Part 5-5 Legio レイジョ(レギオン)
Armored Reconnaissance Unit 1st Company 6th Squadron 1st Cavalry Regiment 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground Fort Bliss, TX. 20:14 Jul 13
7月13日20:14 テキサス州フォート・ブリス アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊第1中隊機甲偵察部隊の演習地
停車させガスタービンを切ったエイブラムスから降車すると地上部隊の惨状が迫った。
「少佐、ぜ、全滅じゃないですか!?」
陸軍の全滅は全数が戦闘不能になった場合とは限らない。3分の2が戦闘不能に陥っても部隊としては作戦能力を失い全滅になる。操縦士のエイミー・キングスリー曹長から言われなくともアンドリー・ヘイゼル少佐は12台のM1A2C/SEPV3エイブラムスと6台のM1036HMMWV──TOW対戦車ミサイル搭載ハンヴィーが動かぬ残骸となっているのを困惑げに見つめた。
交戦開始から5分あまりでこの有り様だった。
車列の火焔で照らされた僅かな場所に人影はなかった。他の車輌からも乗員が連れ去られたのだろうかと少佐は顔を強ばらせた。
「曹長、持っておけ」
そう小声で伝えヘイゼル少佐はもう1挺のM4A1を曹長に渡して敵である怪物の気配を探った。
あの図体だ。歩けばそれなりの足音がするはずだった。
「キングスリー、敵は人ではない。ニューヨークで暴れまわった怪物を知ってるか」
「知ってます少佐。蜘蛛と百足が合体した象ほどもある奴でしょう。もしかしてそいつですか」
「ああ、蜘蛛でも百足でもなかった。蟹の様な鋏みにつかまれセイヤーズ1等兵は攫われたんだ」
「ヴィンセントを探しましょう少佐」
暗がりでアンドリー・ヘイゼルは頭振った。
「中隊は火砲でやられたんじゃない。ニューヨークで暴れていた奴は警察官の銃弾数千発にも倒れなかったんだ────」
否定しかけて少佐は小隊長としての責務を感じた。
「そうだな。何とか救いだそう」
そう奮い立ったものの予備弾倉は2人合わせて6本。240発の銃弾しかない。あまりにも心もとなさすぎた。
「少佐、ハンヴィに行ってみましょう。携行兵器が何かありますよ」
死の行軍。またあの車列に戻るのかと一瞬アンドリー・ヘイゼルは遠くもない焔上げる車輌を見つめ踏ん切りをつけるために部下に言い切り歩きだした。
「ついて来いエイミー。銃口をあっちこっちに向けるなよ。助かった連中を撃ちかねない」
「だって────」
怖いのは俺も同じだとアンドリー・ヘイゼル少佐は思った。だがここで怖じ気づいたら兵隊としての上下関係が崩壊し敗戦を受け入れる事になる。
「撃つときは俺が狙う奴にしろ」
まあそれが正しいとは言えないがと思いながら1番近いハンヴィに80ヤードに迫ったときその向かっていた汎用車が爆轟を上げ後部が吹き飛び、アンドリー・ヘイゼル少佐とエイミー・キングスリー曹長の2人は驚いてアサルトライフルを構え上げたた。だが車体を2つに分けた爆発はそれっきりで後は燃えはぜる音の繰り返しになった。
「大丈夫だ。搭載していた対戦車ミサイルが誘爆したんだ」
「今の音でその怪物来ないですかぁ?」
「来るものか。連中も爆発に巻き込まれたくないだろう」
それは怪物に人並みの知性がある前提に立った話だった。2人が次に向かう汎用車を決めているとき曹長が小隊長の肘をつかんだ。
「何だ曹長!?」
「少佐、最後尾のエイブラムスを見て下さい」
アンドリー・ヘイゼルが振り向くと砲塔に異物が張りついていた。その車並みの図体をしたものが巨大な黒い蠍だと気づき少佐はエイミー・キングスリーに小声で指示した。
「エイミー、1番近いエイブラムスに乗り込んであいつに一撃喰らわすのはどうだ。お前が装填手をやれ」
「賛成です少佐」
意見が合い2人は爆発したハンヴィのすぐ後部に動かなくなってているM1A2C/SEPV3に小走りで急いだ。幸いに停車しているそのエイブラムスはエンジンが回っており操縦席に乗り込んで起動させる手間が省けた。そのM1A2Cも砲塔が裂けており無理せずに裂け目からも入れそうだったが2人はそれぞれが砲塔の2つのハッチから乗り込んだ。
