Part 4-5 Wir 先手
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 14:25 Jul 12
7月12日14:25ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
エントランス前の来車用スロープを登りイエローキャブが停車すると左右の後席ドアからバルヒェット姉妹が降り立って2人はトランクに回り込むと開いて黒の大型コンバットバッグを取りだした。
兄妹暗殺者はエントランスのブロンズ硝子の回転ドアを潜るとそのまままっすぐに受付へと向かった。通常なら午前中の事で面が割れていると避けるだろうが、リカルダ・バルヒェットが記憶を改ざんできるのでその心配もなかった。
真っ先にカウンターの前に行ったリカルダ・バルヒェットが顔を眼にした途端に絶句した1人の受付嬢に声をかけた。
「お客様!?」
やはり顔を覚えていた。
「他の5人も呼んで」
その申し出に受付嬢が集まるとリカルダは説明した。
「今朝の私達の事と今の事は忘れなさい。代表で2人IDカードを渡して」
受付嬢らは一瞬胡乱となると2人が制服の胸からIDカードを取り外しリカルダに手渡した。
「人気のないフロアは?」
「98階の備品フロアです」
"Danke."
(:ありがとう)
ドイツ語で礼を言われ固い笑顔を返した受付嬢に踵返しリカルダ・バルヒェットは兄の方へ顔を向けるとザームエル・バルヒェットが頷いた。
"Es ist so einfach.Ist es nicht eine Gegenmaßnahme gegen Angriffe am Morgen?"
(:こうも簡単にゆくとはな。午前中の事に対策を講じていると思ってたが──)
"Es ist mir egal, Bruder.Lassen Sie uns die Arbeit erleichtern."
(:いいんじゃない兄様。仕事は楽な方がいいわ)
会話を交わしながら兄妹は職員用エレベーターに行くとそう待たずにドアが開いた。今朝1度利用したエレベーターだった。
"98F"
(:98階)
ポンと電子音がなりドア袖のデジタル表示が98に変わり足元が重くなった。
"Mach dich bereit."
(:用意を)
ザームエル・バルヒェットは妹に告げると彼とリカルダ・バルヒェットはコンバットバッグを床に下ろしがジッパーを開き中のライアットショットガンH&K FABARM FP6を引き抜き互いに負い革で胸に下げサブマシンガンSIG Sauer MPXを取り出しショルダーストックを引き伸ばし弾倉を差し込んだ。そうして予備の弾倉をバッグから取り出し服のポケットに差し入れショットシェルを十数個パンツのポケットに押し込んだ。
防弾ベストや過剰な弾薬は必要ない。窮地になれば2人の力で切り抜ける事ができると経験からわかっていた。
電子音が鳴り扉が開くとエレベーターの扉が開いた。エレベーターホールは午前中に降り立った社長室のあるフロアと同じだった。そのエレベーター前の小部屋の隅に2人はコンバットバッグを下げて行くと壁際に並べ置いてエレベーターに戻った。
"169F"
(:169階)
ザームエル・バルヒェットがAIに命じると扉が閉じてエレベーターが上がり始めた。
"Bruder, ich gehe wie immer zuerst.Ich brauche dich hinter mir."
