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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #8
39/164

Part 8-4 Counterattack 反撃

16:50 Okolice Katowic Katowickich, Polska

16:50ポーランド・カトヴィツェ・カトビツカ近郊





 電車が何かにぶつかった。ただの事故。怪我もしなかった。それなのに。それなのに命が終わってしまった。1度死んでしまったのは理解できた。自分の手を見て驚いた。老婆の腕みたくしわ枯れている。水気を失った果物みたくなっている事に不安が広がった。



 何かに寝かされて運ばれていた。



 自分が失ったものを取り返そうと思っただけだった。



 担架を下げる頭側の人の腕をつかんだ。



 生きてるぞと聞こえていた。



 つかんだ腕から何かが流れ込んできた。砂漠でさ迷った挙げ句に水を得た様に潤うようだった。担架の前をつかんだ警官が両(ひざ)を落として担架が頭側へと傾いた。脚側の警官が手をいきなり放し担架が地面に落ち放り出された。それでも握った手首を放しはしなかった。



 1人吸い取ったのに飢えは収まらなかった。



 ふらふらと立ち上がりこの警官はもう役立たないとつかんだ手首を放し振り向いた。



 担架の脚側をつかんでいた警官がハンドガンを向けていた。



 動けば撃つと警告されても求め続けた。拳銃を向ける手をつかもうと腕を伸ばし足を踏みだした。



 肩を撃たれ、それでも求め続けた。



 足を撃たれても、あなたの精気をと求める指を伸ばしつかもうとした。額を撃たれ渇望かつぼうが途切れた。



 どうしていじめる。





 欲しがっただけなのに────────。





 気が遠のく周囲で騒ぎが起き始め、餓えだけが木霊していた。











 耽溺たんできしてしまった。



 追っ手を心配して襲う家を矢継ぎ早に替えたのではない。喰い殺す人にこうも味覚の違いがあるとは思いもしなかったからだ。



 クラーラ・ヴァルタリはラウルスBTから奪った細菌を服用してから2時間余りで34名を喰い殺していた。精気を吸い取って殺した人数を入れるともう少しで100人になる。これだけの人数をあやめたのは久しぶりでも気にはしなかった。



 これは主義主張を押しつけるテロリズムではない。



 純然たる本能から来る殺意。



 欲望だった。



 もっと喰らって味わいたい。その願望に取りかれていた。



 だが当のクラーラは知らなかった。喰い殺したものと精気を奪い殺したものの差を。彼女が襲った電車と彼女がアジトにしていた金属加工の会社で騒ぎが起きてるとは思いもしなかった。



 押し入った家の窓から見えたのは警官だった。



 クラーラは胸ぐらつかんで壁に押しつけていた男を殴りつけ黙らせるとぐったりした男を放り出し玄関へ急いだ。ドアを開く前に精気を吸い取るつもりで廊下を急いだ。ミイラ化した警官を引きずり込む。そうすれば今、しばらくこの家で食事ができる。今や価値基準が人を喰らうことだけに捕らわれていた。



 ドアの向こうでうめき声と人が倒れる音がした。



 扉を引き開くと玄関先に干からびた警官が2人倒れていた。クラーラは外に出るなり2人の襟元をつかんで家の中に引っ張り込んだ。歩行者はいなかったが誰かに見られたのは五分ごぶだと思った。家前の道向こうの家から見られたかもしれなかったが、警官が来るまでここに居座る事にした。



 精気を吸い取る能力は無敵に思われた。距離さえ詰めれば障壁があっても命を奪い取れた。開けた場所にさえ出なければ問題ない。見通しの良い場所で50口径で狙われたらと一抹の不安があった。だが電車の車体を押しつぶせたのだ。50口径でも致命傷にはならないと思われた。



 もしかしたら自分は155ミリ砲の直撃にすら傷つかないかもしれない。



 薄い皮膚がどうしてそれほどの強度を有するか理解(およ)ばない。



 だが飢えは確実にあった。



 ええ、そうなんだ。と他人ごとの様に思ってみた。



 空腹はこれまで生きてきて何度もあった。だが他人の命を奪うのは違う。まるで狂いそうなほどの欲求があった。その先に何があるのかはわからなくとも我慢ならない結末が待ち構えていると何かがささやき続けている。



