Part 4-2 Dog fight 空戦
NDC NY HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 10:40 Jul 13/
Over the Gulf of Mexico south of Eglin-AFB(/Air Force Base) AFMC(/Air Force Materiel Command) USAF, Near Valparaiso in Okaloosa County, FL 10:27 Jul 11
7月13日10:40 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン チェルシー区NDC本社ビル/
7月11日10:27 フロリダ州オカルーサ郡ヴァルパライソ近郊アメリカ空軍空軍資材コマンド──エグリン空軍基地南方メキシコ湾上空
「不思議────あなたの傍に──いると────────喰らいたいのよ────」
そのヴェロニカの呟きにマリーは眼を丸くして彼女の肩に右手をかけるとヴェロニカが顔を上げた驚き顔で尋ねた。
「ど、どうしましたマリーさん?」
「ヴェロニカ、さっき何て言ったの?」
マリーが問うと彼女が困惑げな面もちになった。
「私が────何を?」
「食べたくなるとか」
マリーが具体的に言うとヴェロニカが笑いだしたので彼女の肩からマリーは手を放した。
「いやだマリーさん。まだお腹すいてないですよ。それとも早いランチにしますか」
屈託なく笑う国家安全保障省の職員を見つめマリーは聞き間違いじゃないと眉根を寄せた。
「まだ早いわね」
そうだわ。額面通りならわたしを食べたいと言ったのだ。わたしの傍にいるとわたしを食べたくなるとはどういう事かと考えマリーは何かが引っかかっていると困惑した。
「あのうマリアさん。毎日なにかしらの訓練をされてると──」
「ああ、その話。対テロ宣言なんてするもんじゃないわよ。プライベートな時間がなくなるから」
「FBIや市警に任せればいいのに。我々もいますし」
マリア・ガーランドは頭振って笑った。
「ねえヴェロニカ、あなたが治安の悪い街に住んでたら周囲を良くしようと思わない?」
「ええ、できる範囲でなら」
「わたしができる範囲は途方もなく厄介で普通の人が二の足を踏む事をやってるに過ぎないの。罪もない人がいわれもない理由で命堕とすのを防ぎたいだけよ」
しばらくヴェロニカ・ダーシーは黙り込んでそうしてポツリと呟いた。
「マリアさん、あなた心底の善人なのね」
マリーはゆっくりと頭振ってみせた。
「ヴェロニカ、あなたが知らないだけ。わたしの怖さを知らないだけ。テロリストと決めつけて────」
「──命を奪うのよ」
マリーはヴェロニカの手を取って彼女が立ち上がるのを待った。
「わたしの特殊部隊をお見せするわ」
そう言ってマリーはヴェロニカを社長室から連れ出すとエレベーターホールへ向かった。
「マリー、エレベーターで上がって来た襲撃者。殺し屋であなたが標的だったんじゃないですか」
「そうかもね。でも無駄だわ」
「無駄? 警護が優れているから?」
開いたエレベーターに乗り込みドアに振り向いたマリーへ並んだヴェロニカが尋ねた。
「スタッフ・フロアへ」
マリーがエレベーターに声をかけ扉が閉じると理由を話した。
「その暗殺者が手練れの強者でも、技術、度胸でも、経験や特殊技能でもわたしの敵じゃないわ。返り討ちにしてやるだけよ」
ヴェロニカは眼を游がせてマリーを盗み見て思った。この人は自分がナンバー1だと思っていない。どれだけ圧倒的な力を持っていても。
それを確かめている。
自分の立ち位置を心底知りたがっている。
僅かな間で扉が開くとそこはパステルグリーンの光溢れる部屋だった。そこの壁と思われる垂直面に立て筋が下りて開くとテニスコートが南面も入る巨大な部屋に繋がりマリーが説明した。
「ここは民間軍事企業の中枢、世界中の情勢からテロをあぶり出している国家安全保障省と同じ手法を駆使する場所」
「マリアさん、私に何を──」
「いらっしゃいヴェロニカ」
そう告げマリーが階段の踊場に立つと2百名以上いる職員すべてが動きを止めた。
"Commander ON deck !!!"
