Part 30-2 Oiginal Sin 原罪
Zuhair Ibn Muhammad Street, Hittin, Riyadh 20:49
20:49 サウジアラビア リヤド ヒッティン近隣ズハイル・イブン・ムハンマド
鉤爪で肉抉り、伸ばし揃え黒爪で傭兵の胸を刺し貫く。
その見返す強張った眼差し、眼────。
なんなのとパトリシア・クレウーザは覗き込んでいる思念の根底にある遠い記憶を見つめ震えていた。
このアランカ・クリステアという少女は何千人もの命を奪ってきた正真の殺人鬼だった。
もしもマリアが迂闊にもアランカに恩情をかけたらそこにこの小娘はつけ込み命を奪ってしまう。その言い知れぬ危機感にパティは事務椅子に深く背を預け瞼開き呟いた。
「マリアが危ない────」
マリアのよく知った意識。瞬時に中東にいるマリア・ガーランドをパトリシアは見つけだし飛び込んだ。
────なに、パトリシア?
マリア、あなたが今、追うヴァンパイアの少女は紛う事なき殺人鬼よ。決して心ゆるしてはいけない。掛けた手を振り払い牙を剥くわ。
────ええ、そうでしょう。五百年も殺し続けているからね。
でも、でもあなたは狙う相手が反省の顔色を見せたら優しく接する。
────買い被りよパトリシア。私はあなたが思うほど人ができてない。状況を開始した。一度離れるわ。
リンクの切れた思念にパトリシアは驚いた。強固な異空間の思念共有をマリーが切った。あの人がテレパシストの能力を獲得してるのは知ってたが、能力でわたしを上回りはしない。
パティはマリアの状況開始の言葉に共に中東へ行っているレイカ・アズマの意識探した。彼女なら状況を冷静に掌握してるはずだった。
リンクしたとは感じさせずにパティはニューヨークから東洋人のスナイパーの意識に入り込んだ。
『通りにドバイ警官とAPの姿のみ。まだ少女を確認してない』
通りに面する一番高いビルの屋上から観測するアニー・クロウがそう無線で報せてきたのをイヤピースで聞いていた。
スポッターとして優秀なアニーがヴァンパイアの女王を見つけてないと言うのなら通りに少女はいないのだ。
じっと待つのだとレイカはGM6リンクス狙撃銃のチークパッドに頬を当て続けナイトフォースNXS5.5ー22ー50のアイピースを覗き込んだままズームアウトされた光学照準器視野を見つめていた。
スターズの傍若ものが横転した警察車両からタイヤをホイールごと引き千切り銃構える警察官らに投げつけるのを見ていてレイカは眉根しかめた。
人離れしている────。
あの女の馬鹿力はいつも見ていて知っていたがあれはまともじゃなとレイカは思った。
どうやってあんな鋼鉄をボルト止めしたホイールを引き千切れるのか!?
去年のベルセキアの一件でシルフィー・リッツアが異界から来てあまりにも多くの怪異を眼にしすぎた。
そして今年になってテキサス・フォート・ブリスに怪物が襲来し、日も開けずに中東でのヴァンパイア。世の中どうにかなってるとレイカは思った。
『通り北から少女が入り込んだ。髪形──巻き毛のツインテールに黒のスカート広がったドレス。警官隊の騒動の方へ歩いてくる』
息急き切ったような無線連絡にレイカは通りに沿って狙撃銃を僅かに動かし光学照準器視野で通りをゆっくりと俯瞰してゆくと交差点から20フィートの所に正面向いた少女を見つけだした。
難民キャンプにいたMGと闘っていた少女と瓜二つだった。
当人だと断定できないのは通りの暗さからだった。
一つ目の街灯の灯りの下に少女が入ってくる。
コークスクリューのツインテール。
「間違いない。淵源です」とレイカはチーフに向け骨伝導マイクで無線に乗せ報せた。
『随時、狙撃できるようにしろ』
通りのどこかにいるMGが直に確認し狙撃指示出すのだとレイカは取った。
「グリーン、リマ」
『グリーン、マイク』、『グリーン、ノウベムバァ』
ほぼ同時に別な場所から狙うデヴィッド・ムーアとジャック・グリーショックがチーフへ返す無線をレイカは聞いていた。
ミル規格で目盛り切られたクロスラインにアランカ・クリステアの額を捉えながらレイカはヴァンパイア・ハンターのエステル・ヴァン・ヘルシングの言葉を思いだしていた。
銃弾は物理的なエネルギーで吸血鬼の動きを一時的に鈍らせることはできるが、何発撃ち込もうと致命傷にはならない。
物理的な効果があるなら挽き肉にもできるのだとレイカは思った。そのための50口径のセミオートなのだ。ヘッドショット一撃目で膝を落としたらうつ伏せになる前に首を粉砕し、倒れ掛かった頭上からさらに一発撃ち込み脳幹を駄目押しで粉砕する。
それができる距離と腕だとレイカは思った。
