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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #6
27/164

Part 6-2 Archangel 大天使

Skyーlounge NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 12:05 Jun 30

6月30日12:05ニューヨーク州マンハッタン チェルシーNDC本社スカイラウンジ





「な──んだァ。告白かと思ったぜェ」



 テーブルの向かい腰を下ろしたアン・プリストリが下目使いでパスカル・ギムソンに不満げにこぼした。



「そ、それでなアン・プリストリ、戦闘履歴を教えてくれるか」



「戦闘履歴だァ!? そんなもん覚えてるゥもんかァ」



 パスカルはあごを落とし顔を強ばらせた。覚えてなくとも記録ぐらいあるだろう。ほんとにこいつがセキュリティなのかと勘ぐった。



「いや記録は大事だろう。きっと誰かがあなた方の活躍ぶりをだな──」



 それを聞いてメイド服の女がにやついた。



「どこのォ──だァれがそんな面倒な事をォしてるってェ?」



 パスカルはこの女に声をかけたのが間違いなような気がしてきた。



「いいや、記録がないと新しい作戦にも支障がでるだろ」



 アン・プリストリは急にテーブルに身を乗り出しパスカルの胸ぐらをつかんだ。



「いいかァ、お前はテロ野郎かァ。スターズの戦闘経歴がァ欲しいってェ胡散臭いよなァ」



「失敬な! 私は──私は総務部のシステムエンジニアだ。総務の────」



 つかまれた手を振り解こうとして初めてパスカルは女の握力に驚いた。スカイラウンジの他の客やウエイトレスの視線が集まると彼女の方から手を放した。



()なァ。そんなものにィ興味もたれるとォ勘ぐるだろうがァ」



 こいつ分かっててすっとぼけてるとパスカルは思った。総務でも時々噂話(うわさばなし)にあがる問題女だ。人をからかうのなんて何とも思ってない。



「なァ、パスカルゥ。おまえ自分の眼でェ確かめるかァ?」







「え!? 自分の眼で!?」











 うなる連射音がブース越しにこだまして聞こえてくる。



 な、なんでNDCビルに射場(レンジ)が、あ、あるんだ!?



『トランジション!』



 スピーカーから命じられブース並ぶ男女が一斉にアサルトライフルを手放し負い革(スリング)で脇にぶら下げサイドアームをホルスターから引き抜き構え連射し始めパスカル・ギムソンはさらに驚いた。



 素早い! 1秒──いや1秒切ってる!



 セキュリティとは民間軍事企(PMC)業の兵員の呼称だった。兵士と変わらないとパスカルは生唾を呑んだ。この鍛錬たんれんは人を殺めるためのもの。



「呆気にィ取られただろゥ」



 かたわらにいるアン・プリストリがパスカルに大声で告げると彼はうなづいた。



「1人ひとりがァ、出撃したときの事を反省しィ精進しょうじんするんだァ」



「アン、君もセキュリティだろ。訓練は受けないのか?」



 指摘されアンはスカートを託しあげると太腿ふとももにつけたホルスターからブローニングハイパワーを1挺引き抜き空のブースに入ってターゲットへ利き腕を振り上げた。



「よくゥ見てなァ」



 アン・プリストリはパスカルの方へ顔を向けたまま連射し空のカートを撒き散らした。



 ブースのコントローラーのスイッチ押し込みマンシルエットのターゲットペーパーを引き寄せるとブースから退いてパスカルに見せ彼は息を呑んだ。ターゲットの顔の目と鼻とスマイルの口の形で撃ち抜かれたマンシルエットを眼にしてパスカルは唖然となった。



 最初から細工されているわけがなかった。地下のシューティングレンジに2人で来たのだ。話しの成り行きでここへ来たのだ。仕込む余裕はなかった。だが彼女は標的を見もせずに的確に撃ち抜いていた。そのメイド服の女が耳元に口を近づけイヤープロテクターを浮かせささやいた。