1人が声高く宣言すると皆は階上のマリア・ガーランドに一斉に姿勢正し敬礼した。それにヴェロニカ・ダーシーは圧倒された。
軽く答礼したマリーが階段を下り出すと階下の職員はすぐに元の作業に戻った。
「悪い慣習よ。そのうちに止めさせようと思ってるの」
階段を下りながらマリーは背後のヴェロニカにそう告げた。
階下に下りたヴェロニカにマリーは説明した。
「ここから我が民間軍事企業に作戦指示も出してるのよ。我々が無闇やたらにトリガーを引く集団ではないということ」
「マリアさん、ここの壁面のカム映像──」
振り向いたマリーが片唇を持ち上げてみせた。
「ハッキングできる範疇は国家安全保障省に引けを取らないわよ」
ヴェロニカが下唇を突き出したのを見てマリーは問い返した。
「何よ?」
「だって有頂天だから」
「指揮するものは誰もが自軍が輝いて見えるものよ。ヴェロニカ、ここのiウォーカー達は8つの部門に別れているの。それぞれが得意なハッキング先を持ち──例えば国防総省へも────」
マリーの説明を上の空にヴェロニカが見てるものへマリーも視線を向けるとそこにはブロンズガラスで壁一面が覆われた部屋があった。
「来なさい」
そう言ってマリーは若きNSA職員をその部屋へ連れて入ると中には折り畳みのパイプ椅子が置かれ5人の戦闘服姿の兵士が1つのテーブルに集まりポーカーに高じており気だるそうな視線をマリーらに向けた。
「ここはセキュリティのブリーフィングルーム。紹介するわ。ポーラ・ケース──第1セルのガンファイター、アニー・クロウ──第1セルのセカンド・スナイパー、ジャック・グリーショック──第2セルのスナイパー、ジェシカ・ミラー──第2セルのガンファイター、ブル・テンダー──第4セルの爆発物処理」
マリーから紹介されたそれぞれが頷いたり片手を上げてみせてヴェロニカに挨拶した。
「わたしの新しいボディガード兼秘書」
「チーフ、NSAじゃん。引き抜いたのかよ」
ジェスがぶっきらぼうに尋ねた。
「ええ、そういう事にしておくわ。交代制で最低5人が24/7──365日24時間何時でも即時出撃できるようにしているの」
「ヴェロニカ・ダーシーです。みなさんよろしくお願いします」
挨拶した彼女へ生返事を返し5人はカードゲームを再開した。
マリーがブリーフィングルームを出るとヴェロニカもついて出て彼女に尋ねた。
「マリアさん、どうして私を案内されるんですか」
「わたしの傍にいるなら、ここのものすべてに関わるからよ。でもそれは建前。ヴェロニカ、あなたが思い悩んでいるのは生きてる実感が足らないんじゃないかと。極限に曝されるなら大事な部分を取り戻せると思うの。そこで────」
マリーは話しながらブースの1つにヴェロニカを案内するとそのブースへ声をかけた。
「レノチカ」
ブースの一角からエレナ・ケイツが顔を上げるとマリーは紹介した。
「情報2課の課長エレナ・ケイツよ」
「はじめましてヴェロニカ・ダーシーと言います」
「はじめまして、レノチカと呼んで。チーフこの方は?」
「そうよ。情報2課に配属します」
マリーのその宣言にレノチカが破顔した。
「ああ、良かった。人手が足りなくて困っていたんです」
情報2課のGMとマリーのやり取りにヴェロニカが割って入った。
「あのマリアさん、私マーサにあなたについているようにと」
「心配いらないわ。わたしは頻繁にここに来るし、ヴェロニカ、あなたが望む時はいつでもわたしの居場所に来られる。もちろんわたしが現場に行くときはあなたを連れて行くわ」
「マリアさん、現場って?」
振り向いたマリア・ガーランドが腰に両手を当て言い切った。
「戦場よ」
「未確認、マック40で289より接近22秒で有視界エリアに到達」
マック40だと!? NDCの試験部隊か!? とコンスタント・タスカー中佐は1度は考えエグリン空軍基地上のリマ001から004ではないと否定した。NDCが空軍部隊を意地で破るつもりで4機のテスト機を急遽6機にした可能性があった。
「識別コードは」
