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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #5
21/164

Part 5-1 Trilling 巻き舌

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 09:30 Jun 30

6月30日09:30ニューヨーク州マンハッタン チェルシーNDC本社





 探偵の裏を行けと副長官──シリウス・ランディから命じられたパスカル・ギムソン──パーシャルはどうするのだと一晩考え込んだ。



 どうやったら探偵が雇い主(クライアント)の名を口にするか。



 とびっきりのネタをちらつかせる。



 マリア・ガーランドがひた隠しするような。



 そこまでは簡単に辿たどり着ける。例えばインサイダー取引で巨万の富を得ながらそれを隠している。彼女が世をあざむくためにNDCの社長(COO)に就任しながら人を欺くために月600ドルに届かない安アパートに暮らしている。そんな事はそこら辺の新聞記者にでも調べられる。



 なぜ彼女は贅沢しない。浪費を知らないからか。



 両親につつましやかに育てられたから。いいや、そんな事はない。怪物を倒すためみずからが最前線に出て対戦車ミサイルを乱れ撃つような女だ。莫大な金で────そうだ。これだ。戦場に行くための────いいや戦場を創るために金がいるのだ。



 あの社長(COO)を戦闘狂と指摘するものもいる。





 これなら探偵の雇い主(クライアント)が食いつくだろう。





 パーシャルは財布から探偵の名刺を抜き取り電話番号を確認してキーテレフォン(:ビジネスフォンの米での俗称)を操作して呼び出し音に耳を傾けた。どうせ大きなオフィスじゃないだろう。早く出ろよと思ってるとやっと繋がった。



『オウル・アイ総合調査事務所です』



「ああパーシャル──レストランでマリア・ガーランドの身辺調査を依頼された」



『おお、早速ネタを仕入れてきたな』



「ええ、電話で伝えられる事は限られるんですが」



勿体もったいぶるな』



 パーシャルは敷居越しで連なる他のデスクの聞き耳を気にして声のトーンを下げた。



「あんたが欲しがってるのは今までの報道で公開されている事じゃなかったよな。実はマリア・ガーランドはインサイダー取引で莫大な金を得ているのだが、安アパート暮らしで大衆の目をあざむいて何をしているか」



『それをつかんだのか!?』



 食いついた! とパスカル・ギムソンは胸が高鳴った。



「ええ勿論もちろん。ですけどね。事の重大さを考えるとおたくの依頼主(クライアント)に直接知らせた方が上手く理解できると思うんです」



『いや雇い主(クライアント)に合わせる事はできない』



「じゃあ、話せない」



 ここからだとパーシャルは思った。交渉の心理戦はCIAの養成場で叩き込まれていた。駆け引きは相手をらせてこそ大きなものをつかめる。えさをちらつかせ釣り上げる。



『そんなに上ネタなのか』



「保証する。側近から仕入れたんだ」



『15分待て、先方に問い合わせる』



「わかった」



 そう告げた矢先に受話器を乱暴に切られた。だがそのいらつきこそ相手が本気になった証拠だとパーシャルは思った。



 呼び出しが鳴りだすまで彼はめちぎる副長官の事を考えた。これによって国内の大企業の密偵みっていから東への侵入諜報業務にされるきっかけとなる。CIAに勤める事は国家のためだと殆どの職員は胸に抱いてる。いずれはロシアや中東の反アメリカ国家への潜入を夢みる。IQの高さを証明する困難を求める。



 折り返しのコールが鳴るまで15分かからなかった。



『パスカル・ギムソン?』



「ええ、そうです」



 すぐに外線に切り替わった。



『パーシャル、依頼主(クライアント)が今日会うそうだ。11時に丁度にエンパイアの屋上展望台に来れるか?』



「大丈夫、抜けだせる。11時にエンパイア屋上展望台」



 要件だけ告げると一方的に通話が切れ、彼は腕時計を見た。今、10時だった。これから出ると余裕でエンパイア・ステートに着ける。彼は自分の机から立ち上がり椅子の背もたれに掛けてあるスーツを手に、敷居越しに見える連なるデスクから顔をのぞかせているものがいないか見まわした。幸い気にとめて見ている職員はいなかった。



 スーツの袖に手を通し彼は総務部の部屋を後にして普段通りの歩調でエレベーターへ向かった。



 ホール前通路を曲がった刹那せつな歩いてきた若い女に声をかけられた。



「あ、パスカル・ギムソンさん」



 咄嗟とっさにパーシャルは相手の胸元に下げるIDを盗み見た。広報部のチェスター・ウィンターソンだった。



「何か?」



「用心深く。電話は盗聴されるし、尾行も付きます。NDCのセキュリティを甘く見ないで」



「何の事です」



 パーシャルはとぼけたが、つい先ほど探偵と交わした内容を思いだした。それじゃあこのチェスターはセキュリティなのかと彼はいぶかしんだ。



「そう──しらを切るのよ」



 そう告げられパーシャルはチェスターを振り切りエレベーター・ホールへ急いだ。エレベーターのボタンを押してドアが開く前に彼はチェスターの言った意味を今一度考えた。電話を盗聴されたとは言わなかった。パーシャルは振り向いて通路を確かめた。尾行はいない。エレベーター・ドアが開き後退あとずさるように乗り込みながらドアが閉じるとAIに命じた。