(:兄様、いつもの様に私が先に行くわ。後ろをお願い)
マリア・ガーランドと並び歩くエリザベス・スローンは経営会議の議題説明し終わった。
「──ですからマリア概ね今日の議題には賛同して下さい」
「わかったわ。他の役員に────」
エレベーターに向かっていたマリーはいきなり立ち止まるとリズの腕をつかみ背後に回した。開きかけたエレベーター・ドアの隙間から見えたサブマシンガンに社長は顔を強ばらせた。
「背後を離れるな、リズ」
そう命じてマリーは魔法防壁を拡張した寸秒、エレベーターの中に立つものらが猛然と火線を開いた。
その数十発の銃弾すべてがライトブルーのシルフィードの加護に隔てられ空中に停止すると襲撃の若い2人が驚愕の面もちになった。その顔を今朝の襲撃の録画を見ていたマリーは同じ男女だと気づいた。
2人がエレベーターから出てきた直後エレベーター・ホールの際の通路左右から鉄格子が出てきて塞ぐとエレベーター・ドアも閉じて退路を絶った。
「リズ、社長室まで退くわよ」
「はい、マリアさん!」
1度全弾を止められてなお、鉄格子の間から襲撃者らはさらに撃ち続けた。
社長室に経理部長のエリザベス・スローンを押し込みマリーも駆け込んで通路から姿消して初めて襲撃者らは撃つのを止めた。
マリア・ガーランドは執務デスクへ行くとボタンフォンの通話アイコンをタップして手早く告げた。
「169階ですBエレベーター・ホールに襲撃者。セキュリティを!」
保安部に連絡を入れマリーは出入口へ戻った。
「危ないですよマリアさん!」
警告する経理部長にマリーは唇に人さし指を当て静かにとジェスチャーし通路の様子を探った。人の気配が消えていた。朝の襲撃と同じだった閉じられた場所からあの暗殺者らは忽然と消えてしまった。
そのエレベーター・ホールとは逆の通路から4人のセキュリティが走ってきてマリーと顔を合わせ尋ねた。
「どこですか襲撃者は!?」
問われマリーは出入口から顔を出して確かめるとエレベーター・ホールはもぬけの空だった。
テレポーテーション!? また飛んだ!?
「ビル全カ所を捜索して」
マリーに言われ保安部のリーダーは無線で待機要員に捜索を命じるとマリーに再び問うた。
「今朝の連中でしたか?」
「ええ、あの男女だった。テレポーテーションの能力を持ってるかもしれないわ」
そう伝えながらフロア・ガードの鉄格子が壁に戻されるのをマリーは見ていた。エレベーター・ホールには誰もいない。エレベーターは強制停止されており逃げ込む場所はなかった。
「テレポーテーションですか──」
保安部のリーダーは苦笑いを浮かべマリーは憮然とした。
「──だとしたら、ビル外に逃げ出した可能性も」
マリーは暗殺者らがなぜこうも簡単に引き下がるのかと不思議な気がしたが保安部のリーダーの言い分にも一理あると思った。
「社長、発見したら可能なかぎり生かして確保しますが攻撃的なら射殺もやむを得ないです」
「できる限り」
そう釘を刺したもののマリーは襲撃者らが素直に投降するとは思えなかった。2度来たのなら成し遂げるまで執着するだろう。撃ち合いになればセキュリティは相手を倒しにかかる。腹の探り合いなどしてる余裕などない。
マリーは気落ちして社長室にいる経理部長のリズにもう大丈夫だと声をかけた。
「マリアさん、本当に襲撃者が来るんですね。私、部長になってまだ1年足らずですが、噂でしか──殺し屋さん逃げ出したなら今朝のと合わせて2度失敗ですね」
「そうなの。失敗だからこうして話せているのよ。前任のフローラの頃から襲撃は時々あるの。敵対する企業も多いから。でも狙われるのは社長である私と副社長のロリンズだけだから」
マリーが両肩をすくめて見せるとリズは両袖の執務デスクから離れた。それを見ていてマリーはふと疑念を抱いた。暗殺者らはテレポーテーションで逃げられるなら、どうして同じ能力で乗り込んで来ないのだろうか。いきなり乗り込んできたらかなり有利に────!? リズが顔を強ばらせ立ち止まっていた。
マリア・ガーランドは振り向く前に自分と経理部長を取り囲む周囲に魔法防壁の薄いブルーの壁を拡張した。半身振り向いたマリーは出入口の前に立つ2人の暗殺者らを眼にして驚いた。その男女の殺し屋は既に照準しておりマリーが振り返り切らず咄嗟に執務デスクを滑って乗り越え椅子を蹴り飛ばした。寸秒、爆轟が社長室に響き渡ってマリーの立っていた直前のスクリーンに数十発の銃弾が食い込んで空中に静止した。
