Part 9-2 Pursuer 追っ手
Hummingbird 2 over the Atlantic Ocean 16:01 Jul 11
7月11日16:01 大西洋上のハミングバード2
ハミングバード2の貨物室に残ってやきもきしていた未来のマリア・ガーランドは貨物船に下りようと決意した。
そこへ次々とセキュリティ・メンバーが引き返してきた。
「ベルセキアはいたの?」
ランプを駆け上がってきたジェシカ・ミラーにマリーが問うとブルネットの髪を振って彼女が否定した。
最後に駆け上がってきた戦闘服を身につけたマリア・ガーランドにマリーは尋ねた。
「ベスは!?」
「違う! 黒煙を上げている後続の貨物船だ」
ランプの油圧ストラットを殴りつけ苦々しげに戦闘服姿のマリーが吐き捨てた。
「私、考えたのだけど。あなた1人でも手に余る対魔導兵器。私も手を貸すわ」
マリーの提案に応えず戦闘服姿のマリアは大声を上げパイロットに命じた。
「イザイア! 離船しろ! 2海里東にいる黒煙上げる船に向かえ!」
戦闘服姿のマリーはスーツ姿のマリア・ガーランドへ顔を向け言い放った。
「足手まといになるかもしれない奴を使えるものか」
腹立ち紛れにマリーはこの時間のマリーの肩をつかんだ。その拳を逆の手で被うように被せられ肩を前屈みにされた。その動きに抗えずスーツ姿のマリーは姿勢を落とした。だがただやられていなかった。
引き抜いたFiveーseveNの銃口をこの世界のマリア・ガーランドの喉元に押しつけていた。
「あなたと同じ経験、能力があるわ」
戦闘服姿のマリーはつかんでいたもう1人のマリーの手を放し妥協案をだした。
「いいわ。私の指示に従うなら現場に出す。私の予備の戦闘服や武器を貸すから着替えなさい。スーツにハンドガンじゃ戦えない」
これならベルセキアを自分の眼で確かめられると未来のマリーは安堵した。しかし海上臨検の船舶を間違うなどあってはならないミスだと思った。
タラップを開いたまま急激に上昇旋回する攻撃輸送機の開口部から今し方接舷した大型貨物船が見えなくなる。
どうして貨物船などにベルセキアが乗っているのだとマリーはこの時間のマリア・ガーランドに戦闘服一式を借り受け着替えながら思った。ベルセキアはアメリカか中南米を目指していたのだろうか。目的は何だろう。それにしても船員として乗り込んでいるなら以前のベスとは大違いだわ────ふとマリーは自身がコアを宿していることを思いだした。
ベス、返事を──。
────どうした?
あなたの片割れが近くにいるの。気がついてるの?
────片割れ? ああ、この感覚か。もう1人のお前さんの中にもいるな。だが遠くにも。別な──具体的な事はわからぬ。だが、同じじゃないな。
同じじゃないとはベルセキアじゃないの?
────ああ、そうだ。
ベルセキアに似て異なるもの。私の時間帯──世界にはいなかった、ベスが感じていなかったもう一体の対魔導兵器のホムンクルスの存在。この世界特有のなにか。もしも人に敵対するならこの洋上で始末するのが賢明。だが船員として他の乗組員らと協調して乗り込んでいるならそもそも危害はないのでは。
「マリー」
もう1人のマリア・ガーランドに呼ばれて未来のマリーは意識を降り戻した。
「自分の名を呼ぶのは変な感じがするな」
それは自分も同じだと未来のマリーは思った。
「戦闘になったら私がリードする。サポートは任せる」
戦闘前提だと未来のマリーは思った。だが他のこの世界の自分はセキュリティの手前、体内に宿すベルセキアについてはまったく触れない。コアとしてベルセキアを宿していると他のものに知れたら一悶着どころか大きく揉めることになるだろう。
未来のマリーは意識を集中しハイパー・リンクでこの世界のマリア・ガーランドに声をかけた。
マリー、私の中のベルセキアは気づいているけれど貨物船にいる奴はベルセキアとは異なるって言ってる。
「私のも同じ事を言う。だけどだからと言ってやるべき事は変わらない。合衆国に輸送船を入れるわけにはゆかない。去年の惨劇を繰り返すわけにはゆかないから」
