Part 31-3 Descende 降臨
Near Al Wadi Street, Riyadh 12911 Saudi Arabia, 21:56
21:56 サウジアラビア リヤド 12911アル・ワディ通り近辺
宮廷外部の扉のロックを撃ち抜いた瞬間、押し開いた隙間からエントランスにいる十数人のサウジ陸軍兵から自動小銃のフルオートで撃たれた。
広がった風の精霊の加護である淡い色合いのスクリーンが湾曲した横長に広がり百発以上の銃弾を空中で止めた。
高速で回転しながら止まる銃弾の間からマリア・ガーランドとM-8マレーナ・スコルディーアはAK103アサルトライフルを構え上げ、次々に火器向けるサウジの兵の肩や腹を撃ち無効化した。
その二人の後ろでジェシカ・ミラーはうろたえてしまった。
目的が何であれチーフとゴス娘のやってることは大きな外交問題になる。止めなくてはとジェスが考えた寸秒、左の奥から駆け込んでくる一群が皆鉤爪の腕を前に伸ばし赤い目で牙剥いているのを見て顔を引き攣らせた。
あれは玄関の方だとジェスは宮廷に間取り図を思いだし陸軍の警護兵主力がそんなにあっさりと押し切られたということは、外にとんでもない数の吸血鬼がいるのだと気づいた。
うう、逃げるときどうするんだと涙目になってエントランスの混乱を見つめた。
残っていたサウジ陸軍の兵士らは次々に暴徒に捕まり首や肩を咬まれ小銃を落とすか、血を吸われながら喰らいつく顔に拳銃の銃口を押しつけ引き金を連射した。
その宮廷に押し寄せた吸血鬼化したドバイ市民を眼にしてマリア・ガーランドが舌打ちしてエントランス右手へ駆け出し慌てて自動人形とジェスが追いかけた。
マリーは駆けながら、宮廷陥落は時間の問題だと思った。
半時間どころか、十分でも無理だと開いた扉の先通路の片側にエレベーターと階段が見えて駆け上がるとヴァンパイアから逃げ切った数人の兵士が迫る化け物となった市民に向けて発砲しながら階段を後退さるように登ってきた。
第三王子の執務室へと駆けるチーフへジェスが大声で問いかけた。
「無理ですよ! 撤退しましょうよ!」
赤い絨毯を敷かれた二階廊下を走り抜けながらマリーが言い返した。
「ジェス! 教えてやろうか!? 君がなぜスターズ4番目のポイントマンに降格になったかを──!」
「その弱気が事態を悪化させるからだ!」
それは関係ないとジェスは唇ねじ曲げ靡く銀髪を見つめ何糞と追いつこうと必死で駆けマースを追い抜いた。
直後、明るい照明で紫紺に見えるドレス・スカートを振り広げゴス娘が楽々と抜き返した。
直後後ろに駆けてくるサウジ陸軍の五人が次々に吸血鬼に捕まり一人になった。半身振り向きそれを眼にしたジェスはやべぇと言い捨て必死で走った。
チーフがエンボスの装飾施された両開きの扉を見つけゴス娘に命じた。
「マース、ドアをぶち抜き裏で待ち受ける兵士らを押し倒せ!」
聞いたジェスがそれはウエイトの軽い小娘には無理だと思った寸秒、まるでニトロ使ったホッドロットのようにカーペットを波打たせ加速してゆくマースの背姿に唖然となって見つめた先で肩からゴス娘が二枚の扉中央にぶつかり轟音を放ち一瞬で跳ね飛ばしそのまま押し倒し、裏で怪物となった暴徒を待ち構える兵士らの半数十五人以上をボーリングのピンの様に跳ね飛ばした。
銀髪が薄い青のスクリーンを広げ、銃弾を防いだ方へ振り向き背を向け、廊下へとAK103を振り向け迫る吸血鬼を撃ち始めた。
それを眼にしたマースが同じ様に化け物となった市民を撃ち倒し、ジェスもステップ踏み換え振り向き迫る化け物らの額目掛け撃ちながらチーフに大声で尋ねた。
「チーフ! その青いシールドであいつらを防げないんですか!?」
「やれるなら、やってる!」
そう言い返されて人よりも遥かに速い銃弾を止められるのになぜ120ポンドほどの怪物らを止められないんだとジェシカ・ミラーは眉根しかめた。
兵士らが乱入した三人が自動小銃で怪物らを撃ち殺しているのを眼にして、その白人らを狙わず青いスクリーン越しに三人の先に腕振り上げ迫る怪物となった暴徒を狙い撃ち始めると、ライフル弾はスクリーンをすり抜け次々に怪物らに命中し始めた。
瞬く間に部屋出入り口前の廊下は動かなくなった吸血鬼の骸が積み重なり始めそれを乗り越え溢れてくる暴徒を撃ち殺しながら、やるべきことは違うと、自動小銃の負い革を首に掛け背に回し、部屋奥へ振り向いて自分の社長室にあるものより派手で大きな両袖机を睨みつけると、その背後の椅子の背もたれが見え誰もおらぬことに鼻筋に皺刻み引き結んだ唇をねじ曲げた。
このサウジ一の大都市でこれだけの騒ぎになっている事態に指揮を取っていないはずがないと、マリーは陸軍兵らの撃つ間隔を見計らって両袖机へと回り込むように駆け出しその横に立つと、ローブの様な白のトーブを着込み頭に赤白のチェック柄の布を巻いて黒いイカールという輪を載せた男がグロック17を手に頭拘えうずくまっていた。
「ムハンマド・アール=サウード!」
そうマリア・ガーランドが室内の重なり合う銃声に消されぬ大声で名を呼ぶと王室の第三王子がおそる恐る顔を上げ視線合いその目が強張った。
`هل أنت رئيسة تنفيذية أمريكية؟`
(:きさまアメリカ人の女社長!?)
