Part 29-2 Turmă 群れ
Hamad International Airport in Doha, Qatar, Middle East, 19:51 Jul/
Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs Syria, 19:51 Jul
7月15日19:51中東カタール・ドーハ ハマド国際空港/
7月15日19:48 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ
出発ロビー、CーCのベンチで二人して肩をならべ一人ジェシカ・ミラーが平気な顔でいるM-8マレーナ・スコルディーアに愚痴り続けていた。
「こんな中東の見知らぬカタールの空港でなんで乗り換えに18時間も待つようなチケット選んだんだ? しかもイラクのバグダッドからさらに乗り換えてやっとシリア入りなんて!」
小娘に絡むと自動人形は平気な顔で説明した。
「ジェス、もう6回も言っただろう。中東の多くの国際空港はアメリカのJFKから直にアクセスしてないから。中継地のイラクでさえ乗り入れるにはカタールを経由するしかないの」
ジェスは氷が溶けて生ぬるくなったコカコーラをストローで啜りまた少女に絡んだ。
「だからって待ち時間18時間はねぇだろうが! 18時間もこんな所でどうするんだぁ!?」
すぐに自動人形は応えた。
「もう5時間つぶしたでしょう。あと13時間しかない」
その言いぐさにジェスはカチンときた。
「13時間も残ってるじゃねぇか!」
「じゃあゲームをしよう。私が勝てば2人で乗り継ぎを我慢する。あなたが勝てばシリアのダマスカス国際空港までの待ち時間なしの航空機をわたしが手配する」
ジェスはベンチから腰を浮かし少女の肩をつかみ激しく揺すり怒鳴った。
「お前ぇ! 私に中東までのチケット代を払わせておいて、どうやってシリアまでの旅券手配するんだぁ!?」
「秘密ぅ、さあゲームする?」
ジェスはマースから手を放し承諾した。
「や、やろうじゃねぇか。どんなゲームだよ?」
マースが行き交う旅客を指さして説明した。
「旅行者の中から出国審査で引っかかりそうな奴を当てるの。先に当てた方が勝ち」
そんなの簡単だとジェスはおもった。髭面の悪人そうな奴が出国審査で足止めされるに決まっている。
だが行き交う男の殆どが鼻下から顎にかけて髭を生やしている。
わからねぇとジェシカ・ミラーは眼を游がせた。
その寸秒、小ぶりのスーツケース1つ曳いて先を急ぐ痩せた中東人を少女は指さして囁いた。
「あいつは別室に連れていかれる手合いだよ」
なんでそんなことがわかるとジェスは鼻筋に皺刻みその横切ってゆく中東人を眼で追った。
「いや、あれはすんなりと出国審査をパスする」
そう言ってジェスは3つのスーツケースをカートに山積みにして歩く恰幅の良い中東人を指さしてマースに告げた。
「あいつは怪しい。必ず審査で足止めされるぞ」
いきなりマースは立ち上がるとジェスを促せた。
「見に行こう。どうなるかを──」
仕方なくジェスは立ち上がると少女に遅れて歩きだした。
エスカレーターを上がりフロアが変わると出国審査のバリケードが先に見えていた。
そこへ先ほどの3つのスーツケースをカートに山積みにして歩く恰幅の良い中東人と小ぶりのスーツケース1つ曳いて先を急ぐ痩せた中東人が向かっていた。
その審査ゲートから離れ少女が立ち止まり続いてジェスが足を止めるとカートに高くスーツケース積んだ男が審査窓口に止まりパスポートと旅券を差しだした。
それをジェスがじっと見つめているとその恰幅のいい中東人は数回審査官と会話を交わしただけでパスポートと旅券を返され審査窓口を離れ搭乗受付の航空会社のカウンターへ向かった。