「いいかエイミー。ハッチは開いておけ。一撃喰らわせたら急いで逃げだす。砲塔を裂いて乗員を連れだす手合いだ。すぐにここへやって来るぞ。2輌前のエイブラムスの腹下に隠れる」
砲塔下部のバスケットに立った曹長は頷いてた。
「了解です。何を喰らわせますか?」
「装弾筒付翼安定徹甲弾を静かに装填」
「了解、M829をサイレント・リロード」
エイミー・キングスリー曹長は装填手席で身体を捻り閉栓機のレバーを操作しチャンバーを開くと後方へ向いてバスル閉鎖ドア開放スイッチを膝で押さえ弾薬庫ドアを開いた。その後部左手ラックから1本のM829A4を引き抜き身体を捻りチャンバーガイドに砲弾を乗せ押し込み閉栓機のレバーを下げ宣言した。
「M829装填!」
砲手席についたヘイゼル少佐が正面のプライマリー照準機を覗きながら砲手操縦ハンドルで砲塔を回転させ仰角を低めにし120ヤードでほぼフラットの弾道で最後尾のエイブラムスに取り付いた蠍の怪物の背中へ照準すると曹長に命じた。
「脱出しろエイミー!」
装填手席に曹長が立ち上がってハッチから出掛かった一閃、120滑空砲が吠え砲口先端に火球が膨らみ荒い空気の波動にエイミー・キングスリーは砲塔から転げ落ちそうになった。
その火焔の灯りのずっと先で甲高い音がして火花が広がったのが見えた。
命中! どんな生き物だろうと120ミリ徹甲弾を喰らい生きてるはずがなかったが、曹長はエンジンナセルから地面に滑り下りて尻餅をつくと横にヘイゼル少佐が飛び下りてきた。
「急げ。隠れるぞ」
少佐に言われキングスリー曹長は立ち上がり少佐と共に1輌先のエイブラムスへと走り2つの覆帯の間に滑り込むと後から少佐が入ってきた。
ものの数秒、近くでものが落ちてきた音がして主砲を撃ったエイブラムスが僅かに揺れた。
「少佐、来まし──」
「静かに」
戦車の下から様子を窺うアンドリー・ヘイゼルは撃たれた奴とは違う奴が来たのだと思い逃げだしてきた車輌を見つめていると暗がりに怪物の足が見えた。1組みでなく2組みの4本が地に着いたその足から間違っても人ではないと思った。2体いる。倒した奴を入れると3体いたのだ。寸秒、先のエイブラムスに緑色のネオンの様な光が踊りエイブラムスが左右に分かれ崩れた。
こんな化け物が相手で1中隊規模の機甲部隊で勝てるはずがなかった。
その四つ足の魔物1体が2人の隠れるM1エイブラムスの方へ近づいてきた。
原住民の移動仕掛けの1つにまだ標本化してない原住民が残されていた。
その原住民は移動仕掛けを操作をする入り組んだ狭いスペースに隠れていたので引き摺り出しそこねていた。もう少しでハンティング・トロフィーを取り逃がすところだった。移動仕掛けをスキャンしていて生命反応があり確認すると原住民が隠れていた。
まさにその時、背後から化学エネルギーで撃ちだされた金属体を検知しながら至近距離の音速以上の猛速で迫るそれを躱す事ができずに背中に命中した。
原住民の強勢を受けたレイジョのその1つは外骨格に重篤なダメージを受けしがみついていた移動仕掛けから滑り落ちた。
一瞬で他の2つと意識疎通を図り強勢を行った移動仕掛けを特定すると2つのレイジョがそこへ跳躍した。
1つのそれが発砲したエイブラムスの砲塔にもう1つのそれが右覆帯の傍に着地し車体が揺れた。外殻は先の攻撃で裂け目があり、熱反応機関は動作しているが砲塔の1つのそれが触手を伸ばし裂け目から原住民を探ったが何も見つけられなかった。原住民がいない事を共有し砲塔の1つのそれが移動仕掛けの後方へ飛び下りると2つのそれらはプラズマ・アルモラを振り出しその発砲した移動仕掛けを両断した。
協議──移動仕掛けには自動の攻撃機構があり原住民が搭乗していなくとも敵を探し攻撃する能力がある。
結論──残りの17の内、機能を残していると思われる移動仕掛けを完全破壊する必要がある。
2つのそれは手分けして動かなくなった移動仕掛けを破壊し始めた。
その1つから原住民が這い出し強勢機器で影響を与えて来たが修復中のそれ1つが受けた強勢に比べると雨に打たれ程度の影響しかない。だがハンティング・トロフィーにはなるとそれの1つが逃げ出した原住民を追い始めた。
