Part 5-2 Victim 犠牲者(ぎせいしゃ)
Armored Reconnaissance Unit 1st Company 6th Squadron 1st Cavalry Regiment 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground Fort Bliss, TX. 20:09 Jul 13/
Humming-bird 2 over Williamsport, Pennsylvania, NY 22:13
7月13日20:09 テキサス州フォート・ブリス アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊第1中隊機甲偵察部隊の演習地/
22:13ペンシルヴァニア州ウィリアムズ・ポート上空ハミングバード2
攻撃を受けたとの通信のあった偵察部隊のいる荒れ地に急行する7小隊の部隊があった。
12台のM1A2C/SEPV3エイブラムスと6台のM1036HMMWV──TOW対戦車ミサイル搭載ハンヴィーを率いる2輌目のエイブラムス車長アンドリー・ヘイゼル少佐は無線指示の後に操縦士のエイミー・キングスリー1等軍曹に声をかけた。
「──すでに第1中隊機甲偵察部隊のいたエリアだ。各車半速単縦陣のまま索敵」
「1等軍曹、半速前進」
「了解です。少佐ぁ、戦闘ですかぁ!?」
大声がヘッドホンからでなく戦闘ヘルメット越しに聞こえ、1等軍曹はまた被ってなかったのだと気楽な奴だと少佐は一瞬苦笑いした。
「接敵したら走行射撃もあり得る。ヘルメット被っておけ1等軍曹」
「アイサー!」
ガスタービンは半速でもうるさく車内での会話はインカムを使い行う方が明確だった。だがエイブラムスの操縦席は狭くヘッドクリアランスもあまりなくエイミー・キングスリー曹長は時折ヘルメットをせずに操縦していた。
車長用独立熱線映像装置の画像で障害物の少ない荒れ地を監視しているアンドリー・ヘイゼル少佐は倍率を下げた照準装置で索敵する砲手のトレーシー・ライトフット曹長に問いかけた。
「トレーシー、何か見あたらないか」
「猫の子1匹いやしません。偵察車輌6輌もいたんでしょう少佐。固まってたはずもないのに次々に撃破られたって事は敵も相応の部隊のはずです」
「何が言いたい曹長」
「エイブラムス1中隊では同じ徹を踏むんじゃないかと」
「喜べ曹長、ハンヴィーが6輌もいる」
少佐に言われトレーシー・ライトフットは絶句した。
「いいかトレーシー、ここは米国だ。敵戦車はいない。敵はいいとこ簡易対戦車ミサイルしか持ち合わせていない。上空には航空支援のヘリ部隊もいる。我々がやることは敵を見つけ砲弾を撃ち込む事だ」
「少佐! 10時方向!」
一瞬で車内が緊張で溢れ返った。車長用独立熱線映像装置の画角から外れていたので少佐は砲塔を向けた。だが何も見つからずにアンドリー・ヘイゼルは曹長に問いただした。
「トレーシー! 何を見た!?」
「わかりません、少佐!」
トレーシー・ライトフットが大声で言い返した刹那爆轟が響き車輌が急停車しインカムで操縦士のエイミー・キングスリー曹長は大声で説明した。
「少佐、前のカマーフォード中尉のエイブラムス大破!」
砲塔を戻した先に左右に分かれ倒れ炎上するM1A2C/SEPV3が見えその先に散会するハンヴィーが見えた。その寸秒、少佐のエイブラムスが前後に激しく揺れネオン管の様に輝く湾曲したワイヤーの様なものが踊った。
原住民の新たな移動仕掛けが16(:18の12進法)近づくのを電磁波により遠方から捉えていた。
飛翔部隊を殲滅し上空優位を明確化すれば地上からの移動仕掛けは取るに足りなかった。原住民は金属とセラミックの構造体を強度にしており、原住民自体の脆弱性を補っていたが、その金属とセラミックはプラズマ・アルモラ(:プラズマの鞭)だけで容易に制圧できた。
中に搭乗する原住民は他の移動仕掛けに乗っていた原住民との違いを調べる為に拉致し標本とするため攻めの手が緩んだが、原住民は薬剤の燃焼圧力により金属の固まりを飛ばすものを武具としスコルピオスが被害を受けないとわかると攻めるのも容易だった。
原住民はスコルピオスと同様に電磁波による意志疎通手段を持っていたがレイジョの受信方位の三角測量から容易に発信源を特定でき瞬時にその位置情報を同期することで攻撃の効率化が図れた。
