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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #29
150/164

Part 29-5 Crisis 危局

Over the border in western Iraq near Saudi Arabia 20:31 Jul/

Syria, southeast of Homs, near Tanf border crossing, three miles northeast of Rukban camp, desert 20:31/

Northwest of Riyadh city, Saudi Arabia 20:29

20:31 イラク西部のサウジアラビア近郊国境上空/

シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプから三マイル北東の砂漠

20:29 サウジアラビア・リアド市街地北西部





 コクピットでM-8マレーナ・スコルディーアの操縦する左座席の背もたれに捕まって仁王立ちのジェシカ・ミラーはフロントウインドから見える月光で照らされた爆速で流れる荒れ地(デザート)のシルエットをにらみながら小便をチビリそうになり鳴り続ける対地接近警報のアナウンスに負けない大声で小娘に問うた。



「マース、お前なんでヴィク並みの操縦ができるんだぁ!? しかもこんな大きな旅客機を!?」



 操縦──一般概念でのこの巨体を制する技術ならダウンロードできる限りあらゆる機体を操れるとマースはマルチスレッドで演算しながら親友のジェスに教えた。



「あんたが、乗り継ぎなしでシリアに行きたいと我がままを言うから仕方なく操縦してる。地上まで百フィート(:約30m)の高度を五百三十ノット(:約979km/h)で操ってるんだ。邪魔すると地上を火炎広げ派手に転がるぞ」



 カタールのドーハにあるハマド国際空港で盗んだボーイング・トリプル7ー200LRをイラクの対空レーダー網を避けて地上ぎりぎりを猛速で飛ばしていた。



 夜間を地表レーダーもない旅客機で目視だけで匍匐飛行(NOE)させるゴシック・ロリータ狂のマースがあの銀髪が見つけてきたただの頭の切れる戦術指揮官(OTC)でなく明らかに天才肌の小娘なのだとジェスは思い違いしてたことを困惑していた。



 いきなりコクピットが揺れ真っ暗な前方視界に狭い単発の火炎バーナーが見えそれが前方から横へ回り込み始めすぐに見えなくなりマースがぼそりとボヤいた。



「あぁ──イラク空軍のFー16Dに見つかっちゃった────」



 Fー16!? それってアメリカ製戦闘機だろうとジェスは思った。真っ暗なのになんでFー16戦闘機だとわかるのだと疑問符だらけになった。



 マースは背もたれから離れ手を伸ばし航空無線機を操作し周波数を変え始めた。すぐに呼びかけの無線を見つけてジェスにヘッドセットを手渡した。



 それを受け取りジェスはレシーバーを片耳に当てた。



『──空軍第9飛行隊の防空機だ。トランスポンダを切って飛行する旅客機。近隣の空港まで誘導する。誘導に従わなければ撃墜する────』


 その後はアラビア語になりジェスには理解できずにヘッドセットをマースに返した。



「ついて来いと言ってるぞ。来ないと撃ち落とすって言ってる」



 マースはヘッドセットを放り出しジェスに忠告した。



「当機は激しく揺れます──ジェス、副操縦席に座ってシートベルトした方がいいぞ。こいつを手荒く扱う」



 小娘の提案にジェスはあわてて右のコパイロット席に座りガチャガチャとベルトを付けマースに問うた。



「乱暴にって、どうするんだ!?」



「制空戦闘機のパイロットは相手が旅客機だと油断している。油断大敵だと教えてやるんだよ」



 教えてやる!? 武装のない鈍い動きの旅客機でどうやって、とジェシカ・ミラーが戸惑った寸秒、機が急激に左へ傾きだした。











 AIに指示した直後、タイムラグもなくリストモニタの半透明のホログラムが切り替わりアラビア半島が大映しされ見守るセキュリティらとヴァンパイア・ハンターのエステルがマリア・ガーランドへと身を乗りだした。