「こんだけェ精密射撃できるとォ記録だの反省など関係ないのさァ」



 その女がパスカルの手をつかんでレンジから連れだした。



「人はなァ、鍛錬たんれんしたらレヴェルが上がるんだけどよォ。俺っちはよォ規格外だからよォ一々出撃記録とる必要ねェんだよォ」



 エレベーターに乗り込みアンはまだ握ったままのブローニングハイパワーから弾倉を引き抜くと予備の弾倉に換えスカートの中に戻した。その仕草を見ていたパスカルにアンは顔を寄せてたずねた。



「欲情したァ?」



「しません! スカートの中なんて見てません!」



「そうじゃねェだろォ。女がァぶっ放すのを見ると、男は立っちまうんじゃねェのかァ」



「そんな事で興奮なんてしません!」



 そう言い捨てたがパスカルはちょっと内心時めいたものの赤らめた顔を逸らした。



「それじゃあァご褒美ほうびにィ作戦指揮室へ連れて行ってやるさァ」



 ぎくりとパスカルは顔をアンへ振り向けた。NDCビル最上階にある民間軍事企(PMC)業の作戦室。一般部門の役員ですら入ることを許されていない特別室。



「どうしたァ? 小鼻をひくつかせてェ」



 あわててパスカルは片手で鼻をおおった。



「そ、そんな大事なもの見せて情報漏洩(ろうえい)で首にならないのか!?」



 首にでもなろうものなら潜入捜査中止。副長官からどんな叱責を受けるかわからなかった。



 それを聞いてアン・プリストリが鼻で笑った。



「見たぐらいでェ大したことはァわからんさァ。あれこれ説明をォ受けたところでェ漏洩ろうえい未満。しっかり叩き込まれる様ならァ情報担当職員のいっちょ上がりィ」



 それって洗脳の事かとパスカルは困惑した。



「抱き込むのか? ──身内にすれば問題ないと?」



 アンが顔の前で手のひらを振り何か言い掛けるとエレベーターが到着してドアが開いきパステルグリーンの照明で満たされた。



 アン・プリストリが先にその光溢れる部屋に入るとすぐに向かいのパステルグリーンの壁に長方形の筋が走りドアが開いた。大柄な女のきわから見えたのはサッカーコートほどの巨大な部屋で壁面が数百のウインドで埋め尽くされた巨大な液晶モニタだった。