「1階へ」



 足元が軽くなり気も軽くなって1度チェスターの事を忘れかかった。それよりも探偵の依頼主(クライアント)みずからの正体をさらすのには、どう話しをもっていくかだった。



 相手の出方次第で対応するしかなかった。



 パスカル・ギムソンは1階エントランスを急ぎ足で抜けると外へ出て歩道まで行き客待ちをしてるイエローキャブへ振り向き右手を上げ左手の指を口に当て鳴らした。



 すぐに1台が走り寄せてきて止まった。



 彼はドアを開き乗り込むなりエンパイアへと運転手に告げた。車が走り始めてここにきてボイスレコーダーを忘れてきた事に気づいた。セリー(:携帯電話の米での俗称)でも録音出きるようにイエローキャブが向かう間、彼はアプリをダウンロードした。



 現場仕事はこれが初めてだったが、命が危険にさらされる事はないと初日に言われた。だから銃や刃物は所持していない。CIAの現場要員の事を勘違いしている一般市民が必ず銃や刃物を所持していると思っている。そんな事はないスパイと呼ばれるものらが銃撃戦などほとんどする事はない。それは映画や小説の中の事で、スパイの多くの仕事は敵陣の要職のものを籠絡ろうらくしこちらの陣営に寝返らせる事にある。



 だからパーシャルは荒事に関しては心配はしてなかった。むしろ今から会いに行く探偵の依頼主(クライアント)をそそのかし損ねて口を割らせる事が出来なければどうすべきかを考える必要があった。その場しのぎの対応は相手を警戒させて2度とチャンスがないかもしれない。





 エンパイアに到着したのは約束の15分前だった。











 マリア・ガーランドの身辺調査を依頼した探偵事務所から連絡が入ったのは翌日だった。NBCニューヨークのプロデューサー──クリフトン・スローンは探偵のいう重大な情報とやらを眉唾まゆつばだと及び腰だったが、マリア・ガーランドを叩くあの動画以外に別な秘密があればなお結構とその情報源に会うことにした。



 会合場所のエンパイア・ステート・ビル前に到着したのは約束の5分前だった。多少遅れても情報提供者は待つだろうと踏んだ。おそらくは金目当て。その金額に見合う情報なら多少の金を渡しても良かった。



 観光客用の屋上展望台に繋がるエレベーターに乗り込み屋上に行くと、十数人の観光客がいた。調査会社オウル・アイズのクライド・オーブリーが言うには、NDCの情報提供者は頼りない痩せたタイプだという話だった。



 屋上展望台は残りの舎等を取り囲む四辺形の張り出しだったが、歩き回るのは家族連れ、カップル、友人同士で単独でいるのが目安だクリフトンはエレベーターから出て見まわした。



 1人の場に似合わないスーツ姿の若者が南西の角にいてマンハッタンを見渡していた。クライドが言うとおりどこかたより無げな雰囲気があった。



「君かね。重大な情報を知らせたいというのは」



 クリフトンが声をかけるとその若者が振り向いた。



「あなたが探偵事務所に調査を依頼された方ですね。NDCのパスカル・ギムソン──パーシャルと呼んで下さい」



「私は──ジェイソン・サイムズ」



 クリフトンは便宜上の偽名を名乗った。



「サイムズ? あなたをTVで見たことがありますが、ジェイソン・サイムズでしたか? 本名を名乗られないのなら私はこのまま帰ります」



 時々様々な番組収録に立ち会いその姿を撮される事があっても、こうも簡単に思い起こさせるはずがないとクリフトンは思った。このパーシャル名乗った若者に探偵事務所のクライド・オーブリーがばらしていたのかも。