「行き先はどこだ!?」



 エステルに問われホログラムを見ているマリーは一度顔をしかめ教えた。



「サウジのリヤドだわ」



 よりによってサウジ王室のお膝元とはとマリーは短くため息をついた。



 感染者が爆増するぞ。そこに憑依ひょういされたアン・プリストリとヴァンパイア・クイーンがいるとなるともたもたできなかった。



 レイジョ(レギオン)による身体改造があるとはいえ、近代攻撃手段の飽和火力にさらされたらアンの命が危なかった。



 それに女王気取りのあのコークスクリュウ小娘をどうするか決めかねていた。



 人の尊厳そんげんないがしろにして吸血衝動の奴隷化を手当たり次第に行うあの人間性の欠如けつじょした小娘はやはり殺してしまわないといけないとマリーは考えていた。



 だが逃げ込んだリヤドは人口七百万余りの大都市だ。迂闊に爆裂系魔法も使えない。これは手こずるぞとマリーは覚悟した。



 自分も含めセキュリティらはヘッドギアを持ってきておらず電子光学擬態(エミック)が使えないのはネックだが、陣形を上手く配すればスナイパーが四人もいるのでセキュリティらの被害を心配せずに攻め落とせるかもしれなかった。



「よし、火器準備いいな。転移してすぐにヴァンパイアの淵源(オリジン)捕捉ほそく。一気にたたむ。全員時刻調整────ハック」



 マリーの掛け声でセキュリティらとエステルが腕時計を2015に合わせFN SCARーHを構えた。



 その寸秒、異空通路ことわりのみちを念じ開くとマリーがまず先頭で雷光が瞬く漆黒しっこくの渦へ踏み込むと続いてレイカの背が吸い込まれた。



 最後のセシリー・ワイルドが一度半身振り向いて次元回廊に入ると漆黒しっこくの魔法の道がきりのように霧散した。











 人気がなかった歩道に立ち止まりアン・プリストリは顔を横に振り向けた。



 ルーフに青いフラッシュ・ライトを瞬かせる白のセダンが止まり警官が二人下りてきた。



"ماذا تفعل في هذه الساعة المتأخرة؟"

(:こんな時刻に何をしてる?)


 人の使うあらゆる言語を知ってるアンは、流し目を警官らに向けあざけった。



「邪魔をォするなァ──」



 その巻き舌の英語を理解できずに警官らは顔を合わすとホルスターのグロック17を手に握り銃口を迷彩柄のメイド服の女に振り向け警告した。



"لا تتحرك"

(:動くな!)


 今のわれは容赦ないぞ、そうアンは内心思い警官らに左腕振り上げ指すべてを向けた寸秒、爆炎が膨れ上がりパトカーが横転し警官らが吹き飛ばされた。



 あぁ、少佐(LCDR)に怒られると思いながらアンが燃え上がったその一帯を離れようとした矢先に街路の先の交差点にデザートパターンのVAMTAC軍用四輪駆動汎用車が通りかかり火炎上げる横転した車両見かけ停車した。



 サウジ王立陸軍の汎用車からH&K G36を持った三人の兵士が降車しアサルトライフルを構え用心深く燃え盛る一帯に向かって来だした。



"لا تتحرك"

(:動くな!)



"ماذا تفعل؟!؟"

(:何をやってる!?)



"من أنت؟!؟"

(:何者だ!?)



 矢継ぎ早に問われたがアン・プリストリは無視して兵士らへと歩いた。意識には少年少女をさらいアランカ・クリステアへとみつぐことがあった。



 沸々とした苛立ちと少佐(LCDR)への裏切りが意識の隅にあった。



 この葛藤かっとうなぜだとアンは怒りを爆発させそうだった。



 いきなり足元に銃弾(ブレット)を撃ち込まれ再度兵士に警告された。



"إذا لم تتوقف ، سأقتلك حقا في المرة القادمة"

(:止まらぬと次は本当に殺すぞ!)



