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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #30
154/164

Part 30-4 Resentment 怨嗟

Zuhair ibn Muhammad and the wasteland in the Hittin neighborhood of Riyadh, Saudi Arabia 21:03

21:03 サウジアラビア リヤド ヒッティン近隣ズハイル・イブン・ムハンマドと郊外の荒れ地(デザート)





 大きなクレーターから歩き出たマリア・ガーランドは爆発で吹き飛んだ瓦礫の先に幾体もの人が振り向きその揃った動作がレイジョ(レギオン)素材(マテリアル)によるものだと気づいてつぶやいた。



「あぁ────まずい────」



 一斉に両腕振り向け走ってくる群衆に、残弾九発のファイヴセヴンとコンバットナイフだけではとてもじゃないがまたエネルギーを爆発させかねないとマリーはきびす返し駆け足で逃げ始めた。



 走りながらMGはヴァンパイアの司令塔であるアランカ・クリステアが逃げ延びたことを悟った。



 過激に増え始めたヴァンパイアと一般市民を分ける手立てもなく、幾何級数的に増えているだろう感染はおおよそ八百万の人口がすべて書き換えられるのに一時間もないと思った。



 連なる家屋の間から跳びだしてきた三体の男女のヴァンパイアが振り向きマリーに気がつくと牙向いてつかみかかって来た。



 駆ける勢いで最初につかみ掛かってきた中年男の顔にひじを打ち込み腕をひねり頭を両腕で抱え込んで振り回し頚椎けいついをへし折った。



 くずれ落ちた男の次に飛びかかってきた若い女へマリーは腰後ろの(シース)から引き抜いたフルタングコンバットブレードナイフの(ブレード)を眉間に打ち込みひねり引き抜いてステップ踏み換え一転し三人目の顔面を殴りつけった男の首を深く欠きひざを横から蹴りつけ地面に蹴り落とした。



 三体倒し躊躇せずマリーは先の十字路へ向け駆け出しながら、左右の塀を見て乗り越えられそうなものを意識に止めた。



 最悪、交差点で取り囲まれる危険性があった。



 手練れの兵士であっても同時に十人ほどの相手と近接格闘(CQC)が可能で主導権をつかみきる自信はあったが、相手がヴァンパイアになると何が起きるか想定できなかった。



 街灯も満足にない交差点にさしかかりマリア・ガーランドは足を滑らせ踏みとどまった。







 横から走り込んだのはヴァンパイアではなく、ジェシカ・ミラーとM-8マレーナ・スコルディーアだった。







「ジェス! マース! ここで何をしてるの!?」



 マリーが問い質した直後、ジェスが説明した。



「ち、チーフこそなんでドバイに!? ち、近くの大池に、りょ、旅客機で落ちて────吸血鬼に襲われてここまで逃げて────」



 どもりながら説明したジェスが走ってきた路地を振り返り顔を振り戻すとマリーが走り抜けようとした十字路の左へ腕を振り上げ指さし大声を上げた。



「チーフ! 逃げないと吸血鬼に捕まる!」



 とっさにMGがきびす返し十字路を左へ走りだすとジェスとマースが追い始めた。



 寸秒、その十字路へ大多数のヴァンパイアが走り込んであふれだした。



「チーフ! なんでこんなに吸血鬼がいるんですか!?」



 走りながらMGの背姿にジェスが問い掛けた。



「逃げながらそんな面倒なことを聞くな!」



 マリーに怒鳴られマースが言い返した。



「ドラキュラは十字架に弱いんだよぉ!」



 振り向いたマリーがさげすんだ眼差しでゴスロリの小娘を睨みつけ、マースは何を間違ったのだと己のデータベースを検索し見あたらずNDC衛星通信を利用し本社のサーヴァーにアクセスし始めた。



「あいつらはテキサスのフォート・ブリスを襲った怪物らのマイクロ・マシンに感染してるのよ!」



 駆けながら振り向きもせずにチーフに言われジェスは顔を引きらせた。



 あの怪物らにそんな能力があるなんて想像すらしなかった。だがチーフは怪物らの母星と女王を破壊したと言ったではないか。



「あぁ────こんなことなら中東に来るんじゃなかった────」



 そうジェスが不満を口にするとマリーに怒鳴られた。



「来いと言わなかったでしょ!」



 マリア・ガーランドが十字路を右に凄まじい勢いで曲がると通り過ぎようとしてジェスとマースは慌てて引き返しチーフの後を追った。



 いきなりマリア・ガーランドはシャッターの下りた店に前に駐車してるワンボックスの車の運転席のドア横に駆け寄り肘でサイド硝子(ガラス)を叩き割り手を差し込んでドアロックを解除してドアを開きハンドルカバーの下に上半身を入れ込み配線を細工してエンジンを掛けた。



「乗りなさい!」



 そうジェスとマースに怒鳴りつけマリーは運転席に上がり助手席に身を乗り出しロックを解除した。



 乗り込んできたジェスが上乗りになったマースが後ろに乗り越えるとマリーに問うた。



「ハンドル・ロックはどうするんです!?」



 いきなりマリーはハンドルステーに手を掛け勢いつけて回転させステーカヴァーから金属の砕ける音がしてドアを力込めて閉じアクセル踏み込んでギアを入れてクラッチを繋いだ。



