Part 32-2 Reorganization 更正
Private Jet Terminal Washington Dulles International Airport, Loudoun County, Virginia, 19:27 July 14
7月14日19:27 ヴァージニア州ラウドン郡ダレス ワシントン・ダレス国際空港プライベートジェットターミナル
Al Yamamah Palace Al Wadi Street, Riyadh 12911 Saudi Arabia, 22:21
22:21 サウジアラビア リヤド 12911アル・ワディ通りヤマーマ宮殿
上院議員による聴聞会が終わりD.C.の議事堂を後にしたマリア・ガーランドとルナ、主任弁護士ベネディクト・ゴールディングはNDCワシントン支社が用意されたリムジンでヴァージニア州ラウドン郡にあるワシントン・ダレス国際空港へ向かっていた。
弁護士のベネディクトは助手席に座らせ、ラウンジにマリーとルナだけになるとその遮蔽された場所でルナは女社長に詰問と指摘を繰り返し始めた。
「マリア、中東に向かった当初の予定は、夜間、衛星撮影システムの赤外線迷彩の装備を探りに行くはずでしたが、それがなぜサウジアラビアのリヤドへ行くことになったのですか?」
マリーはしばらく熟考しルナに答えた。
「シリア国境のヒムス南東タンフ国境通行所近隣に輸送機で降りたったけれど、赤外線迷彩と思われたものが、実は体温の低い死人である吸血鬼だったので、その近郊のルクバーン難民キャンプに吸血鬼とその支配者である淵源を探しだしたの」
その説明にルナは眼を丸くして問い返した。
「吸血鬼!? シルフィー・リッツアの元いた異世界から来たのですか!?」
マリーは小さく頭振り、それを補完した。
「テキサス州フォート・ブリスに現れたレイジョの索敵兵が五百年余り前に地球へ訪れ、その制御コアが一人の領主の娘に取り憑いたわ。そうしてコアは人体改造を行い吸血鬼の女王を生みだして長らく人の血をエネルギー源に眷属を増やし暗躍していたのよ。それを追ってサウジアラビアへと入ったが、淵源はリヤド市民を大量に吸血鬼化して、その構成素材感染をリヤドで止めるために────」
マリーが言葉に詰まるとルナがまた指摘した。
「魔法を使ってリヤドを地図上から吹き飛ばしたのですね」
またマリーが頭振った。
「魔法ではないわ。魔法を内包するもっと高次の超弦理論的に作用する因果律を使ったのよ」
それを聞いてルナは眉根寄せ即座に問い質した。
「超弦理論的に作用する因果律!? そんなものをどうやって使えるように!? そんな力があればリヤドの市民を救えたのではないのですか?」
今度はMGが鼻筋に皺を刻んだ。
「私は万能ではないということを信じて。一人二人ならパラメーターを変更できるかもしれないけれど、その一人すらレイジョのコアが構成素材で人の体に加えた変更はDNAレベルよりもさらに低い階層である原子レベルだったので手を出せなかったのよ」
腕組みしたルナは話を巻き戻した。
「リヤドを壊滅させたのは核爆発ではないのですね────どんな手法を使われたのですか?」
「あれは爆発ではなく爆縮よ。ただ、ブラックホールではないわ。リヤド一帯の存在をパラメーター・レベルで一瞬に基底に書き換えただけ。だから土地や空気が存在をなくし近郊が都市に吸い込まれた爆縮したように見えるのよ」
ルナは絶句した。
もはやマリア・ガーランドが行っているのはエネルギー律に反し始めているのを気づいていた。
それを些細なことができないという理由で八百万余りの市民を見捨てたのだ。八百万が可能なら眼の前の女はその思考や気分で千万──いいえ億単位の人を消し去ることができる。ふとルナはマリーがなぜその吸血鬼の淵源へ根底レベルで関与し、眷属となった市民を解放しなかったかということだった。
「マリア、そのパラメーター改編を行えるなら吸血鬼の女王の意識を書き換え眷属すべてを解放できたのではないですか? そうすれば貴女が何百万もの命を殺めたという後悔に苛まれることもないのでは」
マリア・ガーランドは俯いて呟いた。
「後悔は────ないわ」
マリア・ガーランドは意識を集中した寸秒、昨夜のサウジアラビア・リヤドの王宮の王族執務室に立っており、飛びかかった吸血鬼女王アランカ・クリステアが首筋の鮮血通う頸動脈に上顎の鋭い牙を打ち込んでいた。
その右のスピアが鈍い音を放ち舌の上に転がり込んだ。
アランカが唖然となり噛みついた顎を開き顔を離すとそれをマリーは、ラピスラズリの瞳を振り下ろして憐れんで見つめた。
そうやって五百余り、いったい何人の命に歯牙を掛けてきた!?
