Part 6-5 Muuttaa 変化
2 lipca 14:27 Wandy-8 Katowice, południowa Warszawa, stolica Polski
7月2日14:27ポーランド首都ワルシャワ南部カトヴィツェ・バンディ8番
"Ne tulevat ulos kuin torakat."
(:ゴキブリみたく出てくる)
女の声にポーランド対テロ特捜班2人が顔を上げると黒いライダースーツの様なものを着込んだ女が端の20ヤード先の工作機械の陰から姿を見せた。
カレル・ヴラスチミル大尉はその素手の女が黒ペイントを頭から浴びたのだと一瞬思った。だが黒いのは服から見える皮膚だけで戦闘服は染まっていない。大尉の直感が危険だと騒いでオニキスの銃口を向け照準した。
"Nie ruszaj się!"
(:動くな!)
ポーランド語で命じたにも関わらずペイントを被った女は向かって歩いてくる。だが素手の相手に撃つことはできず女の足下に近い床に銃口を下げ数発撃った。
"Nie ruszaj się!"
(:動くな!)
黒ペイントの女は軽くステップを刻み加速すると一気に間合いを詰めた。
カレル・ヴラスチミル大尉は新兵ではなかった。撃つ必要があるときは撃つ。7ヤードに迫った女の肩を狙いトリガーを引いた。女は撃たれた肩を後ろに押され躰傾けたまま大尉へ辿り着き胸ぐらを片手でつかみ上げると斜め後ろにいたミハル・レオポルトが顔目掛けオニキスを撃った。5.45x39ミリの特殊弾が顔に数発命中し女は頭部を押され顔を傾けた。
女はその細腕で大尉を振り回し伍長に投げつけた。
ミハル・レオポルトにカレル・ヴラスチミルがぶつかり2人はプレス機に飛ばされた。
大尉が呻きながら腕をついて身体を起こすと誰かがポーランド語で警告した。
"Nie ruszaj się!"
(:動くな!)
飛ばされた2人へ向かって歩きよろうとしていたペイントを被った女は立ち止まり顔を声の方へ振り向けた。
"Rozkazałem ci, żebyś się nie ruszał!"
(:動くなと命じたぞ)
プレス機の陰から顔を覗かせたヴラスチミル大尉は工場の入口に誰もいないことに顔を強ばらせた。
ペイントの女が無視してその出入り口へ向かおうとした矢先だった。抑制器に抑圧されたサイクレートの高い銃声が聞こえペイントの女が身体を振り回された。女は近くにあった工作機械へよろめくとそのフライス盤をつかみ床から引き剥がし、眼にした大尉は驚いた。女はその2500ポンドはある工作機械を振り投げた。
大音響で出入り口を壊し渡り廊下へ転がった工作機械にサブマシンガンの発砲音が止んでしまうと工場の逆側の出入り口から別な発砲音が聞こえ始めた。
女の馬鹿力よりも数十発も撃たれてなお動き回れる事にカレル・ヴラスチミル大尉は眼を見張った。だが女はこともあろうか傍の壁を突き破り外へと逃れた。
空挺降下して街中に下りるのは難しい。2階建て以上の建物の屋根にパラシュートを引っかけると振り回され壁に激突する事になる。難しいどころか命の危険さえある。エアバスA400Mアトラスがフライパスするのは1度。だが目標のすぐ近くに南北に伸びた畑が格好の降下地点になった。
「降下!」
EXスターズのセキュリティが自動曳索を引っ張り次々にランプから駆け下りパラシュートを広げる。テレパスのルイゾン・バゼーヌに続いてフローラ・サンドランは飛び下りた。
18名もになると900ヤード余りの畑は手狭で3名は道越しの空き地へタッチダウンした。
各人パラシュートを丸め畑の数カ所にまとめると道を越えフローラとルイゾンそれにセキュリティの1人が駆けつけた。フローラが皆の側に来るとすでにサブリーダーが左腕の情報端末で距離と道順を把握していた。
「行くぞ」
日中の降下で目立っただけでなく遠くからフルオートの射撃音が聞こえており数軒の家屋から人が出てきて見ていた。電子光学擬態は駆けてゆく途中人目のない場所で使えばいい。
「ルイゾン、状況を!」
フローラから命じられる前にすでにテレパスは現場をスイープしていた。
────テロリスト25名以上、ロシア特殊部隊ザ・スローン21名、ポーランド特殊部隊31名が負傷もしくは死亡で戦闘不能。フローラ、1人──おかしな奴がいる。