 タイヤから白煙上げて走り出したワンボックスのすぐ真後ろまで多数のヴァンパイアが駆け迫っていた。



「チーフ──ナノマシンって、ルナが怪物のサンプル取って何か研究してたぞ」



 それを聞いたマリーはあんなものをどうするのだと眉根寄せた。



レイジョ(レギオン)のクイーンを倒しすべての働きありである怪物らの中枢コアは機能を停止した。それなのにヴァンパイア・クイーンのコアは数百年前からずっと活動を続けこの中東で罪もない市民の血を抜いて生き延びていた」



 それを聞いたマースが後ろの席からマリーにたずねた。



「それはヴァンパイアなの? それとも憑依ひょういされた人はアンドロイドなの?」



 しばらく黙り込んでマリーがぼそりと言い切った。



「アンがマイクロ・マシンに脳を奪われた。助けようがなく死なせてしまった」



 そう告げた途端にジェシカ・ミラーがマリーの腕をつかんでわめいた。



「嘘だ! うそだろう──お師匠(アン)が死ぬなんて────あんたの降霊術こうれいじゅつみたいなやつで生き返らせれるんだろ────」



 マリア・ガーランドが車走らせるヘッドライト照らしだす方を睨みつけ無言でいることにジェスはつかんでいたチーフの腕から手を放しダッシュボードを殴りつけた。



「ジェシカ、よくお聞きなさい。アンは私達とはつくりが大きく異なる。私がアンを復活させなくともアンは自力で生き返られると思う」



 ジェシカ・ミラーは思わず運転席に座る女へ振り向いて強ばらせた視線で見つめつぶやいた。



「つくりが違うって────お師匠(アン)はタフだけど私と同じ人だよな────」



 ハンドル握るマリーがかぶり振って説明した。



「アン・プリストリは肉体はあるが霊的存在に近いとしかいえない。あいつは冥界からこの現実世界に何かしらの目的を持ってやって来てる」



「幽霊だっていうのか!?」





「違う! もっと存在的で、魔物とか悪魔とかの属性をもつ異質ななにかだわ。だからあれ(・・)の蘇生方法が見当がつかない──パラメーターが虚数値で構成されているなど考えられないんだ」





 唖然としてるジェスに後席からマースが慰めた。



「ジェス、心配いらない。APには常識という言葉が似合わない。非常識に蘇ってくる」



 理解できずに泣きそうな顔でゴスロリ娘へ振り向いたジェシカ・ミラーの両(ほお)へ後席の相棒が手を添えうなづいた。



「マース、武器弾薬を調達する。襲撃はするがヴァンパイアでない人と確認できた相手を殺さずに弾薬保管室まで先導できるか?」



 マリーに問われジェスを前に向かせたゴスロリ娘が両手のひらを合わせ微笑んだ。





「もちろんです、マリアさま! 陸軍基地は遠いので警察署ですね」





「そうだドバイ警察署本部庁舎だ」





 そうマリア・ガーランドが車を急停車させたのは煌々と照明灯るパトカーが数台路駐してる建物の正面玄関前だった。



状況開始(ローリング)! ジェスついて来い!」



 ドアを押し開けた直後マリーが運転席から下りると自動人形(オートマタ)が座席の背もたれを乗り越えて運転席に下りて外に躍り出た。







 それを見ていたジェスも助手席のドアを開き足を下ろすとすでにマースを先頭にマリア・ガーランドが数段の石段を駆け足です登っておりジェスはあわて追いかけた。











 荒れ地(デザート)異空通路ことわりのみちらしいものから放りだされ、瞬時にレイカ・アズマはつかんでいる狙撃銃のバッドプレートを肩付けし片膝かたひざ立て警戒態勢に入った。





