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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #8
40/164

Part 8-5 Chasing battle 追撃戦

17:11 Okolice Katowic Katowickich, Polska

17:11ポーランド・カトヴィツェ・カトビツカ近郊





 連れ去られたのがルイゾン・バゼーヌだと知りフローラ・サンドランは青ざめた。



 特殊能力者とわかって連れ去ったのか。



 フローラは左腕の液晶端末を操作してルイの戦闘服のGPSで位置を探った。ルイは西へ400ヤードほどにいた。



「西400ヤード。ルイを奪還する」



 フローラの命令に異を唱えるものはいなかった。



 GPSの示す地点まで全員は走った。日頃からの訓練で6分余りで走り抜けた特殊部隊員は目的の家を掌握しょうあくし息を調えるも惜しみ14人で突入を決行した。



 先陣切って走り込むフローラ・サンドランは凄まじい惨状の遺体を眼にして下唇を噛んだ。



 引き裂かれた戦闘服から誰かが一目瞭然だった。



 まだ18の少女が脳髄の殆どとあらかたの内臓を食べられもぬけの空になっていた。



 他の隊員ならある程度すげ替えがきく。技能も鍛錬たんれんさせれば追いつく。だがルイのテレパスの能力はそうはゆかなかった。



 フローラはしゃがみこみ血塗られた少女のほおに触れささやいた。



「心配しないで。むくいを受けさせるから」



 立ち上がりフローラは部下らに遺体の回収を命じた。その直後彼女の背後に動く人影に数人の兵が自動小銃を振り向けた。



「チーフ、生存者が──」



 フローラが振り向くとミイラ化した家人の男がうめき声をあげ両腕を差し伸べてぎこちなく歩き寄ろうとしていた。その尋常でない様子にフローラは警戒して後退あとずさった。



 2人の特殊部隊員がその男を支えようと進み出たのをフローラは警告した。



「触れるな! 感染症の可能性がある!」



「動くな。止まらないと撃つ」



 2人の兵士が歩き寄ろうとする男に警告し銃口を向けてもその男は脚を止めなかった。男の足先に数連射し床板が弾けても男はフローラ達に近寄ろうとした。



 まるでゾンビだと思ったフローラは、男の脚を撃ち抜いた。



 ミリタリー・ボールの破壊力に脚の骨が砕け家人の男はつんのめる様に倒れた。だが痛がる素振りも見せず男はフローラ達にって近寄ろうとし続けた。その額を数射すると男はうつ伏せに倒れたのを見てスナイパーのアルノー・ボードレールがフローラに尋ねた。



「何だったんでしょう? まるで取り憑かれたみたいでしたが」



「わからぬが、ミイラ化がそうさせたなら触れる事で伝染する可能性も捨ておけぬ。だがそうなら厄介やっかいだ。電車には数十体のミイラ化した遺体があったから、今頃大騒ぎになっているかもしれない」



 フローラは、そう告げながらミイラ化の遺体が金属加工の作業所にもあったのを思いだした。ルイゾン・バゼーヌの仇を討つ事が念頭にあったが、今は事態の収集に努める事が肝要だと女指揮官は判断した。いずれクラーラ・ヴァルタリは追い詰める。それよりも────。



「ゾンビ狩りを行おう。今、見たとおり頭部を撃たれると活動を止めた。まず電車の現場に引き返し掃討そうとうする」



 命じながらフローラはクラーラ・ヴァルタリを逃してしまうかもというジレンマにさいなまれ続けた。今を逃せば倒すチャンスを、ルイゾン・バゼーヌの仇を討つ機会を逃してしまう。



「では半数をゾンビ狩りに。残り半数を女テロリスト狩りにはどうでしょう」



 ブラヴォー・チームのフィロメーナがフローラに提案した。その案に女指揮官は心動かされた。7人という人数でゾンビ狩りを行うリスク。同じ人数でクラーラを追い仕留めるリスク。女テロリストを野放しにすれば新たなゾンビを発生させてしまう事を考慮すれば追撃をおろそかにもできなかった。だが見つめるセキュリティの視線にフローラは決断した。



