Part 1-2 ─Act Ⅰ─ Dive Attack ─第1幕─ 襲撃
Medium-sized multipurpose cargo ship Altied, and its Sky, 2700 nautical miles off the coast of Guinea, South Atlantic Ocean 21:40 July 3, 2019
2019年7月3日21:40 南大西洋ギニア沖2700海里の中型多目的貨物船オールティドと上空
漆黒に先も後も見分けられず、浮遊する多くの水滴がフェイスガードに当たる感触からただ己が突き進んでいるのだと信じて、大きく湾曲した有機液晶ディスプレイに表示されるあらゆる情報に視線を走らせていた。中央に映し出されるCCDのレンズカバーに付着する水滴がシリコンコーティングで激しく左右上下に乱れ流れ飛び毎秒120フィートを超える大気速度にゆっくりと両腕と両脚を開いて指を腕のウイングレットにあるグリッパーの上に揃え操る。
唯一、速さを実感できるのは切り裂くような風の唸りだった。
スクゥアーラァル・リミテッド・ライアビリティ社のオーラ・フォーの優れたピッチパフォーマンスと高いフレアにより両脇と両脚の間に張ったウイングが効率的に落下速度を距離に変えてゆく。
雲海を突き抜けた瞬間の開放感と同時に海面に歪む月の明かりと、ディスプレイに赤いマーキングで示された目標物の位置をマリア・ガーランドは認識した。
高度1万3千フィート、目標移動予測位置までの距離1万4千ヤード余りで大気速度を維持したままま一気に駆け下り視線コマンドでマルチカムを背後のものに切り替える。ディスプレイに10のコーションマークが乱立し幾つものベクトルを示し背後に部下らがしっかりと着いてくるのを確かめ画像を正面のマルチカムに戻した。
フライングスーツは序盤と最終アプローチが難しい。途中は乱流に気を使えば問題は起きない。それも700回を越える降下訓練で第1中隊の誰一人も怪我を負っていないのが心の支えになっていた。何のかんの言っても皆運動神経はいい。
何かの塊が見え一瞬で顔を背け躱そうとしてヘッドギアの側面が弾いた。渡り鳥かと後から下りてくる部下らを心配した。小型で高速移動するとはいえセンサーと処理ソフトに改良の必要があると両腕のグリッパーを操りウイングスーツを安定させた。
その間にも高度が半分に落ちて距離は5000ヤードを切っていた。
海面上の目標物が移動するその先へとピッチを上げ腕と脚を最大に開き急激に速度を落とし展開リップコードを引いて通常よりも小型のラムエア・パラシュートの開傘させ電動ファンネルを背の左右に展開させ素早くウイングスーツのリップコードを引き抜きウイングを切り落とした。
鋼鉄のバルバス・バウを見え隠れさせ暗きベルベットを引き裂き進む全長400フィート、全幅69フィートの中型多目的貨物船オールティドがノクトヴィジョンに見えてきた。貨物船は航行灯を道先案内人に月明かりの下をナイジェリアのラゴスへ向かい南大西洋ギニア沖2700海里を南東へ10ノットで航行していた。
胸の前に負い革で下げたFNーSCAR SCを意識するがシュートのハーネスの操作でまだ銃握をつかむ事ができず、山積みされたイソテナーの側面甲板にサーマルセンサーが拾った搭乗員がコーションマークとして立ち上がらないか注意を払いマリア・ガーランドは音を殺し着船するとパラシュートを引き寄せ後のものに甲板を少しでも着船エリアを広げ片腕で個人防御兵器のピストルグリップを握りしめ抑制器を甲板サイドのハンドレールに沿って振り上げた。
「左舷甲板確認!」
『右舷甲板確認!』
マリーが脅威の有無を素早く確認しヘッドギアのスロート・マイクへ告げると2秒遅れて山積みのイソテナーの反対側へ着船したBセルのリーダー、ケイス・バーンステインの声がイヤプラグから聞こえ後続に周知させると後続のものらへ2人は次々に状況を報せた。