「すげぇ────作戦指揮室と言いつつ情報収集が目的なのか」



「知は万物を制すゥてかァ。テロリストとの闘いはァ情報戦って先代のフローラ・サンドランがァよく言ってたぜェ」



 2人が壁面の階段を下りる間、パスカルは幾つものブースで仕切られた間で立ち振る舞う職員らに圧倒された。



「ハーイ、アン」



「おう。レノチカ。情報2課のGMだァ」



 アンが紹介するとレノチカがパスカルに右手を差し出した。



「ハーイ、パスカル。パーシャルと呼んだ方がいい?」



 握手を交わし情報2課の課長がなぜ一介のシステムエンジニアを知っているのだとパスカル・ギムソンは驚いた。



「ただの情報屋と勘違いしないでねパスカル」



 そうエレナ・ケイツが告げウインクするとアンが問い返した。



「レノチカァ、こいつ誰かに踊らされてるゥ」



「ぼ、僕は誰にも────」



「あなたはCIA副長官シリウス・ランディに命じられ、チーフ──マリア・ガーランドの潜在的脅威の排除に動いてる──てところでしょう」



 素性や作戦がリークしてるとパスカルは顔を強ばらせた。



「戸惑わなくていいのよ。チーフの為ですもの」



 そうレノチカというGMが気遣うように告げた。



「そこまで知っていてアンが──いやアンに声かけたのは私で──」



 戸惑いを口にするパスカルにエレナ・ケイツが教えた。



「行動予測よ。あなたがアンにモーションかけると状況が示していたわ」



 パスカルに気落ちした。みずからの意思で動いていたはずが手の上で踊らされていたと理解した。その彼にレノチカがたずねた。



「でオウルアイ探偵事務所にチーフの件を持ち込んだ依頼主(クライアント)は分かったの?」







「クリフトン・スローン。NBCのプロデューサー」







 アン・プリストリとレノチカが眼を合わせるとにやついてアンがパスカルにたずねた。



「だけどよォ、スターズの出撃記録なんてェNBCがどうすんだァ?」



「マリア・ガーランドの結婚を期に特番を組むんだけれど社長に分の悪い話を避けるためとか」







「け、結婚だとォ!?」







 アン・プリストリが声を裏返させた。



「それは仮定でしょ。チーフが家庭を持とうとするなら外よりも内の情報が先に回ってくるでしょ」



「ぼ、僕もそう感じた。嘘っぽかった」



「それじゃあ、戦闘履歴は逆に使われるのね。NBCはチーフを吊し上げる算段をしてると思われる。パトリシアを使い探りを入れましょう」



 パトリシア? ティーンの? 確か特殊上級職員だったはず。潜入捜査でも得意なのかとパスカルは想像した。だけどNBCにティーンを潜り込ませてもどうする事もできまい。



 アンがレノチカと呼ぶ課長の振り向けた視線にパスカルが顔を振り向けた。ブロンドのポニーテールを揺らす若い女性がエメラルドグリーンの瞳で微笑んでそこにいた。



「なーにを調べさせるんですか」



 示し合わせる。



 そうパスカル・ギムソンが思ったタイミングでパトリシア・クレウーザが3人の前に現れ彼はレノチカとアンに問うた。



「あんたらどこまで予測したんだ!?」



 アンとレノチカがかぶり振った。











 遅々(ちち)として進まぬ状況にありながら勝機をつかんだのはNDCの内通者パスカル・ギムソンという男がなかなか役立ちそうだと元気づけられたからだ。



 プロデューサーとしてチャンネルが確保されるのはこれまで状況判断に機敏だったからだとクリフトン・スローンは思った。あのCOOマリア・ガーランドを叩くだけでなく視聴者という弾劾裁判の陪審員が下すは合理的疑いの余地なく有罪であるという司法上の鉄槌であり、視聴率はその確度に過ぎない。



 未成年でありながら戦闘に加担し、数百の命を奪った責務を取らせるのだとしたら手の内にある衛星画像が唯一無二の証拠であり事実であるゆえの帰結となる。



 あの女社長に個人的な怨みはないとはいえ、叩けるものは叩くという生き方をしてきて一世一代のスクープを手に落ち着かないというのは事実で、身の振り方次第ではこのスクープがつゆと消えてしまうというばくたる不安にさいなまれている。



 ドアノックにクリフトン・スローンは顔を上げるとドアを開いたのは人気キャスターのシャロン・ベンサムだった。



「クリフ、あの(・・)件進んでるの?」



 みずからが喜んでインタヴューを引き受けると言い切ったキャスターが隠語で問いかけたのはマリア・ガーランドの特番だった。



「地固め──色々と裏を取ってるところだ」



 そう言われ外の耳目を気にしたシャロンは部屋に入りドアを閉じた。



「クリフ、あなたの事だから用心深く進めているでしょうけれど、よその局に取られる危険性はないの?」



 クリフトン・スローンは心臓をつかまれた様な気がした。動画を手に入れるのに大金を払ったから独占だと思い込んでいた自分が浅はかだった。同じネタを他局に売り渡してないと言い切れなかった。その顔色を見切ったシャロン・ベンサムが畳みかけてきた。



「やっぱり。独占権の確約は取ってなかったのね。今からでもその売り渡し相手に確約を取れないのかしら」



 渡りを付けたのは探偵事務所の調査員だった。今更いまさら独占権を持ちだして手渡したあの神を名乗った男に会う算段をとれるだろうか。しら(・・)を切られたらそれまでだとクリフトンは思った。