原住民の戦闘機能は彼らレイジョと相似しており、機動、情報共有、火力、戦闘維持、命令指揮、防護からなると想定でき、彼らスコルピオスと違いピラミッド状の指揮伝達機能を持つのは、これまで接敵してきた異なる多くの次元の原住民同様に指揮系統の分断が戦闘機能のマヒに繋がるとスコルピオスは知っていた。
言語が違い思考形態が異なれども戦術の本質は変わらず敵を捕らえ敵を知ることから戦術優位は訪れる。
彼らレイジョは3体で圧倒的な戦力──闇という『時』、障害物のないデザート『地』、圧倒的な『力』を有し降臨し僅か半時間足らずで当初の目的を果たそうとしていた。
車長用独立熱線映像装置の画像に光るワイヤーの残像が踊り120ミリ滑空砲が切れ落ち跳ね上がるのが見えた。
寸秒、砲塔が斜めに裂けその裂け目に沿って砲手のトレーシー・ライトフット曹長が胸から腰にかけ斜めに両断され血飛沫を撒き散らし車長のアンドリー・ヘイゼル少佐と装填手のヴィンセント・セイヤーズ1等兵はその洗礼を受け青ざめた。砲塔にできた真っ赤な裂け目に差し込まれた蟹の鋏みの様な黒いものが裂け目を広げると装填手のヴィンセント・セイヤーズ1等兵の肩をつかみ砲塔から引き抜いた。
呆然と見ていた少佐はM4A1アサルトライフルをつかみハッチを開き上半身を出すと破壊され炎上する前走車の焔で照らされた明かりから暗がりへ引き摺り持って行かれるヴィンセント・セイヤーズ1等兵の足が見えた。まだ生きて喚いてるヴィンセントに当たるかもしれず闇雲に発砲するわけにはゆかず、かといって暗闇に追って行くこともできず裂けた砲塔内に戻ると無線のスイッチを入れた。
襲ってきたのは人なんかではなかった。
「こちら第1中隊指揮官のアンドリー・ヘイゼルだ! 本部! 敵は人ではない! 繰り返す! 人にあらずオーヴァー!!!」
『こちらアミール・グッドリッチだ。少佐、人にあらずとはどういう事だ!? オーヴァー!』
「中佐どの! 怪物です! 戦車装甲を引き裂ける怪物です! 航空支援を要請!」
『すぐに出せるヘリ部隊はない! すでに2小隊との連絡が取れない! CASはない! 戦域から離脱せよオーヴァー』
後続はどうなっていると無線で問い合わせようとして座席に立って車長キューポラから顔を出し後方を確認すると同じ様に砲塔を裂かれたM1A2が4輌目まで闇に見え1輌は弾薬庫が爆発し爆轟と火焔を吹き上げた。
「エイミー、まだこの車輌は走れるか!?」
『大丈夫であります少佐! ガスタービンはピンピンしてます!』
「よし隊列から右に走らせろ速度と方位は任せる。至急できるだけ隊列から離れろ」
『アイサー!』
途端に荒ぶるガスタービンの咆哮が聞こえ車体が揺れると列から離れた車上から少佐は辺りを見て唖然となった。やられたエイブラムスは5輌ではなく12輌すべてだった。それ以外に6輌のハンヴィーも焔を上げていた。葬列の様だとアンドリー・ヘイゼルは思った。
アミール・グッドリッチ中佐はヘリ部隊も連絡が取れていないと言っていた。もしかしてアパッチも全機やられたのかと顔を強ばらせた。
彼は去年の暮れ近くに現れた怪物の映像をニュースやバラエティーで見たが、あれと同じ事がここテキサスで起きていると困惑した。海兵隊のミサイル攻撃にも堪え数百人の人命がニューヨークとジャージーで失われた。
NDCの総帥がテレビ番組で見せたこの世界と表裏一体の別世界からやってくる化け物。
眉唾だと信じて疑わなかったのが今夜ひっくり返された。
人が手にする武器の中では強固な主力戦車が紙細工の様に簡単に裂かれ────。燃えていないM1A2から兵士が引き摺り出される光景が見えた。その前後の車輌の火焔に照らされたのはまるで蠍の如き生き物。それが人を引き摺り闇に消えると、別な1匹がハンヴィーに襲いかかり兵士2人を引き摺り闇に消えた。
これはホラーなのかとアンドリー・ヘイゼル少佐は自分に問いかけ次々に引き摺り出される仲間が空想ではないと否定していた。
この暗闇に敵はどうやって索敵し襲って来たのだ!? 全車、暗視装備で走行し灯火はつけていなかった。まさか怪物がIRの様な視覚を持つとは思われなかった。暗闇でもエンジンの出す熱源は格好の目標になる。
「エイミー!」
『何ですか少佐!?』
「エイブラムスを止めてエンジンを切れ。車輌から出るぞ」
