Part 7-2 Time-Teleportation 時間超越
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 14:07 Jul 12/
A room in a luxury hotel in Conakry, the capital of Guinea 10:28 Jul 12/
NBC HQ. Comcast Bld. Midtown Manhattan NYC., NY. 13:15 Jul 12
7月12日15:11ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル/
7月12日14:48ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・ミッドタウン ロックフェラー・センタービル NBC本社
マリア・ガーランドはロウアー・マンハッタンの合同庁舎からマーサ・サブリングスが来るのが1時間はかかると思ったが、40分ほどで彼女が来たのでヴェロニカ・ダーシーの事を重要視していると思った。
仮定とはいえ13日のヴェロニカがどうにかして12日の今日に入り込んでいるかもしれないとなると、そうなった理由を見つけるのが優先だった。
医務室でベッドに座り込んだヴェロニカにマーサ・サブリングスが幾つか質問しているのをマリーは口を差し挟まず聞いていた。
「それじゃあ、貴女の目眩というか幻聴の精神的治療のためにマリアに身柄を預けに来て、彼女の諜報部門について先ほどまで手伝っていたのね」
「ええ、殆ど誰かのそばにいたから過去に戻ったなんて有り得ないんです」
ヴェロニカの説明にマリーとスージーは納得したが、マーサは問いただすのを止めなかった。
「一瞬、ほんの一瞬、違和感を抱かなかったかしら。過去にさかのぼったら何かしらの変わった体験をしているはず」
ヴェロニカは頭振ると助けを求める様に顔を上げマリーらに視線を向けたのでマリーはマーサに意見した。
「タイムスリップしたからって自覚あるとは限らないでしょう」
「ええ、そうだけど。今、1番知りたいのはその瞬間を知る事で原因の一端をつかめたら元に戻せるかも────」
マリーが右手を上げ人さし指を立てそれを振った。
「今日襲撃してきた暗殺者は何も感じさせずにテレポートするのよ。同じ様に時間を跳躍できるなら違和感もなくやれるでしょう」
「暗殺者? 聞き捨てならないわね。マリア、あなたの魔術で可能な範囲はわからないけれど、シルフィーの理の道みたいな通路を歩く感覚で別な場所へ行くのと同じ様なら時間を越えたのを覚えていると思ったのよ」
マリーはマーサと話すのがルナとの会話のようだと感じ始めた。
「時間超越は仮定の話よ。暗殺者らは単なる場所移動をしているとしか私は思ってないのよ。ヴェロニカは具体的には覚えてなくて時計の日付が13日になってただけ」
言いながらマリーはヴェロニカがマーサと明日訪ねてくる記憶は何なのだと思った。
「思い込みにしては納得がいかないわ。こうやって明日訪ねてくるとマーサ──あなたは知ってしまったので未来は変わってしまったはずでしょう。過去の改変はパラドックスに触れる。自然がそれを許すわけがない。それならヴェロニカの記憶が誤っているのだと考える方が正しいんじゃない」
僅かに考え込んだマーサがさらにマリーの困惑に拍車をかけた。
「タイムパラドックスは哲学的命題というだけでなく数理物理学での時間的閉曲線のポテンシャルエネルギーでの矛盾も──」
マリア・ガーランドが人さし指を激しく振ったのでマーサは苦笑いして説明を止めにした。
「私は支局長に伴われて13日の10時過ぎにマリアさんをお訪ねしました。これは記憶の誤りなんかじゃありません」
強張った口調で弁明したヴェロニカ・ダーシーに上司とマリア・ガーランドが顔を振り向けた。
ドアがノックされ書類から顔を上げたプロデューサーのクリフトン・スローンは入るように告げた。
「クリフ、ちょっといい」