そう言い放ちムハンマド・アール=サウード第三王子がグロック17を振り向けようとした寸秒マリア・ガーランドはその握る手のひらを蹴り飛ばした。
銃握った腕を両袖机にぶつけグロック17を落とした男の顔面に背に回したAK103のグリップ握りしめ振り向けマリーは片膝を床に着いて引き金に指を掛け目をラピスラズリの蔑んだ下目遣いで見下ろしたフラッシュハイダーを男の眉間にぶれなく向け問い質した。
`هل لديك أي فكرة عن سبب مجيئي إلى هنا ؟`
(:貴様は我がここへ来た理由に思い当たるか!?)
問いに第三王子が押し黙るとマリーは指摘した。
`لقد أرسلت لي قاتلا أخا وأخت`
(:貴様は我に兄妹の暗殺者を差し向けたな!)
それを聞いてムハンマドは鼻で笑い否定した。
`أأنا لا أعرف عن ماذا تتحدث!؟`
(:何を言ってる!?)
惚ける男を睨みながらマリーは一度深く息を鼻から吸い込んで吐いた。
`قرأت أفكار شقيق القاتل`
(:暗殺者の兄の考えを読んだんだよ)
`على سبيل المثال ، أنت تحرك يدك لالتقاط مسدس`
(:たとえば貴様は隙を突いてハンドガンを拾い上げようと考え手を動かしてる)
`ثم تدير بندقيتك وتتصل بالحراس ، وستطلق النار علي`
(:そうして銃口を向け警護兵を呼び私を射殺しようと思っている────)
MGに言いきられ第三王子は少しずつグロック17に近づけていた手を止めた。
マリア・ガーランドは右手でアサルトライフルを握ったまま、左手で男の首をつかみ引き上げ押し殺した声でさらに指摘した。
`علاوة على ذلك ، لقد رجمتني`
(:しかも貴様は我に投石刑を執行した)
するとムハンマド・アール=サウードは青ざめて問い返した。
`عمّا تتحدث!؟`
(:何のことを言ってる!?)
`لم أعطيك مثل هذا الأمر`
(:私はそんな命令は下してないぞ!)
そう言い張る男の顔をさらに引き寄せ五インチもない間合いで睨みながらマリーは押し殺した声で言い聞かせた。
`عشرات الآلاف والمليارات من توأمك فعلوا ذلك`
(:何万何億いるお前の双子の一人がそうしたんだょ)
第三王子は青ざめた顔を頭振って呟いた。
`أنت مجنون - أنت مجنون`
(:狂ってる──貴様は狂ってる)
鼻どうしが着きそうほど首を引き寄せマリア・ガーランドはムハンマドの虹彩を覗き込み問うた。
`هل ترى الاحتراق في تلك العيون؟`
(:お前にはこの瞳の中に燻るものが見えるか?)
`لقد أعطيت يدك للمرأة التي ستحترق في نار المطهر هذه`
(:この煉獄の業火に焼かれる女にお前は手出ししたのだ)
ムハンマド・アール=サウード第三王子生唾呑み込んだ寸秒、男をカーペット敷きの床に放り出し床で仰向けになり身動きできない男にマリア・ガーランドは問うた。
`اختر يا محمد`
(:選べ、ムハンマド!)
`هل ستتخلى عن هذه المدينة التي اجتاحتها الوحوش؟`
(:怪物で溢れ返ったこの大都市を見捨てるか!?)
`أم أنك ستموت في هذا البلد ؟`
(:それともこの国諸共────亡ぶか!?)