声で返事をされるとは思わなかった。
リーダーとしての思うところはわかった。貨物船に乗るベルセキア擬きが敵とわかれば容赦しないつもりだ。
「チーフ! 後続の貨物船、火災です。臨検しますか!」
スピーカーからパイロットが問いかけてきた。すかさずこの世界のマリーがランプ傍のヘッドセットを取り返事をした。
「火災は船尾か? そうなら船首側につけろ」
『了解』
「全員、火器装填! 着船する!」
マリア・ガーランドが一声高く命じるとカーゴルームの中でコッキングハンドルを引く音が重なった。2人のマリア・ガーランドもFNのPDWを装填した。
「マイクチェック」
この世界のマリーが無線機でそう命じると次々に名前が返ってきた。
機体が揺れ旋回に入ったのが重力でわかった。
それから10秒余りでランプの端が貨物船の甲板に近づいた。火災のためか貨物船は停泊していた。この世界のマリア・ガーランドと共にランプをかけて甲板の手すりを跳び越えウッド甲板に跳び下りた。火災の消火に乗組員は行っているのか人影はなかった。
「火災は機関室かしら」
チーフのマリーがそう告げそうとは限らないだろうと明日から来たマリーは思って助言した。
「厨房もありえるわ」
どうしてパティを連れて来なかったのかとマリーは思った。索敵も容易になり探す相手の居場所も確実につかめる。
甲板からブリッジを見たらその後方から黒煙が濛々と上がっていた。
警報に他の船員と共にラウンジから通路に飛びだしたクラーラ・ヴァルタリは薄煙が立ちこめている状況に眉根をしかめた。そこへ別な船員が消火器を手に走ってきた。
"Gdzie jest ogień?"
(:火災はどこだ!?)
クラーラとラウンジにいた男の船員が消火器を手にしてる船員に尋ねた。
"To maszynownia. Wygląda na to, że ciężka rura olejowa odpadła."
(:機関室だ。重油パイプが外れたらしい)
それを聞いて男の船員はラウンジに引き返し消火器を2本手に出てくるなりクラーラに1本を手渡した。
"Chodźmy."
(:行くぞ!)
3人は通路を走り階段を下りて機関室へ向かった。水密ハッチを開いて入った機関室囲壁内は濛々と黒煙が広がっていた。
"Nic dobrego się nie robi.Potrzebujesz butli tlenowych i masek."
(:だめだボンベとマスクが必要だ)
男らがマスクを取りに行った後、クラーラは大きく息を吸って1人消火器を手に機関室に下りた。凄まじい黒煙が立ち込める中、呼吸を止めて火元を探った。エンジン載る機関台の外に火元があった。延焼範囲はそれほど広くなくクラーラは広がった重油に消火剤を吹きつけた。火は簡単に消せたが薄煙の黒煙は上がり続けた。辺りを見回しても煙りで見通しが利かなかった。歩き回ると足に何か当たったのでしゃがみこむと機関士が倒れていた。
クラーラは意識を失っている機関士を抱きかかえると機関室を後にした。通路を歩いているとマスク姿の他の船員に出会い意識を失った機関士を引き渡した。薄煙の中、船員の1人がクラーラに自分のマスクを手渡した。彼女はそれを顔に当て大きく息を吸った。7、8分は息をせずに動き回っていた事になる。それを他の船員に悟られないようにしてマスクを返した。
機関士はたまたま見つけたに過ぎない。
助けたのは航海に支障がでるといけなかったからだった。人道的なぞくそ食らえだった。
"Pożar zostaje ugaszony, ale czarny dym jest straszny. Nie możesz nic zrobić bez wentylacji."
(:火は消えているが、黒煙が凄い。換気しないと何もできない)
"Dobrze pomogło. Drugi znajdziemy sami. Clara odpoczywasz tutaj."