「アルファ・チームは追撃、ブラボー・チームを掃討に」



 ブラボー・チームの2人が遺体袋(ボディバッグ)にルイゾン・バゼーヌを収めると簡易担架で運び始めた。



 家をあとにして2台のトレーラーに分乗しアルファとブラボー・チームは逆方向へ別れた。



『チーフ、追跡をどうしますか』



 コンテナの中から無線でスナイパーのアルノー・ボードレールが問いかけてきた。



「西へ400ヤードの地点を捜索する」



 トレーラーの助手席でそう告げながらフローラは思案した。2度の逃避が西へおおよそ400ヤードに根拠は過ぎなかった。時間が経てば距離も範囲も広がる。クラーラは跳び逃げた場所で家人を襲っていた。だが玄関をノックして探し回るわけにはゆかない。ルイを死なせたのは大きな痛手だった。



「全員電子光学擬態(エミック)の不可視で手分けして1軒ずつ捜索する」



 全員へ無線で知らせフローラは黙り込んだ。追う方が圧倒的に不利だった。読みを誤ればクラーラは手の届かない場所へ逃げおおせる。フローラはふとパトリシアの事を思い出した。


「本社のパトリシアへ通話接続」



 ヘッドギアのAIへそう命じて待つこと30秒あまりで懐かしい声が聞こえた。



『ハーイ、フローラお元気?』



「パティ、久しぶり。力を貸してほしいの。私のいる場所から全方位1000ヤード以内にいるクラーラ・ヴァルタリを探しだして頂戴ちょうだい



『え? ルイがいるじゃない。彼女の範囲でしょう』



「ルイは死んだわ。クラーラに殺されたのよ」



────見つけた。西に570ヤードの煉瓦れんが色の家。フローラ、ルイは苦しんだの?



「わからない。苦しまなかったのを願うわ」



────クラーラ・ヴァルタリを倒していい?





りなさいパトリシア」





 怒りの残滓ざんしを残しパトリシア・クレウーザの意識が離れて行った。











 距離は関係ない。



 ダークマターと名づけたねっとりした精神世界をかっ飛ぶ。



 大西洋を挟んで伸ばす両手の指を鉤爪かぎづめにしパトリシア・クレウーザはクラーラ・ヴァルタリを見つけだすとその意識へ直撃し鷲掴わしづかみにした。



 振り回そうとした寸秒そのブレイン・リンクの違和感にパトリシアは本能から身構えた。人のものだった意識が一瞬にして得体の知れぬ影になった。



 パトリシアはその覚えのある感触に戦慄せんりつを覚えた。







 ベルセキア!?







 死んだはずの怪物の意識がそこにあった。マリア・ガーランドが命を投げだしてとどめを刺したはずの化け物の潜在意識が爪を振り上げパトリシアをつかもうとした。



 以前の自分ならその毒牙を振り払えなかっただろう。だが大天使サキエルの後ろ盾があった。



 パトリシアは意識を振り回し巻き起こしたトルネードで怪物の黒い爪を蹴散らした。



 つかもうとしたからには外から干渉していると認識している。待ちかまえている。捕まれば逆に侵食されかねず次はなかった。だがパトリシアは相手のベルセキアとは微妙に異なる精神構造に気づいた。クラーラ・ヴァルタリの意識が勝っているのか。



 どれほどの効果があるか精神に食い込む地雷をばら撒いてパトリシアは離脱した。



 新しいベルセキアから離れ俯瞰ふかんからオーブを確かめる。



 人の輝きというオーブを呑み込むどす黒いオーブはまさにベルセキアのエス(本能エネルギー)だったが、マーブル模様のごとく流れる紫模様の自我は何だろうとパトリシアは思った。ふと思いだしたのはルイゾン・バゼーヌのオーブ。あの娘の精神俯瞰(ふかん)が同じ様な感じだった。





 パトリシアは取りあえずベルセキアから離れてフローラ・サンドランに報告に向かった。





 その刹那せつな、まるで足をつかまれ引き戻された事にパトリシアは驚いた。



 それは精神世界を渡り歩くもの特有の感触だった。



 ベルセキアが精神空間能力を持っている!?



 咄嗟とっさにパトリシアはつかまれた足を切り離すイメージで逃れた。本物の足を切り落とす事はできなくとも仮想空間での肢体したいは自在だった。そして切り落とした足を再生させた。



 それよりもパトリシアはつかまれた事に驚いた。以前のベルセキアにそんな力はなかった。見方によっては怪物が精神感応力を持ってる事になる。クラーラ・ヴァルタリの能力だけでなくルイゾン・バゼーヌの力すら身にした事になる。



 拡張性の権化たるベルセキア。



 手当たり次第に喰らい原質を身につける化け物がルイの能力を奪ったなら、とんでもなく厄介やっかいになる。パトリシアは自分の分身のオーブをばら撒いてめくらましにするとベルセキアともクラーラ・ヴァルタリとも定かでない精神から距離を置いた。











────フローラ! クラーラ・ヴァルタリはベルセキア化してる。それにルイの能力すら身につけてる!