入って来たのは人気女性キャスターのシャロン・ベンサムだった。彼は顔を見た瞬間マリア・ガーランドの一件だと意識を切り替えた。
「どうしたシャロン」
「例の動画を手に入れてもう2週間以上も経つのに具体的な話もないから」
「用心深く立ち回ってる。内通者から有益な情報も得られたよ」
話は進めているのだと女キャスターは安堵を覚えた。
「ねえ、あの動画に動揺するマリア・ガーランドだけでも十分な視聴率を得られるでしょうけれど私考えたの」
「何をかい? 何か案があるのかシャロン?」
「ええ、取材の途中で私とあの女社長を傭兵に襲撃させるの」
面白い事を言いだしたとプロデューサーは意識を集中させた。
「取材現場を襲わせる? 傭兵に?」
「ええ、面白いと思わない? あの女社長が詰め寄る私を差し置いて自らの命を護るために傭兵を殺すところを世界中に放送するのよクリフ」
シャロン・ベンサムの真顔に項を逆なでされたクリフトン・スローンは彼女を促した。
「傭兵を雇い入れて演技でなく本当に殺す様に差し向けるのか?」
「演技!? あの女社長が正真の殺し屋ならすぐに見破る演技でなんてダメよ。本気で殺しに来たらあの女は残虐に襲撃者を倒すんじゃないの? カメラの前で。こんなにショッキングなドキュメンタリーはないわよ」
シャロンの言い分はわかった。だがグローバルなメディアとして人を殺すために傭兵を雇い入れた事が世間に知られたら何もかもを失うとクリプトンは危虞した。
「いや、それは無理な相談だ。もしも視聴者が絡繰を知ったらうちのネットワークは損害では済まないバッシングを受けるし、公開を控えている動画も受け入れられなくなるぞ」
正論でプロデューサーは考えを変えさせようと試みた。
「襲撃がヤラセとはわからないわよ。一流の傭兵を雇い入れるから。本気で殺しに来るのよ。ワクワクするわ」
「いや。止めておけシャロン。思惑通りにはならない」
プロデューサーの警告にシャロン・ベンサムは目を丸くして微笑んだ。
「いえ。やるわ。とびきりの連中に心当たりあるから」
その自信はどこから湧いて来るのかと説得しているシャロン・ベンサム自身が驚いていた。
「もしも思惑が外れて君が命を落としたらどうするんだ」
「その時はその時。あのマリア・ガーランドが赤恥かくだけだわ」
とんでもないとクリフトン・スローンは思った。マリア・ガーランドがシャロンの命を守り切れるとは限らない。もしも取材中に死人が出る事態になれば、動画をネタにあの女社長を追い込む事が霞んでしまう。
「シャロン、その件はダメだ。強要するなら君をインタビュワーから外す」
プロデューサーにハッキリと言い切られキャスターは唇を微かにねじ曲げた。
「仕方ないわね。それじゃあ早めにインタビューの件をオンエアできるなら傭兵を雇い入れる事は諦めるわ」
そう告げシャロン・ベンサムは踵を返しドアを押し開くと通路に出て後手で扉を閉じた。インタビューは台本通りにゆかない。ハプニングは付き物なのだ。以前に取材した傭兵らの斡旋業者の電話番号は控えてあった。
マリア・ガーランドを殺人鬼として知らしめるレポートを視聴者は熱く食いつくだろう。
マーサ・サブリングスとマリア・ガーランドがヴェロニカ・ダーシーへ振り向いた寸秒、女社長とNSA支局長の傍らにいきなり暗殺者らの男女がナイフや拳銃を手に姿を現した。
マリア・ガーランドは襲撃にハンドガンを手にした女の手首をつかみ半身身体を捻り相手を引っ張りナイフを手に迫った男の方へ振り回しぶつけた。刺されてもここは医務室。応急処置はドクに任せればいい。そうマリーが意識した瞬間、男の方が女をぶつけられると予測した様に難なく躱し身を翻しナイフ握った手をマリーへ突いてきた。
その手首を蹴り上げマリーは脚を振り回し踵を男の首に打ち込んだ。傍らぶつけられた女が振り向き拳銃をマリーに向けようとした刹那いきなり銃声が響き女が肩を撃たれ拳銃を落とした。
「マリア、右横へ!」
マーサが怒鳴り女社長はステップを踏み換え横へ身体を逃がした寸秒マリーの背後で2度銃声が響き男の暗殺者が肩と胸を撃たれベッドの際に倒れ込んだ。
"Neustart!"
