Part 29-3 Dea fortissima dicitur 最強の女神
Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs Syria, 20:01 Jul
7月15日20:01 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ
なんという運命だろう。
迷彩柄の使役服を着た恐ろしい力の長身の金髪女に倒され踏み伏せられた少時、突如地面を割って湧いた溶岩に沈み始めヴァンパイアの始祖アランカ・クリステアは数百年ぶりに絶望を抱いた。
あの銀髪の女といい、この使役服の女といいどこから来たのだと少女は困惑した。
それにこの中東の難民キャンプに地学的に溶岩噴出は有り得なかった。
なのに灼熱に大きく大組織を欠損しながら修復が追いつかずに知覚できる躯が急激に損なわれている。
ふと少女は踏みしだく使役服の女が飛び跳ねる溶岩が足に触れても平然としていることに、こいつにもコアがあり構成素材に護られているのかと勘ぐった。
こいつの素材を支配下に置けば立場が逆転する。
そう思った淵源はゴシック・ドレスの胸を突き破り急激にプローブを構成させ伸ばし踏みつける大柄の女のスカートの中へ浸透させると勢いつけ右脚の大腿部を貫いた。
その大柄の白人女へと大量の構成素材を送り込み急速にその神経組織から脳髄へと次々に支配下に置いた。
素材が金髪女の記憶を読み取り淵源は驚いた。
こいつは自身で人でないと認識していた。頭がイカレているのかとアランカは思った。
裏煉獄の裁定者だと!?
だがその記憶に様々な能力があった。こいつの身体があれば大規模に人間を支配下における。だが最も愕かされたことに銀髪女の素性があった。
マリア・ガーランドだと!?
神の創造物!?
神の力授かったこの我が限定された力しか持たぬのに、銀髪の能力には限界がなかった。
このアン・プリストリという女────アーウェルサ・プールガートリウムの底知れぬ能力とエネルギーには驚嘆するが、乗っ取るのならマリア・ガーランドだとアランカ・クリステアは決意した。
踏みつける足をどかさせてアランカは自身を焼きつける溶岩の沼から精神支配したAPに拾い上げさせると溶岩の外へと大柄な女に進み出させた。
ヴァンパイアの女王は急激に躯を構成し直して修復させ、意識を近くにいるはずのMGへと振り向けた寸秒アランカ・クリステアは目を強ばらせた。
たった二人──レイカ・アズマと二人で女社長が使役ら四十数体と感染もせずに乱闘していた。
マリア・ガーランドを押さえて我が手中にするにはアン・プリストリを使うしか方法がなかった。
両腕振り向け襲ってくる吸血鬼どもを次々に腕を取り関節の稼働範囲外へと捻り曲げ跪かせ後頭部から延髄をファイヴセヴンで撃ち抜く。
「レイカ! こいつらはもう人ではないから躊躇せずに殺せ!」
そうチーフに命じられ武家の末裔で唯一の子孫である東 麗香は唇を引き結んで淡々と吸血鬼どもを動けなくしていた。
だが傍らでマリア・ガーランドは向かってくる吸血鬼の腕を取り背後に回り込み膝裏を蹴り込んで連続技で吸血鬼どもに膝を落とさせハンドガンも使わずに延髄にナイフを打ち込んでいた。
月光の下で清流のように流れるMGのプラチナブロンドのなんと美しいことか。
自分の倍以上のペースで吸血鬼どもを動かぬ屍ねに変えてゆく鬼神のごとき上司に惚れぼれとしてレイカは流し目を送っていた。
その動きが一気に止まり、片腕振り上げたマリアが立ち止まっている背後にアン・プリストリがその手首つかみ赤い眼を光らせていることにスナイパーはまさかあいつが吸血され感染したのかと油断してしまった。
刹那、両腕を四体の吸血鬼につかまれ動き封じられ回り込んできた初老の男吸血鬼が開いた口の牙を見せつけ襲いかかった。
いくら吸血鬼であろうと訓練された特殊部隊兵には近接格闘で足元にも及ばぬと、マリーは次々につかみかかろうとする吸血鬼の片腕をナイフ持たぬ手でつかみ引き込みその外を滑るように身を翻し一瞬で吸血鬼の背後に回り込んで膝裏を蹴りつけ両膝を落とさせ、延髄目掛けフルタングコンバットブレードナイフの刃を打ち込み続けた。
三十六体を倒した直後、マリーはナイフ振り上げた片腕の手首をいきなりつかまれ横顔の流し目で背後に立つのがアン・プリストリなのだと知った。
寸秒──力技で攻めてくる前にと急激に膝を下げ大柄な女の跨下から背後へ回り込もうとして逆につかまれた手首を吊り上げられその腹部を膝蹴りした。
