Part 30-3 Surfing サーフィン
Zuhair Ibn Muhammad Street, Hittin, Riyadh 20:54/
Boeing Triple 7-200LR near Riyadh, Saudi Arabia 20:56
20:54 サウジアラビア リヤド ヒッティン近隣ズハイル・イブン・ムハンマド/
20:56 サウジアラビア リヤド近空ボーイング・トリプル7ー200LR
怪物のような小娘相手に握りしめるナイフを腰の後ろに隠しながらマリア・ガーランドはゆっくりと足を繰り出し間合い詰めながら、喉に付けた骨振動マイクで命じた。
「淵源を撃ち動き封じろ!」
間髪いれず三人のスナイパーが次々に発砲し始めた。
その2734FPS(:約3000km/s)の爆速で次々に飛翔してくる50口径徹甲弾をあろうことかアランカ・クリステアは背から出した十本余りの触手で次々に弾き逸らした。
その数発のライフル銃弾がマリーの近くのアスファルトに跳弾し白煙を上げた。それから視線向け上げた特殊部隊指揮官にアランカ・クリステアは言い放った。
「我を────怖れよ」
そう告げ、躰の残像ぶらし一気に加速し間合い詰めてきた小娘は五本の触手を前に振り出しマリア・ガーランドを串刺しにしようとした。
ラピスラズリの三白眼でまるで銃弾の速度で迫ってくるヴァンパイアへマリーはザームエル・バルヒェットから奪った時間操作を放った。
眼に捉えきれなかった怪物のような小娘が一気に引き伸ばされた時間の流れに停止するとMGはまるであらゆる粒子が足枷となるその状況で強引に駆け出し逆手にしたフルタングコンバットブレードナイフの刃を吸血鬼の喉元に食い込ませ、直後相手の横を駆け抜け時間流を元に戻した。
いきなり目の前から獲物を失したヴァンパイアの女王は、背後にその銀髪の女がいることに気がつき、愕然となりバックリと広がった喉笛の裂け口を右手で押さえその広げた指の間から黒赤の鮮血が吹き出し、それを胸のコアが瞬時に構成素材で閉じ塞ぎすべての血管を細め血の圧を正常値に引き戻した。
多くの触手を揺らめかせ吸血鬼淵源は振り向くと手の血糊を振り飛ばし言い張った。
「きさま、何をした! 我の動き上回るなぞ有り得ない────」
目前で背を向けている女が顔を横へ振り向け流した青い眼で怪物の小娘を睨み据え思った。
暗殺者のザームエル・バルヒェットから時間操作の能力を継承していなかったら正直危なかった。
この小娘を生かしておいてはならない!
悪魔にも等しい能力を分別もない子供に持たせていると、この先、何百万もの人が言われなく死を押しつけられる。
マリーはアランカへ踵返し振り向くと押し殺した声で言い捨てた。
「私に敵う思うなヴァンパイア風情が!」
耳した寸秒、永遠の少女は激昂で顔を真っ赤に豹変させ、その顔を顎を引いて上目遣いで足を繰り出しとんでもない女の横へ回り込み始めた。
そのアランカへ次々に50口径徹甲弾が飛んでくると凄まじい勢いの触手で全弾弾き飛ばし、アスファルトへ尖らせた触手を打ち込み太腿の厚みで引き剥がしたアスファルトを連続し遠い建物目掛け爆速で投げ飛ばした。
その弾道を顔振り向け眼で追ったMGは骨振動マイクで3人のスナイパーへ怒鳴った。
「躱せ!」
次々に遠い建物の屋上外壁が爆煙を上げ崩壊すると、それを眼にしたマリア・ガーランドはヴァンパイアの小娘が恐ろしい精度で遠距離の標的にアスファルト投げたことに眼を細め睨みつけ思った。
こいつは手当たり次第、何でも武器にする厄介な相手だ、と。
シールの近接格闘訓練で、両手足だけでなく身近なあらゆるものを武器とすることを叩き込まれていた。
それとこのヴァンパイアは同じことを平然と行う!
