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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #28
145/164

Part 28-5 Overthrow 誅伐(ちゅうばつ)

Near the border with Jordan southeast of Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs, Syria 19:35 Jul 15 2019

2019年7月15日19:35 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ南東ヨルダンとの国境付近





 砂漠のとばりは短く日中の暑さが急激に引いてゆく。



 シリア、ヨルダン、イラクの国境が交わる南東タンフ国境通行所からおおよそ12マイル半離れたルクバーン・難民キャンプから1マイル国境寄りの荒れ地(デザート)地帯に異空通路ことわりのみちで転移したマリア・ガーランドらはバンパイア・ハンターのエステル・ヴァン・ヘルシングと共に夜のとばりの中、目立たぬように地面に座り込んでいた。



「────それが吸血鬼(ヴァンパイア)の実態で、放置すればこの先犠牲者が出続け、淵源(オリジン)眷属けんぞくを増やし勢力圏を築いてしまうだろう」



 黙って話しを聞いていたマリーは眼にしたロール・ツインテールの少女が燃えていた理由を理解し、鉤爪かぎづめを構え小指ほども長さある牙をいたことは事実として受け入れたが、アンがそばで面白くなさそうな今にもものを言いたげな顔でいることの方が気がかりだった。



 こいつは神話に出てくる三首みつくびのケルベロスをセントラルパークに呼びだした正真の魔界のものなのだとマリーは知っていた。



 吸血鬼が先進国の大都会でなく難民キャンプを渡り歩くのはエステルの説明する通り道理に思える。



 先進国では連続した不信死はすぐに司法関係が大規模な捜査をし容疑者を洗い出す。吸血鬼もそれでは食事に困るということだ。



まがいィ物だァ」



 アンがぼそりと巻き舌でつぶやいた。



まがい物!?」



 エステルが語気荒く言葉を繰り返し、マリーが腕を上げてヴァンパイア・ハンターを黙らせアンにたずねた。



「どういうことなのアン?」



「本物の吸血鬼はァ千年も前にィ淘汰とうたされたァ。そう言い切れるゥ理由はァ、その最後のォ奴を看取ったのがァ俺様だからだァ」



「はぁ!? 貴女あなたは千年も生きてるというの!?」



 そうエステルが食ってかかった。



「千年? ふんッ、千年なんて短いぜェ」



 そう言い切りアンはエステルへ手を振り上げ人さし指と親指でわずかな隙間すきまを作ってみせて舌なめずりした。



「この人こそ大ボラだわ。そんな人間がいるものですか! 吸血鬼の淵源(オリジン)でさえ五百年しか活動してないのに」



「人の尺度なんてェそんなものさァ。俺様はァ────煉獄れんごく裁定者(ルーラー)だからな」



 棒読みのように言い切ったアンがそれ以上エステルをからかわないと知っていてマリーはあえて割って入らなかった。



 実際にあの難民キャンプに場違いなゴシックドレスを着たツインテールの小娘が人を襲ってしまっては後手だとマリーは思った。



「難民キャンプの夜は出歩くとかなり目立つの?」



 マリーは難民キャンプの実状にうとくエステルにたずねてみた。



「どうどうと歩き回ればかなり目立つ。キャンプ内の難民は色々と疑われるのを嫌い夜はテントにもり出歩きたがらない」



 それでも万に近いテントがある。あのツインテールの小娘を見つけるのは容易ではないだろうとマリーは思った。



「我々で探しだすのには無理がある」



 するとエステルが説明した。



「ドローンで地磁気を精査すればいい。吸血鬼どもは地磁気を乱す」



 マリーはルナの膨大な知識から吸血鬼が地磁気を乱す理由を見つけようとした。だが所詮しょせんルナは異世界にある魔界の見識を持たず理由は思いつかなかった。



 それに見つけてどうする。



 あの小娘をエステルの言葉だけをたよりに殺すというのか。そんなことができるはずがない。たとえ吸血鬼であったとしても殺す以外に何か対処のしようがあるとマリーは思った。