「あなたの手に余る? 冗談ではないの? パトリシアあなたがルイに劣るわけが──それにベルセキアはマリーが倒したはずでしょう」



────わからないの。でもベルセキアと同じ様な感じだったから。あれは喰らって進化する化け物だから。



「ルイはクラーラ・ヴァルタリに食べられたのよ」



────! だからルイの能力を身につけていたのね。でもフローラ、クラーラ・ヴァルタリがベルセキア化しているなら追撃は無理よ。肉体的にも人ではおよびもつかない能力があるから。



「マリーのレポートにもあったわ。だが我々が追ってとどめを刺さないと犠牲者がゾンビ化してパニックが広がるのよ。パトリシア、倒せなくとも構わない。あれの居場所を逐一教えてくれれば」



────ゾンビ化!? クラーラ・ヴァルタリに食べられた人がなの?



 フローラはパトリシアと話し続けながらトレーラーの運転手に道順を指図した。



「いえ、精気を吸われた犠牲者がゾンビ化している。パトリシア、クラーラはまだ煉瓦れんが色の家にいるの?」



────まだ移動してない。でも細かいところまでは探れないの。危なかしくて。つかまると精神力の争いになるから。



「着いたわ。襲撃する。クラーラが逃げたら場所を追尾して」



────気をつけてフローラ。相手はベルセキアだから。



 パトリシアの気遣いを感じながら返事もせずにフローラ・サンドランはトレーラーを下りた。



 煉瓦れんが色の住宅が50ヤード先に見えていた。











 クラーラ・ヴァルタリは新たに下りた家の住人らを喰らっている最中にそれはおきた。



 意識を引っ張られ集中力が拡散し視界がトンネルの奥に行くように遠くへ収縮した。



 知ってるぞ!



 これは精神をつかまれたのだ。



 クラーラ・ヴァルタリは意識を振り向け精神の腕を振り上げ爪を相手に食い込ませようとした。



 誰かが精神世界で干渉していた。



 それが精神作用だと瞬時にわかったのは兵士らからさらった小娘を喰らったからだった。



 その思考が乱れ飛ぶ様な旋風に振り回された。



 その爆風の中、テレパシストの能力が身につき不慣れなその能力を使い干渉してきた相手を捕まえようとした刹那せつな目眩めまいを覚えるほどの閃光と爆轟に振り回され、その何ものかを捕り逃した。



 精神作用の地雷だった。



 そうだこれはテレパシスト用のめくらまし。



 喰らったルイゾン・バゼーヌの能力は特殊でクラーラ・ヴァルタリは目眩めまいを感じながらも近くにいるそいつの片足をつかむ事に成功した。やったと感じた寸秒、相手の足が霧散して腕がくうをつかんでいた。



 物理世界とは異なりこの世界は意識の力量で自由にできた。



 そうだ。つかんできた小娘を知ってるぞ。



 パトリシア・クレウーザだ。



 小娘は意識を破壊しに来たのだ。



 ルイゾン・バゼーヌを喰らってなかったらなすがままに精神崩壊に追い込まれていただろう。だがテレパシストという能力に目覚めた今はそんな心配も杞憂きゆうだった。



 もう一遍いっぺん、あれが近寄ればこの次こそ逃がさない。



 そうだ。現実世界のパトリシアを探しだして喰らえばテレパシストで右にでるものなどいなくなる。



 精神感応(テレパシー)であれば、あれが世界一なのだ。



 1つの目標を見つけた。



 あの小娘はどこにいる。



 大西洋の先、アメリカのニューヨークだ。



 気を取り直して生肉に食らいついた。



 精神感応力を使いあの黒い兵士ら──Exスターズが近くにいないことと確かめながらむさぼった。



 そのレーダーに引っかかったのは50ヤードほど離れた場所に止まったトレーラーだった。7人の黒い兵士らがコンテナから降り立ち進んでくる。



 率いるのはフローラ・サンドラン。



 命奪った家人から顔を上げたクラーラ・ヴァルタリは口周りの血をそでぬぐうと口角を持ち上げた。





「遊んでやるか」











 DIOブルパックG3のバットプレートを肩に引きつけトリジコン製のダットサイトを睨みつけながらフローラ・サンドラン率いる6名は小走りに歩道を走った。



 途中、フローラが左手で合図すると3人が別れ家と家の間の芝生を抜け裏手に回った。



 正面玄関に立ちフローラはドアに設けられた郵便ポストにグラスファイバーを差し込み扉の反対側を探った。その合間にエドガール・トゥシャールがピッキングツールで鍵を開錠した。