蔑まされたことに少女は気づき、見る間に怒り面もちに醜く歪めると跳び離れようとして頭が遅れて退く足がカーペットで滑った。
マリア・ガーランドは小娘のツインテールの片髪をつかみ、それを振り回しアランカを一気に手前へ引き倒し、そうして髪を引き上げ、少女の頚椎に片足首を掛け膝で強かに押さえ込んだ。
悔しそうに赤い瞳で睨み返す吸血鬼の女王にマリーは言い聞かせた。
「そうやって人の命や、自我を奪って可哀想だという思いはとうの昔に忘れさったのか? 最初の一人二人のことはもう覚えていないのか?」
カーペットに小娘の頬を押しつけたまま横目で睨み上げるアランカにマリーは新型戦闘服の襟元を意識一つで操り黒い鈍色のウエットスーツのような服が口元までせり上がった。
「なんだぁ、その服は────!?」
少女が屈辱と同時に混乱しているのをマリーは目の動きで気づいていた。そのアランカの目の前に手を下ろし曲げ延ばしする指先を意識すると可変戦闘服が指先まで急激に手首から駆け抜け覆い、MGは少女に教えた。
「これはお前のレイジョのコアが操る構成素材の最先端技術だ」
レイジョのコアが操る構成素材と同じ仕組みだと告げた刹那、小娘が激しく動揺し始めた
「強靭な力を憑依したコアに与えられ、人というものを舐めてきたのだろう──五百年、随分と殺し驕ってたのだな────」
そうマリーが言い放った寸秒、少女が苦痛の面もちになり服の外に見えている皮膚に急激な変化が訪れ、マリーは警戒し頸椎を押さえていた膝を放し跳び離れたが離れた。
眼の前で苦痛に顔歪めアランカ・クリステアが躰仰け反らせると急激にその小さな躰が変化し身長や手足が伸び始めた。
その様マリア・ガーランドはテキサス州フォート・ブリスで戦った昆虫のような躰したレイジョの変異を思いだした。
この小娘は長い年月で、躰の構成すらもレイジョのコアに侵食されていた。だが昆虫にシフトするのでなく、明らかに大人の女に近い躰つきに大きくなり、ドレスやストッキングが破れ十秒あまりで完全に成長体になると、カーペットに片手ついて上半身を起こし呟きながら立ち上がった。
「大人の姿なんて──嫌いなんだ────」
服は着てないが、まるで蜥蜴のような滑らかで細かい鱗に覆われているだけでなく開いた口に折れた牙が前よりも長く鋭く生え替わっていた。
「お前が強要した報いを受けさせてやる」
そう言い放った寸秒、爆発するような速さでステップ踏み換え獣の如き牙の口を開き飛びかかってきた。
マリア・ガーランドは迫ってきた自分より上背のある吸血鬼クイーンの口に逆手で三本の指掛け、一気に背を向け肩の上から相手を床に振り落とした。
成体となった吸血鬼クイーンが仰向けにカーペットに打ちつけられると床が陥没し車二台ほどの広さに大理石が罅割れ、咄嗟にアランカ・クリステアは上顎に掛けられた指から逃れ四つん這いになり真っ赤な目でMGを見上げ睨み、曲げた四肢の跳躍力で再度マリア・ガーランドに手榴弾が爆発するような勢いで跳び掛かかった。
マリーは片足引いて半身開きになりアランカの左手のひらを横様につかみ相手の側面に回り込みながら吸血鬼の左手首を可動範囲の外に曲げアランカの背へと相手の左腕を捻り上げ自由を奪った。
刹那、淵源は一瞬で体構成を変化させ、後頭部が顔になり背が胸になると捻り上げられた左腕が右腕に変わりマリア・ガーランドに跳びついた。
その顔をマリーは一瞬で引き戻した左手のひらを凄まじい勢いで振り抜き淵源の頬を平手で打つと、大きく振り逸らされた相手の顎目掛け右手に握るフルタングコンバットブレードナイフを飛ばした矢のように刺し込んだ。
一閃、アランカ・クリステアの顎が左右に割れ顔を引き戻しマリーの左肩に噛みついた。
プロテクト・スキンに食い込んだ三本の牙が折れ飛び、吸血鬼の女王が鼻筋に皺刻み顔を引き一瞬で再生させた牙でまたMGの首に噛みつこうとした寸秒、マリア・ガーランドはフルタングコンバットブレードナイフを投げ上げアランカ・クリステアの頭と顎をつかみ捻り床へと落とし首を片膝で押さえ込んで落ちてきたナイフつかみその切っ先を頭骨に叩き込んだ。