だがスターズナンバー2になったガンファイターはまったく堪えずにマリーを吊り下げたまま、淵源の元へと歩き運んだ。
マリーは吊り上げられた手からナイフ放し落ちてくるナイフ・ハンドルを逆手の左手でつかみ振り回して右手首つかみ上げたアンの左腕首の腱を断ち切った。
自由になりアンとヴァンパイアの女王から跳び離れたマリーはアンがすでに手首の腱を修復させ自由に手首動かすのが見えていた。
「ダメだ止めておけ────アン! ヴァンプに成り果てたか!?」
そう盟友に言い切りながらマリーはアンとアランカの出方を油断なく探り続けた。
アン・プリストリは下唇に二本の犬歯を覗かせ月光下でわかるほどの赤黒い眼で無言でマリーを見つめていた。
すぐにかかって来ないところを見るとアンは吸血鬼の女王の指示待ちだとマリーは気づいた。呪縛下にあるのだ。
マリーは仁王立ちのアンの姿を見ながら、同時に彼女の膨大なパラメーターを見ていた。変移してゆく何百兆もの変数のどこに吸血鬼となる部分を限定できず取れる手法は一つだと覚悟する。
その寸秒、離れた場所でレイカが五体の吸血鬼に襲われているのを視野の隅で見たマリーは身動きとれない三竦みの状態に終止符を打ってでた。
「フラッシュ・バン!」
そうマリア・ガーランドが呟いた刹那アンとゴシック・ドレスの燃え残りを着た少女の目前に非常に小さな1千万ルーメンの恐ろしく眩い白色光が出現し明滅し幻惑した。
瞬間、マリーは踵返し襲われているレイカの元へ急激に駆けだした。
その目前で首に噛みつかれたスナイパーは弛緩して吸血鬼らにつかまれた腕に支えられ力なくぶら下がり眼にしたマリーは唖然となった。
レイカを捉える吸血鬼のまず部下の首に噛みついた奴からマリーは血祭りに上げた。
その少時、他の吸血鬼らがレイカから手を放しマリーへと襲いかかった。
時間が惜しかった。
レイカを吸血鬼にせずに済ますには一刻も早く浄化する必要があった。
マリア・ガーランドは次々に吸血鬼らの腕や肩をつかみ部下から引き剥がし延髄にナイフ打ち込んだ。
そうしてぐったりと崩れ落ちてきたスナイパーをマリーは受け止めた。
両腕の上で昏睡するレイカの膨大な変数を俯瞰したが特定できずマリーはレイカを地面に下ろし腰の後ろのホルスターからファイヴセヴンを引き抜き銃口をレイカに額に向け下唇を噛んで引き金を引いた。
レイカ・アズマの眉間上に銃創が生まれ血が滲み出した直後彼女の身体が金色の鱗粉に分解し始め完全に形なくすとその広がった金色の霧が逆転し集まり始め人の形を朧気に形作りだし急激にディテールを再現しだすとNDCのコンバットスーツ着た状態で完璧に再生した。
すぐに瞼開き一度瞬いたスナイパーの漆黒の虹彩を覗き込んでマリーが問いかけた。
「言い知れぬ喪失感や不安はない?」
「いえ、私は────たしか──吸血鬼に咬まれてからの記憶が────」
「それぐらいならば大丈夫。レニインタルネイションで吸血鬼に咬まれ感染した異物は取り除いた。立ち上がり吸血鬼らを倒せる?」
マリーに言われレイカは頷くと落ちていた自分のハンドガンをつかみ上半身起こし立ち上がり周囲の状況に眼を丸くした。
何もかもが停止し、チーフの背後で刺さるような強烈な光源から顔を逸らすアンと吸血鬼の女王の少女も動き封じられていた。そればかりではない。離れた場所で他のセキュリティらが吸血鬼らと格闘しながら動き止まっていた。
「動かすわよ!」
そうマリア・ガーランドが部下に告げた刹那、何もかもが急激に動きだしレイカは立ち上がりハンドガンを握ってない手でコンバットナイフを太腿の鞘から引き抜き指で回転させ逆手でハンドルを握りしめ構えながら一瞬考え続けた。
マリアは確かに動かすと宣言した。
止めていたのは周囲の人や吸血鬼らではない。
自分とマリア自身以外の時間を止めていたのだろうか。彼女はセントラルパークでのヴェルセキアとの戦いで一度死にながら生き返っただけでなく命落としたヴェロニカ・ダーシーさえ生き返らせた。ヘラルドとフローラが見つけだしてきた人物がただの人ではないと思っていたが、十代でシールズの少佐をしていただけでなく不可思議な能力を次々に見せ続ける。
東洋人のスナイパーは向かってきた吸血鬼らを連鎖のように一気に倒し延髄からコンバットナイフを引き抜いた。
その切っ先の血糊が引き伸ばされ弧を描いた背後でマリア・ガーランドがアン・プリストリと近接格闘を始めた。その組み合った刹那まるでインゴッドがぶつかり合ったような轟音が聞こえレイカは眼を強ばらせた。
なぜ素手で組み合うのにあんな金属音が、それも大きく響くのだ!?
