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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #8
36/164

Part 8-1 Embarkation 乗船

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 14:30 Jul 11/

Hummingbird-2 over the Atlantic Ocean 15:49

7月11日14:30ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル/

15:49大西洋上空のハミングバード2





「ドク、今の私に会ってみたい」



 マリーの提案にモニタを見つめていたスージー・モネットが驚いて振り向いた。



「本気なの? パラドックスに触れて──対消滅したらどうするの!?」



「まさか。精々(せいぜい)、言い争うぐらいよ」



「避けていられるなら、会わない方が良いに決まってるわ。過去に戻った事を確かめたいというのはわかるけど止めておきなさい。それにあなたは海上臨検(VBSS)に出たから会いようがないでしょう」



 海上臨検(VBSS)



 何の? 思い出せなかった。マリーは過去に戻って未来を変えるだけでなく過去も変えてしまったのかと困惑した。



「あなたは行かなかったのドク?」



「ここでこうして話してるじゃない」



 スージーは肩をすくめて視線をモニタの書類に戻した。



「従軍医師の務めは?」



「ダライアスが行ってるわ」



 聞いた事のない名だった。



「ダライアス? 誰よそれ?」



「呆れた。ダライアス・サイクスよ。新人のドク」



 マリーは眉根をしかめた。新人の従軍医なんて初耳だったし、セキュリティの新しい従軍医なら顔合わせしているはずだった。過去に戻ったことで過去も改変したのかとマリーは考えた。それともパラレルワールドに迷い込んだのか。そう思うと余計にこの時間帯の自分に会いたくなったが、漠然とした不安につかまれた。



「海上臨検ならハミングバードね。異空通路ことわりのみちで行ってみるわ」



 マリーの決意を聞いてスージーはつかんだファイルから手を放した。



「駄目だと言っても無駄なようね」



 マリーが片腕を上げ人さし指で空を切ってくるくると回した。その直後、背後に渦を描きながら暗い霧が広がりそれが人の身長を呑み込めるほどに広がるとマリーは患者用の椅子から立ち上がりきびすを返すと後ろ姿でドクに告げた。



「チョーカーなんともないわ」



 そうして異空通路へと歩んだ。











「探すのは人物。恐らくは女性。船員らしくないとしか言えないが去年戦ったベルセキアと同じ戦闘力を持って────」



 セキュリティ数人の視線を機敏に感じてマリア・ガーランドは言葉を切ると振り向いた。



 戦術攻撃輸送機のランプゲートに渦を巻いた暗い霧が広がると中央に人影が見えてスーツ姿のマリア・ガーランドが現れセキュリティの数人が上擦った声を漏らした。



「あなた──誰なの?」



 戦闘服姿の女指揮官が誰何すいかした。



「よしてよ。自分自身に誰かなど聞くなんて。私は12日の15時24分のマリア。時間を自在にテレポートできる暗殺者(アサシン)にあなたは明日狙われるのよ。それより海上臨検って何なの!?」



 聞いたことを整理するために11日のマリア・ガーランドはスーツ姿の自分の言葉を反芻はんすうした。



「タイムトラベラーの暗殺者(アサシン)? 明日の私?」



 自分に言い聞かせる様に戦闘服姿のマリア・ガーランドが繰り返すとスーツ姿のマリーが教えた。



「会ってみてわかったわ。タイムパラドックスはない代わりに自然界は世界を改変するのよ」



 戦闘服姿のマリア・ガーランドは苦虫を噛み潰したような表情になると部下らに命じた。



「こいつを捕らえろ!」



 女指揮官に命じられ5人のセキュリティが回り込んだ。その男女にマリーは肩をすくめてみせ警告した。



「止めておきなさい。武装がなくても戦闘力はあなた達のリーダーと同じよ」



 マリーは腰のホルスターに入れたFiveーseveNの事は伏せた。手の内を明かすのは愚か者だけだ。



「そのタイムテレポートできる殺し屋ができる(・・・)のは分かるが、どうして私が時間跳躍(ちょうやく)できるの?」



 詰め寄ろうとしたセキュリティらは話の成り行きに困惑した。だが戦闘服姿のマリーは跳び掛かるのを止めるジェスチャーを出さない。



「跳ぼうとした暗殺者(アサシン)をつかんだら引きずり込まれたのよ。それより何の臨検なの?」





「ベルセキアの片割れが貨物船に乗船しているのよ。明日の私なら、その事は織り込み済みでしょう」





 スーツ姿のマリーは一瞬顔を強ばらせかぶり振った。



「だから言ったでしょ。私のいた世界と異なっているって」



 時間跳躍(ちょうやく)は文字通りの過去に戻れる魔法ではなかった。並行時空(パラレルワールド)に入り込んだ。その実在を眼の前のマリア・ガーランドが証明していた。ベルセキアの片割れ──ベスに片割れがいたのだ。



 あの異界の魔獣(ビースト)を捕らえるだと!?