そのアランカ・クリステアの肩から上が砂のように崩れ首から上のない吸血鬼が床を両腕で突っ伏し一気に立ち上がると頭部を急激に再生しながらマリーへと襲い掛かってきた。
跳び掛かってくる化け物にマリーはナイフを左手にスイッチさせ腰の後ろのクイックドロウ・ホルスターからファイヴセヴンを引き抜くと怪物の顔から胸に掛け六連射させ5.7x28mm SS190高速弾を撃ち込んだ。
そのすべての小型ライフル弾は全弾吸血鬼女王の躰突き抜け、背後の壁に一塊の弾痕になった瞬間、マリア・ガーランドは腕を背後に回しハンドガンをホルスターに戻しラッチで固定した。
それまでナイフと素手による近接格闘でいたマリーが銃を使用したことでアランカ・クリステアは警戒し跳び離れ間合いとりマリーの左側へとステップ交差させ回り込みだした。
無理もなかった。千変万化するプロテクト・スキンに二度も牙折られまだ何か隠しているのだろうとアランカが邪推していることが丸見えだった。
その回り込む吸血鬼の司令塔背後に出入り口で吸血鬼の掃討戦に当たっていたアン・プリストリがAK103を下げて忍び寄って来るのをマリーは気づいた。
マリーが目線で下がれと命じると、アンが頭振った。
精神を乗っ取られたことに腸が煮えくり返る思いなのだと理解できたが、ここにきてまたアンがレイジョの支配下になるとこの部屋の全員に死が確定してしまうとマリーは一瞬危機感を抱いた。
いきなりアン・プリストリがアランカ・クリステアの背後に立ち自動小銃を上から首に回しアッパーレシーバーで首を捻り上げ顔を女王に寄せ巻き舌で言い切った。
「おォ嬢ちゃんゥ────遊ぼうゥぜェ」
「き、きさまぁ! 生きていたのかぁ!?」
吸血鬼クイーンは腰の横から急激に触手伸ばしその鋭利な先端技術をアン・プリストリの頸椎に刺そうとした。
それをアンは片足を大きく振り上げコンバットブーツで踏みつけた。
「何度もォゥ同じ手でェ──やられはしねェ!!!」
そう言い捨てアンはアランカ・クリステアの両足が床から浮き上がるほどに顎の付け根にアサルトライフルを食い込ませマリア・ガーランドに大声で問い掛けた。
「さァ! どうするよォ、少佐!?」
どうするか。ルナはこの吸血鬼の女王を改心させたら眷属となった市民すべてを助けだせると言い切った。だが眼の前の怪物が五百年に渡り人の命を喰いものにしてきたことでこいつが改心するのかと困惑した。
吸血鬼の女王の胸にあるレイジョのコアはパラメーターではっきりと意識していた。
コアを破壊すれば、構成素材の司令塔の機能失い構成素材に感染した市民はそのままどういう挙動にでるか予測できなかった。だがどう言いくるめようとも精神年齢の未熟なまま狂暴を思うがままにしてきたこの怪物が心変わりするなど思えなかった。
思い込みで決めてしまいたくないと意識のどこかが言い続けていた。
マリア・ガーランドはいつ淵源が躰を再構成させアンの拘束から抜けだすかもしれないと用心して近寄り驚いた。
「アン!? 何なの!?」
アンの迷彩柄の冥途服の前が破れ広がり肋骨の殆どがアランカの腋に突き刺さっていた。
「エナジーぃ吸収してェんだよォ」
生命力を吸い取れるのか!? とマリーは驚き、何も肋骨を開かなくてもと思い、ああ、そうだこの女は煉獄の属性だったのだとマリーは呆れ思いだした。
そうしてマリーは片手を伸ばし自動小銃で突き上げられた淵源の顎先を三本指でつまんで問うた。
「お前から邪悪な力を抜くことはできる。だけどお前は人を殺すことを止められはしない」
その油断した一瞬にアランカ・クリステアは大口開いてマリア・ガーランドの手のひらに噛みつこうとした。
だがアン・プリストリがさらに自動小銃を首に食い込ませMGから怪物を遠ざけ閉じた口が手のひらを噛めずにマリーの眼の前で音立て閉じた。
「アン、こいつの拘束を解け」
そうマリア・ガーランドに言われ裏煉獄のルーラーは化け物に食い込ませていた肋骨を開き引き抜いた。
こいつが何百万のこの都市の人々を狂わせている。
だがこいつ一人を殺し浄化し再生したところで、殆どの人々は元には戻せない。じゃあどうする。淵源を消滅させるのは簡単なのに!?