マリーは1番下の引き出しを開きFN P90を引き抜きセレクタをフルオートに切り替え男の方へ照準するなり引き金をフルに引ききった。軽いハイレートのサイクルでマズルフラッシュが広がり、一方的防壁の魔法防壁をすり抜けて男の腕を数発が撃ち抜きその若い殺し屋はサブマシンガンを落とし躰を振り回した。女の殺し屋はサブマシンガンでは効果がないとみるなり負い革で胸の前に下げたショットガンに得物を握り替え振り上げるなりマリーへ発砲した。刹那魔法防壁に止められた親指の1関節ほどの銃弾を見てマリーは驚いた。
スラッグのブリネッキ弾だった。
飛距離や命中率では9ミリの拳銃弾には劣るが、エネルギー量は遥かに高く命中した時の殺傷力が高かった。
威嚇や警告でなく完全に命を取りに来ていた。
男の右腕を封じてマリーは即座に女の右肩を狙いトリガーを絞りきった。若い女が着弾の衝撃で上半身を振り回してFABARM FP6を手放した一閃、2人は忽然と姿を消した。
マリーはPDWを肩付けしたままリズが無事か視線を振ると経理部長は床に座り込んでいた。
「怪我は、リズ!?」
「だ、大丈夫です。社長、殺し屋消えましたよね! 眼に見えなくなったですよね」
眼に見えない!? そうだテレポーテーションではなく不可視の能力かもしれないとマリーは困惑した。見られなければ警戒が解除されて自由に動き回れば良い。
マリーは意識して床の面圧を感じようと意識を集中した。ドアは開かなかった。リズの言うとおりならまだ部屋にいるはずだった。
床すべてをランダムな数値が占有している。過重の高い所は黒檀の執務デスク、それとより軽いマリー自身とリズの床に与える加圧も見つけた。あの暗殺者らは見えないわけではなかった。ならドアを開かずに社長室から出たのだ。廊下にいるかと高次空間を通して見まわした。
誰も廊下にはいない。
くそう、やっぱりテレポーテーションじゃないのかとマリーは唇を噛んだ。現れる時も突如姿を見せた。駆け込んで来たのではなかった。
「社長、これどうします?」
リズに言われマリーは我に返った。カーペットに数十個の銃弾と殺し屋らのいた場所に幾つもの薬莢が落ちていた。自分の撃った小さなライフル弾の薬莢もデスクトップに転がっていた。
敵が空間を飛び越えて来るのをどうやって防げば良いのか思いつかない。2度あるなら3度目もありうる。際どく魔法防壁を張る余裕があれば危険もなかったが、関係のないものも巻き込む可能性があった。
人を巻き込んではいけない。
一瞬のチャンス。開くエレベーターの扉先の廊下に向かって歩いて来るマリア・ガーランドがいた。眼にする前に既に銃口は振り上げていた。2秒余りでリカルダと2人で50発以上を標的に浴びせエレベーターから歩き出た。
中間の空間に青い波紋が弾の数だけ生まれては消え、その先にいるマリア・ガーランドが見えなくなった。
いきなりエレベーター・ホールに繋がる廊下にまた横から幾本もの鉄格子が現れ行く手を塞ぎ背後のエレベーターの扉も閉じた。青い波紋の重なりが薄くなる間際に廊下の中間にある出入口の中へマリア・ガーランドが逃げ込むのが見えた。
"großer Bruder. Maria Garland rannte, obwohl sie so oft erschossen wurde."
(:兄様、あれだけ浴びせたのにマリア・ガーランドは走っていましたわ)
"Eine weise Frau würde bald das Sicherheitspersonal anrufen.Ziehen wir uns einmal zurück,Ricarda."
(:手際よくやる女なら直ぐに保安要員を呼ぶ。1度退くぞリカルダ」
妹が頷き兄の腕をつかむとザームエル・バルヒェットが言い捨てた。
"Neustart!"
(:再起動!)
一瞬で98階の備品フロアのコンバットバッグの前に2人は戻った。場所を移動したのは時間軸の差だった。ザームエル・バルヒェットの時間移動術は長く遡ればそれだけ距離を多く移動する可能性があった。
"Was ist der Trick auf dem Flur.Es sah so aus, als würde der blaue Bildschirm die Munition fangen."