「問い合わせてみるが、駄目でもうちが最初に番組を流せばいい」



 博打ばくちだ。うちの局が最初に流せるという保証はない。そう思うと落ち着かなかった。それにあの白髪の初老の男にまた会えない様な気がした。



「私がインタビューワーなのを忘れないで」



 忘れたら殺されるとプロデューサーは思った。シャロン・ベンサムが出て行くとクリフトンはモバイルフォンを取り出し情報屋の探偵へとつないだ。



「私だ」



『ああ旦那だんな。どうしました?』


「この間の情報の売りぬしにまた会えるか?」



『いやあ、一見いちげんさんなんで無理ですよ。何かありまして?』


「マリア・ガーランドの動画を余所よそにも流しているのか知りたい」



『ああ、それなら大丈夫ですよ。二股ふたまたかける御仁ごじんじゃありません』


 それを聞いてクリフトン・スローンは胸をなで下ろしたが、釈然としなかった。動画の価値はうちが払っただけで60万ドル。よそに流せばそれが2倍3倍になる。だが────と考えそれを否定した。



 もっと吊り上げてもよかったものの60万という微妙な金額で情報を売り渡した。100万ドルでもABCネットワークなら買うだろう。いいやうちでも社長に持ちかけその金額を用意させただろう。



 あの初老の男の作為的な声が聞こえてきそうだった。





 あの神を名乗る男はうちを独占的に指したのだ。





 そこに神の狙いがあるとすれば、うちである理由があるんだ。



 何ものなんだあの────男は。



 謎解きを挑まれ尻尾を巻いて逃げるつもりはなかった。よそのネットワークになくてNBC(うち)にあるものは何だ。深入りをして引き返せない現状は正面きって紐解ひもとく必要があった。



 雲をつかんでいるような気がした。







 神さ────あの娘にさらなる試練を与える義務を負う神さ。







 クリフトン・スローンはキーテレフォンの受話器を取り外線を押しつい最近覚えたばかりの番号を空で押した。



「NBCニューヨークのプロデューサー、クリフトン・スローンです。社長のマリア・ガーランドさんをお願いします」











 ビジネスフォンの呼び出しが鳴りマリア・ガーランドが通話アイコンにタッチするとAIがスピーカーで告げた。



『NBCニューヨークのプロデューサー、クリフトン・スローン氏からお電話です。お受けになりますか?』


つないで頂戴ちょうだい



『お忙しいところをすみませんNBCニューヨークのプロデューサー、クリフトン・スローンです』



「マリア・ガーランドです。何でしょうか?」



『率直にお尋ねします』







『神が貴女あなたに負わす苦難とは何でしょうか?』







 マリア・ガーランドは息を呑みその自身の沈黙に堪えかねた。



「どういう事かしら?」



 問いかけながらマリーはあの冬ミカエルと名乗った大天使の言葉を思いだしていた。



──そう、貴女のポリバレンス(/Polyvalence:多様性)を授けたのは大いなる父。彼が徒死することを許しません。貴女はあらゆる能力を身につける事のできるフル・スペックなのよ──スプレマシー(至高の)・マリア──。



貴女あなたの知り合いを名乗る男────神が貴女あなたを追い込め──と』



 女社長は鼻を鳴らし教えた。



「ミカエルの親玉よ。生きて会えるなら奇跡だと思いなさい」



『ミ、ミカエル!? 天使ミカエル!? あんた一体何ものなんだ!?』



「よく言われるわ。私はマリア・ガーランド。敵対するものはすべてぎ払うもの。神よりも上かも。よろしいかしら?」



 ハンズフリーの音声に絶句する息づかいが聞こえマリア・ガーランドは鼻で笑うと通話終了アイコンに触れて通話を終わらせつぶやいた。







「敵対する側に寝返ったみたいね」












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