『船首確認』
「船尾確認」
直後マリーはケイスから無線で警告された。
『チーフ、手練れの武器商人にしては警戒が手薄過ぎる』
FNーSCAR SCを傾けストックを肩着けしトリジコンRMRの視野に意識を使いつつ言われたマリア・ガーランドも同意した。
いくら夜間の海洋であってもラムエア・パラシュートが展開した時点で発見され撃ち合いになってもおかしくなかった。武器商人の輩は武器に精通している。扱いは傭兵並だと警戒すべきだった。織り込み済みの歓迎は願い下げだ。
「トラップに注意。Cセル──セスとジェス2人でブリッジを制圧せよ。残りは私と船内捜索」
Cセルのガンナー2人の返事を聞きながらマリア・ガーランドは標的の事を考えた。ドロシア・ヘヴィサイドという若い女ディーラーだった。まだ20代でありながら頭が切れてここ数年国際的に頭角を現してきた闇の商人で武器を大量に捌くだけでなく、買い手を得るために故意に国際紛争を煽っていた。稼ぐためなら戦争を仕組む手合いだ。その拘束を狙い襲撃をかけるのは2度目だった。
1度目はネストを爆破されその混乱に取り逃がしてしまった。
貨物船は背中合わせのクレーンが船体中央にある2層甲板構造船だったがポンツーンや上層ハッチを取り払い下層からコンテナを積み上げてある。元が多目的貨物船なのでコンテナ専用船の様にフルには積み上げられてはいないが、それでも上甲板からさらに2段積みになっていて右舷デッキから反対側の左舷デッキはまったく見えなかった。
そのイソテナー上部を探るため1人が超小型ドローンを上げ、その間にマリーは上甲板よりも高く積まれたイソテナー上部にも警戒しながらブリッジのある方へブリーズデッキを急いだ。
船舶は一般家屋と違い動体感知器、サーマルセンサ、聴音などが使えず侵行が遅くなりがちだが先陣を行くマリア・ガーランドにとっては意味がなかった。
鋼鉄の隔壁を通してでもその先が鮮明に見えていた。そのどの区画にも歩哨のいない事が危機感を煽り続ける。
無防備過ぎる────。
視覚的にクリアでも何かしらのセンサの類が仕込まれているかもしれないという不安から見えるという事が逆に負担になっていた。
罠の匂いがそこら中にしている。
ブリッジの白い外殻が暗闇に僅かに明るいシルエットとなりそれが30ヤードと近づきその下の居住区フロアに数人がいるのが見えた。8人の男らが思いおもいにくつろいでいるが、それぞれが傍にFN P90が置いている。そのPDWを眼にしてマリーは眉根しかめた。腐っても武器商人の傭兵らだった。武装にも金を惜しまず────グリップとマガジンが違う!? マグプルPDR!? 市販されなかったモデルを装備している。
「傭兵らのアームス、マグプルPDR」
マリーはヘッドギアのスロート・マイクを使い無線で各員に警告した直後、ウエポン・ディラーの子飼いの兵らのあまりにもの寛ぎ様に逆に不安が嵩上げされ理由を模索した。
1度は仕掛けたテルミットを爆発させ逃げ出したウエポン・ディラーだった。襲撃される事を織り込む女だわ。一室に子飼いの兵を集める危険を冒すはずがない。この貨物船を制圧する初期に兵力を押さえに出るであろう襲撃者の動線を想定するんだ。
居住区へ通じる外殻ハッチから通路を意識し鮮明なイメージを意識に浮かべる。薄暗い照明の中で壁はフラットだとの先入観に反し構造物のフレームがいたるところでボルトで固定され上部には様々な配管の類。その下には並んだライフジャケットやロープ、浮き輪、硝子扉のボックスには大きな斧が下げられている。その箱から視点が移ろうとした寸秒、マリーは箱底に違和感を感じて意識を振り戻した。
見過ごしそうな小さいブルーのダイオードがゆっくりと明滅していた。
緊急用の斧にそぐわない電子デバイス!