FN P90を構えたまま駆けながらフローラはルイに問い返した。
「ルイ、おかしな奴とは?」
フローラの直後を駆けるルイゾン・バゼーヌは大きすぎない声で明瞭に応えた。
「チーフ、1人武器を使わずに素手で暴れまわっているのがニコイチみたいで」
「ニコイチ!? 人格が複数!?」
「ええ、ぶれるんです」
フローラは片腕を上げ半数を裏手に回らせ8名を率いた。金属加工業者の建物が見えて来るとテレパスに命じた。
「ルイ、離れるな」
────はい、チーフ。
1匹の獣の様に統制のとれた動きでフローラの部下達が確認ゲームを始め事務所から順に攻略しだした。
出入り口近くに4人が銃弾以外の方法で殺されているのが戦闘服からロシア人だとわかった。事務棟にセキュリティ5人が内部確認をしながらFN P90を様々に振り向け突入するとすぐにフローラが呼ばれた。
────チーフ。来てください。
フローラはルイゾン・バゼーヌを引き連れ玄関近くの事務室に入った。机を重ねてバリケードを築いた部屋に4人の男らが倒れていた。戦闘服は着ておらず転がった銃器もロシア人のものとは異なっていた。
「チーフ、この遺体を見てください」
そう告げてそのセキュリティが足で遺体を仰向けに転がした。
フローラ・サンドランは息を呑んだ。
その遺体の顔は老人の様に皺が刻まれ染みに覆われていた。しなびた人。フローラの第一印象は吸い殻だった。
「老人のテロリストでしょうか? 4人ともです」
「60や70じゃない90歳以上に見えるわ。アサルトライフルを振り回せる年齢じゃない」
寸秒、廊下を侵攻していた別のセキュリティの意識がルイゾンのハイパーリンク越しにフローラに入り込んできた。
「ニューヨークの怪物と同格を確認! 交戦開始します!」
フローラは部下の視野を共有しプレスやフライス盤の並んだ工場内にいる黒ずくめの女がおりフローラは一瞬自分の部下かと眼を強ばらせた。
"Nie ruszaj się!"
(:動くな!)
投げ飛ばされた2人へ向かって歩きよろうとしていたペイントを被った女は立ち止まり顔をセキュリティの声の方へ振り向けた。
"Rozkazałem ci, żebyś się nie ruszał!"
(:動くなと命じたぞ)
プレス機の陰から顔を覗かせたポーランド対テロ特捜班の男が工場の入口に誰もいないことに顔を強ばらせた。
ペイントの女が無視して出入り口に身を半隠ししたセキュリティへ向かおうとした瞬間だった。抑制器に抑圧されたサイクレートの高い銃声が響き着弾したペイントの女が身体を振り回された。女は近くにあった工作機械へよろめくとそのフライス盤をつかみ床から引き剥がし、セキュリティは驚くと女はその2500ポンドはある工作機械を振り投げた。
大音響で出入り口を壊し渡り廊下へ転がった工作機械にサブマシンガンの発砲音が止んでしまうと工場の逆側の出入り口から別なサイクレートの高い発砲音が聞こえ始めた。
女の馬鹿力よりも数十発も撃たれてなお動き回れる事にセキュリティは眼を見張った。だがこともあろうか黒ずくめの女は傍の壁を突き破り外へと逃れた。
全員あの黒ずくめの女を逃すな!!!
フローラ・サンドランがハイパーリンクでそう命じた直後、廊下に転がったフライス盤を避けフローラとルイゾン・バゼーヌ、投げられた工作機械を避けた2人のセキュリティは工場へと駆け込むと破られた側壁へと走り寄った。傍のプレス機の間にまだ生きている私服の戦闘員が驚き顔で破られた壁を見つめていた。
フローラは外に出た黒ずくめの女を眼で追った。女は外に出たセキュリティのFN P90に左右から撃たれ火花を散らしていた。
火花!? 全身が金属の様に硬いのかとフローラは驚きながら2人のセキュリティと共に3人で至近距離から黒ずくめの女に発砲すると数千の銃弾に屈したのか黒ずくめの女は屈むと一気に飛び上がり見えなくなりフローラは撃つのを止めた。
「ルイ、今の女を追えるか?」
フローラにテレパシストは尋ねられ速答した。
「追えます! 西へ400ヤードに着地。小さな木立のある公園」
一跳躍で400も!? フローラは昨年末にニューヨークでマリア・ガーランドらが手こずった怪人と同じかもしれないとは言え、PDWの銃弾で息の根を断つ事ができず人間離れした運動能力を持つ。そんな怪物が今、なぜ、ポーランドに現れた!?