「ああ、嘘だ。そんなのありかよ」
そうジェスが嘆くと、マースが指さした痩せた中東人が審査窓口前に立って旅券などを提示した。審査官は端末を操作しモニタを見つめ、痩せた中東人に顔を戻すと何か問い詰めはじめた。
痩せた中東人は両腕を振り上げ派手なジェスチャー交え必死で説明し始めた。
すぐに他の審査官らが駆けつけ男を連れて出国審査の個室へと連れて行った。
それを見ていたジェスは少女に振り向いて尋ねた。
「どうしてわかった?」
「簡単だよ。過度の緊張をしてた。暑くもないロビーで顔に汗を浮かべ浅く速い呼吸を繰り返してたの」
ジェスは唖然としてしゃがみ込んで頭を抱えた。
「くそぉ──こんなとこであと13時間も潰すのかよ────」
それを見下ろしたマースは一度眼を細め友人に無表情で提案した。
「手伝うならシリアへ最短時間で行けることを約束するわ」
え、といった表情もろだしでジェシカ・ミラーは顔を上げ少女のダイヤモンドのような虹彩を見つめた。
このエネルギー底知れぬ月の光りの髪した女はヘルシング教授と同じく固執した考えを持ってるとアランカ・クリステアは思った。
女は民族衣装を剥ぎ取ると短い刃物を腰の後ろに引いて人にしては抜きん出た速さで駆け込んでくる。
強烈な我の蹴りを受け無傷で立ち上がるなどこれまでなかった。
この母国であるルーマニア語を解す黒い身体に密着した戦闘服に身を包んだ女は最大の脅威だとかさ上げした。
淵源の少女は背後に広げた無数の触手を振り出し攻めてくるその白人の女を突き刺そうとした。
人が神の力宿すこの我に挑むことすら荒唐無稽だとアランカ・クリステアは信じて疑わなかった。
だがこの銀髪の女、天幕の中で異様な動き方をした。
淵源は一度銀髪の背後を取りながら、女は信じられぬ腕の稼働範囲を見せ背後のアランカの首をつかんでみせた。
人は通常、肩の高さの首後ろのものを鷲掴みになどできない。
その信じられぬ動きがまた現実になった。
前屈みで突進してくる銀髪の顔や肩、胸部を狙って爆速で送り込んだ四本の触手のスピアをあろうことか女は片手握る短刀を踊らせ弾き逸らし一瞬で間合い詰めてきた。
その近距離で足を交差させ一気にスピンした女はその寸秒に逆手に握り変えた短刀の刃をアランカの眉間目掛け剛速で送り込んでくる。
コアにより拡張された視覚と神経の領域がなければその切っ先の軌道や刃は見えはしなかった。
流れ伸びてくる波模様の入った変わった種類の刃が銀の帯となり目元まで急激に伸びてくる。
ヴァンパイアのクイーンは一瞬で躰仰け反らせ横へ捻り迫った刃が胸の上ぎりぎりを飛び抜け少女は横の地面に片手着いて側転し銀髪の女の右横を取った。
一斉に六本の触手で突き刺し斬りつける。
その二本に刃を銀髪の女は振り上げた片足の靴底で蹴り跳ね短剣の刃で三本を連続し弾き返し顔を横に振り出して跳ね上がった銀髪を触手の刃が数本切り裂いた。
この女、なんという身体能力だ!?
剣と盾持った30騎の兵士を僅か一度の瞬きで瞬殺した我の動きにどうやって追いついている!?
しかも────。
この女、一瞬、恐ろしく短い一瞬にしか視線を外さずに青い瞳で睨みつけてくる。
まるで視線一つで正確に手足や刃を打ち込んでくる。
淵源は数百年以来忘れていた興奮を感じていることを素直に認めた。
そこには父の元、子飼いの傭兵のリーダーに教わった剣による戦い方を覚えたときの興奮があった。
我が人を震い上がらせる恐怖心と同じものをこの女は我に刺し込んでくる。
鉛のようだと数百年感じていた鉛の指に血が通い握りしめた拳に溶けるような熱を感じていた。
コアよ我に全能力を解放させよ!