コアの高次元通信に構成素材が応答しないことは珍しい。現代機器の無線は距離で応答が遅れるとアランカ・クリステアは知っていた。だが神のテクノロジーであるコアの通信手段に距離は関係な量子通信で交わされる構成素材との返事が戻らぬのは別な意味があった。
アランカ・クリステアは新しい使役であるアン・プリストリの元へと急いだ。
あれを手放すつもりは毛頭ない。
この躯捨て恐ろしいほどの呪詛に満ちたあれに乗り移ってもいいほどに思った。そうすれば向こう数千年は世界を蹂躙し楽しめる。
どうせこの街の警察官か国の兵士と一戦交えており、それが応答しない理由だと少女姿の淵源は考えた。
軽く駆けていたのをいきなりヴァンパイアは輪郭をぶらして残像曳いて姿掻き消した。
周囲の光景が濁流のように流れ数回交差点を曲がり、見えた通りに十台余りの青い警告灯瞬かせる警察車両が止まり三十人ほどの警官らが通りの先に向け大小の銃器を構えていた。
あぁ、ここかアン・プリストリがいる場所はとアランカにはすぐにわかった。
一度交差点で足を止めゆっくりと歩きだした少女は具に場を観察した。
集団を狩るときには最後尾から手をつけるのが少女のセオリーだった。
一番近いパトカーのフロントフェンダーに身を預けボンネットの上にアサルトライフル構える背後に淵源は音もなく微風も巻き起こさずにいきなり立ち止まった。
そうしてその男の背にピタリと寄り添い躯密着させ右手を頬から口に被せ、冷たい躯と手に驚いた男が顔を強ばらせた瞬間。ヴァンパイアは頸動脈に犬歯四本のを喰い込ませた。
すべての血を吸い取り殺すつもりはなかった。
男の血流にマイクロマシンの構成素材を流し入れ牙を抜いた。
人を奴隷にするもゾンビにするも意のままだった。
血流に流れるマイクロマシンは血流の岐路を選択し迅速に脳髄に達すると男の脳幹から急激に枝を伸ばし何十億ものシナプスに幾何級数的に喰い込み始めた。
アランカがその警官の背から離れて数歩、いきなりその警官は肩と首をガクつかせ少女に噛みつかれて五秒余りで使役となった。
男はアサルトライフルをボンネットに放り出し車から離れ別のパトカーを遮蔽物とする警官に歩きよるといきなり背後から羽交い締めにして首に噛みつき、複製したマイクロマシンを注入した。
ものの数分で最初の警官の身体にはウイルスが増殖するよりも速く最初のマイクロマシンが工場化し分身のマイクロマシンを増産し始めていた。
警官らは次々に鼠算式にアランカの奴隷を生み出し、ものの五分もしない内にその通りにいる北側の警官隊はヴァンパイアとなり他の獲物を求め始めた。
その先頭で警官らの使役らが左右に分かれアランカ・クリステアが歩いて姿現すとヴァンパイアのクイーンは通り中央にいるアン・プリストリへ怒鳴った。
「お師匠よ! 我への新鮮な若い贄はどうした!? 揉め事を起こさせるために────お前を行かせたわけではないぞ!」
横転した警察車両から部品を引き千切っては投げつけていた大柄な女はダイナモを握りしめ振り上げていた腕を空中で止め半身振り向き鼻筋に皺刻み通りの離れた場所にいる黒いゴスドレス着た少女を黙って見つめた。
「────────」
その無粋な態度にアランカは目を細め一度唇を歪め高圧的に命じた。
「アン・プリストリ! 即刻この乱痴気騒ぎを止め少年少女を探してこい!」
背の高い大柄な女が鼻を鳴らしそっぽを向いたので、ヴァンパイアの女王は裏煉獄の裁定者に対してどうしてこうもコアの支配力が弱いのかと苛つき、躯の仕組みが人と違うからなのかと困惑した。
いきなりその女がブロンドの長髪振り回し顎を引いた上目遣いで振り向くと絶対大君である淵源を睨みつけ舌なめずりし酷い巻き舌の英語で警告した。
「アランカ様ァよう──俺様ァは、滅びゆくゥ君主にィ仕えるつもりはないぜェ────」
少女は覚めた眼差しでその使役を見つめコアに命じた。
アン・プリストリの絶対服従を!
寸秒、アンは落雷に打たれたように硬直し、うなだれると首筋に片手当て口元から一滴涎垂れ流しアスファルトに両膝を落とし迷彩柄の冥途服のスカートが広がった。
「さあ、少年少女を探しに────」
そこまで命じて淵源は目を丸くして顔を強ばらせた。
「うちのセキュリティはウーバーイーツじゃないんだがな」
アランカ・クリステアが半身振り向くと十ヤード余りの背後にウエットスーツのような身体に密着した戦闘服に身を包んだショートヘアのプラチナブロンドの女が腰に片手当て仁王立ちでいた。
「くぅうう、マリア・ガーランド!」
完全に踵返し押し殺した声で名を呼んだ少女が声で配下にした警官らに命じた。
「この女を手足動けぬように手荒く傷めつけ自由を奪え!」
その命令に超民間軍事企業の長も骨伝導マイクを指で押さえ明瞭な声で命じた。
"Head Shot!!!"