 底知れぬ怒りに契約もない従属だと気づいた。



 それでも淵源(オリジン)を喜ばせなければならない。



 兵士らが正確にねらい定めて発砲するのが見えていた。その十数発の軍用弾がアンの手前二ヤードで紫紺のスクリーン──魔導障壁にぶつかり空中で止まり回転していた。それへアンが左手を流すとその銃弾(ブレット)煉瓦れんが敷きの歩道にバラバラと落ちた。



「邪魔をォするなァと言ってるだろうがァ────」



 そうアン・プリストリがつぶやいた刹那せつな彼女の足元から兵士らへと溶岩の川が広がり兵士らは叫び声を上げ炎上げ真っ赤に焼けた地面にひざまづき倒れ溶けた岩に沈むと、軍用車の運転席に残っていた兵士があわてて車を走らせだした。



 一念でほのお掻き消した裏煉獄の裁定者(ルーラー)は街路を見回して思った。







「困ったァ──この辺りにィ少年少女なんてェいるわけェねえじゃん────」











 胸の中にあるコアが警戒せよと言い続けていた。



 アランカ・クリステアは新たな使役(モンストロ)が若き男女を供物に捧げるのを待っていたが、神とあがめるコアがこの人気のない街路で警戒することを押しつけていた。それから気を逸らすようにゴシック・ドレスの少女はつぶやいた。



"Acest oraș nu este interesant..."

(:面白くもない街だわ──)



 閉じた商店のシャッターにもたれ掛かり、アン・プリストリがどんな少年少女を連れて来るのかニヤニヤしてると人の気配にアランカは視線振り向けた。



 跳びした影に二つの人のシルエットが見えた。



 千鳥足で歩いてくる。



 酒に酔っているなとヴァンパイアの女王は思った。介立で厳しい国でもこういう手合いはいる。



 しばらくすると街灯消えた暗いシャッターの少女に歩いてきた二人の男が並んで立ち止まりアランカを見つめ一人の痩せた背の高い方の男が小太りの背の低い男に言い切った。



"ألق نظرة. عاهرة لطيفة تشبه الدمية تقف وتنتظر العملاء"

(:見ろよ。人形のような可愛い娼婦が客を取ってるぞ)



 アラビア語はわからぬとも舐めまわすような男らの目つきに少女は鼻筋はなすじしわを刻んだ。



"يا فتاة ، هل يمكنك الترفيه عن كلانا في وقت واحد؟"

(:お嬢ちゃん3Pで遊べるかい?)



 そう太った男が猫なで声で言うと、痩せた方が付け加えた。



"أعتقد أنه سيجعلها أرخص ، أليس كذلك؟"

(:安くしてくれよ──なぁ)



 言ってる意味はわからぬとも、男らが卑猥なことを言っているのだとアランカは思い暇つぶしに男らをからかってやろうと決めた。



 アランカは流し目を二人に送ると、ゴシック・ドレスの前を両手で摘まみ上げドロワーズが見える寸前のオーバーニーソックス履いたひざ頭までを男らに見せた。



 すると男らは顔を見合わせさらに鼻の下を伸ばした。



"حسنا ، لقد قررت. هناك مكان رخيص للإقامة في مكان قريب"

(:よしいいぞ。近くに安い宿があるんだ)



 そう言いながら痩せた方の男が少女へ手を伸ばした。



 アランカ・クリステアはその指をがっしりとつかみ引っ張り、手首にやんわりと噛みついた。



"هذا ليس جيدا. أنا لا أحب هذا النوع من اللعب"

(:駄目だダメ。そういうプレイは好きじゃない)



 説教口調の声色にヴァンパイア・クイーンはきつい目つきになり上下四本の犬歯を一気に食い込ませた。



 痩せた男はわめき始め少女を振り解こうと腕をじたばたさせ、驚いた太った男は噛みつかれている腕と小娘の額に両手かけ引き離そうとし始めた。



 手首の動脈が切れ鮮血があふれだしたがアルコール混じりのその血をアランカはまずいと思い牙を抜くと額に手をかけた太った男の指をつかみひねり上げ手首にがっつりと噛みついた。



 噛みついた少女の腹を蹴り上げ太った男はわめき逃れようとした。



 その一撃にアランカは怒り覚え手首を食いちぎると千切れた手首を逆の手で押さえ太った男は後退あとずさった。その後ろに地面に両膝りょうひざ落とした痩せた男がいた。



 二人の男らは絡まりひっくり返り助け呼び大声を上げ始めた。



 なげかわしいと少女はさげすんだ目で男らを見下ろしながら歩み寄ると、まず痩せた男の片足首を踏みつけつぶし砕いた。



 そうしてアランカはその男を跳び越え太った男の股間へパンプスの爪先を激しく蹴り込んだ。



 二人の男らはもう大声も出せずうめき転げ回った。



"Iată cum să folosești picioarele care ies din această fustă care îți place."