返事を待たずしてマリア・ガーランドは踵返し第三王子から離れると廊下に溢れ返るヴァンパイアらを見つめレイジョの構成素材が他の地域へと広がる前に、と核融合爆裂を意識した。
すでに一度、その桁外れのエネルギーをパラメーターを書き換え生み出しレイジョらの母星を吹き飛ばした。
都市一つ、瞬きするよりも容易だった。
苦虫を噛み潰したような面もちで押し寄せる怪物らを睨み据えていると、その津波がいきなり途切れ、銃を乱射しながら途切れた間を抜けてレイカ・アズマら六人とエステル・ヴァン・ヘルシングが駆け込んで来た。
その中にアン・プリストリを見つけたマリーは驚いて日頃不死身だと言っていたのが本物だと思いだした。
レイカがチーフに気づき、他のもの達が追いかけてきた吸血鬼らを撃ち倒しだし、レイカは指揮官へ走り寄りいつにない強い口調で説得した。
「マリア、第三王子を殺してはいけない! それが発端になり西側諸国は中東と大きな戦争に突入します!」
それを聞いてマリーは小さく頭振った。
「大丈夫だよレイカ──方法は幾らでもある。それよりこの吸血鬼らをどうするか、だ。八百万もいる」
眼を細め部屋出入り口へと半身振り向いたレイカが冷静に指摘した。
「銃弾はあと数分しか持ちません。どうしますか? 撤退は異空通路でできるとして王族達の避難まで大丈夫で────」
レイカは背後で魔法呪文詠唱のように呟きだしたチーフへ驚いて振り向いた。
"In nomine Dei, rogo ut mihi angelum tuum hic des. Agens tuus ero──"
(:神の御名、その御使を此処に賜らんと欲す。我、御身の代行者たらんことを────)
何かの魔法詠唱だとレイカは困惑した。この怪物らを焼き滅ぼすつもりなのか!?
"Volentibus, portas mundi sancti aperite──"
(:願う。開け、聖界の門────)
止めなければと思いレイカはマリアの肩に手を掛け揺すり始めた。
"────Mandata ut catenis sacris resistatur!!!"
(:────聖なる鎖に抗うことを命じる)
「降りて来なさいよ! 見てるんでしょ!!!」
そうマリア・ガーランドが天井へ顔振り上げ怒鳴った須臾、天井を突き破り降り立ち片膝ついて頭垂れる二人へレイカ・アズマが眼を強ばらせるとその二人が銀翼を広げ立ち上がった。
吸血鬼らへ射撃しているもの皆が振り向き顔を強ばらせ困惑しながら射撃へ戻った。
アン・プリストリよりも上背のある女とも男とも見える美しい顔立ちの二人が頭上に光る金色の輪を片手でつかみ床に投げつけそれを粉々に打ち砕きマリア・ガーランドへ顔を向け美しい声で言い放った。
「マリア様──主の下から我々を召還した責任を取って頂きますよ────」
マリア・ガーランドは呼んで天使らが降臨したことに驚きながら鼻で笑うと二人に命じた。
「ミカエル、ガブリエル、あの冬──私を巻き込んだのはあなた達でしょう──押し寄せる怪物と化したものらを薙ぎ払いなさい!」
寸秒、マリアへ頭垂れ二柱の天上人は光りのように輝く長剣を片手で引き抜き、踵返し出入り口へと向かった。
「マリア────あの翼持つ二人────!?」
そう問いかけるレイカにマリーは一度小首傾げ教えた。
「そのものよ。大天使のうちの二人──でも────」
「二柱ともパラメーターに記述されているこちらの存在」
マリーが言い切った寸秒、押し寄せる吸血鬼らを凄まじい勢いで元天使の二人が剣で斬り捨て始め一振りで十体以上の怪物らを両断し噴水のように黒い血を撒き散らす有り様に自動小銃を構えているもの達は撃つのも忘れ唖然と見つめた。
理解できない状況に押し返せるのかとレイカが思った瞬間、通路を天井まで埋め尽くす怪物らが溢れ返るカオスに、東洋人のスナイパーはガフの部屋に押し寄せる
命貪る地獄からの魑魅魍魎だと感じあまりものの恐れに両膝を落とし座り込んだ。
マリア・ガーランドは目視する地獄絵図に、これを齎した根元に言い知れぬ憤りを感じた。
まさにその刹那、引き寄せるように六千五百マイルを越え異空間思考リンクでニューヨークのパトリシア・クレウーザの声が届いた。
────マリア、吸血鬼らの女王────アランカ・クリステア・ドラクレシュティをそこへ送り込みます。後はお任せします。
ああ、巫女はこうなることを予兆ていたのだとマリア・ガーランドは気づいた。
その直後、天上人が穿った穴からゴシック・ドレスに身を包んだツインテールの少女が飛び下りてきて、呆然と周り見回し目を游がせ頭を両手で抱え込んだ。
その様を見つめマリア・ガーランドはパトリシアがこの残虐な小娘を見つけ出しレヴェル5以上で憑依し操ってここまで送り込んだのだと知った。
唐突に我に返ったアランカはマリア・ガーランドに気づくと腰を落とし鉤爪構えて赤い目を細め回り込み始めた。
「マリア・ガーランド──貴様を我の眷属にしてやる」
何が眷属だとマリア・ガーランドは腰の後ろからナイフ引き抜いて身構え、この場でケリをつけてやると回り込もうとする吸血鬼クイーンを睨みつけステップを踏み換えた。