 だがエステルを見ていると必ずあのツインテールの少女を見つけだし銀のくいを心臓に打ち込むだろう。



 放置すれば殺人に加担かたんするようだと感じた。



「いいでしょう。我々も吸血鬼探しを手伝いましょう」



 そうマリーがエステルに持ちかけるとアンが驚いた顔を見せた。



 マリーは指笛を鳴らして砂丘の頂き手前に伏せて四方を警戒しているセキュリティらを呼び集めた。



 五人の第一中隊のメンバーが滑落面を滑り下りてくるとマリーの周囲に集まった。



「我々の目的は監視衛星の赤外線カムに写らない謎の迷彩を確認することだったが、エステルと協力し合って吸血鬼を探しだす」



「ヴァンパイアってあの燃えていた小娘ですか? あいつ本物だったんですか」



 そうセシリー・ワイルドがマリーにたずねた。



らしい(・・・)、だけど我々が実際血を吸って人を殺すのを確認したわけではない」



銃弾(ブレット)は効果ないのでは?」



 そうレイカがマリーに問うと聞いていたエステルが答えた。



銃弾(ブレット)は物理的なエネルギーで吸血鬼の動きを一時的に鈍らせることはできるが、何発撃ち込もうと致命傷にはならない。過信すると隙をついて飛びかかられる」



「ヴァンパイアって狼や蝙蝠こうもり化けれるのか?」



 そうスナイパーのジャック・グリーショックがチーフにでなくエステルにたずねた。



「そう云われるが、私は化けたのを見たことがない。それでも祖父の文献ぶんけんに多数の蝙蝠こうもりから吸血鬼になった記述がある」



 化ける? マリーはまるでシルフィーの姉が生みだしたベルセキアみたいにかと思った。仮に狼や蝙蝠こうもりが可能ならもっと邪悪なものにも成れるのではと眉根しかめた。



「そろそろキャンプ内に戻りたい。マリー、あの魔法の通路をまた開いてくれる?」



 ドローンとコントローラーをアリスパックから取りだしたエステルがマリーに申し出た。



 マリーはマルグラーナの袖を捲ってデジタル時計を確かめた。時刻は7時45分だった。



 マリーは砂丘の滑落面に向かって右腕を振り上げ手のひらを踊らせた。寸秒、光りをまったく持たぬ漆黒のきりが生まれそれが渦巻く黒い雲になると中央に紫紺の遠雷が見える異空通路ことわりのみちになった。



「できるだけ発砲は控えなさい」



 セキュリティらにそう言うとマリーは先陣切って魔法回廊に踏み込んだ。それに続きエステルが入って行くと次々にマリーの部下らが入って行きそれを座り込んで見ていたアンが最後に立ち上がり消えかかった異空通路ことわりのみちへ駆け込んだ。











 ほんの一握りの一部の天幕が薄明るい蝋燭ろうそくの灯りでほのかに光っている難民キャンプ内の連なる黒い屋根のかたわらに空間から歩き出たマリーらはすぐに四方へ警戒の眼を向け音にも注意した。



 すぐにエステル・ヴァン・ヘルシングが操るドローンが羽音のうなり上げ空中に舞い上がった。



 闇の灯篭とうろうに流し目をおよがせ、マリーは本当に出歩くものがいないことに驚いた。



 ここにいる人々は続く内乱からおのれや家族の命護ろうとこんな不便な暮らしを強いられている。



 もしもそこに付け入ってあのツインテールの少女が命(すす)っているのなら、どんな手立てを使っても排除しなければならないとマリーは思った。



 ベルセキアが貪欲に人を喰らい続けたように、あの燃え上がっていた娘が血を求めるならどうする。



 スオメタル・リッツアの仕打ちを知り結局ベスは命を繋いでしまった。





────それがいけないのか、あるじ様よ?





 内なるベスのコアに言われマリーは鼻筋にしわを刻んだ。



 ヴァンパイアをお前は知らないだろう? そうマリーが問うとコアが答えた。



────あるじ様の知識は共にしているから吸血鬼は知っておるよ。だがクラーラ・ヴァルタリのようなまがい物の匂いがする。



 まがい物!? お前も吸血鬼ではないと思うのか? そうマリーは問いかけた。



────煉獄れんごくのルーラーの言うところの吸血鬼が本物。魔物を知り尽くしたあの女が正しいと思うよ。



 お前やシルフィー・リッツアのいた世界には吸血鬼はいるのか?



 その前提に立つと少しは信憑性しんぴょうせいがでてくるとマリーは思った。



────何も血を吸うのが吸血鬼だとは限らない。生き物を襲って血を抜き取る魔族の種類は幾らでもいる。ただ、われのいた世界にはあるじ様の知ってる吸血鬼は存在しないさ。



 マリーがベスにそのことについて言おうとしたその時、四方へ警戒の眼を向けているセキュリティの一人アニー・クロウが戻るなり小声で耳元に告げた。



「西の方から兵が三名巡回してきます。あと数分でこの辺りに」



みなとエステルに報せテントの陰に身を隠せ」



 そう命じてマリーは左手の方へ振り向いた。まだ兵らは見えなかったが米や英軍でなくシリア兵だと思った。



 撃ち合いになれば不要な被害者が多数でることになる。何としても見つかるわけにはゆかず、いったん異空通路ことわりのみちでエステル共々、みなを待避させようかと思案した矢先だった。タブレットと連結したコントローラーを持ったエステルが駆け寄ってきてマリーに告げた。



