Part 7-1 Unidentified flight phenomenon 未確認飛行現象
Eglin-AFB(/Air Force Base) AFMC(/Air Force Materiel Command) USAF, Nearp Valparaiso in Okaloosa County, FL 12:17 Jul 11
7月11日12:17 フロリダ州オカルーサ郡ヴァルパライソ近郊アメリカ空軍空軍資材コマンド──エグリン空軍基地
腹を立てて事務机を足蹴りしたら思いのほか力が入り倒れた大きな音にヴィクトリア・ウエンズディは苦笑いした。
「大体、天下のアメリカ空軍機が寄って集ってUFO1機落とすどころかポロポロ落とされやがって、それを、だぁ、なぁあああ!」
基地司令の事務机にも片足を掛けたので中尉と最上級曹長《CMSgt》から羽交い締めにされてヴィッキーはフリーマン・リー・ゴレッジ基地司令の机から離された。
「君が活躍してないとは言っとらんだろう。それに空軍はUFOなどとは表現しない『未確認現象』とだな──」
NDCナンバー1パイロットは顳顬に青筋立てて腕を振り回し羽交い締めから抜け出そうとしながら怒鳴った。
「呼び名なんかどうだっていいんだよ。実弾積んだ第五世代型が寄って集ってそのUFOを落とせなかったのが問題だと言ってるんだ」
「それはだな。AWACSからの指示がジャミングされてだな──」
「一歳の赤子かぁ!? 指示されなきゃ何にもできないなんてパイロット失格だぁ!」
埒が明かないとばかりにルナが割って入った。
「我が社が提供します空戦時の機動記録はあくまでも当社有人新型機と無人支援航空機の記録であり、未確認現象のものではないことに留意して下さい」
「ミズ、ロリンズ。Fー22を4機、F-35を7機も失った理由を国防総省に報告せねばならない。未確認現象によるものでは通らないのです」
基地司令の本音に腕組みして拝聴していたルナは腕組みを解いた。
「ネックの部分が明確になりました。撃墜した未確認現象の回収を待って国防総省に報告すべきです。官外の分析が必要でしたら傘下企業がご助力いたします」
ルナに言われ基地司令が唸りボツリと呟いた。
「回収したものの飛行原理さえ判明してない」
「そうですか。既存の生き物でない異界の生物分析は特別料金になります」
「異界の生物分析!? あれの搭乗者が異界の生物だと?」
「ええ、あの急激な機動に堪えられる既存の生命はいないからというよりも、撃墜した未確認現象自体が生命体の可能性があるからです」
落とされた戦闘機が生命体と言われ基地司令は絶句した。
「それでは御用の向きはご連絡お待ちいたします」
ルナがそう告げる頃にはヴィッキーは大人しくなっていた。
「行くわよヴィク」
2人は司令室を出ると滑走路へ戻るために通路を歩きながら話し合った。
「ねえヴィク、あの飛行生命体だけど戦闘機動においては貴女のシルフィ2を上回っていたと思うの」
「そんなことないさ。速力、加速、マニューバで1度も引けを取ることはなかった。それに無人シルフィ3機のAIも優秀で2機が囮になりもう2機で未確認飛行体2機を迎撃したじゃないか」
「数の優位は分かるわね。もしも同数以上いたらどのレヴェルで不利になるかが重要なのよ。1機でどれだけの敵と戦えるか」
「圧倒的──そんなもん1機で20は相手できる」
きっぱりと言い切りヴィッキーが胸をはるとルナはため息をついた。
「何だよ。何を心配してる?」
「基地司令の言っていた未確認現象──UFOというものは数が不明だから」
「でもさぁルナ。円盤じゃなかったよな。サイズこそ異様に大きなスズメ蜂そっくりだった。でもどうして飛行生命体なんだ? 誰か操縦しているのかも」
「シルフィに乗っている貴女なら分かるでしょう。強烈なGでの機動に搭乗者が堪えられるものじゃないのよ。だけど飛行体が1つの生命なら幾ばくか応力も緩和されるわ。飛行生命体なら機動Gへの適合もありうるから」
兵舎から滑走路へ出るとボーイング737AEW&Cとシルフィ4機が駐機しているエリアまで2人は歩き始めた。
「でもAWACSへ一気に迫っただけだろう」
「それが問題なのよ。防御にまわったF22とF35を蹴散らし真っ先に眼と耳を討ちにくるのなら戦略の何たるかを知った飛行生命体になるわ。空中戦を得意とする種族なら地上戦の兵力もありうる」
ヴィクは未確認飛行体の優秀さから地上部隊も相応に抜きんでていると言ってるのだとヴィクは理解した。だが地上版UFOなど聞いたこともないと苦笑いした。
「無人シルフィを増産しましょう」
ヴィッキーは願ってもないと思った。