その縦長の箱の底部側面にクレイモア対人地雷が外殻方向へ向け縦に固定されていた。
「通路内壁、アックス・ボックスにトラップ──M18クレイモア────」
マリーは無線で知らせた瞬間、振り上げた視線が止まってしまった。
頭上の配管の上にある天井に規則正しく伸びる線が眼に入った。煉瓦壁の様に縦横にラインが同じパターンで通路の前後に伸びている。内装かとマリーは一瞬思った。左右の壁が鋼鉄に厚塗りの塗装されただけの仕上げなのに天井は二重張り────客船でもあるまいし二重天井にする意味がない! 首筋に氷が触れた様に鳥肌立った。
全面が爆薬の可能性が意識に過った。
上から床に下りている配管は幾本もあり、そのどれかに導爆線が走っていても不思議じゃない。私なら斧箱のトラップに手を出すとそれに反応する仕掛けが点火する様に仕込むとマリーは思った。
通路は使えない。
なら傭兵らだけでなく船員らはどこを通り甲板に出るの?
マリーはブリッジを見上げ側面にある張り出しの手すりに縄梯子が丸め上げられているのを眼にした。通路のトラップを解除せずに外壁から上がり下りしているのか。それとも居住区の階段にはトラップがないのかもしれなかった。
だが通路のあれだけの爆薬を起爆したらブリッジも吹き飛んでしまう。傭兵だけでなく船員らも切り捨てるそれが織り込み済みのはずがなかった。そう思うのが普通の思考。だがあの女ディラーはテルミットで何人もの手下を切り捨てたのだ。機関室に近いうるさい部屋に──それも沈没の際に逃げ遅れる下層の部屋にあのウエポンディラーが陣取っているわけがない。甲板から上の階層にも見当たらない。
この貨物船は囮だ!
「総員、緊急離脱!!!」
マリア・ガーランドがヘッドギアのスロート・マイクに叫んだ瞬間インドアアタックを目指していた10人は有無も言わさず甲板外周の手摺り目掛け駆け出し貨物船から離船している特殊潜行艇との間の波飛沫目指し飛び下りた。
最後にハンドレールに片手かけ飛び下りたマリア・ガーランドが後ろ手にした右手指を開ききり精霊シルフの仄かな青い耀きの加護壁が彼らと船の間に広がり覆い隠した寸秒、爆轟を響かせ眩いばかりの火焔が貨物船を呑み込んだ。
スクリーンごと海面に叩きつけられマリア・ガーランドは真っ暗な濁流の中に沈み反射的に浮力の向きを判断し海水を掻き分け蹴って波間に顔を出してヘッドギアのフェイスガード・スクリーン越しに惰性で先ゆく海面を火焔の明かりで照らす貨物船を見つめ無線で部下らが無事か問いかけた。
"Are we all safe?!"
(:全員無事か?)
次々にレシーバーから割与えたコードが聞こえだしマリーが10人を確認した直後、離れた貨物船が大音響の爆発を起こし前後に裂けると僅かな間に沈没してしまった。
マリーはすでに浮上して貨物船から距離をとりミニガンを向けている特殊潜行艇を呼び戻し波に5フィートも上下に揺られながら2度に渡りウエポンディラーへ襲撃情報が漏洩した理由を考え始め苛立った。
まだ主要な部署に独立した内通者がいる。
それはどこかの諜報機関から送り込まれているわけでなく、犯罪者ドロシア・ヘヴィサイドに送り込まれているはずだったが、ウエポンディラーに眼をつけ捕らえるべく動き始めたのは4ヵ月前だった。スパイはその前から潜んでいた事になる。ドロシア・ヘヴィサイドは先々を想定し織り込んだ事になる。
シリウス・ランディは運良くCIAからこちら側へ靡かせる事ができたが、ロシア諜報のスパイ──情報4課のゾーイ・ゼレナーの事もある。セキュリティが出撃するのみならず、その襲撃目標すら知り得る立場にいる何ものかが野放しになっている。
部下らを信頼しているからこそ、一々一人ひとりの意識を探る様な嫌らしい事は控えていた。
マリア・ガーランドは特殊潜行艇の甲板に部下らが次々に上がるのを見つめながら武器商人のスパイを炙り出す方法を考えなくてはと思い、セシリー・ワイルドがさし伸ばした手をつかみタラップを登ると引き上げるセスがぼそりと指摘した。
「部下を見捨てて逃げ出したにしては勘が鋭いじゃないか」
ドロシア・ヘヴィサイドの事だとマリーは思った。