(:再起動!)
男が女の腕をつかみそうドイツ語で呟いた瞬間、マリア・ガーランドは逃すものかと男の腕をつかんだ。一瞬で診療室から見慣れぬ場所にいる事に気づいたマリア・ガーランドは男から手を振り払われまたつかもうとした矢先に目前からその暗殺者ら男女が消えてしまった。
「くそう。ポンポンとテレポートを──」
寒気に首を縮めマリーは備品フロアの冷房が強すぎると思い、悪態をついてその事務机や椅子などが多く置かれている部屋を出ると見慣れたエレベーター・ホールがあり場所がNDCビルの1室だと気づいたマリーは袖をめくり腕時計を確かめた。12日の15時24分だった。なら時間移動したわけではないとマリーは暗殺者らの能力がテレポートだと決めつけた。
同じビル内を足がかりに襲撃を繰り返していたのだ。
だがその思いに違和感があった。
何階なのだとエレベーターホールまで行くとエレベータードアの傍らに98階との表示があり、マリーは備品フロアだと思いだした。
マリーはエレベーターの呼び出しボタンに触れてドアが開くと120階を指示して診療室へと向かった。突然に消えてマーサやドクらがパニクっていると思ったからだった。
診療室のドアを開くとマーサとヴェロニカはおらずスージー・モネットがデスクに向かいパソコンの打ち込みをやっており顔を向けた。
「珍しいじゃない。どこが悪いの?」
「どこも悪くないわよ。マーサとヴェロニカは?」
「来てないわよ」
ドクが素っ気なく返事をしモニタに視線を戻した。マリーは嫌な予感に鷲掴みになりドクに経緯を説明するとドクが額に手を当てようとするのでマリーは苦笑いを浮かべた。
「今は11日の午後2時35分よ。幻覚に振り回されてるわけじゃなさそうね。時間跳躍の暗殺者? どうやって太刀打ちするの? 不都合な事を絶えず修正して迫ってくるならいずれマリーあなたは追い詰められるわよ」
「今のところ連勝中よ」
「当たり前でしょう。でなければここにいて話してないでしょう。でも私に相談するよりもルナに話を持っていくべきよ」
できないものをできると言わないドクの意見だとマリーは思った。だが考察ぐらいできるだろう。
「基本となる起点に戻ってなお状況が芳しくないと知った暗殺者らがさらに過去へ戻るならどこをベースにするかしら。NDC本社内の別な一室?」
「微妙に過去を改変するなら同じビル内の一室。でも暗殺者らはどうしてあなたのずっと過去に現れなかったの? 今のあなたを倒すよりも簡単だと思うのだけれど」
ずっと過去──ドクは子供の時のことを言ってるのだ。思いもしなかった。マリーはしばらく考え込んでそれに答えた。
「接点がないからじゃないの? もし子供の私を知っていたらそうしたでしょう」
「それじゃあ、その暗殺者らは経験してないところ──時間には戻れない事になるわね。万能じゃない。だから都合を知った過去にしか戻らない。または微妙に異なる未来にしかたどり着けない。いずれにしてもその流れを断とうと思うのなら、マリーあなたが嫌う方法──その暗殺者ら兄妹を殺すしか手はないでしょう」
マリア・ガーランドが眉根を寄せるのを見てスージーがさらに付け加えた。
「もしもその連中が近接戦闘でなく爆発物であなたの命を断とうと切り替えて来たら厄介よ。あなたは絶えず仕掛け爆弾を探す必要性に駆られるから」
「どちらも願い下げだわ」
そう告げたものの腹立たしさを感じてマリーは診療用の患者椅子に腰を下ろし問い返した。
「能力を奪えば?」
「止しなさい。転移しまくった癌を手術するよりも難しいわよ────きっと──」