 全員死ぬぞ。



「ベルセキアを捕らえる? あれと格闘した私なら分かるでしょう。部下達の身の安全を考えるなら止めておきなさい」



 スーツ姿のマリーの指摘に上目遣うわめづかいの戦闘服姿のマリーが応えた。



「知った風な事を。ベスが野放しになったニュージャージーとニューヨークの惨劇を思うなら胸が痛むでしょう。それともあなたの時間軸にはあの魔獣がいないの?」



 忘れるものか。対魔物極限兵器という怪物。シルフィー・リッツアが命懸けでしとめようとした化け物。スオメタル・リッツアが狂って追い込んだ魔獣。悪くないあいつを追い込んだハイエルフのごう



「そのベルセキアの片割れをどうにかするなんて言うのなら────」





「うるさい奴だ────ベスをどうしようとわれの裁量。こいつを捕らえ黙らせろ」





 指揮官に命じられスーツ姿のマリア・ガーランドの左右からセキュリティらが迫った。顔を合わせすんなりと併合できるとは思わなかったが、こうも戦闘的だとマリーは自分が嫌になり拳銃を引き抜き銃口をもう1人のマリア・ガーランドに向け銃を向けられた女がホルスターから同じ銃を引き抜いた。



「戦いに来たわけじゃないのよ。警告しに来ただけ」



「銃口を向けて言う台詞せりふじゃない」



 緊張したみなに水をさしたものがいた。パイロットのイザイア・ルエラスだった。



「おい! 機内で撃ち合うな!」



 戦闘服姿のマリーが問うた。



「何なのイズゥ?」



「あと五分で目標の貨物船だ」



 戦闘服姿のマリア・ガーランドは銃をホルスターに戻した。



「もういい。ほおっておけ。全員乗船準備!」



 セキュリティらが下がったのでスーツ姿のマリア・ガーランドも銃を腰のホルスターに戻した。マリーはふとこの世界の自分が微妙に異なる事を思いだし、ベルセキアも異なるのではと考えた。だから押さえにかかる。狼藉ろうぜきぶりは似たようなものだが容易に制圧できたのだろう。



 それでも相応の人数を用意してるのは安易じゃないからだ。



 ベルセキアが制圧困難な怪物な事に変わらない。



 こいつら世界が異なるだけで! もしも悪い方へ振っているのなら深入りしない方がいい。そうマリア・ガーランドに思った矢先にハミングバードが旋回降下に入ってランプゲートが開いた。



 振り向いたゲート開口部の先に少しいだ海にあらがう大型貨物船があった。あそこにベスの片割れがいるのかとマリーは睨みつけた。



「通常通り運航しているという事は船員に問題が起きてないという事だ。ベルセキアの片割れは紛れ込んでいる。3名1セルで臨検する。怪しい乗組員を見つけたら連絡。相手はベルセキアだ。確保しようと思うな!」







 違う! 追い込むな! その思い込みがベスを怪物にしたのだ!







 ランプゲートの前に立つスーツ姿のマリア・ガーランドは両腕を広げてみなを止めようとした。20数名のセキュリティに押し切られマリーは横へ飛ばされると側壁にぶつかりよろめいた。



 イソテナー(/Isotainer:海上輸送用コンテナの名称の1つ)の山積みされた全長433ヤード、全幅59ヤードの巨大船の最上段のコンテナトップに下りた23名は降下用ワイヤーを垂らし船側の通路へと一斉に下りた。



 船側通路に下りた戦闘服のマリア・ガーランドはセシリー・ワイルドを引き連れ船尾に向かった。その背後にスーツ姿のマリーが下りてきた。



 マーカス・テイラーとクリスチーナ(クリス)・ロスネス、ジェシカ・ミラーは先頭に立ち船尾ブリッジを目指していた。ジェスはどうして姉御(アネゴ)がハブられているのか疑問に感じていた。もしかしてあの灰色頭──マリア・ガーランドは場を台無しにするからAPを連れて来なかったのかと思った。



 ジェシカは船橋のドアノブに手をかけ左右のユニットメンバーを確かめた。電子光学擬態(エミック)で不可視化したマーカスとクリスがヘッドギアのフェイスガード越しにうなづくのが液晶モニタの合成イメージで見えていた。



 FN P90を構えそっとノブを回しデッドボルトを外しドアをわずかに開いた。蝶番はきしまずドアの隙間に左手の人さし指を差し込みCCDカメラで内部を見た。



 廊下の扉はすべて閉じており、誰も人の姿はなかった。



 PDWを肩付けしたままドアを開いてジェスは素早く中へ入り込んだ。続いてマーカスとクリスもP90を構えたまま船室に入り込んだ。



 灰色頭の言うとおり巨大なコンテナ船が通常通り運航しているのは船員に異常がないということだった。となればベルセキアは密航しているか、船員に成りすましている。船員に見つからない様に密航しているのを捜し出すのは骨が折れそうだった。だからまず船員を虱潰しらみつぶしに探ってみる。



 しかし臨検とは言っても船長に知らしめなくて船内を調べるなんて問題だろう。灰色頭もいよいよとち狂ったかと思いながらジェシカは近い方の扉から開こうとしたのと同時に扉が開いて船員が出てきた。