いきなりキャタピラを止め急制動をかけたので少佐はキューポラの開口部に強かに腕を打ちつけ呻いた。だが直ぐに砲塔から出るとM4A1を片手に砲塔後部のカーゴに行き車体後部から地上に降り立った。
突如爆発音が響きアンドリー・ヘイゼル少佐は顔を上げるとエイブラムスの1輌が猛烈な火焔を上げており誘爆した弾薬で砲塔後部の天板が吹き飛んだ。これだけの数の主力戦車を破壊するのは1匹の怪物では無理だと少佐は思った。
喚きながら操縦席から這い出てきたエイミー・キングスリー曹長に彼は怒鳴り静かにしろと命じた。まだ化け物には見つかっていないと思った矢先に曹長と自分以外の何ものかが立てた音に彼は振り向いた。
カーゴ・ルームの座席に腰掛けた戦場行くときですら頑なにゴシックロリータ姿に拘る自動人形M-8マレーナ・スコルディーアの前に立つ戦闘服姿のダイアナ・イラスコ・ロリンズはマースと戦術を煮詰めていた。
「アパッチとブラックホーク航空部隊は沈黙。地上部隊と本部の無線内容から壊滅したものと────あっ、待って下さいルナ。M1Aを主力とする地上部隊が交戦中。敵は人ではないと中隊長が報告」
「人ではない? ベルセキアみたいな?」
ルナは当惑した。ニューヨークの惨劇がテキサスで繰り返されるのを恐れた。
「詳細は不明。戦車装甲を引き裂ける怪物。航空支援を要請しましたが却下」
CASを避ける要因は色々ある。1番まずいパターンは損耗を避けるために地上部隊に被害が及ぶ事だった。だが準備や人員の都合で出せない時は出せない。
「地上部隊はCASを要請するほど被害を受けているの?」
「わからない──近くに軍事衛星があるので見てみます────あららぁ、燃えてる。被害はエイブラムス12、ハンヴィー6。あっ、1輌エイブラムスが単縦陣から抜けて走行してるけれど砲塔が裂けて砲身も半分になってる。ルナ、スターズ出すのまずくない?」
敵対できない兵力しかなくとも威力偵察は必要であり彼我の兵力差を正確に知らなければ次の手を打てない。
「マース、敵の画像はないの?」
「夜の衛星画像で? どんな最新型IRカムでも無理だと知ってる? 技術的な事であなたと言い合うのは止めるけれど、敵はたぶん低温。まだシルエットも見つけていないので大きさすらわからないわよ。エイブラムスを黙らせているのが犬ぐらいの大きさなら驚く?」
顔を上げマースがルナをじっと見つめた。
「一般的な犬? 驚かない。その絡繰は知りたいけれど。それよりもこちらが攻撃する場合の安全な距離は?」
「ずっと遠く。軌道の違う別な星なら」
からかうマースの鼻に片手伸ばしルナはつねろうとした。
「なっなにをするの!?」
「貴女を連れて行くのは冗談を言ってもらうためじゃないのよ。分析を!」
マースは右手を顔の前に上げ人さし指を立てた。
「敵は87パーセントの確率で既知の生命体ではない。機動力は対戦車ヘリ・アパッチを凌ぎ、火砲以外の攻撃手段を行使。戦術概念に遠距離攻撃はなく機動力を活かした近距離攻撃兵器を使用。防御力は不明なるも30ミリ機関砲を無力化」
それを腕組みして聞いていたルナは腕をほどきため息をついてこぼした。
「アン・プリストリを連れて来るんだったわ。得体の知れぬ相手にぶつけても生きて戻って来るから」
端の機内椅子に座って黙って聞いていたシルフィー・リッツアが喚いた。
「やっぱりあれは魔物なのか!? ルナ、貴君はあいつの正体を知ってるんだな!? なぜ皆して隠すんだ。認めれば堂々と成敗してやるのに!」
怪しいとは思っても証拠をつかませない狡猾さがあるからだとルナは思った。その点、このハイエルフはわかりやすい。考えていることをすぐに口にするし、裏表がない。魑魅魍魎のスターズの中では1、2を争うぐらいわかりやすい奴だわ、とルナは背を向けたまま苦笑いした。
「その蔑んだ笑みは自動人形への当てつけか!?」
ルナの表情にマースが食いついたので彼女はここにも面倒な一員がいると思って当てつけた。
「マース、安全な作戦立案」
「NYに引き返して大人しくしている」
ルナは小声で尋ねた。
「マース、貴女のユーモア度は何%?」
「100に決まってるじゃないか。おっと設定したのはマジンギ教授だから私に非はない」
腰に片手当て眼を細めて見下ろす作戦参謀に分解されそうだと自動人形M-8マレーナ・スコルディーアは次の言葉を呑み込んだ。