そう願った瞬間、膨大なアドレナリンを注ぎ込まれ、アランカ・クリステアは銀髪の女の前で前屈みになり片足を僅かに引いてトルネードのように回転し十二の触手を絶対死滅領域として振り切った。
その回転が一瞬で止まり捻れた視界で背後に立ったものを見つめ淵源は目を強ばらせた。
その金髪の長髪をした迷彩柄の給仕人のドレス着た女が八本の触手を両手でつかみ止めていた。
「てめェ────俺様のォ少佐にィなにしてくれんだァよう!」
英語はわかるがこいつの喋った言葉は酷く聞き取り辛い巻き舌の汚い言い方だった。
その長身の金髪女の両手から触手すべてを振り切ろうとしてアランカはまったく身動きでず力入れた両足の靴が横滑りして動き止まったことを理解できず、牢の鉄格子すら破壊できるこの我の力をどうやってこの長身の金髪女は出せるのだとヴァンパイアの少女は混乱した。
その金髪女はあろうことか片手で四本の触手握りしめた拳を大振りしてアランカ・クリステアの頬を凄まじい勢いで殴りつけた。
地面に叩き倒され顔を歪めた少女は金髪女の片足を蹴って一気に二人の白人から跳び離れようとしてつかまれた触手に再度引き倒された。
なんだ!? この人間離れした二人は!?
生まれてこの方、敵にしたことのないスピードとパワーにヴァンパイア・クイーンは己が窮地にいることを初めて理解し姑息な手に切り換えた。
周囲のテントから抜け出てきた四十三の使役らが一斉に銀と金の髪の対称的な女二人に迫った。
混乱はいつでも窮地を抜け出す最上の手段だと少女は承知していた。
遅れを取ったセキュリティ──レイカ・アズマら5人はチーフとアン・プリストリが少女一人と格闘している場に踏み込んで驚いた。
月光に照らされたくるくる巻きの金髪ツインテールの少女の背から孔雀の羽根のように十数本の何かが突き出おりその半数以上をアンが両手で握りしめていた。
その少女をアンが凄まじい勢いで殴り倒した直後、少女が逃れようとアンの片足首を蹴り跳び上がって逃れようとしてアンがつかんだ触手を引っ張り少女が恐ろしい勢いで引き倒された。
バン・ヘルシング教授の曾孫だという女にチーフが手を貸すと言い出し、ヴァンパイアがどうのと信じられぬ話の成り行きにレイカは困惑していたが、まさかMGとAPが奇っ怪な少女と争っているなど思いもしなかった。
そして天幕から一斉に出てきたゾンビのような難民らにレイカら五人はハンドガンをホルスターから引き抜いた。
少時、マリア・ガーランドが怒鳴った。
「撃つな! こいつらはヴァンパイアだ! 銃弾は効果がない!」
レイカに傍らにいるセシリー・ワイルドが悪態をついた。
「じゃあどうするんだ!? 糞ったれと言ったら引き下がるのか!?」
その血気盛んな女へ物事に動じないレイカ・アズマが押し殺した声で言い切った。
「全員、抜刀──近接格闘と覚悟!」
「えぇ!? あんな連中と!?」
一人アニー・クロウが抗議したが四人の内女は素早くマルグラーナとその上のアバヤを跳ね上げ、男はディシュダシャの裾からコンバット・ナイフ抜き構えた。
異様な少女捕まえたアン・プリストリは周囲を取り囲んだヴァンパイアの群れを一別しただけでその娘の背中から伸びた腕のような何かの束を引き回し少女の顔を地面に引き摺り脅した。
「戯け者めェ、上等じゃんかァようゥ──このォ俺様をぉ脅すかァ!?」
そのアンに背を向けたチーフがヴァンパイアらへと向き合いフルタングコンバットブレードナイフを構え呟くのが聞こえた。
「8対44は悪くないな────」
「エステル、戦えるか!?」
そうチーフが透き通った声で問うと近くの天幕の前にいるバン・ヘルシング教授の曾孫が応えた。
「こんな数を────」
するとチーフが少し俯いて苦笑いするのがレイカに見えた。
「そうか、こんな数を、か」
レイカはその口元の笑み一つですべてを理解した。
