Part 32-3 Determination 決意
Maria Garrand Virtual Higher Dimensional Space/
Dulles Access Road VA267 near Reston Virginia USA 19:41 July 14/
マリア・ガーランド仮想高次元空間/
7月14日19:41 アメリカ合衆国 バージニア州 レストン近郊ダレス・アクセス・ロードVA267
少女の姿に戻った時に服はまったく残っていなかった。
アランカ・クリステアは裸体のまま躯丸め震えているのがこれから殺されてしまうことへの怖れだとわかっていた。
いきなり手をつかまれ握らされたのは1口の近代戦用の薄く軽い短剣。
その直後首筋つかまれアランカは強引に立たされた。
レイジョのコアはもう胸の中になく、されるがままで殺される。
この銀髪のマリアとかいう女は、ナイフ一つ持たせ我を切り刻むつもりだ。そう五百年生き抜いた少女が考えた寸秒、目の前の部屋の光景が歪みうねりそれが広がり通常の扉の三倍ほどの広さで開いたポータルの先に日射しの強い荒れ地が広がっていた。
なにが起きてる!?
天使二柱を召還した女だ。これも銀髪の女が生みだした虚像だとアランカが意識の隅で思った刹那刃物持たぬ腕をつかまれ引かれ女に言い切られた。
「心配いらない、アランカ! ここでお前は殺すことの醜悪さと苦悩やモラルを取り戻す。ここにはクラーラ・ヴァルタリという先任が半年以上いる! そして倒しても途切れぬ敵がお前を派手にもてなす!」
何を言ってる?
この女は何を言ってる!?
そうマリアという銀髪が言い切った寸前、その幻覚だと思う荒れ地から響いた幾百万とも幾千万とも定かでない凄まじい男らの怒号に揺さぶられ、ナイフ持つ裸の少女が怯え顔で見つめたのは────地平を覆い尽くす中東の兵士が銃剣突き出し迫ってくる光景だった。
「ここでお前を守るはその片手にする刃だけだ!」
そう言い切られ虚構の高原に踏み込んだアランカ・クリステアは前だけでなく左右後方にも銃剣構える男らが駆け込んでくることに鳥肌立て、前方に走りだした銀髪を追い走り始め思った。
この最悪の状況で、僅かにも生き残る欠片掴むには女から離れては駄目だと────!?
な、何をやってる!?
使役したアン・プリストリが、マリアとかいう銀髪女を闘神だと思っていた理由を少女は目の当たりにした。
銀髪が最初の一人目の兵士の突き出した銃剣を片手で弾き横に逸らし踏み込んで一瞬でその銃剣をバレルから曲芸のように取り外し、手のひらの中で一瞬にも思えない瞬間で指踊らせ回しつかみ構えも定かでない寸秒で、銃剣握る拳を銃剣奪われた兵士の喉へ殴りつけ、二番目に銃剣突き出してくるその左右二人の兵士の左の男へ突き放しぶつけると、右の突き出した突き出された銃剣の際を半身開き踏み込み突き出した兵士のライフルのバレルを躱しその兵士の喉笛を奪った銃剣で切り裂いてその顔面をつかみ骸を盾として、三人目四人目の兵士へ押し切った。
あぁ、この女は手練れだ。
中世の剣使い慣れた傭兵にも見られぬ暗殺者だとアランカ・クリステアは腕が泡立った。
瞬く間に七、八人倒し、それでも駆ける勢い止めず一瞬で合わせ十人以上斬り殺し突き進むマリアという女に少しでも追いつければ自分が刺されぬと少女は必死だった。
吸血鬼となり襲ってきた人間をアランカは同時に多数殺したことは幾度とあったが、目の前のこの女ほどに瞬殺できたことは今までなかった。
それをこの銀髪の女はコアもなく、身体能力のみで一秒に三人以上倒してゆく。