 寸秒、街の灯り見える中央に大きな火焔かえんが膨れ上がりそのオレンジに照らされたきのこ雲を眼にし爆風の到来を前に戦術核爆弾だと砂地に身を伏せた。



 近くでセシリー・ワイルドのうめき声が聞こえデヴィッド・ムーアとアニー・クロウもわめいていた。



「ここはどこだ!? ────くそっ!」



 直後、レイカはみなの名を呼んだ。



「チーフ、セス、アニー、デイブ、ジャック、エステル! 返事を!」



 次々にレイカに応じて声を返している最後にジャック・グリーショックが裏返りそうな声を出した。



「おい! あ、アンが────血を流して倒れているぞ」



 それに続いてアニーが状況を知らせてきた。



「大変! アンの息が止まっているわ! 鼻と耳から出血。何かの爆発に巻き込まれたかも」



 すぐにレイカは周囲を警戒しながらみなに命じた。



「心肺蘇生! アドレナリン四単位を心臓に! アンは転移が遅れて戦術核爆発に巻き込まれたのかも知れない」



 そう告げたスナイパーにヴァンパイア・ハンターのエステルが知らせた。



「マリアがいないわ────転移できなかったんじゃ────」



 小型のLEDライトでアンの露出した皮膚を調べてるデヴィッド・ムーアがレイカに怒鳴った。



「アンの皮膚にはほとんど傷がない。核爆発に巻き込まれたんじゃない!」





 MGは核爆発寸前に爆心地からみなを送り飛ばしたんだとレイカは思った。異空通路ことわりのみちを閉じるまで残ってやられたのかとレイカは下唇を噛んだ。





 いくらチーフが幸運の持ち主であれど、核爆発の猛威に抗いようがなかったのだと一度は思いレイカはマリア・ガーランドに限ってそれはないと判断した。



 あの人はとんでもなくしぶとい。



「駄目だ! アンが蘇生しないぞ! 脈も息も戻らない!」



 そうデヴィッド・ムーアが告げるのが聞こえていた。







 あぁ!? 俺っちィの脈がァどうしたァって?







 地獄のカオスに浸かり込んだように朦朧もうろうとするのは何のせいだと考え続け、あァ! 脳を焼き切られたのだァと思いだした。



 生身の蘇生を重ねる都度にィその時間が延びてると思った。



 これはすこぶる気分が悪いんだァ。





 とくに心臓に太い注射針をぶっさされているとなると!





 ぶっさされている!?





「馬ァ鹿ァやろうゥ! 俺の心臓にィ注射しやがったのはァどいつだァ!?」



 そう巻き舌で怒鳴りつけ胸骨の下中央を両手で押してる男の手首をつかんでアン・プリストリは地面に手やひじもつかず上半身を跳び起こした。



 その様に蘇生に集まっていた男女が驚いて跳び退いた。



「アン──あんた死んでたんだぞ」



 デイヴに言われアンは胡乱とした表情になってつぶやいた。



「ああ、淵源(オリジン)に脳を支配された挙げ句に────焼き切られた」



 男らが驚きデイヴがアンを指さして問い掛けた。



「アンお前ぇ────ヴァンパイアになったのか!?」



 頭()きながらアンはうなづくと驚き声を上げた。



「やべェ、少佐(LCDR)ァぶち切れてェエクスアファリット使ったかもォ」



 エクスアファリット!? カナダ・ヌナブト準州のハドソン湾にあるクゴング島をほとんど吹き飛ばした爆裂術式!? 耳にしたレイカがアンに問い質した。



「あの戦術核爆発はマリアが引き起こしたのか!?」



 APが否定しないことに珍しく表情に感情を見せないレイカが青ざめて口にした。





「サウジアラビアと大問題になる────」





 それを聞いてアンが顔を左右に激しく振った。



「いやァ、問題はァこの都市の市民全員がァ、ヴァンパイアになろうとしてるかもしれねェことだァ」



 レイカ・アズマは眉根しかめ状況を整理しようとした。



 アンの場所からヴァンパイアの女王を突き止めその抹殺をチーフが行おうとして狙撃援護している最中にアンが地面に倒れた直後、この郊外の荒れ地(デザート)に飛ばされてしまった。直後ここであの大爆発を眼にした。



 通りにいたドバイ警官隊の半数以上はあの時すでにヴァンパイア化していた。



 チーフはあの銃弾(ブレット)に倒れないヴァンパイアを一掃しようとしたのか。それでもこれはやり過ぎだとレイカは思った。



「足を確保し市内に戻りチーフと合流する」





 そうレイカが命じるとセシリー・ワイルドが反論した。



「合流!? あの爆発見ただろうが! あそこにいたら即死だぞ!」





 それにアンが言い切った。





少佐(LCDR)がァ死ぬわけがァねェ。あいつ俺っちが用意した戦闘車両の原子炉をォ核爆弾に転換してェ、レイジョ(レギオン)らの母星を吹き飛ばしたァ手合いだぞォ」





 アニー・クロウが頭抱え込んで「わからない」とつぶやいた。



「ほら、行くぞ」



 そう言ってレイカが立ち上がりみなうながした。



「チーフが無事な市民を避難させようとしてないか?」



 そうデヴィッド・ムーアが誰にともなく問うと半身振り向いたレイカが返事した。



「いやチーフの考え方は究極のコイントスだ。ヴァンパイア化してない市民を助けられるとは考えない。だけどこの状況を何に振り向けようとするかだと思う」



 そう──マリアはサウジ王室が何かだと言っていた。そうだ。暗殺者(アサシン)に関して王室が何かだと────思い至ったことにレイカは鳥肌立った。



 マリアは、本社ビルで襲ってきた暗殺者(アサシン)二人を差し向けてきたのがサウジ王室のだれかだと証拠をつかんだのかも知れない。





 この混乱に乗じてチーフは王室内の誰かを抹殺するかもしれないと気づいたレイカ・アズマは歩きながらみなに説明し、止めなければならないと理解させた。







 米国人のマリア・ガーランドが私憤しふんをはらすどころの話ではなくなり二国間の大きな外交問題になるとスナイパーは危惧きぐしていた。












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