マリア・ガーランドはこの状況を楽しんでいる。
そうか。チーフはこの状況を抜けきる絶対的な自信があるのだとレイカは知った。
百戦錬磨の戦闘狂が楽しんでいるのなら光明があった。
押され潰されることなどない。
「レイカ────お前、何がおかしいんだ!?」
傍らのセシリー・ワイルドがレイカの顔を覗き込んでいた。
「我、東流古武術を継承する唯一の末裔。マリア、お供仕りまする」
そう言い捨ててレイカがヴァンパイアらへと駆け出すのとマリア・ガーランドが前傾で刃物腰の後ろに隠し走りだしたのが同時だった。
二人に群がってくる鉤爪の使役らが血を吸い尽くそうと牙を剥き出した。
その混乱に異形の少女がアンから逃げだそうとした。
それをまた引き摺り倒し戦闘冥途服に身を包んだ屈強の女がぶち切れた。
「てめェ! ヴァンパイアをォ偽ってェこの状況ォ招いた責任とれェ」
"Obscuris tenebris, undo imminens aestus rubri fluminis, portae arcis inferi apertae in nomine mei, purgatorii arbiter!!!"
(:闇より暗く、赤黒くうねる灼熱の大河を臨み、我裏煉獄の裁定者の名を持って開く冥府の城闕!)
出遅れたセシリー・ワイルドやアニー・クロウ、デヴィッド・ムーアやジャック・グリーショックはアン・プリストリが巻き舌でない明瞭な言い方をしたのが何語なのかと唖然となりその先で長身の女のブロンドの長髪が舞い上がった。
踏みしだかれたツインテールの少女の腹の下から真っ赤な溶岩が溢れだし泣き叫び暴れる少女がその溶融する鉱物に焼かれ焔に包まれ火流に沈み始めた。
そのあまりにもの残虐な光景に生唾を呑み込んだセスは様々な天幕から難民らが出てきて遠巻きに茫然と見つめており、こんな騒ぎでシリア兵らが駆けつけないことを怪訝に感じた。
それは災厄の前兆だった。
難民キャンプ北西に急拵えの野営地の将校テントにパトロールの兵士指揮官が駆けつけシリア陸軍第5軍団予備部隊ISISハンターのラザーン・アッディーン・アル=カワジャ大尉は閲覧していた日中の報告書から視線をテント出入り口へと振り向けた。
"شيء ما يقاتل في المنطقة الشمالية الشرقية من المعسكر"
(:キャンプ北東地区で何ものかが大規模な戦闘を繰り広げています)
カワジャ大尉は報告に来た伍長に問いただした。
"هل هو تحويل من قبل رجال حرب العصابات المناهضين للحكومة؟"
(:反政府ゲリラの陽動か!?)
伍長は困惑し言葉に詰まったがそれらしいことを口にした。
"يبدو أنهم ليسوا لاجئين بشكل واضح. يبدو أن هناك حاجة إلى مئات الجنود لقمعها"
(:明らかに難民ではないと思われます。制圧に数百名の兵が必要かと思われます)
一瞬カワジャ大尉は視線を落とし思案すると伍長に命じた。
"اتصل بضابط العمليات! أحضروا كل الجنود لقمعها! قبض على الأشخاص الذين يتسببون في الفوضى! إذا لم تستطع ، يمكنك قتلهم"
(:作戦将校を呼べ! 全兵士を鎮圧に当たらせる! 騒ぎを起こしている連中を捕らえよ! できぬなら殺害してかまわん!)
命じられた伍長は自分の報告で大変なことになったと思った。野営地には増援部隊が夕刻に到着し、10個中隊に膨れ上がっていた。指揮するカワジャ大尉は野営地にいる兵士一千人に戦闘態勢を発令したのだ。
この暗がりに難民テントが乱立する地区に一千の兵が乱入する!