 デッドボルトの開く乾いた音がしてフローラは右手でミリタリーライフルを構えたままドアのレバーハンドルを回しゆっくりと扉を押し開いた。



 短い廊下には動くものはいなかった。



「玄関からの通路クリア」



 フローラは無線で知らせ先陣切ってコンバットブーツを巧みに操り廊下をゆっくりと歩いた。



 途中、ドアが2ヶ所。奥に1ヶ所ある。



 1番近い扉をゆっくりと開くとリビングだった。向かい合ったソファの間のテーブルがひっくり返り人が倒れていた。はらわたの引きずり出された中年の男性だった。生死は確かめる必要もなかった。



 リビングには別の出入り口がありドアが開いていた。キッチンかダイニングだった。



 クラーラ・ヴァルタリは思ったより貪欲だった。行く先々で人を喰らっている。受けた傷を癒すためか、新陳代謝が高いためか。それとも嗜好しこうゆえか。



 パトリシア、クラーラはまだいるのか?



────います。用心して。息を殺し待ちかまえてる。



 追われていることを認識しているというのか。撃たれ圧されその場しのぎの逃走を繰り返す女テロリストが巻き返そうとしているのか。







 緊張の刹那せつな、別な部屋で連射発砲する音が響きだし、フローラはダイニングに押しった。そこにも1人倒れ首を半分噛みきられた年配の女性の遺体だった。喰われ方は少ないが吹き出した動脈の血飛沫ちしぶきで染まった壁や床が凄惨だった。



 二重三重の銃声にフローラはどの部屋だとキッチンから廊下に戻り斜め向かいの扉を開こうとして身をかわすと廊下の壁を貫通した弾痕が床から壁に走った。



 その扉の先が修羅場だとわかりながら入るに入れない状況にフローラはあせった。



 連射音が止まり壁に何かぶつかる音が聞こえフローラは2人引き連れドア蹴破った。眼の前にセキュリティが後ろ手に吊し上げられた状態で立ちふさがった。



 その後ろにいるクラーラ・ヴァルタリの顔めがけ一瞬で照準するとミリタリー・ボールを撃ち込んだ。女テロリストは顔をゆがめセキュリティの身体で身を隠そうと吊し上げた人質を引き上げた。



 フローラは咄嗟とっさに露出しているクラーラの足へ銃口を下げフルオートで撃ち込んだ。



 バランスを崩したクラーラは吊し上げていた兵士を放り出しフローラ・サンドランはそのセキュリティの胸元をつかみ自身の背後に振り回すと「グレネード」と叫び腰のベルトに繋いであったDM51(:破砕手榴弾)を引っ張りセーフティーを引き抜きレバーを飛ばしクラーラ・ヴァルタリの顔の前に放り出し出入り口から袖壁に身を逃がした。



 直後、爆轟が部屋を揺すりテラスの硝子(ガラス)が吹き飛んだ。



 フローラ・サンドランは身をひるがえし部屋へミリタリーライフルを向けようとした刹那せつな、壁を突き破りとび出た腕が彼女をつかんだ。



 フローラは手首を返し壁から突き出た腕の付け根に片腕で銃口を振り向けトリガーを引き絞った。同時に彼女のそばにいる2人の兵士も壁に向け銃弾(ブレット)を放った。



 暴れる銃身を操り腕が引き戻されるまで撃ち切るとフローラ・サンドランは腰から2個のDM51(:破砕手榴弾)を引っ張りセーフティーを引き抜くとレバーを飛ばし同時に2個を部屋の中へ放り込んだ。



 爆轟を引き裂く叫び声が聞こえ静かになると、バットプレートを肩に押しつけトリジコン・ダットサイトをのぞき込んで女指揮官は部屋に突入し2人の部下らもそれに続いた。





 その部屋はもぬけの空だった。





 テラスには首を噛みきられたセキュリティが2名うつ伏せに倒れていた。



────クラーラは西へ1000ヤード移動したわ。



 駒にすぎない兵士らを多く失い過ぎた1日だった。



 3分の1の戦力を失い追撃態勢を維持できないとフローラ・サンドランは仕切り直す事にした。












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