閃光から顔を逸らした刹那、淵源のアランカ・クリステアはマリア・ガーランドが血を吸われた黒髪の女レイカ・アズマの額を銃で撃ち抜いたのを確かに見た。
それなのにはっきりと視認した時には、レイカは使役になっておらず立ち上がり他の使役らと格闘戦を再開しマリア・ガーランドがこちらへ向かって駆け込んでくるところだった。
何かがおかしかった。
記憶が飛んでおり、まるで時間がつなぎ合わせられたような気がアランカには思えた。
胸のコアの正確なクロックの分周は数ピコ秒も狂っておらず時間が飛んでいる理由がわからなかった。
ふたたび向かってきてアン・プリストリと手と手で組み合った瞬間、二人の間から響いた轟音にアランカはたじろいでしまった。
力技で女社長を屈伏させようとするアンの横を回り込みヴァンパイア・クイーンはMGの背後に取り憑こうと狙っていた。
いきなりマリア・ガーランドはアンと手を組んだままバク転し背後から逆さまになりアンの首に両脚を絡め上半身を落として大柄なアンを振り上げ頭から地面に逆さ落としして、アランカ・クリステアは慌てて後退さった。
両膝落とし俯いたアンの前方から肩に左手突いて空転しその背後に飛び下りたマリア・ガーランドはコンバットナイフの刃を口に咥えておりホルスターからハンドガンを引き抜き裏煉獄の主の延髄に銃口を振り上げた。
戦え! 後頭部を銃で狙われているぞ!
そうアランカが空間転移で使役になったアンの意識に刷り込んだ刹那、地面に着いた両膝を滑らせアンが上半身を半身捻りマリア・ガーランドの片足首をつかんだ。
足首を振り上げられ体勢を崩した女社長が振り回した拳銃を発砲させ銃弾が背後に回り込んでいた吸血鬼の少女のコークスクリュウの左のツインテールを撃ち抜いた。
一瞬唖然となったアランカは大切な髪を損なったことで一気に激昂するとアンが地面に叩きつけたMGへと牙剥いて迫った。
その女社長の項から眩いばかりの小さな光源が出現し少女は片腕で顔を庇った。その上腕と隠しきれぬ顔の顎と額から一気に白煙が広がり青白い焔が立ち上がった。
まただ! 歯がゆいことにこのマリアという女は紫外線の光源を自在に生みだす!
焼かれているのは吸血鬼の少女だけでなく、アン・プリストリも青白い焔に包まれていた。それだけでなく幾つものテントが崩れ空き地となった場所にこぞって襲いかかる使役らは離れているのに派手に焼かれていた。
肉を切らせて骨を断つしかないのか。
そう意識して淵源は両腕を顔の前に交差させ業火に激しく皮膚を焼かれながらマリア・ガーランドの背後に一歩ずつ迫った。
派手に焔吹き上げる片腕を前に突き出し、ぼろぼろに赤灼の指広げその鉤爪で神の創造物を我が手の内に────。
いきなりアン・プリストリの手を振り切ったプラチナブロンドの女が振り向き吸血鬼の少女の突き出した腕の手首つかみ引き寄せその外を走り抜けた。
油断だった。
この女はチャンスを見逃さないばかりか、それを生みだすために巧みな演技をしていた!
ツインテールの片側の髪をつかまれ仰け反った淵源は、背後に回り込んだアンが少佐と呼ぶ女が異様な執念で延髄を狙いフルタングコンバットブレードナイフを振り上げたのを感じとった。
躱しようのないこの状況にアランカ・クリステア・ドラクレシュティは五百数十年ぶりの本物の絶望に突き落とされた。
このプラチナブロンドの女はまさに最強の戦闘神なのだと裏煉獄の裁定者の記憶に焼きついていた。