Part 31-5 Atonement あがない
Al Yamamah Palace Al Wadi Street, Riyadh 12911 Saudi Arabia, 22:21
22:21 サウジアラビア リヤド 12911アル・ワディ通りヤマーマ宮殿
その首筋に鮮血通う頸動脈目掛け上顎の鋭い牙を打ち込んだ。
だが右のスピアが鈍い音と共に舌の上に転がり込んだ。
唖然となり噛みついた顎を開き顔を離すと、銀髪の女が青紫の瞳を横に振り下ろしていた。
蔑んだ眼差しにアランカ・クリステアは怒りが爆発してその女から跳び離れようとして頭が遅れて退く足がカーペットで滑った。
ツインテールの片髪をつかまれ、それを振り回され引き倒され髪を引き上げられ女から首に片足首を掛けられ寸秒頸椎を膝で強かに押さえ込まれた。
使役にしたアン・プリストリがこの銀髪を闘神だと思っていたことを思いだした少女は直後女に言い放たれた。
「私の武具開発担当は天才なのよ!」
カーペットに押しつけられたまま、その女を横目で睨み上げると黒い鈍色のウエットスーツのような服が変化し口元までせり上がった。
「なんだぁ、その服は────!?」
女が片手を少女の目の前に下ろすと、曲げ延ばしする女の指先まで急激に鈍色の服が手首から駆け抜け覆った。
「これはお前のレイジョのコアが操る構成素材の最先端技術だ」
そんな!? この女もコアを持っているのか、と吸血鬼の淵源は顔を強ばらせた。
そうか──結局、こうなるのかとアランカ・クリステアは開き直った。
「舐めてかかったか──五百年といったところか────随分と殺し驕ってたのだな────」
そう女に言い放たれ、少女はコアに躰の再構成を命じた。
瞬間、凄まじい痛みに躯仰け反らせると頸椎を押さえていた膝が離れた。躰が変化し始めたのを見て、警戒したのだとアランカは思った。
だが貴様が、怯えるのはまだ早い!
いきなり首に噛みついてきた。
マリア・ガーランドは出入り口の吸血鬼との攻防戦を見ながら余裕で吸血鬼クイーンを殴り倒すこともできた。
首を防御しようと反らそうとして意識した寸秒、戦闘服がざわめいて淵源が喰らいつく寸前に首から顎下まで這い上がり覆われた。
その特殊素材に噛みついた吸血鬼の牙が折れたのを構成素材越しにマリーは感じた。
目的を果たせなかった小娘の顔をマリーは下目遣いで睨み下ろした。
視線がぶつかった寸秒、予想外の事態に顔を強ばらせた少女が跳び離れようとした。刹那、舞い上がったツインテールの片方の付け根近くを鷲掴みにしてマリーはステップ交差させ身体捻り強引に引き戻した。
淵源は顔から床に落ちかかり、マリア・ガーランドはアランカの髪を引き上げその浮き上がった首に片足首を掛け寸秒、脚をずらし細い頸椎を膝で強かに押さえ込んで言い捨てた。
「私の武具開発担当は天才なのよ!」
カーペットに顔を押しつけられたままの淵源が睨み上げ、また何か仕出かすのかとマリーが警戒した瞬間、首を覆っている新素材の戦闘服が口元まで駆け上り防御した。その変化に目を丸くした吸血鬼の淵源が悔しそうに問い質した。
「なんだぁ、その服は────!?」
聞かれてもルナから説明を少ししか受けてないと思いマリーが片手を少女の目の前に下ろすと曲げ延ばしする指先まで急激に鈍色のプロテクト・スキンが手首から駆け抜け覆った。
「これはお前のレイジョのコアが操る構成素材の最先端技術だ」
コア云々言われ吸血鬼の淵源が顔を強ばらせたが、完全に敗北を悟らせようとマリーが言い切った。。
「舐めてかかったか──五百年といったところか────随分と殺し驕ってたのだな────」
その少時、ゴスドレスの服の中で、躯波打ちマリーは少女から跳び離れた。
苦痛に顔歪めアランカ・クリステアが躰仰け反らせると急激に躰が変化し身長や手足が伸び始めた。
その様マリア・ガーランドはテキサス州フォート・ブリスで戦った昆虫のような躰したレイジョの変異を思いだした。
この小娘は長い年月で、躰の構成すらもレイジョのコアに侵食されているのかとマリーは驚いた。
だが少女は昆虫にシフトするのでなく、明らかに大人の女に近い躰つきにドレスやストッキング破れ十秒あまりで大きくなると、カーペットに片手ついて上半身を起こし呟きながら立ち上がった。
「大人の姿なんて──嫌いなんだ────」