「ああ、パーシャル。君は私を知っていたか。NBCネットワークのプロデューサー──クリフトン・スローンだ。クリフでいい」



 情報提供者の若者が片唇を持ち上げてみせたずねた。



「マリア・ガーランドの裏の顔を知りたいそうですが、知ってどうするんです」



 問われクリフトンはすべて真実を伝えるのはまずいと判断した。



「シンデレラと云われる彼女の報道番組を収録するにおいて触れてまずいと判断されるものを排除している」



 これは嘘だと気づかれる! あばくのが本筋のマスメディアにおいて触れてまずいと判断されるものを排除など有り得なかった。まずいものに優劣をつけ番組を組むのが通例。



「触れてまずいから排除? 新聞記者、タブロイド紙と方向性が逆だな」



 おいおい信じるのか!? こいつ世間知らずか、感覚がおかしいのか? とクリフトン・スローンは驚いた。



「そうかも知れない。新聞屋と違いうちのネットワークが全米が相手だから訴訟を起こされると莫大な額になる」



 パーシャルが口をへの字に曲げた。事実だったが疑っているのか、信じかけてるのかわからないとプロデューサーは困惑した。



「いいだろう。マリア・ガーランドはインサイダー取引で莫大な金を手に入れながら安アパート暮らしで世間の目をあざむいているが、その金を何に回してるかご存じか?」



「インサイダー取引をしてるのか。法や条例に触れるじゃないか。その大金を裏ビジネスにでも使っているのか?」



「彼女が戦闘狂だと聞きおよんでいるか?」



「それは──確かにそれらしい話は耳にしてる」



「マリア・ガーランドは戦場で戦闘行為に耽溺たんできするために大金をつぎ込んでいるんだ。民間軍事企(PMC)業を設営したのも戦場ビジネスに口を差し挟むためだ」



 クリフトン・スローンは生唾を呑んで腑に落ちた。千のシリア兵相手に1人で斬り込む驚異。NDC社長(COO)は紛れもなく殺人的なのだ。戦闘狂──傭兵ようへい気質。



「加担した────戦闘のリストを入手できるか。その手の話すべてを避けなければならない」



 これも嘘ぽ過ぎる。突っ込まれたら逃げるにきゅうする。



「リスト────リストかぁ。そこまで用意してなかったな」



 追及しない!? プロデューサーはこの若者の価値基準がわからなくなった。



「用意できるのか? それを見たい」



「わかった。用意しよう」



 ぎょしやすいとクリフトン・スローンは思った。あとは金の話だ。この若者ならそう金を吊り上げないだろうとプロデューサーは踏んだ。



「情報料の話だが、どれくらいを希望する」



「え!? 情報料!?」



 パーシャルの声が裏返った。クリフトンはなぜなのだと身構えた。



「情報料をもらえるのか。そうだな1000かな」



「1000万ドル!? 高い高すぎる!」



 即座に値切り交渉を始めたプロデューサーはパーシャルの言った言葉に耳を疑った。



「1000バックでいい」



「1000ドル!? からかうな。君がもたらす情報には安すぎる」



「それじゃあ5000バックでいい」



 からかわれているのかとクリフトン・スローンは耳をうたがったが吊り上げられてはかなわないと手を打つことにした。



「わかったリストと引き換えに5千渡す」



 プロデューサーが言い切ると若者が手を突き出し握手を求めたので彼はさらに困惑したが握手を交わした。まるで普通のビジネスだとクリフトンは思い名刺を取り出し相手に渡した。



 プロデューサーは若者と別れエレベーターへと向かった。別れて彼はパーシャルのNDC社内での地位を聞かなかった事に気づいた。だが情報の内容から極めてマリア・ガーランドに近い事が想像できた。





 いずれにしてもあの社長(COO)に引きり込まれてほぞむものがこれで1人増えたと彼は観光客に紛れ乗り込んだ。











 プロデューサーと別れパーシャルは胸をなで下ろした。



 相手の本名と社会的立場も掌握した。これなら副長官も納得するだろうと彼は思った。



 だが1つ引っかかった。





 リストをどうする!? 民間軍事企(PMC)業の業務に関係している誰かに持ちかけないと────誰を巻き込むんだ。考え込んで話を持ちかけやすい相手を数人思い浮かべた。



 確か情報部門の特殊職員に数人十代の子らがいたし、セキュリティには時々メイド服を着込んでいる変な奴もいる。子供らは特殊な職員でも詳しい事を知りそうになかった。じゃああのアン・プリストリとかいう女にしよう。



 そう考えてどこに行けば会えるのかと思案してスカイ・レストランで給仕きゅうじをしているのを見かけたと思いだした。噂ではメイド服のスカートの中に銃器を隠し持ってると云われている、どこかマリア・ガーランド寄りの戦闘狂のメイドだ。



 その事を考えエレベーターで地上に下りてイエローキャブで帰りがけ昼を本社ビルのレストランで取ろうと決めた。











「で、ご注文は?」



 アン・プリストリに手を上げ給仕きゅうじを頼もうとした矢先に割り込んできた年増としま給仕きゅうじが乱暴にメニューをおいてぶっきらぼうにオーダーを聞こうとする。



 いかつい顔の目つきのきつい給仕きゅうじだとパーシャルは両肩すくめてステーキと幾つかを頼んだ。5000ドル入るなら贅沢できる。



「ステーキ、ポトテ、ツナサラダ、クロワッサン──以上だな」



 確認し終わったその年増としま給仕きゅうじがいきなり叫びそうになり口を閉じてうめきカーペット敷きの床に両膝を落とし苦しそうにもがいた。



 その後ろにアン・プリストリが腰に両手あて年増としま給仕きゅうじをなじった。



「レギーナ、やいてめぇ! 半年経ってもォ給仕きゅうじ1つ満足にィできねェのかァ。お客様ァすみません。厨房に引っ張って行ってェ殴りつけますからァ、粗相はお許し下さいィ」



 パーシャルは眼を丸くした。アン・プリストリはしゃべり方がすごい巻き舌で、前半あれだけ年増としま給仕きゅうじに暴力的にののしり、後半巻き舌で謝罪した。



「いや許してやって下さい。それよりもアンだね。君に話があるんだ。仕事を抜けて同じ席に来て欲しい」





「お前ェ! 俺様にィ、熱い告白する気かァ!?」





 テーブルにバンと両手ついてアン・プリストリがよだれ垂らしわめいた。












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