レイジョのコアと構成素材で人がここまで能力を獲得するのかとマリアは警戒した。
時間を操れるからと油断すると、状況をひっくり返されると思った。
横へ回り込もうとする少女に身体を正体させず、眼だけで追い出方を探った。
淵源は喉を深く斬り開かれたことで迂闊には手出しをしてこない。一度あることは二度三度とあるのを知っている。
爆速以外でこいつに出来ることに何がある────!?
厄介なのはあの背後に蠢く触手だ。フォートブリスでのレイジョとの戦いでこいつらは身を切り落とされてもいくらでも構成し直すと経験していた。
ヒドラのように!
そう思った少時、一瞬で残像をおいてヴァンパイアが加速しその流れがいきなりフェイントかけ極端に曲がり背後に近い別な方向から迫ってきた。
流し眼で追っていたマリア・ガーランドは今一度時間流を引き伸ばし動き辛いその中で一度アランカ・クリステアの額にナイフを打ち込み、横を廻り抜け小娘の背後の触手を一気に半数余り斬り落とした。
時間流を戻した寸秒、少女は血を曳いて頭仰け反らせ片足を後ろに踏み出しバランスを強引にとった。
その背後で切れ落ちた触手が黒い流砂になり吸い寄せられるようにアランカの足元に集まり呑み込まれる様にマリアは唇をねじ曲げ「チッ」と舌打ちした。
ヴァンパイアの女王はゆっくりと振り向くと額の傷痕から鼻梁脇へと流れ落ちる血を右手の甲で拭い飛ばしマリーへ不満を口汚く言い放った。
「このぉ──何度も斬りつけやがって────淫売がぁ」
マリーは鼻で笑った。近接格闘で糞とか詰られ動揺につけ込もうとする輩はいたが、売春婦と言われたことは一度もなかった。
「その糞女がどれだけ強いか小便臭いガキが味わうがいい」
そう詰った寸秒、マリーはまた時間流を引き伸ばし特撮のように殆ど停止してるアランカ・クリステアの側面に回り込もうとして眼を強ばらせた。
ヴァンパイアの小娘の背から突き出した五十近い触手が留置所の鉄格子の様に並び立ちふさがっていた。
考えたな、とマリーは思いその後の展開を想定した。
恐らくは速さで圧倒的な自信を持っていた淵源が、その速さで振り回す敵を押さえるためにこの触手で取り囲もうとするだろう。触手の格子前で躊躇する私を球状に組み触手の網で取り囲み攻め手を封じるのだと女社長は本能で気づいた。
少女の片方のツインテールを結んだ部分で斬り落としたマリアは敢えて構成素材の触手で立ちふさがる障壁を前に立ち止まり時間流を正常に戻した。
寸秒、波のように躍り上がった触手が周囲取り囲み捕らわれた。
斬れ落ちた自分のシンボルである髪を見下ろし顔を上げたアランカは構成素材で組み上げた格子の牢獄を目にして小さな唇を吊り上げ呟いた。
「はぁ? ──口ほどにもない淫売だな」
そう言い放ったヴァンパイアの王女の目前で急激に異様に膨れ上がり始めた触手の牢獄を目に退こうと片足をさげた。
爆発し黒煙となり飛び散った構成素材がアスファルトの上を磁石に吸い寄せるようにアランカに集まりだす先に顎引いて睨みつける銀髪の女がいた。
目を合わせ苦々しく歯ぎしりする五百年以上生きる少女が女に問うた。
「お前、いったい何なのだ!? アン・プリストリがお前のことを神の創造物だと勘違いしてるようだが────」
それに間をおいてMGは応えた。
「言って何になる? これから捻り潰す相手に」
切り落とされたブロンドの長髪が分裂し最後の一本が消え失せるとヴァンパイアの淵源は腕を振るい構成素材の矢を爆速で女社長に放った。
マリア・ガーランドの前に立ちはだかったアン・プリストリがその矢を身を持って受け止めると、驚いた女指揮官は自分より大柄な女を両手で支え声かけた。
