Part 5-4 Raider 襲撃者
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 13:51 Jul 12
7月12日13:51ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
何はともあれ、エリザベス・スローン──リズが銃弾を受けなくて良かったとマリア・ガーランドが胸をなで下ろすとリズが尋ねた。
「マリアさん、テレポーテーションって何ですの?」
「瞬間移動の能力よ。見てるがわからするといきなり消えたり現れたりするけれど別な場所との一瞬での移動してると──正確なところわからないわ」
「それじゃあ、あの青い壁も何かの能力なのですか?」
うっ、とマリーは言葉に詰まった。ルナから多種に渡る魔法が使えるのを口外してはならないと言われていた。
「うちが────研究開発してる──電磁防御壁のデバイスを持ち歩いているのよ」
そ、そんなものを研究所が開発しているとは思えなかったがいつもの逃げ口上だった。そう思いながらこれ以上質問されるのはかなわないとマリーはセキュリティが何か見つけていないかと出入り口へ行くとリズが叫んだ。
「マリアさん!!!」
警告のごとく名を呼ばれマリーの視野の端に先ほどの襲撃者の男が立ってハンドガンを向けていた。驚いたのも寸秒マリーは逆手にした右手で相手の右手の甲をつかみ右へ弾き左手で同時にその銃を握る相手の腕の肘をつかんで肘の外を回り込み肘をつかんでいた手を腕の付け根に当て相手がしゃがみ込む様に腕を捻りあげた瞬間、マリーは自分の背後にハンドガンを構えた女がいることに気づいた。その銃口に火炎が膨らんだ刹那マリーは至近距離に魔法防壁を広げ銃弾を弾き返した。
空間に隔てられた銃弾は2発だった。
確実に殺すために女がダブルタップで撃っていた。
こいつら!
「スタンバースト!!!」
手加減したつもりでも放った高電圧は落雷の火花を撒き散らし爆轟を上げドア周囲へ広がった。男女2人の襲撃者は躰を硬直させてその場に倒れ込んだ。
今回はテレポーテーションで逃げることを許さなかった。
「こいつら────」
マリーは顔を振り向け立ち上がると執務デスクの傍にいるリズが怪我をしなかったかを確かめた。
「リズ大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですけれど──今の落雷も──研究所の研究品なんですか?」
「ええ、そうよ」
そう答えながらマリーは失心している2人の襲撃者を見つめ呟いた。
「瞬間移動の絡繰を調べて──リズ、セキュリティを呼んで」
男も女もしばらくは意識を取り戻しそうになかった。マリーは2人の手からハンドガンを奪い弾倉を抜いて薬室から銃弾を抜いて次々に部屋の角に放りだした。
だが捕らえたところで意識を取り戻したらまた消えてしまう可能性があった。調べるなら今の内だとマリーは男の額に手をあて失意下の意識を読もうとして目眩を感じて慌て手を放した。
な、なんなの!? コイツの意識言語の時制はめちゃくちゃだわ!?
過去と現在と未来が混在している。そこに法則はなかった。今が未来で同時に過去だった。マリーは移動し女の額に手を当てた。
名はリカルダ・バルヒェット、ドイツ人。殺しを生業にする暗殺者だった。依頼主に意識を集めると相手が見えてきた。サウジアラビアの第3王子ムハンマド・アール=サウードとイランの律法学者マルジャエ・モハンマド・ハーンの名前と顔を覚えていた。リカルダは殺す理由を聞かされていなかった。
「社長、大丈夫ですか?」
顔を上げると廊下からヴェテランのセキュリティがPDWを構えたまま顔を覗かせた。
「私とリズは大丈夫よ。こいつらを拘束して。雁字搦めにしても逃げ出せるはずだから後手でタイラップだけでいいわ。尋問には立ち会います。床の清掃が簡単な部屋にして」
マリーがそう告げるとセキュリティが4人入って来て男女それぞれを担いで廊下に出た。
「床の清掃がし易いのはトレーニングルームです。そこで宜しいですか?」
マリーが頷くと襲撃者らは連れて行かれた。
「リズ、作戦指揮室からヴェロニカ・ダーシーを呼んで頂戴」
作戦指揮と聞いてリズは民間軍事企業部門の事だと思って執務デスクに埋め込まれているキーテレフォンのハンズフリーのボタンを押してAIに問いかけた。
「作戦指揮室を──」
すぐに該当する誰かが出て用件を聞き通話を切った。
5分ほどで社長のドアがノックされマリア・ガーランドが扉を押し開けた。
「ヴェロニカ、これから襲撃者の尋問を行います。立ち合って」
「え!? どうして私が?」