(:よく助けてくれた。もう1人いるはずだ。我々で探しだす。クラーラお前はここで休んでいろ)
余計なお世話だとクラーラは思った。だがマスクなしで機関室に戻ると余計な詮索を受けかねなかった。男らがハッチを開け機関室に入ると通路に黒煙が押し寄せた。クラーラはそれを見てもう1人は助からないかもと思った。彼女が助け出した機関士が咳き込んでうめき声を上げ残った船員が声をかけ始めた。
流れていた通路の煙りが風もないのに乱れクラーラは怪訝な面もちを浮かべた。
「こいつだ」
くぐもった声の英語が聞こえ黒いウエットスーツの兵士数人が突然通路に姿を現した。咄嗟にクラーラは目の前の黒いスーツ数人の兵士を突き飛ばし倒れた兵士らを踏みつけて通路の先へ駆けだした。
鋼鉄の階段を駆け上がってその先に頭を出した瞬間、2挺の銃口を向けられクラーラは立ち止まった。苦手な兵士らと苦手な銃弾にクラーラは一気に吸精のゾーンを展開させ2人の兵士らを昏倒させた。だが1人の女兵士は倒れずにフェイスガードを跳ね上げ驚いた顔をクラーラに向けた。
「何をした!?」
クラーラは再び精気を吸い取ろうと意識を集中した。
そのエリアが歪み女兵士を避けた。今度は倒れた兵士らをも精気のエリアが避けた事にクラーラは驚いた。
階上でFN P90を向けている明日のマリア・ガーランドは階下を走ってきたセキュリティらに警告した。
「近づかないで! こいつ変なエリアを広げるわ!」
階上でクラーラ・ヴァルタリに銃口を向けるマリア・ガーランドはセントラルパークの際にベルセキアが広げた絶対死領域を思いだした。
「マリア! そいつを逃がすな!」
階下のマリア・ガーランドが大声で命じるとクラーラは銃口を向けるマリーにつかみかかった。
咄嗟だったがマリーは躊躇しなかった。PDWの銃口を振り向けトリガーを引ききった。
足を浮かした状態で10発近い銃弾を胸に受けたクラーラは階段から転がり落ちた。
階上のマリーから警告されたため階下のセキュリティ4人は後退さり転がり落ちたクラーラにFN P90を振り向け構えた。
負傷したかと思われた女テロリストは跳び起きると階段の手すりを引き千切り身構えた。その争いを機関室から出てきた船員達は驚いて見つめていたが、1人が声を上げた。
"Clara! Co robisz!?"
(:クラーラ! 何をやっている!?)
「クラーラというのか。諦めろ」
階下のマリア・ガーランドは警告し壁に縦に走る細身のパイプをつかみ勢いつけて引き剥がした。それを見て銃器でなく格闘で挑むというのかとクラーラは睨み返した。
女テロリストは折り取った手すりを振り回し階段に打ち鳴らした。
それに呼応するようにマリア・ガーランドはパイプを振り回し先端で壁と床を叩き鳴らした。
"Kuolla!"
(:死ね──!)
クラーラ・ヴァルタリはそう吐き捨てマリア・ガーランドに突進し手すりを振りかぶると一瞬で振り切った。その手首ほどの鉄パイプが唸りを上げしなるとマリーが手にする親指2本ほどの細身のパイプが弾き上がりクラーラの振り下ろしてきた手すりを打ち上げた。マリーは弾き上げた側の先端を肩の上に引き床に近い反対側を振り上げた。
その下側からの攻撃をクラーラは手にした短い側で弾き返した。
女テロリストは手すりを階下のマリーに投げつけ踵返し階段を駆け上がった。
上がってきたベルセキアと思われる女を階上のマリア・ガーランドはPDWのダットサイトで照準しトリガー引ききった。その銃弾に顔の前で交差させた腕で庇い階段を登り切ると鬱陶しい銃撃を続ける階上のマリア・ガーランドに迫った。
精気の吸引が通じぬ理由はわからぬが、その攻守はサブマシンガンに頼っている。なら白兵戦ディフェンスで血路を開くしかないとクラーラ・ヴァルタリは考えた。
未来のマリア・ガーランドはベルセキアが10フィートに近づいた時点でFN P90を投げ捨て胸のシースからコンバットナイフを下向きに引き抜き構えた。
昨年のベルセキアとの白兵戦が思い起こされた。数人相手の特殊部隊兵と同時戦闘をしたようなきつい感覚だった。指1本ずつが細身のダガーナイフになる相手との戦闘は厄介極まる。
ベス、白兵戦サポート。
────了解したマリア。
集中を乱さぬ最小限のやり取りでベスが請け負った事が意外だった。
右腕を躰の後ろに引いて迫ってくるクラーラという女はセオリー通りだった。素手の左腕を捌いたら右手が襲いかかる。
マリー振り抜くナイフの刃を左手でつかんだクラーラは右腕を振り回してきた。その指先が細身のナイフになってるのを視界の隅で見たマリーは左足で右手首を蹴り上げ身体を捻った勢いでつかまれたコンバットナイフを引き抜き逆手でクラーラの喉仏を狙い突き上げた。
その刃をあろう事かクラーラは口で咥え受け止めた。
勢いで手すりを引き抜いたクラーラ・ヴァルタリは、黒いバトルスーツ姿の1人の女が壁のパイプをつかみ抜いたのを目にして内心驚いた。
普通の人では壁から引き剥がせない頑丈なステーで固定されていた。そのステーを5個も引き千切りパイプを引き抜いた。
クラーラは自分が細菌感染で変異したように、同じ変異を受けている人がいてもおかしくないと思った。
白兵戦を嫌いその黒いバトルスーツ姿の女に背を向け階段を駆け上っても良かった。だが足にパイプを投げつけられ階段を転がり落ちるのが関の山だった。
なら正面きって戦うしかない。
幸い自分が引き剥がした手すりの方が頑丈に思えた。クラーラは折り取った手すりを振り回し階段にぶつけ脅すように打ち鳴らした。
それに呼応するように階下の黒いバトルスーツの女もパイプを振り回し先端で壁と床を叩き鳴らした。
"Kuolla!"