「ロメオ201、ロメオ202です」
「ファイアフォックス、イエーガー2飛行隊を最大速度で西よりのR201、202へ」
中佐に命じられ第5卓の少尉がムーヴマイクでF-22──8機へ命じた。
返事が戻るなりモニタ上の2飛行隊が一斉に西へ転身し加速し始めた。だがL201と202に反応したのはアメリカ空軍部隊だけではなかった。メキシコ湾北部のエグリン空軍基地から向かってきていたR001から004が急激に方向を転じてF-22飛行隊との間に迫った。
原住民は空の移動仕掛け(:航空機)を持っていた。
地を這う連中の強制を確かめる仲間はいるので空の移動仕掛け(:航空機)を確かめるのには2つの仲間で十分だと共有した。実際原住民の移動仕掛けは遅かった。空中を駆る移動仕掛けの優位性は3Dの機動だけではない。地上のものに対して圧倒的な速度差がものをいう。速い移動仕掛けに対しては実際、強制器具(:対空武装)は命中し辛い。地上から放つ飛ぶ強制器具は十分に速ければ空の移動仕掛けを堕とす事も叶うが、圧倒的な速度差をつけられると正確さは意味を持たなくなる。
対応できなければ強制器具はその役割を見失う。
電磁波のうねりに見えてくる空中にいる原住民の移動仕掛けは合わせ49。その殆どは足元にも及ばない速さで空に浮いている。真に速いのは僅か4。
すべてを蹴散らし堕とすのは造作もない。
まずは移動仕掛けの親である影の大きなそれを目指し一気に空気を波動させ目指した。その目鼻先に迫る直前に8つの原住民の移動仕掛けが前途を塞いだ。
遅い!!!
あまりにも遅過ぎた。8分の1にも満たぬ速さでの高熱を吐き飛ぶそれらが楯になろうはずもなかった。それらが一斉に強制器具を発動させ狙ってきた。
人の胴ほどの金属の筒は内包する粉体を燃焼させ我々の5分の1まで増速させ迫る。それらは反応する素振りも見せずに通り過ぎ置き去りにした先で幾つもの爆轟を広げた。やはり近接を推し量って爆発する機構を持つ。
捕らえる事を出来ぬ強制器具が力を行使する事は叶わずその範囲を突き抜けた寸秒次なるより細い強制器具を打ちだしてきた。
追いつく事ならその速さで幾ばくか相殺できたものを対抗して向ければ相対的速度は跳ね上がり反応もままならぬ速度域にすべてが通り過ぎて後ろで爆轟を広げた。
さあ堕としてみせろ原住民。
次はどうする。
おまえ等の母機を堕とそうというのだ。
工夫しろ。死に物狂いで工夫しろ。
視界距離の端に小さく見えた背に円盤を背負うやや大きな移動仕掛けが迫りそれらワスプは折り畳んでいた腕を伸ばしプラズマの鞭を左右に吹き流した。
その4クルーラ(:約6.4km)の間合いに金色の風防をつけた原住民の6つの移動仕掛けが立ちはだかる様に侵入して10数発もの燃焼飛翔する金属の筒をその開いた腹から放出し強制してきた。
とるに足らぬ原住民にそれらワスプは外殻を捻り回転すると振り回したプラズマの鞭で一瞬に8つの燃焼飛翔筒を両断にし爆破するとさらに同じ型の金属の燃焼飛翔筒を浴びせてくる。ほぼ速度を落とさずに機動を変えると必死に原住民の強制器具が追いすがろうと弧を描いて曲がろうとする。
本体から離れ敵兵へ迫る強制器具は、どの様な原住民種族のものであってもその計量さから飛翔用の化学物質も、爆薬も量が限られる。まれに魔法を使い燃焼飛翔筒を速くしたり爆発を強化できる種族もいたが、今、この空で敵対するすべてはその様な特技を見せてはいなかった。
ぶんぶんと羽虫のごとく舞う原住民の移動仕掛けが対向して急激に機動し追いかけるのを空中に一旦は止まり間合いを詰めさせプラズマの鞭を振り回した。
超高温の鞭の前に葉を爪で引き裂く様に移動仕掛けは簡単に外殻を開き構造体を引き裂き部材をばら撒いた。僅かに胴をさらけ出しただけで空に止まる事もできぬ原住民の移動仕掛けは次々に堕とされてゆく。
さあ、背に大型の円盤を載せた原住民の移動仕掛けの番だと瞬く間に7つ堕としたそれが急激に進路を変えた刹那だった。
まるで空が襲いかかってきたとそれは認識した。