(:あなた達の好きなこのスカートから出てる足にはこんな使い方もあるのよ)



 そう言い捨ててアランカは太った男の口を力込めて蹴り込んだ。



 男は白目を向いて前歯がすべて折れた口から泡を吹いて気を失うと、少女は振り向いて痩せた男の背後から迫り頭を両手でつかんで急激にひね頚椎けいついを折って殺してしまった。



 アランカ・クリステアは経験もできぬ少女の身ゆえ男女の目合まぐわいを嫌悪してそんなものを求める大人はみな殺してしまうことにしていた。



 たまに少女は手を出してくる女が一番許せなかった。



 使役(モンストロ)にすら出来ぬ無用な人間は生かしておかない。そう思った矢先に銃声が聞こえアランカは顔を振り向けた。



 拳銃の銃声だった。



 新しい使役(モンストロ)のアン・プリストリが少年少女を見つけに行った方だった。あの人の姿した真正の魔物が銃弾(ブレット)で傷つくことはないと淵源(オリジン)は思った。むしろ敵対する人間の方が生きてはいないだろう。



 アランカ・クリステアはあの大柄な女がどんな若いにえを見つけてくるか喉の渇きに舌なめずりした。











 地表を滑走している!



 高度計のデジタル計数が50フィート(:約15m)に迫り狂ったように流れる闇が地表にまでもう高さがないと物語っていた。



 ジェシカ・ミラーは副操縦士の座席に身を押しつけわめいた。



「イラク空軍のFー16にミサイルで撃ち落とされる前に地上に激突してバラバラになる!」



「ジェス! イラクの戦闘機はこの高度でミサイルは使わない。赤外線シーカーが地表ギリギリの2基のエンジン噴射口を上手くとらえられないから。代わりに接近し機銃で攻撃してくる」



 M-8マレーナ・スコルディーアは冷静にそう応えタイミングを見計らっていた。



 チャンスは一度きり。



 しくじればイラク空軍機は無事で旅客機は地上に激突する。



 成功する確率は10パーセントを切っている。



 自動人形(オートマタ)は超絶的に操縦桿そうじゅうかんとラダー・ペダルを操り一秒間に九十四万リットルの空気を吐き出し爆速するワイドボディの大型旅客機を掌握していた。



 人の様にかんたよることのないマースはイラク空軍の防空任務に当たるFー16Dが70パーセント以上の確率で後方に付けるのを待っていた。



 その確率が1ポイント越えた寸秒、Mー8は操縦桿そうじゅうかんを左へ17度、1.3秒間急激に切ってバンクさせた。



 荒れ地(デザート)に接触した左翼が操縦室にまで聞こえる破壊音を上げ一瞬で主翼端に後退角を付け跳ね上がったレイクド・ウィングチップからエルロン半ばまで崩壊し多量の土砂を跳ね上げそれがターボファンの排気に巻き飛ばされ広がり機銃射撃のために千フィート後方上空にいたFー16Dバイパーのエアインテークに襲いかかった。



 F100ーPWー220Eターボファンエンジンのファンに巻き込んだ土砂がバードストライクよりも重大な破損をもたらし一気にブレードが弾け飛ぶと二人の搭乗員は無線連絡もできず緊急脱出し地上に激突し火焔かえんに巻き込まれた機体の上空にパラシュートを二傘開いた。



 マースはインボード・エルロンで機体をゆっくりとロールさせ同時に緩やかに機首を持ち上げ地表から離れた。



 高度二百三十フィートに上がると自動人形(オートマタ)は副操縦席のジェスへ顔を向けた。



 ジェシカ・ミラーは唇震わせてゴシック・ドレス姿で操縦する少女を目を丸くし見つめ問いただした。



「い、今、さっき──地面に激突し、したよ、な────!?」





「あぁ、左翼を二十六パーセント削って戦闘機を落とした」







 そう告げたM-8マレーナ・スコルディーアは臭覚センサーにアンモニア臭を検知してジェスが失禁したことを知り眉根寄せ小鼻をひくつかせた。












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