「アン! なんてことを!」
様々な皮膚から派手に血を流す両膝落としかかった女が巻き舌で言い返した。
「だいじょうぶさァ少佐ァ──俺っちィ────不死身だからさァ」
少女は目を強ばらせコア通し煉獄の主と思い違っている女へ命じた。
「アン・プリストリ! その銀髪女を捻り殺せ! 強制力を持って命じる!」
ずるずるとチーフの腕から滑り落ちたAPはアスファルトに両膝ついて意識を支配してるヴァンパイアの女王に宣言した。
「焼き切れよォ俺様ァの脳をよォ──偽物のォ────吸血鬼よォ」
そう言い放った直後、アランカが目を細めアンを睨みつけた。
いきなりアン・プリストリ鼻血をツ────っと垂れ流し地面に両膝着いたまま前に倒れ込んだ。
その様を見ていたヴァンパイアの女王は一度片唇吊り上げ言い捨てた。
「使えぬ使役は不要だ」
マリア・ガーランドが腕を横に広げ倒れた部下を跨ぎ越えて淵源の方へ踏みだしてきて呟いた。
「貴様を、粉々にしてくれる────!」
その表情を目にして本物の恐れを抱いたヴァンパイアの女王が後退さると彼女のコアが身近で急激に上昇するエネルギーに猛烈な警告を発した。
MGは術式など詠唱する必要もなかった。手近な万物の有り様から焔と水の要素をつかみ取りぶつけた瞬間、マリア・ガーランドの目前で壮絶な水蒸気爆発が成され、その一部が余りにもの超熱エネルギーで一瞬にプラズマ化した。
マリア・ガーランドの呼び込んだ五百万立方メートルの空気中の純粋水素が一点に凝縮され七兆度の熱エネルギーが加わりさらにマリアは電子で水素の原子核内のクーロン力を完璧に遮断し零点振動を生み出し量子トンネル効果の核融合をパラメーターで作り上げた。
反射的に彼女は引き伸ばした時間流でそれらものの変数値を書き換えていることに気づき、唖然となったレイカら部下とヴァンパイア・ハンターのエステル・ヴァン・ヘルシング、アン・プリストリの遺体を通りにいる警察官達二十六人、さらには六万七千百平方メートルの住人らすべてを歪めた八次元空間を通しリヤド周囲に飛ばし現界させ戻し、しでかした恐れからマリア・ガーランドは急激に広がるカオス化した変数を必死で引き戻した。
生みだした太陽の中心を超える莫大な熱核エネルギーを封じ込めることが出来たのは直径260メートル内の何もかもがカオス化しスーパーストリングで構成される二十六次元の下層十六次元が虚数化し消滅し十次元の下位六次元を折り込み四次元を構成し、際どく破滅を食い止めた。
あらゆるもが原子核結合を放棄した修羅場に立ち尽くし急激に周囲空間の空気が入り込み突風が吹き荒れる中でMGは自分がやらかした壊滅の惨状に顔を強ばらせていた。
一歩踏み違えれば、サウジアラビアのこのリヤドを中心に新たな宇宙空間が出現する瀬戸際だった。
だがまだリヤドに急激に感染拡大してゆくレイジョの構成素材を気の遠くなる変数値の書き換えに意識して終わってはないことにマリア・ガーランドは思ってクレーターの中心から踵返した。
まだ終わりはしてない!
リヤド西の荒れ地に飛び下りたヴァンパイア・クイーンのアランカ・クリステアは、あの場から強烈なジャンプで逃れたものの、全身強烈な紫外線を浴びたように青紫い焔に焼かれて経験したことのない激烈な痛みに転げ回った。
胸のコアは全構成素材をフル駆動で演算操作し凄まじい高温で崩壊した数多の細胞を再生増殖させたが追いつかずゾンビよりも悲惨な有り様だった。
激痛にもがきながら、アランカ・クリステアは目にしたものに恐れを通り越し深い喪失感に鷲掴みにされていた。
何なのだ!? あの恐ろしいまでのエネルギーの暴力は!?
