ガーランドは眉根を寄せた。ヘッドギアのフェイスシールドを引き開けて見えた顔は高齢の老人のようになっていて息がなかった。



「クラーラという奴が広げたゾーンに触れるとミイラにされる。去年ベルセキアが使った絶対死領域に似ている」



「助ける事ができなかった」



 そうこの世界のマリア・ガーランドが苦しげにこぼし、亡くなった1人を抱き上げ、もう1人の遺体を生存した部下が抱きかかえた。



 甲板を歩きながら明日のマリーは絶対死領域が自分やこの世界のマリア・ガーランドに影響を及ぼさない理由を考えた。精気を抜くのに魔法の様な領域を広げている様な気がした。だから魔法に対し高レベルの抵抗力を持つにいたった自分らは耐性があるのかも知れない。なら何かしらの領域を広げればクラーラの広げる絶対死領域を押さえ込めるかも知れない。



 船首に接船するハミングバードの貨物室の開口部が見えて来て部下を抱き上げていたマリア・ガーランドがいきなりその息絶えた部下を甲板に置いて振り向いた。



「キンバリーを下ろして離れろ」



 マリーに命じられ絶命しているキンバリーを部下が下ろすとその死んでいるはずの部下がもう1人のマリア・ガーランドへと這いつくばって寄ろうと動きだした。その先で下ろされた別の部下がよろよろと立ち上がろうとしたので別な部下が支えようと手を伸ばしたのをこの世界のマリーが隔てた。



「よせ! 触れるな。まずい──撃ち倒せ」



「どうしてですか、チーフ? まだキンバリーもカスティナも生きてますよ」



 ポーラ・ケースがわからないとばかりにマリーに問い返した。



「こいつら精気を吸おうとしてる。感染するぞ」



 そう告げ這いつくばってくるキンバリーにマリーは銃口を向けた。



「ドク、カスティナもキンバリーも治療できますよね」



 ポーラはダライアス・サイクスに助けを求めた。



「止めろ。無理だ」



 マリーはそう言い捨ててFN P90のトリガーを引き這いつくばってくるキンバリーに単連射するとその銃口をカスティナへ向け後頭部を連射した。



 2人が倒れるとマリーは負い革(スリング)でPDWを脇に下げドクターに告げた。



「脈と呼吸が止まっても死体扱いするな。動くようなら頭部を撃て」



 ドク──ダライアス・サイクスは困惑してマリア・ガーランドに問い返した。



「チーフ、どうしてゾンビ化したのがわかったんですか」



「直感だった。去年ベルセキアは絶対死領域で命を奪ったが、クラーラの吸精は伝染性のそれだった。完全に命奪えるのに遺体が人を求めて動くわけがない」



 ダライアスは歯切れ悪くたずね返した。



「直感で──魔法の領域の話ですか──いえ、なんでもありません」



 この世界のマリア・ガーランドも同じだとマリーは思った。死への責任を背負い際どい綱渡りをしている。他の隊員からすれば死刑宣告に思えても最後の判断を下す。魔法を理由にすれば済まされるとは考えない。何か告げても水掛け論になる。



「マリア、私も──」



 この世界のマリア・ガーランドは手を振って明日から来たマリーを黙らせた。



「チーフ、洋上に逃げたクラーラをどうやって捜す?」



 ロバートがハミングバードの貨物室のゲートを登るこの世界のマリア・ガーランドに問いかけた。



「潮の流れを追って上空から捜してみる。もう一艘いっそうの貨物船を再度臨検を行う」



「2海里かいり以上もあるんだぞ。それを跳躍ちょうやくしたと?」



「クラーラはベルセキア。肉体の限界は計り知れないわ」



 ジェット噴流の騒音に抗い大声で言い切りマリア・ガーランドはハミングバード2の貨物室(カーゴ)へと入った。それに続いて射殺された2遺体を担いだセキュリティ達が乗り込んだ。



 乗り込むなりマリア・ガーランドはコクピットに向かうとパイロットのイザイア・ルエラスに声をかけた。



「標的が洋上に逃げた。赤外線モニタで捜索飛行。半時間で見つからなければ西の貨物船にもう一度洋上臨検を行う」



了解した(コピー・ザッツ)



 明日の世界から来たマリア・ガーランドはその様を見ていて自分と異なるスタンスの強権的な自分に違和感を抱いた。



 戦況は情報の扱いで戦果が異なる。事実関係をつかまぬまま振り回される状況を未来から来たマリーは良しとしなかった。



 1度洋上に逃れたベルセキアはいくら泳ぐのが得意であっても身動きが取れなくなる。いくら体力に優れていても洋上からはジャンプもできず西にある貨物船まで数マイルもジャンプしたとも思えない。西へ向かう貨物船に乗り込んでいたのだから西へ向かっていると思われる。