そこへ修復の終わったレイジョが跳躍し飛び下りて来て合流すると原住民狩りに加わりもう1つのそれは移動仕掛け破壊に戻った。
被害を齎した原住民がハンティング・トロフィーの為に集めた他の原住民とどう違うのか捕まえて調べる必要があった。生命反応を消さずに捕らえのは比較的難しいものの鋏みでつかみ振り回せば殆どの生物は大人しくなる。小型の強勢道具を使い抗ってもさしたる抵抗ではない。そう────さしたるものではないはずだった。
1輌前のハンヴィが破壊され次にこの隠れるエイブラムスが破壊されればいくら車外でも重量に押しつぶされるか、あの光る鞭で車輌もろとも切り裂かれるのがおちだとアンドリー・ヘイゼル少佐は思った。せめてキングスリー曹長だけでも逃がしてやりたい。少佐は部下の耳元に顔を近づけ囁いた。
「曹長、私が弾幕を広げた隙に逃げろ。そう長くは引きつけられないが、遠くまで休むな。いいな」
「私だけが逃げられません」
「命令だ」
そう告げヘイゼル少佐は荒く匍匐前進すると立ち上がった。怪物は2体いたが近い奴に猛然とM4A1を撃ち始めた。曹長が逃げだした事も確かめられずに瞬く間に1弾倉撃ちきり、マグチェンジをし振り向いて迫ってくる化け物の顔目掛け引き金を絞った。
その間隙に別な怪物が上空から飛び下りてきた。
そのより近い化け物へアサルトライフルを向け撃ち続けた。また弾倉が空になり予備弾倉を取りだした寸秒横殴りに鋏みが襲いかかった。
一撃は躱したが予備弾倉を叩き込んだ瞬間に詰め寄られ二撃目にヘイゼル少佐は鋏みに腹を挟まれ振り回された。
地面に数回叩きつけられ朦朧となった小隊長はフルオートの銃声に気づいた。
俺じゃあない。
首を捻って背後を見るとエイミー・キングスリーが肩付けしたM4A1を高い位置へ撃ち放っていた。
「逃げろエイミー!」
「命令不服従で──! 少佐軍法会議に──だしてけっこう────!」
銃声に半分も聞こえずそれでもアンドリー・ヘイゼルは自分がまだアサルトライフルを手放さずに持っている事に気づいた。それを怪物の顔に向けフルオートでライフル弾を浴びせた。ニューヨークの警察官らもきっと同じ思いだったろう。撃っても効かない怪物を相手するのは軍だと。
今、その自分が救援を渇望していた。
自分だけならまだしも部下をむざむざ差しだすつもりはなかった。
その顔の近くで銃声を耳にしアンドリー・ヘイゼルは顔を向けると、曹長は距離をおくどころか鋏みの届きそうな距離で発砲していた。その猛攻が弾倉が空になったことで間が開いた。
少佐は部下へM4A1を投げ渡した。
「その弾倉で最後だ!」
小隊長がそう怒鳴ると若き曹長が陽気に言い返した。
「最後じゃないです! ドーンと任せて下さい!」
撃ちながら怪物の鋏みにエイミー・キングスリー曹長は挟まれると叫聲を上げた。
「糞たれ野郎! 喚いてみろ!」
まるで意味を理解したように刹那、その化け物は上下左右に開いた口で2人の捕らわれ人に咆哮を浴びせた。
セーフティーピンを引き抜きレバーを少佐の顔に飛ばしたエイミー・キングスリーは怪物の口に手榴弾を放り込み少佐の手を握りしめた。
「お前どこで!?」
「ハンヴィの近くに転がっていま──」
至近距離で渇いた爆轟が広がり怪物の頭部を粉砕した手榴弾の破片が少佐と曹長にも襲いかかって深傷を負わせた蠍の化け物が仰向けに倒れても鋏みから逃げ出せなかった。
そこへ別の1体が駆け寄り原住民を握りしめた1つのそれから原住民2体を奪い取るとその原住民を鋏みで圧迫させ背の骨を砕いた。
倒れた顔をなくしたレイジョの1つを2人の兵士を殺した別のレイジョは見下ろして訣別すると巨大な蠍は水に崩れる砂の城の様に崩れその黒い塊は細かな蟻が蠢く様に傍に立つもう1つに集まり4本の足に次々に同化した。
身体の大部分を失い最後に残ったのは紫色に輝くソフトボールほどの球体だった。
それを2つの原住民を両手にぶら下げたレイジョは歩み寄り踏み潰した。
"השתלטתי על כל הרשומות שלך"
(:お前の記録をすべて引き継いだ)
さあハンティング・トロフィーの解体だ。この2つの原住民は我が仲間であり兄弟であるレイジョを倒すに値する何かを持っている。それは頭蓋骨の中にあるものをつぶさに調べれば明白となるだろう。
そのレイジョは残りの1つに移動仕掛けの完全破壊を任せトロフィー置き場に急いだ。
情報は鮮度が大事だ。