水没した未確認現象の2体は引き上げられエグリン空軍基地のハンガーへ入れられ技術者がその詳細を調べ始めた。
「大きさはF-15ほどですが、この形状でどうしてあそこまで速度を出せたのか理解できません」
クレイグ・キャンベル大尉がそう告げるとナイジェル・フェリス少佐が指示した。
「詳しくはないがスズメ蜂に似ているな。吸気口や噴射口を持たず4枚の羽根でどうやって音速を越えたのか不思議だ」
全体の色合いは暗い灰に紫色の模様が浮き出ている。機首に当たる顔には複眼の様なハニカムの目があり、複数のくびれがある胴体にNDCの試作機が齎した裂け目が斜めに走っており、搭乗者の乗る部分がどこにもない。3対の足があり前方の1対は途中で切れ落ち外観は昆虫を思わせる。その凶悪な造形から死んでいると確認とれていない段階での確認に火器を持った兵士が6人立ち会っていた。
「こいつ単体の生き物なら解体工学よりも解剖学が必要じゃないですか。ドライバーやレンチでなくメスが必要なのなんじゃないですか」
キャンベル大尉が不安げに告げると少佐が受け流した。
「光栄じゃないか。国内で最初の発見者であり解剖者になれるんだ」
大尉は苦笑いしフェリス少佐の顔色を窺い本心を探ろうとした。
「キャンベル、ノーズコーンに当たる頭部を取り外してみるぞ」
「噛まれませんかね」
不安から大尉は少佐に尋ねたたが軽くあしらわれるとは思いもしなかった。
「もてるかもな」
「もてたくないです」
キャンベル大尉は工具台車を押して戦闘機でいうノーズコーンの顔の部分に回り込みなんで戦闘機に人の頭も噛み潰せそうなほどの顎が眼についてそこを見つめたまま近寄ると表面にナットやビスがないことに困惑した。
側面に回り込み頭がどうやって繋がっているのか確かめる様に指を這わせ探りを入れるが隙間が見当たらないので繋がりが理解できなかった。まるで動物の様にシームレスで胴と頭が一体になっている。頭部胴体足のつなぎ目があるようで接合部が見当たらない。
「少佐、頭部の接合部がわかりません。X線で構造解析をする必要が」
羽の接合部を探っていたフェリス少佐はキャンベル大尉に言われ己も断念した。
「羽のつなぎ目も見当たらない。これはどこかの研究所に運び込む必要がありそうだ」
少佐が折り畳みツールを広げナイフを出すとその切っ先を胴体に突き立て引いてみた。生まれた傷へすぐにその左右から外殻の表面が流れ込み塞がった。
「クレイグ、もしかしたらレーザーも効果がないかもしれんぞ。修復能力を持つ外皮だ」
「ですけど背中の裂け目は塞がってません」
「だから致命傷に────」
2人はそのスズメバチ擬きから跳び離れた。その未確認現象は両側の羽を拡張し脚を立て胴を床から浮かした。
「こ、こいつ死んでません!」
その片側に置かれているもう1体も羽を広げ6脚で立ち上がっていた。
武装兵らはM4A1を肩付けし構えるものの少佐の攻撃命令を待った。2体が羽を激しく振幅させるとハンガー内が轟音に包まれ立っている兵らは銃を放り出し甲高い音に耳を塞いだ。
少佐らが調べていた1体がいきなり天井を突き破り上へ消えると横に並んでいたもう1体も破れた天井の穴に消えた。降ってきた天井の構造材に兵士等らは逃げ惑う中フェリス少佐は壁の警報ボタンを叩くように押し込んで異常事態を知らせると天井の穴から見えていた未確認現象が一瞬で飛び消えた。
帰還のためボーイング737AEW&Cにルナが乗り込むのを見送りヴィッキーがシルフィに乗り込もうと近寄った最中、いきなり遠くのハンガーから爆轟が聞こえ彼女が振り向くとハンガーの上空に鹵獲したはずの2体の未確認飛行体が空中にホバリングしていた。
「あのやろぅ!」
悪態を呟きヴィッキーは有人シルフィの収縮ステップを駆け上りコクピットに飛び乗るとステップが重なり収縮し開いていたキャノピィのダンパーが収縮しコクピットを閉じた。
「シルフィード! アシスト!」
────はい、ヴィクトリア。
「シルフィ──アルファ、ベータ、ガンマ同機起動」
────動力スタート。ウォームアップシークエンス。5秒でミリタリー・モードへ移行。
『ヴィクトリア、こちらヘルメス。未確認飛行体を追尾し撃墜する。オーヴァー』
「了解」
ボーイング737AEW&C──ヘルメスがタキシングウェイに入り滑走路端に入る間に管制の許可を取りヴィッキーはシルフィと──同型無人機を次々に垂直離陸させ20ヤードの距離を取りダイヤモンド・フォーメーションを組み駐機していた上空にホバリングした。
『ヴィク、逃げ出した未確認飛行体は2機とも故障している。裂けた胴体で先の戦闘時のようには飛翔できない。オーヴァー』
「ヘルメスが上がる時間が勿体ない。追うぞルナ。オーヴァー!」