 コクピットからマリーが出て来るとセキュリティの1人を索敵(スコードロン)用にコクピットへ向かわせ、もう1人のマリア・ガーランドに声をかけた。



「どうしてカスティナやキンバリーが精気を吸い取ろうとしていると思った?」



「去年ベルセキアがセントラルパークで使った絶対死領域の事はご存知かしら」



 そう異なる時間時空から来たマリーがこの世界のマリアにたずねた。



「ああ直接体験してないが」



「それに触れたものに生存者はいなかったけれど、先ほどカスティナもキンバリー生きていた様に見えても死んでいた。生命力を極限まで削られた命落とした人は精気に関して凄まじい飢えに操られるのよ。丁度、人の血肉を求めるゾンビの様に」



「確信か? 想定か?」



「確信よ」



 言い切る異なる時間時空からのマリーにこの世界のマリアは眉根を寄せ複雑な面もちになった。未来から来たマリア・ガーランドが言うのが正しいなら、なおさらクラーラと呼ばれていたベルセキアを陸地に上げる事など出来ない。大西洋で始末しなければ大惨事になる。



 人さし指を数回曲げてこの世界のマリーが未来の自分を招き顔を寄せると耳元につぶやいた。



「体内のベスを使いクラーラを探し出せないか?」



「無理でしょう。漠然としてしかつかんでないから。でも私達のブレインリンクを使えば」



 この世界のマリーがかぶり振った。



「それこそ無理だ。私のテレパスの能力は未熟だ」



「いいわ。私がやってみる」



 未来のマリーはクラーラのイメージを元に彼女を意識した。パティから教わった精神観念のオーブを探る。まずは身近なハミングバードに乗り込んでいるセキュリティ。そして離船したばかりの貨物船の乗組員。その手を伸ばし洋上をスイープしながら西の貨物船の乗員。1つ異質なオーブがあった。その精神に入ってみるとクラーラ・ヴァルタリそのものだった。



「いたわ! 西の貨物船のイソテナー」



 それを聞いた瞬間この世界のマリア・ガーランドがコクピットへの通路へ怒鳴った。



「ベルセキアは西の貨物船にいる。向かえ!」



「2.6海里かいり(:約4.8km)を跳びきったのか!? まさに化け物だ」



 顔を振り向けたもう1人のマリーに言われ未来からのマリーは困惑した。



「合衆国に向かう理由もわかったわ」





「パトリシアを喰らいその能力を奪うつもりよ」











 跳躍ちょうやく距離ぎりぎりだった。



 遠かったが西の貨物船に飛び移る事ができた。だがここにもあの特殊部隊がやってくるとの予兆にクラーラは逃げ場を求めた。



 どうやって探し出して来るのかわからないが油断大敵だった。



 潜むコンテナは甲板(デッキ)に積まれたトップの5段目だった。クラーラはコンテナの天板の上に立った。この貨物船はブリッジよりもコンテナを高積みしておりブリッジから最上段コンテナの上の様子は見えなかった。



 洋上を見渡し他の航路を走る船を探した。



 乗員の少ない貨物船が密航に適していると思ったが考えが変わった。客船の人混みにまぎれる方が追っ手の特殊部隊兵の身動きが取り辛い。



 だが広い大西洋。そう都合よく客船がいるわけはないと思いながらも洋上を見回すと3.2海里かいり北の航路を行く客船が都合良く見えた。



 3.7マイル──跳べるかと一瞬迷った。海面に落ちればもうジャンプは出来ない。泳いで船に追いつけるものではなかった。それに進行方向に向かって跳ぶよりも横に向かう方がリードを取り難い。



 滑空時間は5分余り。



 並行して走る客船にリードをつけてコンテナを蹴りつけた。コンテナが逆への字に窪むとクラーラは一気に飛び上がった。



 跳躍ちょうやく力は各段にアップしていた。



 みなぎる力を解放できる場が欲しい。対等に戦える敵が欲しい。黒の特殊部隊の集団の力でなく孤の力に特化した兵士とり合いたい。その渇望が力となりみなぎる。



 顔を切るきつい気流に思いが一瞬遠のいた。



 ふとクラーラは気づいた。あの特殊部隊には2人のリーダーがいた。近接戦闘(CQB)に特化した兵士が。だがあれらとやり合うには周りに雑魚ざこが多過ぎだ。



 どこにでも強い奴はいる。



 そいつらとり合い乗り越えて行く楽しさに危険は付き物だった。



 眼下に急激に拡大するメガクルーザーに見事着船するために腕を広げて空気を操る。下りるのはトップ甲板(デッキ)のどこでも良かった。その大型客船かられ始めクラーラは焦った。急激に落下軌道を変えようとバランスをくずすとT字型の煙突の片翼に命中し煙突を破壊して甲板(デッキ)に弾き落とされた。