「不当な尋問でないことを公務員であるあなたに見てて欲しいの」
息苦しさに目を覚ますと顔に濡れタオルを載せられていた。ザームエル・バルヒェットは顔を振ってタオルを落とすと自分が何かの台に後手で固定されている事に気づいた。
横を見るとリカルダ・バルヒェットがベンチプレスの台に後手で仰向けに固定され自由を奪われていることに気づいた。それなら自分もベンチプレスの台に固定されているのだとザームエル・バルヒェットは思った。
「気がついたようね」
声に顔を仰け反らせるとNDC COOが視野の端ギリギリの頭の傍に立っていた。
「ムハンマド・アール=サウード王子に幾らで雇われたの?」
ザームエル・バルヒェットはどうして依頼主を知ってるのだと困惑した。
「もう一度聞くわ。ムハンマド・アール=サウード王子に幾らで雇われたの?」
ザームエル・バルヒェットは罵りも浴びせず寡黙でいると黒い戦闘服を着た男が傍に来てハンドルを回転させベンチプレスの台が頭を上げ出した。だが台の下に回した腕が床に引っ張られ両肩が痛み出した。
ただの尋問でなく拷問だとザームエル・バルヒェットは気づいた。
"Es ist ein Vertraulichkeitsvertrag.Leck mich am Arsch!"
(:守秘義務契約だ。糞女)
ドイツ語で罵ったザームエル・バルヒェットはまさか相手がドイツ語で返すとは思いもしなかった。
"Du hörst mir einfach nicht zu!? Du Arschloch!"
(:聞いてる? 糞野郎!)
「ザームエル、あなたが英語を理解できる事は知ってる。第3王子とマルジャエ・モハンマド・ハーンに何を唆された?」
"Ricarda! Wach auf! Ricarda!!!"
(:リカルダ! 目を覚ませ! リカルダ!!!)
兄の呼びかけにベンチプレスの妹が意識を取り戻した。
"Bruder, wurden wir erwischt?"
(:兄さん、私たち捕まったの?)
"Lasst die Amerikaner einander töten!"
(:アメリカ人に殺し合わさせろ!)
"Amerikaner, tötet euch gegenseitig."
(:アメリカ人よ、互いに殺し合いなさい)
リカルダ・バルヒェットの言った内容を理解したマリア・ガーランドは青ざめて傍にいるセキュリティがハンドガンをホルスターから抜く前に手刀を喉に打ち込みFiveーseveNを奪った。そうしてP90を構え上げた他のセキュリティの太腿を次々に撃って床に倒しまだ自動小銃を使おうとする男らの肩を撃ち銃を手放させた。
マリア・ガーランドはヴェロニカ・ダーシーを見ると唖然として誰かを傷つける様には見えず男の襲撃者の方へ顔を向けるとベンチプレスが空になっていた。
テレポートされた!
女の襲撃者が消える前にとマリア・ガーランドが銃を向けようとした刹那彼女のハンドガンが消えてしまいリカルダ・バルヒェットと傍らに兄が現れると2人同時に忽然と消えてしまった。
マリーはパンプスに何かが当たり視線を下ろすとスライドの外れたFiveーseveNが落ちていた。百歩譲って襲撃者がテレポートできるとしても、銃をストリッピングさせる事は無理だと思った。それにテレポートだけでなくリカルダ・バルヒェットの方が人に強制力を持つ力があると困惑した。
パトリシア並みの強制力を有している。ならテレパスの能力があるのかもしれない。
だがマリア・ガーランドは自分とヴェロニカ・ダーシーには効果がなかったと不思議な気がしながら柱に付けられているキーテレフォンへ行きまず救護のためにドクを呼び、他のセキュリティを呼んだ。
意識があり倒れているセキュリティはもう銃を向けようとはしなかった。あの女の強制力は傍にいなければ発動しないようだった。
「マリアさん──あの2人空中に消えて────」
「ええ、そうね。テレポーテーションという特殊能力だと思うの。あと男らを操ったのは憑依能力でしょう」
「マリアさんもできるの? 私を蘇生させたほどだから」
マリア・ガーランドが頭振るとトレーニングルームのドアを開きスージー・モネットが救急道具を手に入ってきた。
社長室であのマリア・ガーランドが何かの機器を使い2人とも気を失った。
至る所に仕込まれたデヴァイスに振り回されていた。
至近距離ならそれらデヴァイスも役に立たないと考えたのは安易だった。
銃弾を意のままに止め、落雷を言葉のように打ち込む。
こんな厄介な標的はこれまでいなかった。せいぜい数十人の護衛に守られ厚い壁の個室に立てこもる関の山だった。
"Was wirst du tun, Bruder?"