『待ちなさいヴィク。追尾して逃げ込む先を探すのを優先。手を出すな。オーヴァー』
追いかけるだけと知りヴィッキーは唇を歪ませた。
「ブーッ。却下。オーヴァー」
『ヴィク、ふざけないで。東側の開発機の可能性を払拭できないのなら──』
爆音を残して4機の特殊作戦機がフル加速し青い残像を曳き連ね一気にエグリン空軍基地を後にした。
ヴィクはメインマルチモニタの対空レーダーのスキャンモードをロングレンジに切り替えた。急速に北西へ向かう2つのブリンク(:明滅する光点)がスクリーンの上に向かっていた。距離で15海里(:約27.7㎞)──離されているが相対速度で音速20マック、シルフィ飛行隊が優位に立っていた。
遠距離対空兵装のないシルフィにまだ手を出せなかったが4秒余りで近接戦闘に入れた。
ルナは敵が帰投する空港を探せと言っている。
だが手負いでも旅客機などの民間機に損害を与える可能性があった。シルフィと同じ光る鞭を叩き落としたとはいえ他にどの様な武装を隠し持っているかわからない状況で追尾のみなぞできぬ相談だった。
軍用機に、それも中枢機に襲いかかった未確認飛行体が民間機に手を出さない保証はない。
「シルフィード、2機とも叩き落とす。2度と空に上がれないように徹底して叩く。テンペスト──極超音速の鞭以外に武装になるものはあるの?」
────ありますけれど。
奥歯にものが挟まった言い方を精霊シルフィードがするのをヴィッキーは初めて聞いた。
「シルフィード、使うのに問題があるの?」
────出力が大きすぎて発射時にその機は飛行不能になる可能性が。妹達ならあなたには損害がないでしょう。
「嫌よ。アルファもベータ、ガンマも落とすつもりはないわ」
首に回される精霊の腕が暖かく感じられた。
────だからあなたのことが好きなんですよ。
四の五の言ってる時間はなかった。ヴィッキーは有視界に2機のスズメ蜂を見つけその1機にガンサイトを捉えた寸秒、その前方を斜めに横切る形で赤と白に塗り分けられたエアバスA380旅客機が近づいていた。
「遠距離武器の名は!?」
────テンペスタァ。
「テンペスタァ!!!」
ヴィクトリア・ウエンズディが力込め呟いた刹那コクピット下部左右のボディがリフトアップし長方形の開口部をもつ波動管が現れ青い輝きを脈動させた。波動管内の数多の原子が励起し基底状態に戻ることをマイクロ秒以下のサイクルで繰り返し増幅したメザーが縦列した交尾の未確認飛行体に命中するとまるでビリヤードの集まったボールが弾け散る様に広がるごとく羽の付け根中間部から後方がバラバラになった。
だがヴィクトリアの機体はエンジンストールを起こし一気に離されると降下に入った。
「シルフィード! あなたがアルファとベータを操りテンペスタァで旅客機に近づく未確認飛行体を撃破しなさい」
────それではあなたが地に落ちてしまいます。
「構わない! 旅客機を守って」
────御意。
降下しながら両エンジンの再起動を試みるヴィッキーだが1度目を失敗した。続けて再起動シークエンスを行い左が先に息を吹き返し右はだだをこねた。高度計は39000フィートから18000を越してなおスパイラルを描き落ち続けた。片肺でも推力。だが螺旋外側の推力で姿勢を立て直せずに8000(:約2438m)を切りいよいよ回転する陸上の森林と川が回る回数が増えていた。
単軸のスピンでなく2軸の回転で螺旋を描きながら急激に落ちていた。
「チィッ、笑えるなぁ」
ヴィクトリアは苦笑いしながら3度目の機動手順で火の入った右エンジンが急激推力を上げるとラダーの修正が効いてきた。
HUDの高度計数値が一桁減って970フィート(:約296m)が通り過ぎた。時間は稼いだ。
「シルフィード!!!」
ヴィクトリア・ウエンズディの首に両の腕を回し耳元で精霊が囁いた。
────さあ、フルに加速して空に戻りましょう、ヴィク。
アフター・バーナーの火焔が森を焼き枝葉を吹き飛ばし腹を擦りながらシルフィは上昇に転じた。
「シルフィード、妹達は撃墜できたの?」
────粉々にしましたよ。
上昇中のシルフィに次々にアルファ、ベータ、ガンマが回り込んで並ぶと8000フィートに戻った。
「ルナ、2機撃墜。完全破壊」
『了解、合流して帰投します』
窓の硝子を響かせ住宅の住人が驚いて外に出て見上げると6機の戦闘機が空中戦を行っていた。
その1機がいきなり錐揉みしながら残害がガレージを潰し雹のような黒い小さな粒が屋根を叩いた。
住人が足元に転がった黒い雹を片手で掬うと驚いた。
粒1つが無数の砂に分解すると手首を乗り越えて肘によじ登り始め住人は驚いて片腕を振り回しながら家に駆け込んだ。
アスファルトに落ちた殆どの雹が流れる水のように一カ所に集まり始めた。