目の前に動き続ける女は男らの濁流を切り裂く鋭利で大きな岩だと少女は感じた。
だが同時に突き出されてくる十の銃剣は止むことなく執拗に命奪おうと狙ってくる。
息つく間が一瞬もないこの重苦しい殺意の津波が何なのかと考えた先に、死人でありながら生きることの難しさに絶えず脅かされてきた五百年の記憶が走馬灯のように次々に思い出されてくる。
これが我から正気を奪ったのだと少女は朧気に気づいた。
もう、ゆうに五十は倒したとアランカが思ってなお目の前の女が容体で有利な男らを動線途切れることなく連続技で際限なく倒してゆく様に少女は唖然としながらついてゆくことしかできず、この悪夢の中で自分は呼吸し足を繰り出し、女を回り込み襲いかかろうとする兵士へ短い刃物で非力な突きや斬ることをやろうものなら一気にマリアという女においてゆかれそうになり必死で追いすがる。
つい先ほど前にまで敵であった女に頼りきり素っ裸で追いかける少女は、屈辱でありながら男らが好奇の視線でなく、殺してやろうとしか思えない眼差しを向けられ瞬く間に、百人は倒しているマリアがさらに磨き掛かったように動き続ける様に、アランカ・クリステアはいったい銀髪の女は幾つ攻め手を持ってるのかと信じられずにいると、三人の兵士に同時に銃剣を突き込まれ左右の手で両側へ二口の刃逸らし同時に目前の銃剣を蹴り上げ一瞬で前へ空転し両の踵を前左右の男らの顔に打ち込んだ。
前方で総崩れになった間合い開いた状況で一瞬マリアは半身振り向き、我が無事について来てるのかと確かめその顔を前へ振り戻し左手一つでライフルをつかみ一人の兵士を前へバランス崩させ浮いたライフルバレルの銃剣を奪い取りそれを逆手で構え凄まじい勢いで兵士らを斬り刺し倒しながら大声で問いかけた。
「どうだアランカ!? 高揚しているか!?」
「あんたはまともじゃない! どうして破綻しない!?」
そう少女は問い返し回り込んできた兵士の突き出した銃剣を駆けながら半身開き姿勢下げ肩ぎりぎりに躱しその兵士の胸にフルタングコンバットブレードナイフを突き刺し抜いて相手を左手で横に突き飛ばした。
だがそれに以前の高揚感などなく、不安が膨れ上がった。
「いつも、どこにいていても、これを────十年繰り広げてきたからだ!」
十年!? これがこの女の精神世界なら絶対に狂ってるとアランカは思った。
少女は五百年の間、幾度となく騎士や傭兵、兵士などと戦ったが、目の前の女の方が絶対量で抜きんでてると感じ強く困惑した。
なぜ狂わない!?
銀髪はなぜ狂いに墜ちない!?
命奪うことに取り憑かれた我と何が違うのだとアランカ・クリステアは己に問い続けた。
すでに駆ける脚は鉛のように重く、大して倒してない腕が上がらず両肩を揺すって息しているのに呪いのようだと少女は思う傍ら、兵士らを倒し続けるマリアの目前で真横から見たこともない編み上げ髪の女が兵士の壁を突き破り飛び出してきてマリアの右手握る銃剣とナイフの刃ぶつけ横切り一瞬で兵士の波に消えていった。
今のがクラーラ・ヴァルタリなのかと少女はマリアを追いかけながら目を游がせ大声で目の前の女に問いかけた。
「今のクラーラという女、いつからああしてるんだ!?」
「放り込んで九ヶ月はここにいる!」
九ヶ月!? お前ら頭がおかしい、とアランカは片瞼を引き攣らさせた。
もういい──こんなことから逃れたい────。
そう思う一方でアランカ・クリステアは吸血鬼の間、命奪うことに耽溺していたではないかと気づいた。
それと自分がのめり込んでいたものがどう違うのだと戸惑った。