 痛さは知れていた。



 問題は損壊させた大きさだった。甲板(デッキ)から突き出した赤いT字翼型の片側が完全に折れ飛びその壊れ開いた裂け目から噴煙が乱れ広がった。



「チッ──」



 舌打ちして立ち上がったクラーラは事態に気づいて甲板(デッキ)に上がってきた乗員らにまぎれ客室のある1階層下のフロアに下りた。



 どのみち着船時の衝撃で甲板(デッキ)を破壊していたので同じ騒ぎになっていた。



 乗客に扮して乗り込むには誰かと入れ替わる必要があった。客室が左右に広がる通路の端に陣取り客室に出入りする乗客をながめた。



 女性の1人旅で、できれば若いのが望ましかった。



 半時間ほど待つと1人の中年女性が1室から出てきて下のフロアに向かった。その後をクラーラは尾行するとその中年女性はレストランに1人で入った。



 クラーラは部屋へ引き返すとカードキーになっていた。



 力()くでドアを押し切りデッドボルトを壊し入室した。直ぐにクローゼットへ向かうと扉を開いて中を確かめた。スーツケースは1つでハンガーに女性ものの服が数着下がり女の1人旅だとわかった。



 クラーラは壊した扉の裏に立ち乗客の女が戻るのを待った。



 1時間ほど辛抱強く待つとデッドボルトが作動して扉を開いた女が驚きその腕をつかみクラーラは一気に引き込んで部屋の奥へ投げ飛ばし扉を閉じた。



 クラーラが振り向くと女は気絶していた。



 暗くなったら女を船外に放り出し成り代わり、ドアの壊れていない客室に代えてもらうだけだった。



 クラーラは女の頭をつかみ肩を膝で固定して頚椎けいついをねじ切った。女が息絶えるとクラーラは所持品を確かめパスポートから名前と国籍を確かめた。名はカミラ・ハーギン、英国人だった。英語はいくらか自信があるので不安はなかった。



 客室で夕張の時間を静かに待っていて気分がふさぎ込んだ。



 もう自分はテロリストじゃない。ただの犯罪者に落ちぶれた。



 だがノワールの何がいけない。



 いつもテロリストと犯罪者の間を行き来していた。盗んだ細菌を取り込んで人であることも止めた。この超人の様な肉体で何ができるかこれからなのだ。だが不安はあった。



 もしかしたら、もう人には競いあえる敵がいないかもしれない。



 それは力を標榜する生き方を失う事に等しい。



 フローラ・サンドランというあの黒の特殊部隊を率いた女リーダーとマリア・ガーランドという双子の様な女リーダーはどちらが強いだろうか。



 フローラ・サンドランの下にいたルイゾン・バゼーヌを喰らってテレパスがフローラの下にいた事を知った。その世界のナンバーワン──パトリシア・クレウーザを喰らうためにはあの双子のマリア・ガーランドと正面切って争わなければならなくなる。



 暗い気分から意識を集中しマリア・ガーランドらを探してみる。



 まだこのメガクルーザーには乗船してなかった。



 だが来ないとは限らない。ここは盾にする乗客乗員らがふんだんにいる。決戦の場には良いのかもしれない。



 万が一の時の事を考え逃げ渡る船が跳躍ちょうやく距離にいるのかを確かめるため、殺した女乗客をクローゼットに隠して部屋を後にした。



 階段を上るとトップ甲板(デッキ)だった。



 煙突側の方へはロープが渡してあり行けないが水平線は見られた。東西南北の水平線を見ていて西に4マイルにもう1隻の船を見つけた。客船か貨物船かはわからないが何とか跳び移れそうだと心にとめた。



 あの特殊部隊の連中は空から来てるのだろうか、それとも海か。船なり航空機を奪えば際限のない追いつ追われつが一時棚上げになる。



 次に襲いかかって来たときに確かめると決めて南の方を眺めていると大型の輸送機が見えた気がした。夕張の遠視は利きづらい。オスプレイよりも数倍大きな輸送機。垂直飛行ができる輸送機があった。NDCの民間軍事企(PMC)業が使うハミングバード・シリーズ。



 そうか。



 特殊部隊の連中、空から来てたか。



 人の力で落とせたら──面白いか。







 その先に見える昆虫の様なデザインの航空機が向きを変え始めクラーラ・ヴァルタリはほくそ笑んだ。





 まだ理不尽がこの世界をゆがめられる。












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