(:死ね──!)
クラーラ・ヴァルタリはそう吐き捨て黒いバトルスーツの女に突進し手すりを振りかぶると一瞬で振り切った。その手首ほどの鉄パイプが唸りを上げしなると戦闘服の女が手にする親指2本ほどの細身のパイプが弾き上がりクラーラの振り下ろしてきた手すりを打ち上げた。黒いバトルスーツの女は弾き上げた側の先端を肩の上に引き床に近い反対側を振り上げた。
その下側からの攻撃をクラーラは手にした短い側で弾き返した。
クラーラ・ヴァルタリは手すりを階下の黒いバトルスーツの女に投げつけ踵返し階段を駆け上がった。
階上の兵士は2人が倒れサブマシンガンを構える女兵士1人だった。
登っていったクラーラを階上の女兵士はPDWのダットサイトで照準しトリガー引ききった。その銃弾にクラーラは顔の前で交差させた腕で庇い階段を登り切ると鬱陶しい銃撃を続ける階上の女兵士に迫った。
精気の吸引が通じぬ理由はわからぬが、その攻守はサブマシンガンに頼っている。なら白兵戦ディフェンスで血路を開くしかないとクラーラ・ヴァルタリは考えた。
クラーラは10フィートに近づいた時点で女兵士がFN P90を投げ捨て胸のシースからコンバットナイフを下向きに引き抜き構えた。
右腕を躰の後ろに引いて小走りに駆けだしたクラーラは相手の女がセオリー通りだと思った。訓練の研鑽を積んでいる。素手の左腕を捌かれたら右手で襲いかかる。
女兵士の振り抜くナイフの刃を左手でつかんだクラーラは右腕を振り回し抜いた。その指先で女兵士を胸元を打ち抜くつもりで突き出し指が細身のナイフになってるのを視界の隅で見たクラーラは驚いた。女兵士から左足で右手首を蹴り上げられ相手が身体を捻った勢いでつかまれたコンバットナイフを引き抜き逆手でクラーラの喉仏を狙い突き上げてきた。
その刃をクラーラは咄嗟に口で咥え受け止めた。電車の鋼鉄を打ち抜いた。躰が鋼化してるから唇を切るとか考えなかった。
直後あろう事か歯で刃を噛み砕いた。
呆気に取られた女兵士の喉へ手のひらを押しつけ相手の片足にクラーラは自分の足を引っ掛け倒すと尻餅をついたその兵士を踏みつけ通路を駆けだした。
階段を上がってきた兵士らと尻餅をついていた女兵士が追いかけてくる足音が聞こえていた。
甲板に出たクラーラは腰をかがめて一気に跳躍すると甲板を窪ませ姿をかき消した。2海里(:約3.7km)を跳び越えた女テロリストは先行するコンテナ貨物船へと着船すると停船した自分の船を振り向いて見た。
兵士らが乗船に使った船はなかった。なら航空機かと空中を見回したがそれすらなかった。
どうやって来たのだとクラーラ・ヴァルタリはコンテナの上で警戒しながら自分が乗ってきた貨物船を見続けた。もしも追って来るなら泳いで逃げればいい。そのうち拾ってくれる船にたどり着ける。
居場所はわかるはずがないと自分に言い聞かせそれでも粒の様な貨物船から女テロリストは目が放せなかった。