マリア・ガーランドは究極の人の姿した化け物兵器だ。
あの躰、あの能力が欲しい!
ヴァンパイア淵源のアランカ・クリステア・ドラクレシュティは砂を握りしめ痛みに震えながらその願望に五百年余りに渡り呪われた人生の終焉の光明を見ていた。
イラクとサウジアラビアの国境線に沿ってボーイング・トリプル7ー200LRを飛ばしているM-8マレーナ・スコルディーアとジェシカ・ミラーは、増援で飛来したイラク防空部隊のF-16D──4機から逃れるためにサウジアラビアへ逃げ込んだ。
多数の対空兵器が設置されたサウジの軍事都市キング・ハリドを避けるためにサウジアラビアの国境線近くを東へと逃げ回り込んで南へと機首転回させた。
全翼面積の四分の一を失い残った動翼とエンジンコントロールで巨大な機体操る自動人形はまるで煉瓦の細い面の幅の綱を渡っているような気分だと比喩した。
切っても次々に鳴り響く新しい警報音と人工合成のアナウンスに辟易しながら、M-8は激しくピッチング・ロールする旅客機を掌握していた。
だがコントロールは手から逃れようとしていた。いずれ旅客機は地上に激突する。
マースはジェシカ・ミラーだけは助けないといけないと仮想した。死なせるとマリア・ガーランドから外骨格が寿命迎えるずっと先まで信用を失うことになる。
「なあジェス──これが落ちてもお前は助ける」
そう言い切るゴシック娘にジェスは噛みついた。
「あぁ、マース。聞いていいか!? パラシュートも脱出シートもない旅客機からどうやって脱出させると言うんだ!?」
マースは片手で操縦桿を操り副操縦席にしがみつくジェシカ・ミラーへ振り向くと人さし指を立てて指を左右に振った。
「チッチッチ──聞かない方がいい。糞をチビることになるよ」
その寸秒、前方で強烈な発光と同時にマースは放していた手で両眼をカヴァーし、直後、大きな火焔で見える巨大な茸雲を眼にして瞬間コクピットが大地震のように激しく振動するとまた色んな警報が鳴りだし、複数のモニタが立ち消えた。
「電磁パルス──戦術核兵器が起爆した」
そうジェスに説明しマースは落ち始めた旅客機があとどれくらい飛べて眼下に広がった都市のどこへ落とせば人的被害が最小になるか演算し、照明で輝く大きな池を目標地に選んだ。
瞬時にシートベルトを外したマースは副操縦席のジェスが掛けているシートベルトをつかみ引き千切り唖然とした相棒を座席から抱き上げお姫様抱っこで客室に駆けた。
ジェシカ・ミラーの命救うチャンスは一度。そうM-8マースは演算しながら左翼側へ傾いてゆく客室で一番近い左翼前のドアへ駆け寄るとその前に仁王立ちになり袖壁に片足掛けて踏ん張った。
マースは右脚足首のチタン78%で構成されたフルジョイントのボール関節が逝くことを覚悟した。
「おいおい──! なにやらかすつもりだぁ!」
そう顔をドアへ振り向けたジェスがマースに叫んだ寸秒M-8は大声で応えた。
「サーフィン」
そう大サービスで教えた自動人形は片足でドアを蹴り破り外に離れたドアへと暴風に抗いくるんくるんのツインテールと黒に近い紫紺のドレススカートを靡かせながら、抱かれ叫ぶ相棒を無視して走り乗るとそれをボードにし空中をダイブした。
急激に拡大してくる照明で囲まれた巨大な池が近づき湖面にドアが突入するとその背後で墜落した旅客機が凄まじく水を弾き上げ滝のようになった。
その水飛沫の中を岸へ勢いに任せ旅客機のドアを操った自動人形はドアが沈みだすと歩道に跳び移り抱き上げていたジェスを地面に下ろし謝った。
「ごめんなさいジェス──刺激、強すぎた?」
いきなりゴシック娘のすまなそうな顔を指さしてジェシカ・ミラーは絶句した。