(:撃て!)
その寸秒、マック2.7(:約918m)の爆速で通り前後の330ヤードからコンマ3秒で飛来したリップスティックなみのMk263Mod2徹甲弾が、防ぐ余裕も与えず、アランカ・クリステアの右顳顬とツインテール中央の後頭部、鼻梁の真上に銃創を生み、射入口周囲の皮膚と骨を大きく陥没させ一瞬で頭部が爆発し脳髄が派手に四散し五十口径の射撃音が通りに重なった。
アランカ・クリステアは三発の対物ライフル弾に首から上を粉砕され、踊るようにステップ踏み換え射殺命じたマリア・ガーランドに背を向けた直後、両膝を落としうつ伏せに倒れ込んだ。
それを眼の当たりにしてアン・プリストリが握りしめていたダイナモを落とし口角を吊り上げ赤紫の虹彩を耀かせた。
だがMGは腰に片手当て仁王立ちのままラピスラズリの三白眼でどす黒い血を撒き散らしうつ伏せに倒れ動かないでいるヴァンパイアの女王から眼を放さなかった。
通り南側の警官らは唖然となり撃つのを止め、北側の使役らは腕を上げマリア・ガーランドの背後に迫ろうとしていた。
"Fire Six Shots at the Queen's body!!!"
(:少女へ更に6発撃て!)
そうマリーが骨伝導マイクを片手指で押さえ命じた瞬間、連射される対物アモが次々に黒のゴスドレスを着た頭部無くした小柄な躯を撃ち抉り千切り粉砕してゆき服の破れ目から血肉が吹き出し周囲に広がり続けた。
その凄惨な光景をじっと見つめてなおMGは身動きせず眼を放さずにいた。
もはや体重の二割以上を無くし残滓と化した少女が危害加えることも、ましてや動くことすらないのにマリア・ガーランドはじっと睨みつけており状況終了宣言をしなかった。
『チーフ、背後のヴァンパイアらが交差点から散ってゆきます』
"Sure..."
(:象徴────)
マリーは知っていると告げ、まだレイジョのコアが少女の中で強固に活動し構成素材を操り続けていると思って遺体となった淵源を見つめていた。
このアランカ・クリステアという小娘が何を狙っているのか手に取るようにわかるとマリーは思って呟いた。
「キレやがったな────」
拡散コロニーを生み出し、人がヴァンパイアらに手を打てなくするつもりだ。手始めにこのドバイを試験場にするのだと強い危機感を抱いた。
この少女の遺体を中心に戦術核爆発を起こせば一掃できるのだが、関係ない市民に多くのコラテラル・ダメージが出ることをマリーは危虞した。
この遺体を世界から乱数で上書きしようとMGが腰に当てていた腕を振り向け手のひらを開いた寸秒、いきなり汚れ破れたゴスドレスの内側からぶくぶくと動き体組織が増殖し始めた。
それを眼の当たりにしてマリア・ガーランドは驚いた。
生き返ろうとしている!
コア一つで生身のものが再生するなんて、とマリーは困惑した。コアも構成素材も異星圏で発達した地球で云うところの機械に過ぎなかった。そのマシーンが憑依した生体を目的を持って生かそうとしていた。
怖ろしい技術だと思った。
生き物を死なさせてくれないのだ。
見る間にアランカ・クリステアは胴体を再生し終わり複雑な頭部を造形し始めていた。
この娘が完全に肉体を取り戻しても原罪は残るのだろうか。
精神異常者が殺人罪を罪に問われないように、この小娘が赦されるのだろうか。
頭骨と外皮は見た眼に仕上がり頭皮から切れ落ちた髪さえも次々に再生させてゆく技術に感嘆絶えなかった。
この技術を闇に葬り去ってしまうのが惜しい気がすると思いながら、マリーは小娘が手にした力で数百年間罪なきものを贄にしてきた罪を捨てきれずにいた。
うつ伏せに倒れていたアランカ・クリステアが片腕を立て地面に手を着いて上半身を起こしかかる。
立ち上がった少女は銃創で破れたゴスドレスを手で払って辺りを見回し背後に立つNDCの女社長に気がつき怪訝な面もちで振り向いた。
「あ────ぁ、こんなにしてくれたな」
そう呟き、少女は真新しい唇を出した舌で舐めまわし目の前の神の産物だのアン・プリストリが思っている黒尽くめの女に言い放った。
「落とし前つけていただこう。使役らよ全力持ってこの都市の全住民を我の使役にせよ!」
耳にし、解き放たれた悪魔らを意識し、ああ──この娘の原罪は細胞一つひとつに染み込んでいて再生がリセットとはならないのだとマリーは思い知らされた。
そうして女指揮官は断罪した。
「お前の存在はもはや────死しか意味しない」
そう言い捨てマリア・ガーランドは半身開いた姿勢で腰を落とし右腕を腰後ろに回し込み横向の鞘からフルタングコンバットブレードナイフを引き抜き刃先を斜め上に向け刃を背後に隠し構えた。