テロリスト狩りがとんでもないものを引き当てた。
「アルノー、今し方の黒ずくめの女見たか」
────見ましたチーフ。何ですかありゃ。工場の工作機械投げてましたよ。
「あいつをレーザーライフルで仕留めろ。足止めを全員でやる」
────か、貫通しますよ。
「復誦!」
────レーザーライフルで狙撃します。
問題はどうやって足止めするかだった。頑丈でゴリラよりも力ある女だ。マリア・ガーランドらがニュージャージーとニューヨークで格闘した怪物の概要はリポートで眼にしたがジャベリン対戦車ミサイルにも堪えたのに一方この場でテロリスト狩りに用意した火力では弱過ぎだ。
P90のSS195LFを多量に受けても銃創すらできずに持ちこたえた。足止めすら難しいかもしれない。7.62ミリ弾を使うミリタリーライフルを用意しなかった事が悔やまれたが、軍人は与えられた兵器で最良の功績を上げようと努力するもの。
最悪、ハイパワーLRが効果無しの時の撤退を考慮しておくべき。
住宅街を駆け抜けフル装備の皆がついて来るのを確かめルイに曲がり角の指示を受け400ヤードを1分20秒で駆け抜ける。
全員公園の北と南側道路から森に入るあの黒ずくめの女を眼にしたら銃弾を当てて足止めしながらアルノーに位置を報告。レーザーライフルで効果無しの場合手榴弾を投擲しながら即座に後退。5秒以上同じ場所から射撃するな。
フローラ・サンドランはルイゾンのハイパーリンク越しに17名にそう命じると木立を眼にしてFN P90を肩に引きつけ唖然となった。公園ではない下生えの生い茂ったブッシュだった。
"Rozkazałem ci, żebyś się nie ruszał!"
(:動くなと命じたぞ)
声のした方へクラーラ・ヴァルタリは顔を振り向け誰もいないことにその出入り口へ歩くと9ミリパラでない高速弾を多量に浴びせられよろめきかかった。
痛いわけではない。圧に押し切られそうなのだ。
銃弾に傷つかないという違和感を失念していた。
まるで紙鉄砲に撃たれ行動の自由を奪われているその弱さが逆に歯がゆかった。これだけ撃たれて傷1つ負わないのに押されている。
何なのだこの中途半端な強さは────。
工場の内壁を破り外へ出たのに間髪入れずにまた撃たれ始めた。給弾ベルトもないアサルトライフルでどうやってそんなに撃てるのか。苛立ちと共に脚を折り曲げ一気に跳躍した。
抑制器のこもった射撃音が風のうねりに変わり住宅街の屋根が下を飛びすぎると小さな森が見えて枝葉を折ってそこに着地した。
まるで飛んだような感覚に地を踏んだ脚が震えていた。
どれだけ跳んだのかと考え4、500ヤードかと至った。
ならあの兵士らは数分でやって来る。その前にもっと逃げようとクラーラ・ヴァルタリはさらに跳躍した。
風を切り眼下の流れる建物の先に左右に開けた場所が見えそこへ飛び下りた。
凄い。さっきよりも跳んだぞとクラーラは自分が枕木を踏んでいる事に気づいた。その左右に鋼鉄のレールが伸びており警笛の音に振り向くと鉄輪を軋ませて青い電車が突っ込んできた。
鋼鉄の壁がねじ曲がり硝子が砕けその鉄の箱にめり込んだ。混乱が収まり顔を庇った両腕を下ろすと客車の中にいた。
振り返ると壊れた内壁と潰れた運転席が見え正面に大穴が開いていた。
自分が突き破ったとの認識に辿り着き顔を巡らせると後ろの客車に避難した乗客達が車輌ドアの硝子越しに見えていた。
突き破った事に怯えているのか、真っ黒の容姿にそうなのかとクラーラは困惑した。
硝子に張りつく様に見ていた2人が突然倒れた。そのドアの向こうで倒れた客に手を貸そうとして別な乗客も倒れるとクラーラから遠い客が挙って遠い客車へ逃げ始めた。
何が起きてるのだとクラーラが車輌ドアへ近づきドアを開くと5人の乗客が折り重なる様に倒れていた。その誰もが年寄りという事にクラーラは気づいた。
年寄りじゃない。
皺だらけでいたるところ染みに覆われ干からびていた。
クラーラが顔を上げると隣の客車に逃げ損ねた客数人が出入り口の壁に背を押しつけ寄り集まっている。
怯えるが容姿のせいだとクラーラは思った。この黒い鱗に覆われた皮膚がと腕を見つめた。彼女が見つめる手の甲がむず痒くなると湧き水の様に普通の皮膚に戻った。反対の手を見るとそちらも普通に戻っていた。だが奥壁に寄り添った乗客達は怯え続け動けないでいる。
クラーラ・ヴァルタリが顔を上げ彼らを見つめると近い乗客に異変が起きた。
呼吸が荒くなりそれが浅くなると手がしわがれ顔が皺だらけになり、それに気づいた他の乗客がミイラの様になってゆく男の乗客を蹴り飛ばした。だが次にミイラ化を始めたのはその若い男の乗客だった。
指が震えだし鉤状に曲がり灰色がかると眼孔が落ちくぼみ瞬く間にミイラとなった。
その変化にクラーラ・ヴァルタリは気づいた。
1人ミイラ化する毎に力が溢れてくる様だった。吸血鬼の様に血を吸って力を取り戻したわけででもない。ただ近くにいたというだけだ。
銃弾に打ち勝つ強さ。
それに意志の力で容姿を変化させられた。
研究所から奪った細菌兵器の産物か、神がかった力が漲っている。
この電車に乗っているすべてを喰らえばどの様な力が発現するのか。
"Kokeillaan sitä..."
(:試してみようか────)
呟いてクラーラ・ヴァルタリは後方車輌へと足を向けた。