(:どうするの兄さん)
"Wenn Sie keine Kugeln verwenden können, verwenden Sie ein Messer."
(:銃弾でだめなら刃物を使うさ)
"Deine Befehle haben funktioniert, also werde ich ihm die Freiheit nehmen, bevor ich ihn töte."
(:お前の命令は効いたから、仕留める前に自由を奪う)
そう告げザームエル・バルヒェットはコンバットバッグからサバイバルナイフを引き抜いた。
"Du benutzt eine Pistole."
(:お前はハンドガンを使え)
兄に言われリカルダ・バルヒェットはスミス&ウェッソンM&Pをバッグから取り出し予備の弾倉をパンツのポケットに差し入れた。
"Schau, Ricarda.Wir fliegen mehrmals, weil wir nicht wissen, wo der Präsident dieser Frau ist.Wenn Sie es sehen, nehmen Sie der Präsidentin mit Gedankenkontrolle die Freiheit weg."
(:いいかリカルダ。あの女社長がどこにいるかわからないので数回飛ぶ。目にしたらマインドコントロールであの女社長の自由を奪え)
"Alles klar, los geht's."
(:了解、行きましょう)
リカルダ・バルヒェットが兄の腕をつかんだ直後ザームエルは宣言した。
"Verzögerte Aktivierung!"
(:延発動!(フェツガーター・アクティヴィヨロン))
5人のセキュリティが担架で運ばれて行くのを見ていたマリア・ガーランドはドクにお灸をすえられた。だが他にどうしようもなかった。操り人形になったセキュリティをそのままにすれば、ヴェロニカや自分が撃たれたかもしれない。
それでも敵の手段がわかった。
男の方がテレポーテーションを操り、女がマインドコントロールをこなすなんて殺し屋としては抜きん出た能力だった。
神出鬼没で、ターゲットのガードをすら殺人鬼に変えてしまう。しかしなぜ自分とヴェロニカだけは操られなかったのだろう。根本的にセキュリティと違うのは何か。男と女。操られるのは男だけ。いいや、受付の女子はどうなのだIDを素直に渡しているじゃないか。
「でも殺し屋だなんて。私、全力でお守りします」
「よしてよ──子供じゃないんだから」
そう告げマリーがトレーニングルームを出るとヴェロニカもついてきた。
「でもマリアさん、全然怖じないんですね」
「え? そんな事ないわよ。怖いと震え上がらないだけ。怯えは生き残る手段を手放して、大切な人を見捨てる事になるし」
「やっぱり────」
マリーが否定しようと言いかけるヴェロニカへ振り向いた寸秒、視野の隅にあの女暗殺者の顔が見え女が大声で命じた。
「動くなマリア・ガーランド!」
咄嗟に意識下に浮かんだ警報は止まれば撃たれるか、刺されると両脚を交差させ身体を捻った背後にナイフを振りかぶった男の暗殺者が見えて振り下ろされた腕を左手で外へ弾いてマリア・ガーランドは踏み込み右手の拳を相手の顎に打ち込み相手がよろめくと右腕を捻りあげ廊下の壁まで相手を振り回しぶつけナイフを落とすと男の背後へナイフを蹴り飛ばした。
そのマリーへ銃弾を浴びせ女暗殺者が回り込んで男に近づいた。
幾つもの青い波紋が浮かんでぶつかった銃弾を床に落とすと女暗殺者が男の腕をつかんだ。
"Leg es zurück, Bruder!!!"
(:戻して兄さん!!!)
須臾、マリア・ガーランドの目前でバルヒェット兄妹が消えてしまいマリーは顔を強ばらせた。
戻して? 元の場所に戻すことか。テレポーテーションにこだわるマリーは場所にこだわったが、それが時間を戻す意味だとはまだ気づかなかった。
それよりも流れ弾を受けたヴェロニカ・ダーシーが撃たれた腕を押さえ壁に寄りかかったのを眼にし、マリア・ガーランドは青ざめた。