上空から交差してきたそれが一瞬で右腕のプラズマの鞭を切り落とした。
一気に降下し上昇に転じたそれを複眼で追いその青い姿をもう1つのそれと共有したそれはもう1つも同じ様に外殻の1部を切り落とされ飛翔に支障を来したのを知り、新手が飛翔筒を使わずにプラズマの鞭の様な強制器具を使っているのだと判断した。
設計思想が同じでその新手の移動仕掛けが速度域でも上回るなら2つのそれらは勝ち目がないと判断した。
まだ機動できる内に離脱すべきだとそれらは共有し一気にその場を離れた。
遅い移動仕掛けはもとより新手の青いものらは深追いはしなかった。
こちらが離脱を転じて一気に母機へ襲いかかる事を用心しているとそれらは共有した。無理を押す必要はなかった。次は新手が同等の機動を持つかどちらが劣るかを探ればいい。万が一こちらが劣っても、数の理論を持ち込めばいい。1対1で劣勢でも1対10ならどうだ。1対100ならどうだ。
原住民の移動仕掛けはその外殻から製造しなければならないだろう。先ほどの構成比で新手は10分の1しかいなかった。理由は何であれあの優れた移動仕掛けは数が少ないのだとそれらは共有した。
布陣していた戦闘機群のFー22とF-35がAWACSへと向かう未確認飛行体2機を敵と見なしたのはその速度だった。マック40へ届く速力で空中指揮警戒機へ一直線に目指しているからに他ならない。
だが極超音速ミサイルの警戒シークエンスを完全に確立してないアメリカ空軍のドクトリンは点を点で撃つ攻撃方法からロシアの十八番である物量による面制圧だった。
二重に三重に対空ミサイルを放つ事でショットガンの効果を期待する。
Fー22とFー35がまず放ったのは12発のAIMー120Cー6AMRAAMだった。敵マック40に対し投射機の速度マック1.5、AIMー120Cの速度を合わせマック45に近い速度では弾頭の近接信管の動作範囲1000分の4秒ですら遅過ぎた。
爆轟を置き去りにして突き進んでくる敵ロメオ201、ロメオ202にAWACSの護衛機はAIMー9XとAIMー120Cの残数すべてを撃ち放ち面での制圧を目論んだがそのすべてをすり抜けR201、202は大きな弧を描き一直線にAWACSを目指した。
ヴィクトリア・ウエンズディは精霊シルフィードに言われるまま機体を流し両膝中央のマルチディスプレイを見た。アメリカ空軍機と違う色とコードで表示された未確認機2機がAWACSから西3海里の空域でエコーの小さな戦闘機とエコーの大きな戦闘機群とで空戦を行っていた。だが空軍機のシンボルが次々に消えてゆきヴィッキーはアメリカ空軍機がその昆虫の様な機体に堕とされていると判断し、援護のためシルフィー2とで全速でその空域上空に達すると一気にダイヴした。
見えてきたもの────戦闘機サイズの巨大な昆虫だった。まるでスズメバチ。上空から音速の50倍で見えた機影は一瞬にも満たない僅かな時間だったがヴィッキーは敵を眼に焼きつけ『テンペスト』と呟き右翼端から伸ばした超音波の鞭でその昆虫の羽根の一部と左前脚を切り落とし、迫る海上を舐める様に水飛沫を広げ上昇に転じた。
さらに──とヴィッキーが頭巡らすとそのスズメバチは派手なヴェイパーを曳き急激に上空へ離脱して行った。
『ヴィクトリア、今の2機視認しましたか?』
メキシコ湾北部のボーイング737AEW&Cからダイアナ・イラスコ・ロリンズが問い合わせてきた。
「ストライクイーグルサイズのスズメバチだった」
『スズメバチ? 電子光学照準システムの画像をリンクアップ』
あ──あ、自分の眼で確認しないと信じられないかねと、ヴィッキーはマルチディスプレイを操作し空戦データをNDCのリンクにアップロードした。
「で、米軍との模擬空中戦は仕切り直すの?」
『本日の模擬空中戦は中止とします』
それを聞いてヴィクトリアは両肩を上げてシルフィに命じた。
「帰るよ」
────了解しました。残念ですねヴィクトリア。
その残念な状況が彼女らに対処する余裕を齎すとは誰も知り得なかった。