「ウエポン・ディラーは初めからいなかったのよ」
息を呑んだセスの傍らにいるケイス・バーンステインが見抜いて問いかけてきた。
「チーフ、2度目だ。どこかから作戦がリークしてると?」
「そうは思いたくないけれど────」
マリア・ガーランドはニュアンスを誤魔化した。認めれば今、この甲板にいるものすら怪しんでいる事になる。セキュリティが信用できなけれな最悪だ。
外殻がスライドし下りてくると赤色灯が点灯した。
『チーフ、母船に戻りますか?』
甲板ルームにあるスピーカーで操縦するヴィクトリア・ウエンズディが尋ねてきた。
「帰還します」
いきなりセシリーがマリーに詰め寄った。
「その腹立たしい奴を吊し上げるんだよな!」
NDC──COOは氷河の色の瞳を睨み返し告げた。
「私────日和見主義のリベラルじゃないわよ。あなたがオフラーナになるの!?」
意味がわからないとセスは眼を游がせ一歩引き下がり傍らにいる元SAS少佐と顔を合わせるとマリーが説明した。
「ロシア皇帝の秘密警察よ」
それは仲間を信じろというマリーの警告だった。ゲシュタポの真似を始めればミスに繋がり身内の誰かが命を落とす事になる。
そう。それは自分の戒律でもあった。
だがネズミを許せば収穫すべてを荒らされる。
特殊潜行艇が海面を離れ翼面効果を生かし低空を飛翔し始めると揺れが収まりマリア・ガーランドは真っ先に操縦室へ向かった。
「ヴィッキー、2課と衛星無線通信」
そう告げるなりマリーは小型のバックパックを助手席の背後に放り出しセンターコンソールを跨ぎ助手席に座ろうとしてビクに怒鳴られた。
「海水で濡れたままで座るな。パーツが錆びる」
指摘され眉根しかめたマリーは身を乗り出しセンターコンソールのヘッドセットをつかみ取りムーヴマイクを唇に近づけAIに命じた。
「情報2課のエレナ・ケイツを」
12秒待たされ成層圏外のホット回線が成立すると直ぐに情報課の1人が受けてマイクを中途半端に押さえて大声で怒鳴るのが聞こえた。
『レノチカ! ボスよ! 有給取り下げるって!』
飛びつく様に情報2課の課長の声が聞こえた。
『どうしてですかチーフ!? 有給申請半月も前に出したんですよ────』
「誰も言ってないわよレノチカ。4課のゾーイ・ゼレナーを覚えているわよね」
『え!? ああ、もちろんです』
「駆除を行います』
僅かに間があり2課の責任者が小声で問い返した。
『フィルタリングの必須条件を』
「1つ、セキュリティの出撃日時と標的対象を知るもの。1つ、情報課若しくはセキュリティに配属されて4ヵ月以上。ああそれから────」
『はい?』
「生活の質が極端に変わったものも」
『趣味嗜好もですか? それならマレーナ・スコルディーア』
M-8!? リレー衛星越しに得意気な顔で人さし指を立てるレノチカの表情が見える様だとマリーは思わず顔をしかめた。マースはフィルタリングに真っ先に引っかかる。確かにロシア諜報機関の道具としての生活が一変しているはずだわ。だがあの自我を持つ自動人形が裏切っているようには思えなかった。それにワーレン・マジンギ教授がメンテナンスでAIを熟知している。裏切りを見落とすはずもない。
「────却下」
『えぇ!? チーフ、あの子らの肩を持ちすぎですよ。パティにアリッサ、ミュウにマース』
最後の名前に──あいつは女の子じゃないんですけど、とマリーは口に出しそうになり言葉を呑み込んだ。自動人形だと知っているのはマジンギ教授とマリーの2人だけだった。それだけあの子のAIが優れている事になる。それにミュウ・エンメ・サロームは今年20になる。アリスと同じに接したら怒られると寸秒マリーは思った。
それと同時にミュウなら巧妙に潜んでいるスパイを見つけだせる気がした────子供らと違い大人の見識を持つし、思考に入り込めるだけでなく遠視能力も併せ持つ人間版AWACS。
自分と同じマルチプル・アビリティの片鱗を持つ優秀な特殊情報処理要員なのだ。
その思い浮かべた顔がウエポンディラーの顔にすり替わった。
セキュリティの出撃を知るだけでなくあの子らの特殊能力もつかんでいる可能性がある。