分からないものをよく喩えられるとマリーは呆れた。いや、できる。そうマリアは思った。大天使をしてフルスペックと言わせるスプレマシーなのだから。ただ、時間移動の技術をコピーできても奪うわけではない。パトリシアのテレパスもシルフィーの攻撃魔法も奪ったわけではない。やり方を真似ただけだ。奪った事など1度も────あった! シールズの時に私が真似すると他のアザラシ連中が同じ事をしなくなる。格闘技だろうと射撃技術だろうと。
「なに赤面してるの?」
ドクが素っ気なく問うた。
「せ、赤面なん──て!」
そ、それどころじゃなかった。時間を越えてやってきて段々と巧妙になる暗殺者などどうやって対処したらと心乱れた。
1つ方法を思いついた。
暗殺者らが失敗して戻る過去の直前に現れて対処できなくする。だが過去に戻る理屈も方法もわからずに跳んだら数百年どころか数万年過去に行きそうな気がする。なぜか攻撃魔法をできる様にはなったが破壊力が半端なく強くなっているのを思いだした。
マリーは人さし指で空中に円を描き、その円を逆に回そうとしてスージー・モネットにファイルの背で額を叩かれた。
「止めてちょうだい。眼の前でマジック・サプレス・チョーカーが炸裂して落ちたあなたの頭を拾いたくないわ」
チョーカーと聞いてマリーは青ざめた。首輪をすっかり忘れていた。魔法防壁程度では爆発しないが、派手な攻撃魔法を使えば周囲の物理的急変でRDXが起爆するのだ。時間を越えれば空間ポテンシャルの差違からセンサーが何かを拾いそうだった。
「過去に戻るとエネルギーを放出するのかしら?」
「エントロピーが拡大してるのを戻すから冷えるんじゃないの? マリー、あなた今日に戻ってきて寒気を感じなかった?」
そうだ備品室がやけに冷房が利いていると寒気を覚えていた。首が飛ばなかったのであの程度なら時間跳躍しても許容範囲なのだ。話題は逸れたが話していると気持ちが落ち着いてきた。マリーはふとあの暗殺者兄妹が社長室以外にはテレポートしてない事に気づいた。
あいつらが本社内で知ってる場所は限られる。外から受け付けを通して98階の備品フロアへ行き、169階社長室フロアとトレーニングルームに行ったのは確かだ。じゃあ備品フロアから遡ると1階エントランスしかない様な気がした。
マリーはことわってドクのデスクのキーテレフォンの内線ボタンをタップした。
「エントランス受け付けを」
4秒ほどで受け付けの誰かが内線にでた。
『受け付け担当のベンジャミン・ミシックです。社長どの様なご用件でしょうか?』
「フロアにプラチナブロンドに近い髪をした連れ添った男女はいるかしら? 共にスーツ姿で男の方が女より頭半分上背があるの」
『いえ。お見かけしておりません』
エントランスにいないとなるとこの時刻より過去へ跳んでいきなり本社外に出たか、明日へ跳んでそこからエレベーターを使い1階から外へ出て、何れにしても仕切り直しに調整に入った。だが未来のどこに私がいるのか知るわけがない。
なら──襲ってきた明日の今頃、姿求めて社長室フロアに姿を現すはず。
マリーは兄妹を見かけたら内線を通してモバイルフォンに知らせる様に頼んで通話を1度切り、内線でセキュリティを呼び出した。
『はい、セキュリティーのマッキンリー・ヴェルダです』
「ティザー・ガン装備、4人で169階エレベーター・ホールを警戒。ターゲットはプラチナブロンドに近い髪をした連れ添った男女。男の方が頭半分上背がある。男女の服装は不明。ドイツ語と英語を使える。36時間連続警戒でシフトを組んで。捕らえたら内線から私のモバイルフォンに知らせて」
『了解』
「その暗殺者らの容姿だけれど、セキュリティ・カムに撮られているんじゃない」
ドクに指摘され、そうだとマリーは納得した。タイム・テレポート能力があっても透明なわけじゃない。そう飛びついたマリア・ガーランドは半時間もせずに後悔した。
警備カメラ6160台の24時間画像を確認する事になる。