「もう、いい────もう、嫌だ────!」
ぜえぜえと息する合間にそう懇願したアランカにマリアとかいう女が応えた。
凄まじい爆炎が銀髪の女から周囲へ広がり一瞬で三百ヤードも焼き払い兵士らの遺体が折り重なると、銀髪の女が振り向いた。
「駄目だ。お前をここに百年止めおくと決めたのだ。ここではお前は何度突き殺されようと、寝てしまっても突き殺され、何回でも生き返りまた死を経験する。何度も楽しめる極限のレジャーランド────」
やっぱりこの女は価値基準が狂ってる。
アランカ・クリステアは頭振って懇願した。
「勘弁して──助けて────反省したから────赦して────」
その合間にも周囲から叫聲上げ数百の男らが銃剣付いたライフル振り上げ迫ってくることから、どうやったら逃れられるかと少女は懸命に考えた。
この生殺与奪握る女は言いくるめることもできないかもしれない。
何をさせ、何を求めているかもわからずこんな場所に閉じ込められたら百年どころかひと月で気が狂ってしまうとアランカは思った。
与えられたナイフを落とし呟いた。
「できない、無理よ、おかしくなる────絶対におかしくなる」
周囲から迫る兵士らがもう五十ヤードを切っていた。その殺人者らが攻め来る寸前でマリアという女がまともなことを問うた。
「お前、優位だと相手をとことん貶めて、不利だと恥も外聞もなく懇願するのか?」
そう言い切られアランカは頭下げたまま歯を食いしばり顔強ばらせた。それのどこがいけない。強いものに媚びへつらうのと仮面の下で弱者への嘲笑は強いものの特権ではないか。
「拾え」
え!?
「放棄はゆるさない。フルタングコンバットブレードナイフを拾えと言っている」
そう銀髪の女に言われた直後、足首から首にまで一気に艶のない密着した女が着てる服と似たものに覆われ元吸血鬼は頭垂れたまま顔を引き攣らせた。
こいつ本気でここにとり残すつもりだ。
ふと少女はこうやって己が同じことをしてきたことを気づいた。
追い込んで楽しんでいる。
追い込んでこの我を壊すつもりだ。
とことん壊して、我を使役とするつもりだ!?
なら、選択肢はなく、最後まで付き合ってやるとアランカ・クリステアは足元から薄く強靭な刃物拾い上げ逆手に握りしめ半身開き腰落としナイフ握った腕を視線の高さに構えた。
その寸秒、銀髪の女を呑み込み数百の兵士らが理不尽に銃剣振り回し土石流のように押し寄せた。
その切っ先と刃を本能で順位付けし跳ぶか姿勢下げるかを選らんだ。
大蝙蝠に成ったときでさえ、飛ぶことが危険を招くと身を持って学んだことがあった。
狼に姿変えると多くの傭兵集団が打ち下ろす剣を上手く扱えず混乱した。
突っ込んできた兵士らの足元に駆け込み大腿部の動脈を斬り裂き、コンバットブーツ履く足の甲を突き刺し、下げ辛いライフル先の銃剣を肩や背に紙一重で感じながら独楽のように回り矢のように駆け抜け連続して倒してゆく。
倒して、倒して、倒して────倒しまくる。
いきなり左肩を刺されそれを躰捻り刺さった刃物を折り、刺した男の背後に回り込み胸骨の隙間からナイフ打ち込んで腰を蹴り込み離れバク転し背後から襲いかかろうとした二人の頸動脈を断ち切り血飛沫を浴びながらその二人の背後に飛び下りて次の三人に逆手のフルタングコンバットブレードナイフひるがえし十人、二十人と倒し続ける。
一人、男を倒すごとに蛇頭の呪いの石化を掛けられたように躰の動きが制約されてしまう。
もっと動かないといけないのに。
ここで折れるわけがいかないのに。
男らに四方八方から刺し貫かれ蹂躙されてしまう────。
負けるものか!