服は着てないが、まるで蜥蜴のような滑らかで細かい鱗に覆われているだけでなくアランカの開いた口に折れた牙が前よりも長く鋭く生え替わっていた。
「お前が強要した報いを受けさせてやる」
そう吸血鬼女王が言い放った寸秒、爆発するような速さでステップ踏み換え獣の如き牙の口を開き飛びかかってきた。
マリア・ガーランドは迫ってきた自分より上背のある吸血鬼クイーンの口に逆手で三本の指を掛け、一気に背を向け肩の上から相手を床へ叩き落とした。
カーペットが陥没し車二台ほどの広さに大理石が罅割れてなお、アランカ・クリステアは止まらず上顎に掛けられた指から逃れ四つん這いになり真っ赤な目でMGを見上げ睨み、曲げた四肢の跳躍力で再度マリア・ガーランドに手榴弾が爆発するような勢いで跳び掛かかってきた。
マリーは瞬時に片足引いて半身開きアランカの左手のひらを横様につかみ相手の側面に回り込みながら左手首を可動範囲の外に曲げその背へと左腕を捻り上げ自由を奪った。
刹那、淵源は一瞬で体構成を変化させ、後頭部が顔になり背が胸になると捻り上げられた左腕が右腕に変わりマリア・ガーランドに跳びついた。
その飛びかかってくる顔をマリーは一瞬で引き戻した左手のひらを凄まじい勢いで振り抜き頬を平手で打つと、大きく振り逸らされた相手の顎目掛け右手に握るフルタングコンバットブレードナイフを飛ばした矢のように刺し込んだ。
一閃、アランカ・クリステアの顎が左右に割れ顔を引き戻しマリーの左肩に噛みついた。
プロテクト・スキンに三本の牙が折れ飛び、吸血鬼の女王が鼻筋に皺刻み顔を引き一瞬で再生させた牙でまたMGの首に噛みつこうとした寸秒、マリア・ガーランドはフルタングコンバットブレードナイフを投げ上げアランカ・クリステアの頭と顎を両手でつかみ捻り床へと落とし首を片膝で押さえ込んで落ちてきたナイフつかみその切っ先を頭骨に叩き込んだ。
そのアランカ・クリステアの肩から上が砂のように崩れ首から上のない吸血鬼が床を両腕で突っ伏し一気に立ち上がると首から上を再生しながらマリーへと襲い掛かってきた。
跳び掛かってくる化け物にマリーはナイフを左手にスイッチさせ腰の後ろのクイックドロウ・ホルスターからファイヴセヴンを引き抜くと怪物の顔から胸に掛け六連射させ5.7x28mm SS190高速弾を撃ち込んで甲高い爆轟が重なった。
そのすべての小型ライフル弾は全弾吸血鬼クイーンの躰突き抜け、背後の壁に一塊の弾痕になった瞬間、マリア・ガーランドは腕を背後に回したハンドガンをホルスターに戻した。
それまでナイフと素手による近接格闘でいたマリーが銃を使用したことでアランカ・クリステアは警戒し跳び離れ間合いとりマリーの左側へとステップ交差させ回り込みだした。
無理もなかった。千変万化するプロテクト・スキンに二度も牙折られまだ何か隠しているのだろうとアランカが邪推していることが丸見えだった。
その回り込む吸血鬼の女王の背後に出入り口で吸血鬼の掃討戦に当たっていたアン・プリストリがAK103を下げて忍び寄って来るのをマリーは気づいた。
マリーが目線で下がれと命じると、アンが頭振った。
精神を乗っ取られたことに腸が煮えくり返る思いなのだと理解できたが、ここにきてまたアンがレイジョの支配下になるとこの部屋の全員に死が確定してしまうとマリーは一瞬危機感を抱いた。
いきなりアン・プリストリがアランカ・クリステアの背後に立ち自動小銃を上から首に回しアッパーレシーバーで首を捻り上げ顔を寄せて巻き舌で言い切った。
「おォ嬢ちゃんゥ────遊ぼうゥぜェ」
「き、きさまぁ! 生きていたのかぁ!?」
吸血鬼クイーンは腰の横から急激に触手伸ばしその鋭利な先端技術をアン・プリストリの頸椎に刺そうとした。
それをアンは片足を大きく振り上げコンバットブーツで踏みつけた。
「何度もォゥ同じ手でェ──やられはしねェよォ!」
そう言い捨てアンはアランカ・クリステアの両足が床から浮き上がるほどに顎の付け根にアサルトライフルを食い込ませマリア・ガーランドに大声で問い掛けた。
「さァ! どうするよォ、少佐!?」
どうするか。負けはしないと思っていたがマリーは眼の前の怪物が五百年に渡り人の命を喰いものにしてきたことを見過ごせなかった。
吸血鬼の女王の胸にあるレイジョのコアはパラメーターではっきりと意識していた。