「珍しくゥ、悩んでるじャねェかよォォ」
そうからかうアン・プリストリの声が意識から遠ざかった。
十数年前から意識とらえて放さないあの光景が思い出された。
あのベカー高原で斬り結んだ一千の兵士の顔と怒号がこんなにも狂わすというのに、この吸血鬼の女王は五百年以上も人を殺し続けて狂気にいたらなかったはずもなかった。
「ほんとにィ──こいつを放してェいいのかァ?」
そうAPに問われ軽く一度マリーが頷くとアンがバレルから手を放し、淵源の首から拘束を外しアランカ・クリステアはアンから跳び離れた。
吸血鬼の女王はこの二人から血を吸い取れないと判断し、大部屋の出入り口から廊下へと眷属らを倒し続けて押し返しているものらの方へ顔を振り向け、走ろうとした刹那、マリア・ガーランドに脚払い掛けられカーペットに倒れ込んで激しく頬を打ちつけた。
その倒れた怪物を見下ろしアン・プリストリが言い捨てその足を踏みつけた。
「まともに動けねェだろうゥが、吸血鬼と勘違ィしてんじャねェぞ!」
アンの足から逃れようと足掻き、血を求めるようにコアから仕向けられて苦しんでいるアランカ・クリステアを見下ろし哀れだとまたマリア・ガーランドは思った。
その身に歩み寄り、MGは片膝をカーペットにつくと左手のひらを背に押しつけた。
背骨の先にあるコアのパラメーターを次々に根底値に書き戻し抹消してゆく。
アランカ・クリステアは胸を両腕で抱き込み震え訴えた。
「やめて、止めて──我から────コアを奪うな────」
五百年以上も数多の人々に振るった力失うことは虚無にも等しいだろうとマリーは思った。
だけれど、お前はしてきたことの罪にまだ贖っていない。
構成素材の支配を失い、その大きな躯から液体が溢れぬけてゆくように黒い粒子が統制を失い抜け落ち、見る間にアランカ・クリステアの身体が少女のものに戻った。
マリア・ガーランドは出入り口に押し寄せるヴァンパイアらの数が一向に衰えないことに眉根しかめた。
やはり女王の力奪っても眷属らは個別の能力で生きた人の血を求め荒れ狂っている。
やはりアランカ・クリステアを改心させるなど無理だが────。
マリーがそう思って、着るものもなく身体丸め震える少女にマリア・ガーランドは自分のフルタングコンバットブレードナイフを握らせ首をつかみ立たせ、その目前に自分が以前に造りだした高次元空間の門を開くとそこへアランカ・クリステアを腕握りしめ引き込んだ。
マリア・ガーランドに腕引かれ荒れ地に立った少女にマリア・ガーランドは言い聞かせた。
「心配いらないよアランカ! ここでお前は殺すことの醜悪さと苦悩やモラルを取り戻す。ここにはクラーラ・ヴァルタリという先任が半年以上いる! そして倒しても途切れぬ敵がお前を派手にもてなす!」
そうマリア・ガーランドが言い切った寸前、凄まじい男らの怒号に揺さぶられ、ナイフ持つ裸の少女が怯え顔で見つめたのは────地平を覆い尽くす兵士が銃剣突き出し迫ってくる光景だった。