爆発するように力漲りあれだけ重く動かなかった四肢がまるで空気のように軽く動きだした一閃、意識のどこかでマリア・ガーランドが伝えようとした真意に少女は気がついた。
殺すことの醜悪さと苦悩やモラル────。
力に溺れることなく、取り込まれることを否定し続ける決意。
「ああ、あなたはこれを────知っていたの────!」
声を張り上げ駆け薄刃の短剣を風に靡く家門旗のごとく振り踊らせ敵を殲滅してゆく純粋な叫び。
倒した数が三百を超えたころから、いったい我はいつからこうしているのだ!? いったい、いつまでこうしていなければいけないのだと自問自答しながらアランカは狂ったように振り回す小さな手で握った薄いハンドルの得物が、銀髪の女が手に合わせ選んでくれたのだと気づいた────寸秒。
いきなり意識が飛びかかり膝の力抜け掛かった瞬間、周囲に押し寄せていた何千何万という兵士らが消え去り音のない真っ白な世界に取り囲まれた。
眼の前に立つ闘いの女神にアランカ・クリステアはとぎれ途切に問うた。
「あなた──いくつの────ときに────────」
「十六よ」
そう聞こえた瞬間、少女は我よりも五百も若いくせにと気づいて、この人に身を任せると思った寸秒意識が飛んでしまい両膝折って前に倒れ込みマリア・ガーランドに抱きしめられた。
国会議事堂から空港へ向かうリムジンの客席でMGに叱責していたルナは、突然の向かいの席に座るMGがいきなり見も知らぬ少女を太腿の上に頭載せ、座席に寝かせている様に驚いて眼を丸くした。
その見知らぬ少女は、紫紺のM-8マレーナ・スコルディーアが好みそうなゴシック・ドレス着てブロンドを長いツインテールにしており、顔の作りは北欧系の印象を受けたが、ルナは社長に問い質した。
「マリア! 誰ですその娘は!?」
「アランカ・クリステア・ドラクレシュティ────貴族の御令嬢」
貴族の令嬢!? ドラクレシュティ!? だがルナはその皇族の名をすぐに思いだせずマリーにしつこく問い返した。
「どこの国の? ですか?」
「ルーマニアのワラキアだったと思う」
ワラキアと聞いてルナは即座にヴラド三世を思い出しその家系がドラクレシュティ公家だったと気づき声を裏返させさらに問い返した。
「マリア、その公国は十五世紀ですよ。アランカはドラキュラの娘なのですか!?」
「吸血鬼で五百も生きてきたけどその力は抜いたわ。テキサス州フォート・ブリスの陸軍を襲ったレイジョのコアがそうさせてていたの。今はただの娘よ」
眠り続けるアリスほどの歳にしか見えぬ五百歳の少女がとても吸血鬼だったと思えずルナはMGが娘をどうするつもりなのだと思って尋ねた。
「マリア、どうするおつもりですか?」
「取りあえずは──そうね────私が面倒を見るわ」
簡単に言う上司にルナは目眩覚え視線游がせた。NDC社長が養子縁組みもしてない娘を家においていたら、それこそマスメディアの攻撃理由になりかねない。そのことをルナは指摘した。
「いけません。きちんと児童福祉の公的機関に任せ────」
「無理よ。この子は私と同じ病を煩っているから」
病気!? 何の病気だとルナは青ざめた。
「何の病気ですか? 癌ですか?」
「いいえ、戦闘による心的外傷後ストレス障害」
この人がPTSD!? いや、それは思い込みだとルナは判断し問い返した。
「貴女のどこがPTSDだと言うんですか?」
「前にも話したでしょう、ダイアナ。私は十六歳の時から苦しんでいると。アランカの吸血鬼としての強迫観念を取り除くために同じ戦場に連れ込んだの────だからこの子は深く傷ついた。面倒を見るのは私の責任なのよ」
戦場に連れ込んだ!?
MGはまた時間跳躍をしたのか!?
それは因果律を書き換えるので止めましょうと同意させたはずだ。マリア自身だけでなく関わる何もかもに影響を及ぼすとルナは別の危機感を抱いた。
「マリア、また時間を跳躍なさったのですか?」
「ええ、サウジのリヤド──心配いらないわルナ。あそこは壊滅したから────」
ルナは頭振った。
「因果律とはそういう単純なものではないんですよ。貴女があそこに戻ったという事実と、このアランカという娘がここに居るという事実がすべてを変えてしまうんです」
その説明を聞いて女社長は一度微笑むと腹心の部下に思いを告げた。
「いいんだ。すべてを受け入れるから」
そう言い切りマリア・ガーランドは眠るアランカ・クリステアの髪を優しく撫でた。