コアを破壊したとて、精神年齢の未熟なまま狂暴を思うがままにしてきたこの怪物を野放しにしてもシリアルキラーのようになるだけだろうと思った。
だが────思い込みで決めてしまいたくないと意識のどこかが言い続けていた。
マリア・ガーランドはいつ淵源が躰を再構成させアンの拘束から抜けだすかもしれないと用心して近寄り驚いた。
「アン!? 何なの!?」
アンの迷彩柄の冥途服の前が破れ、突き出し広がった肋骨の殆どがアランカの腋に突き刺さっていた。
「エナジーぃ吸収してェんだよォ」
生命力を吸い取れるのか!? とマリーは驚き、何も肋骨を開かなくてもと思い、ああ、そうだこの女は煉獄の属性だったのだとマリーは呆れ思いだした。
そうして片手を伸ばし自動小銃で突き上げられた淵源の顎先を三本指でつまんで問うた。
「お前から邪悪な力を抜くことは簡単にできる。だけどお前は人を殺すことを止められはしない」
その油断した一瞬にアランカ・クリステアは大口開いてマリア・ガーランドの手のひらに噛みつこうとした。
だがアン・プリストリがさらに自動小銃を首に食い込ませMGから怪物を遠ざけ閉じた口がマリーの手のひらを噛めずにバチンと音立て閉じた。
「アン、こいつの拘束を解け」
そうマリア・ガーランドに言われ裏煉獄のルーラーは化け物に食い込ませていた肋骨を開き引き抜いた。
こいつが何百万のこの都市の人々を狂わせている。
だがこいつ一人を殺し浄化し再生したところで、殆どの人々は元には戻せないかもしれない。
「珍しくゥ、悩んでるじャねェかよォォ」
アンの声が遠くに聞こえていた。
十数年前から意識とらえて放さないあの光景がマリーに思い出された。
あのベカー高原で斬り結んだ一千の兵士の顔と怒号がこんなにも狂わすというのに、この吸血鬼の女王は五百年以上も人を殺し続けて狂気にいたらなかったはずもなかった。
「ほんとにィ──いいのかァ?」
そう問われ軽く一度マリーが頷くとアンがバレルから手を放し、淵源の首から拘束を外すとアランカ・クリステアはアンから跳び離れようとしてよろめいた。
吸血鬼の女王はこの二人から血を吸い取れないと判断し、大部屋の出入り口から廊下へと眷属らを倒し続けて押し返しているものらの方へ顔を振り向け、走ろうとした刹那、マリア・ガーランドに脚払い掛けられカーペットに倒れ込んで激しく頬を打ちつけた。
その倒れた怪物を見下ろしアン・プリストリが言い捨てその足を踏みつけた。
「まともに動けねェだろうゥが! 手前ェ吸血鬼と勘違ィしてんじャねェぞ!」
アンの足から逃れようと足掻き、血を求めるようにコアから仕向けられて苦しんでいるアランカ・クリステアを見下ろし哀れだとマリア・ガーランドは思った。
その身に歩み寄り、MGは片膝をカーペットにつくと左手のひらを怪物の背に押しつけた。
背骨の先にあるコアのパラメーターを次々に根底値に書き戻してゆく。
アランカ・クリステアは胸を両腕で抱き込み震え訴えた。
「やめて、止めて──我から────コアを奪うな────」
五百年以上も数多の人々に振るった力失うことは虚無にも等しいだろうとマリーは思った。
だけれど、お前はしてきたことの罪にまだ贖っていない。
構成素材の支配を失い、その大きな躯から液体が溢れぬけてゆくように黒い粒子が統制を失い抜け落ち、見る間にアランカ・クリステアの身体が少女のものに戻った。
マリア・ガーランドは出入り口に押し寄せるヴァンパイアらの数が一向に衰えないことに眉根しかめた。
やはり女王の力奪ったのに、眷属らは個別の能力で生きた人の血を求め荒れ狂っている。
これに私は始末つけることが出来ようとも、お前が責任を逃れられるほど私は甘くない。
そう思って着るものもなく、身体丸め震える少女にマリア・ガーランドは自分のフルタングコンバットブレードナイフを握らせ首をつかみ立たせ、その目前にマリーが以前に造りだした高次元空間の門を開くとそこへアランカ・クリステアを蹴り込んだ。
荒れ地に派手に転がって門を振り向いた元吸血鬼淵源へとマリア・ガーランドはエールを贈った。
「心配するな小娘! そこにはクラーラ・ヴァルタリという先任が半年以上いる! そして倒しても途切れぬ敵がお前を派手にもてなす!」
そうマリア・ガーランドが言い切る寸前に、凄まじい男らの怒号に揺さぶられ、ナイフ持つ裸の少女が立ち上がり顔を強ばらせ怯え振り向くと────地平を覆い尽くす兵士が銃剣突き出し迫った。