 胸騒ぎというのが1番の印象だった。



 急募の外洋貨物船の船員に応募して潜り込んだクラーラ・ヴァルタリは2等船員としてこの貨物船に潜り込んだ。



 最初はポーランドから離れさえすればいいと思った。だがあの黒装の特殊部隊は(タチ)が悪かった。そこで少しでも遠くにと考えて大西洋を渡りアメリカへ行くのを選んだ。



 洋上へ出ればと安易に考えていたが出航して感じだしたこの胸騒ぎはなんだ。日増しに強くなる焦慮しゅうりょが何なのか知りたかった。





 それが急激に強くなっていた。





 まるで遠くからの声に呼ばれているような胸騒ぎ。



 血が騒ぐ。



 いつも気まぐれで悪い予兆だった。子供の時から血が騒ぐとつまらない展開が待ち構えていた。超人的な力と耐性を身につけたはずが、あのぐいぐいしてくる黒い戦闘服の持っていたサブマシンガンの弾薬──9ミリ拳銃弾でも5.56ミリタリーボールでもない突き刺さる銃弾に押され逃げ出した。あれは────確かFNのサブマシンガンだ。一般に出回らない特殊部隊用のウエポン。



"Paskapää."

(:くそっ)



 テーブルを蹴り上げて悪態をついた。



 その音に椅子でうたた寝している船員の同僚が目を覚ました。



"Tak?"

(:な、なんだ──?)



"Masz dość firmy?"

(:待遇に腹立たない?)



"Nie obrażaj się. Żadnych odpadów podczas żeglowania."

(:カリカリすんな。航海してる間、無駄遣いもせずにすむんだ)



 クラーラ・ヴァルタリはさげすんだ目で同僚を見下ろした。



 その時だった。けたたましい警報が鳴り響いた。



"Co jest nie tak"

(:何なの!?)



"To pożar lub powódź"

(:火災か、浸水だ!)



 2人が通路に飛び出すと他の部屋からも数人の船員が出てきて騒ぎになった。











 通路に出てきた船員の男は怪訝けげんな面もちになった。甲板(デッキ)へ通じる扉が開き放しになっていたからだった。規則では出入り以外では扉は閉じておくことになっている。



 男が開き放しの出入り口へ向かおうとした刹那せつな、いきなり通路の壁に押しつけられ片腕を後ろに捻られうめき声をあげた。



「静かにしろ。女の船員はいるか?」



 英語で命じて問いかけてきているのは女だった。



「ふ、2人いる」



「どこにいる?」



「ひ、1人は航海士でブリッジに。もう1人は、非番だから自室だと──」



「先に女の船員の自室に案内しろ」



 腕を放され半身振り向いたその男は自分を捻り上げた相手がいない事に驚いた。



「案内しろ」



 男の船員は後ろを気にしながら言われるままに先へ歩いた。



 下り階段に近づき男はいきなりそばにあった警報ボタンのプラスチックカヴァーを叩き割り赤色のボタンを押し込んだ。その寸秒警報が鳴り響きその船員は頚椎けいついを殴られ昏倒こんとうした。



「くそう、やってくれたな」



 クリスがそう告げるとマーカスが相づちを打った。



「急ぐぞ!」



 ジェシカが急かし3人は階段を駆け下りた。下のデッキにも警報で船員らが自室から出ていた。そのどれもが男でありジェスは舌打ちし男らの脚を撃ち始めた。



『誰が発砲してる!?』



 マリア・ガーランドに問われジェスは無視した。どの道、いつか騒ぎになって発砲せざるえなくなる。口火を切って何が悪い!



 倒れうめく男らをかわしジェスはクリスとマーカスを引き連れ奥へ急いだ。



 女の船員はどこだ!? 居やしないじゃない!



 もう1デッキ下りて最初のドアを開くとついに女の船員がいた。ベッドに腰を下ろしヘッドフォンを掛けて音楽を聞いていた。



 こいつか!? 開いたドアへ振り向いたその女はヘッドフォンをずらし驚いた表情を浮かべた。



「こいつか」



 開いたドアの先でヘッドギアのフルフェイスにくぐもった声が響きそれを女の船員は怪訝けげんな面もちになった。



「どう見ても普通だ(ノーマリティ)。こいつがベルセキアか!?」



 問われジェシカは女の太腿ふとももを撃ち抜いた。ベッドから落ちて撃ち抜かれた脚を押さえうめく女を見下ろしてジェスは違和感を感じた。



「違う! こいつじゃない! もう1人の航海士の方だ!」



 いきなりきびす返してジェスはクリスとぶつかり合った。



「チーフ、女の1人はベルセキアじゃなかった。航海士の方だわ!」



 デッキへ先を急ぐジェスを追いかけクリスはマリア・ガーランドへ報告した。



『操縦室は制圧した。航海士は確認(チェック)。ベルセキアではない!』



 無線の会話を聞いていたクリスはじゃあどこなのだとジェスを追って階段を駆け上った。



 甲板(デッキ)へ1度出たクリスは偶然にも数マイル後方に船影を見つけた。



「チーフ、数マイル後方にも貨物船がいます!」





 その後方の船から黒煙が上がっていた。












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