 力と飢えは裏腹、表裏一体。



 クラーラ・ヴァルタリは振り返ると殴り倒して気を失ってる男の方へ戻った。











「奴のいる家はどれだ?」



 空き地の端でルイゾン・バゼーヌはフローラ・サンドランに問われ意識を集中し指差した。



「あの家」



 一辺が250ヤードのスクウェアだった。空き地の反対側にある左から2軒目の家だった。



「通達」



 ざわついてはいなかったが、14人が動きを止め意識を集中した。



「この空き地をキルボックスにする。四方角にミラン対戦車ミサイルその3辺にレーザー・ライフル」



「チーフ、どうやってあの女を空き地中央に追い立てるんです?」



 ブラボーチームのガンファイター──フィロメーナ・ペシャラが問いかけフローラは応えた。



「私が誘い出す」



 1人では無理だと思ったフィロメーナが自分も行くと言いだした。



「だめだリスクは最小限に」



「いえ、1人よりも2人の方がリスクが────」



 食い下がるフィロメーナにフローラは腕を振り上げ言葉をさえぎった。



布陣ふじん!」



 そう命じてチーフはアリスパックを背負うと負い革(スリング)で首に下げたDIOブルパックG3の銃握じゅうはをつかみ上げた。



 これはおとりだ。1人で挑むより10人で挑む方がリスキーだった。今日だけですでに3人を失っていた。



 フローラは黙々と空き地を歩き始めた。



 下手へたを打てばミイラにされる。その手口はわからずとも、命を奪い取られるのは事実だった。



 走ってあの黒装の女の目につくわけにはゆかなかった。フローラは左手首のソフトスイッチを触れ迷彩である電子光学擬態(エミック)を作動させた。一瞬で姿がモザイク状にゆがむと細分化し風景に溶け込んだ。



 黒装の女が特殊な感覚を持てば電子光学擬態(エミック)とて安全ではなかったがルイのテレパスで事前にその能力を読めない事はなかった。



 目的の家には生存者が1人。4人が殺害されその内2人が警官だった。



 止めなければ────この残虐に終止符を打つんだ。



 グリップとフォアエンドを引きつけストックのバッドエンドを右肩の前に押しつけチークピースをヘッドギアのほおを密着させスコープの上に付けたダットサイトを覗き込んだ。



 視線コントロールで液晶画面の左半分にデジタルズームで目的の家の勝手口を探した。左手にリヴィングのテラス窓がありその並びに勝手口があった。



 あれだけの手練れだ。窓や扉に鍵を掛けているとは思えなかった。どこから攻められても弾き返すだろう。



 フローラは足音を殺しながら勝手口へ20ヤードに迫った。



────全員、配置につきました。



 クラーラ・ヴァルタリを空き地中央に誘い出せなくても攻撃を開始せよ。ルイ、あなたが攻撃指示を。でないとまた奴はジャンプする。それと私が追い込まれても助けるために後手にまわるな。



 ルイゾン・バゼーヌに意識で命じて、呼吸を押さえゆっくりと息を吸い込みながら2段の木製の階段に片足をかけノブをそっと回すとデッドボルトが外れ、回したままドアをそっと開き開口部に銃口を向けた。



 キッチンには誰もいなかった。



 足音を立てない様につま先を床板に下ろしかかとを着け加重を徐々に増やし両足でキッチンに立った。マイク感度を上げ室内の音を探った。



 繰り返す微かな音が聞こえていた。



 ぬかるみにかかとをめり込ませる様な音が繰り返されている。何の音かと想像力を巡らせるよりも音の場所を特定すべきだとフローラは優先した。少なくともキッチンじゃない。



 廊下に顔を出す前に左手の中指の先端を引っ張り出しワイヤーの先の超小型CCDカメラで廊下の様子を液晶画面の小ウインドで確認した。玄関に2人倒れているのが見えた。デジタルズームで拡大すると制服を着た2人の警官だとわかった。手の平を見るとひどくしわ枯れていた。



────フローラ、最後の生き残りが今、死亡しました。生きているのはあなたと敵だけです。



 了解(コピー)。今、キッチンから廊下へ移動。



 廊下にはキッチン・ドア以外に中間に1つ、玄関近くに1つあった。



 侵攻は手近なドアからチェックしてゆく。たとえ開いたドアが先に見えていても閉じた近い部屋から調べる。ドア前に足音を忍ばせ近寄るとドアノブをゆっくりと回しわずかに開き隙間すきまに左手中指から出したCCDを滑り込ませた。