(:なんだあの廊下の仕組み。まるで銃弾を青いスクリーンが受け止めていた様に見えた)
"Ist es eine Barriere?"
(:バリア──ですか?)
"Ich weiß nicht, was NDC erforscht und entwickelt.Wenn ja, wäre es nicht klein genug, um es herumzutragen.war im Flur strukturiert."
(:NDCは何を研究開発しているかわからん。よしんばそうだとしてもそれが携帯できるほど小型ではないという事。廊下に仕組まれていたんだ)
"Bruder, lass uns gehen.Ich sah den Raum, in den sie rannte."
(:兄様、行きましょう。あの女が逃げ込んだ部屋は見ましたもの)
ザームエル・バルヒェットはSIG Sauer MPXの弾倉を床に落とし捨てると新しい弾倉を装填しその腕に妹リカルダ・バルヒェットがつかまった。
"Verzögerte Aktivierung!"
(:延発動!)
瞬きする直前に床に置いたコンバットバッグを中心にエレベーター・ホールの壁と床が気持ち悪いほど歪んだ。それが1点を中心に反転すると見たこともない部屋にいた。
部屋はテニスコートほどもあり調度品はソファ2脚と硝子テーブル、その先に黒い両袖デスクがありそのデスクを挟み、先ほどあの女社長が背後に回した女と出入口に背を向けてマリア・ガーランドが話し込んでいた。
その標的が顔を振り向け横目で兄妹を視認した刹那、また一瞬で青いスクリーンに間を塞がれた。ザームエルは構わずデスクを滑り越えてゆく女社長を狙い猛然と撃ち始めると黒い両袖デスクを乗り越えたマリア・ガーランドがデスクトップに姿を見せるなり小降りのサブマシンガンで猛然と撃ち返してきた。
左肘を撃たれザームエルはサブマシンガンを落としてしまった。だが撃たれる事など意味がなかった時間を遡れば負傷は消えなくなる。痛みの感覚だけが朧気に残った。
放った9ミリパラベラムの銃弾すべてが中間の空中に身動き取れず止まっているのに、女社長がフルオートでサブマシンガンを撃ってその弾だけが素通りしていた。
リカルダ・バルヒェットは役に立たないSIGのサブマシンガンを投げ捨てショットガンFP6に武器交換し散弾銃を発砲し始めた。そのスラッグ弾が次々に空中に足止めになり兄は顔を強ばらせ妹の肘をつかみ言い放った。
"Neustart!"
(:再起動!)
一瞬で2人は98階のエレベーター・ホールに戻り兄は落としたはずのSIG製サブマシンガンを握っており銃創の消えた腕を動かし支障がない事を確かめた。
"Bruder, diese Präsidentin hatte eine Barriere im Raum."
(:兄様、あの女社長、あの部屋にもバリアを仕込んでたわ)
妹が憎々しげに呟いた。
"Es ist ein Ärgernis.Die Präsidentin hat möglicherweise andere Pläne.Aber wenn Sie näher kommen, hilft auch diese blaue Barriere nicht."
(:厄介だな。いたるところに仕込んでるのかも。だが間合いを詰められたらあの青いバリアも役に立たないだろう)
"Nun, dann frage ich mich, ob dies der Fall ist.Gleichzeitig mache ich es aus nächster Nähe links und rechts.Die Präsidentin kann mit einer Richtung umgehen, aber entweder vorne oder hinten oder links oder rechts wird dünn sein."
(:それじゃあ、こうしたらどうかしら。同時に左右の至近距離からやってしまうの。女社長は一方向には対応できるけれど前後や左右ならどっちかが手薄になるわ」
やってみるか。それならハンドガンの方が有利だろう。
"Lassen Sie uns eine Pistole benutzen"
(:武器を拳銃に)
そう告げザームエル・バルヒェットはコンバットバッグのジッパーを開きグロック19を取り出し弾倉を1度抜いて銃弾を確認し叩き戻した。