 リヴィングには廊下に沿って2つのドアが前後にあった。その玄関に近いリヴィングの床に倒れた人物が2人とその1人に覆い被さっている人陰があった。ルイ風に言うならハンニバル中。恐らくは覆い被さっているのがクラーラ・ヴァルタリで倒れているものが家人だと推定できた。



 キッチンに近い方から追い立てると玄関へ逃げられてしまう。危険だが開いている玄関に近い出入り口から追い立てキッチンの方へか、テラス窓の方へ追い立てる必要があった。



 ドアの開いた出入り口まで行く必要はなかった。使うミリタリー・ボール(7.62x51mm)なら貫通しそうな薄い木造の壁だ。



 廊下から壁越しに撃つか、背後へ回り込んで撃つか。どちらにも違うリスクがあった。フローラ・サンドランは後ろに回り込む事にした。そうして開いたドアに触れぬ様に回り込んで出入り口に立った。



 リヴィングの床には血だまりが広がり女テロリストは男の腹部に顔をつけはらわたをむさぼり食っていた。冷徹なフローラ・サンドランでも吐き気を覚えた。





「クラーラ・ヴァルタリ──」





 男の腹部に喰らいついていた女が一瞬動きを止めゆっくりと振り向こうとした刹那せつな、女指揮官の銃口がフルオートで火を吹いた。側頭部を撃ち据えたミリタリーボールの弾圧に抗えずクラーラは食らっていた男を乗り越える様にカーペットに頭を押しつけられた。



 フローラは撃ち続けながらパウチから次の弾倉を引き抜いて交換するタイミングを待った。



 腕を立て身体を起こそうとするとその腕を撃って女テロリストの身体を床に押さえつけた。



 威力のある銃弾(ブレット)、頭部に受ければ普通の人なら最初の1、2発で死んでるはずだった。だが女テロリストは身動きを続けた。ミイラ化されないという事はクラーラに噛みつかれるなど何かしらの接触が必要なのかとフローラは一瞬考えた。そんな事はない。電車内で3人の部下達は弾幕を張り寄せつけなかったはず。



 死なずとも連射に身動きが取れないでいる!



 だが火力のDIOブルパックG3は弾倉が銃握の後部にある。マグチェンジに1秒。弾薬の切れ目が運命の分かれ道になるとばかりにミリタリーボールを撃ち込んでゆく。撃ちきった直後ボルトオープンでストッパーがかかった。空の弾倉を落として次の弾倉を差し込むわずかな間合いにクラーラ・ヴァルタリは床に両腕をついて上半身を起こした。そうして低い姿勢で駆けだした女テロリストの背に銃弾(ブレット)を浴びせ続けるとテラス窓を突き破りクラーラは外に跳びだした。



 フローラはその女テロリストの背に猛然とミリタリー・ボール(7.62x51mm)を叩き込み続けた。



 ジャンプして飛行に移らないのはクラーラが押されているからだった。



 瞬く間に弾倉が空になり空き地中央近くまで逃げ切った女テロリストへ向け2条のビームライフル(HPBR)の不可視光線が襲いかかった。











 はらわたを喰らい恍惚感こうこつかん耽溺たんできして注意力が削がれていた。



「クラーラ・ヴァルタリ──」



 いきなり後ろから名を呼ばれ、手下のテロリストがここまで来たのかと顔を振り向けようとした。プロボクサーに殴られた様な猛打の衝撃を受け遺体の上に覆い被さる様に床に顔を落とした。



 その後頭部にフルオートで銃撃を受けその重いプレッシャーに身動き取れずにいた。



 敵は1人か2人か。



 フルオートの発砲音(ガンショット)は単純なリズムで聞こえており1人だとクラーラは決めつけた。1弾受ける事に頭蓋骨が変形したが皮膚を破られるまでには到らなかった。無敵のはずが衝撃がきつすぎて身動きが取れなかった。



 怒りがこみ上げてきた寸秒弾幕が途切れた。だが今の銃撃でこいつの仲間がいつ駆けつけるかわからなかった。逃れ形勢を立て直すには距離が必要だった。





 クラーラは両腕で床を押し身を起こすと襲いかかった相手がマグチェンジしている間にダッシュしてテラス窓を突き破ったところでまた背中に銃撃を受けよろめいた。





 精気を吸い取るためにはわずかな間、意識を集中する必要があった。形勢をくつがえす為に距離をとる必要があった。10発以上のストレートを同時に受けている様な衝撃に駆ける脚がもつれそうだった。



 空き地中央にわずかな樹木がありその反対側に回り込めば形勢を整えらせそうだった。その幹にあと数ヤードに迫ったその時だった。



 いきなり左脚から力が抜けバランスを崩した。その直後右胸に軽い衝撃を受けシャツを見下ろすと小指が入りそうな穴が開いていた。



 狙撃か!? だが口径の割に衝撃が少ないと思ってからだを振ると右胸に激痛が走った。見下ろすと銃創がわきまで広がり血が吹き出していた。





 銃弾(ブレット)じゃない!?





 痛みに抗いながらクラーラは1つの兵器を思いだした。レーザーか!? 汎用のレーザー兵器を実用化している。それよりも敵が待ち構えていた場所へ逃げ込んだ愚かさをクラーラは怒りを抱いた。それに銃弾には傷付かなかったがレーザー兵器には傷を負うことも理解した。銃弾に傷ついた体内組織が急激に盛り上がって来るのがわかった。



 しゃがみこんで飛び上がろうとした脚を止めた一閃いっせん右腕のそばで爆炎が膨れ上がり衝撃に腕がひじから先吹き飛んだばかりか胴体の3分の1がえぐり取られた。





 レーザーか!? 違う! 対戦車ミサイルだ!





 なんて装備だと女テロリストは両膝りょうひざを地について残った左腕をついた。その直後今度は背中で爆炎と衝撃が広がり胴体の右半分をさらに失った。失った右半分のからだを蘇生できるのかとパックリと開いた死の口を目前に見いだした。



 うずくまり動きを止めた。急激に失った右半分のからだが再生してゆくのを感じたクラーラは流れる爆煙の隙間すきまからだを曝した。刹那せつな背後で爆轟が広がり衝撃に残りの左半分の腹部が吹き飛ばされた。



 死ぬ。死ぬのか。腰のところで切れ落ちた脊髄を押しつけ合うと玩具のブロックをつなぐようにあっさりとつながった。即死して当たり前の状況に死なぬ自分のからだに驚きを覚えた。筋や血管、肉や脂肪が急激に盛り上がり脊髄を包み込んでゆく。



 飛び散った肉片をかき集め押しつけると融合し胴体がつながってゆく。



 だがここにいてはいけないと心の奥深い所がささやき続けていた。



 3発もの対戦車ミサイルのみならずレーザー兵器まで用意してくる連中と今はまだ正面切って争えなかった。



 ならこの先なら敵をほふれるのか。





 午前中には想像もしない能力と再生力を手にしていた。時間があればもっと力を得ることができる。





 だがポーランドにいればこの謎の特殊部隊にほふられかねなかった。



 空路を使うと簡単に足がつきそうだった。



 クラーラ・ヴァルタリは爆煙が流れ去ると低い姿勢にひざを曲げた。これ以上標的に真新しいからだが思い通りの力を発揮するかは不明だった。薄らいでゆく爆煙の隙間すきまに見えた対戦車ミサイルのシルエットにクラーラは立ち上がり踏み込んでからだを逃がすと素手でその弾頭を叩き落とした。



 図に乗るな!



 振り向いた寸秒、会った事もない少女の名前が意識に浮かんだ。



 ルイゾン・バゼーヌ!? だれだそいつは!?



 意識に突き刺さっている触手の様なものに気づいた。



────逃がさないで! 跳ぶつもりだわ!



 まるで耳元で叫ばれたその声を耳ではなく意識で受け止めた。



 何だこれは!? 私の思考がどうにかなったのか。



 クラーラ・ヴァルタリは声の聞こえた方向へ振り向くと220ヤードほどをジャンプした。飛び下りた場所に人の姿はなかった。だが気配は消せてはなかった。クラーラは雑草をつかむとそれを振りまいた。不自然に落ちる雑草を見て姿隠した襲撃者の1人をつかむとクラーラは握ったままさらに400ヤードほど跳んだ。





 着地する前に手応えの消えない腕を見ると黒い戦闘服を着た小柄な女をまだつかんでいた。着地した瞬間、クラーラ・ヴァルタリはつかんでいた女を地面に投げつけた。












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