「見つけました! おそらく淵源(オリジン)だと──」



「場所は?」



「西北へ三百ヤード余りのテントに」



 巡回兵が来る方だとマリーは眼を細め直後エステルの手首をつかみ早足で天幕のあいを駆け抜け始めた。



「他の人たちは!?」



 小走りになりながらエステルがマリーに問いかけた。



「心配ない。百戦錬磨の手合いだ」



 エステルは重いアリスパックを背負っている割にはよくついて来ていた。直線距離ではなく大きく迂回する。目的のテントまで60秒かからぬだろうとマリーは予測した。



 問題は天幕の間を駆け抜けテント内にいる人々に気づかれ彼らが兵を呼び寄せることだ。



 シリア兵らが来る前にことを片付けなければならない。



 30秒走り続け、エステルが遅れ始めた。



 ここまでよく走った方だと彼女の脚力と心肺能力に感嘆かんたんした。



 マリーはわずかに繰り出す脚を緩めエステルに追いつかせた。



「目的の天幕は!?」



 走りながら斜め後ろのヴァンパイア・ハンターにマリーは問うた。



「わかるわけがない────真っ暗なんだぞ──どこかの街と勘違いして────」



 ぜいぜい言いながらエステルが噛みついた。



「夜、あのツインテールが闊歩かっぽしてるからには、血を求めているんだよな!?」



「当たり前だ────昼に消耗した体力と──失った使役(モンストロ)を補充するため────だ──」



 エステルの息切れが激しかった。これではあの小娘と戦闘になると期待した働きができないだろうと弾む息でマリーは思った。



 場に着いたらどうやってツインテールが忍び込んだ天幕を特定する? そうマリーが考えた矢先に胸のコア──ベスが答えた。



────あるじ様よ、鼻を借りるぞ。臭覚は数万倍だ。



 え!? そうマリア・ガーランドが思った瞬間、ありとあらゆる匂いの重なりが、鼻腔に突き刺さった。まるで匂いがブロックで一つひとつが自分の顔面にぶつかってくるようだとマリーは思った。



 その一つに鉄のそれがあった。



 女ゆえにその匂いが血だと一瞬で理解できた。



 すでに犠牲者が出ている!



 まだ百ヤードはあろうかというのに、すすりきらないこぼれ出た血がこうも匂うのかとマリーは驚いた。



「着いたら天幕を教える! 私が飛び込み時間稼ぎをするからその間にハンマーとくいを用意しろ!」



「はぁ!? ────一人でぇ──だとォ!?」



 駆けながら濃密になってゆく酸化鉄の匂いにマリーは目的の天幕を見定めた。



 他の天幕に比べわずかに小さく粗末な継ぎぎのある天幕だった。



 そこから強烈に血の匂いがしてくる。



 なびくマルグラーナとその上のアバヤを片手で捲り別の手でアリスパックと腰の間に横向きに付けた(シース)からコンバットナイフを引き抜いた。



 そのダマスカス鋼の(ブレード)踊らせ手首回転させ指を跳ね動かしコンバットナイフを逆手に握り直しアリスパックの外に沿わせた。



「行くぞエステル!」



 そうヴァンパイア・ハンターに言い放ちマリア・ガーランドは天幕正面に回り込んで中へ駆け込んだ。







 中途半端な暗闇の中で人の胸に馬乗りになってる少女が淡く光るコークスクリュウのツインテールを振りまいて顔を向けたのが流れ向いた二つの瞳の輝きでわかった。







 一瞬だった。



 恐ろしい跳躍力と背筋で天幕の上ぎりぎりに跳び上がった小娘がツインテールを流しマリーの頭に片手ついて上半身をひねりながら背後に飛び下りた。



 マルグラーナの下で肩に背負ったアリスパックがとんでもない重荷だと気づいた刹那せつなマリーは背後を取られていた。



 不覚を取ったと思って即断したのはからだを操ることに関して抜きんでてるベルセキアの判断だった。





 ベス! 近接戦闘(CQB)!!!





 そうマリーが意識した寸秒、彼女のイニシアチブを胸に共生させるベスが掌握した。



 からだというものを完全に掌握し自在にあやつれる対魔物極限兵器はマリーの刃物握らぬ左腕を急激に後ろへ振り上げ肩の関節を外し真後ろに立つヴァンパイアの細い首を握りしめた。



 その意外すぎる動きに吸血鬼の少女は驚いて後退あとずさりそれでも首の拘束具が離れないと知り逃れようとマリーの膨らんだ背を蹴り込んだ。



 その勢いで左から振り向いたマリア・ガーランドは向きを変えながら外した肩を入れ直し眼の前にきた小娘を一気に引き寄せ顔をのぞき込んだ。





「貴様ァ! おかしな動きができるじゃないの!」





 そうツインテールの少女に言い放たれベルセキアは少女の顔を間近でのぞき込む(マスター)の顔を操り不敵な笑みを浮かばさせてみせた。



 だが吸血鬼の少女が首つかむマリーの手首を両手で握りしめ振り上げた片足をマリーの左腕に掛け馬乗りになって首に食い込んだ指を引きがそうとした。



 その瞬間、血吸いの少女は己の首つかむ手首の関節が外れあらぬ向きになっていることに驚いた。



 そのヴァンパイアを腕に逆さまでぶら下げたままベス操るマリーが天幕を出るとエステルが銀のハンマーとくいを手に待ち構えていた。



 それを目にした吸血鬼の少女はマリーの腕から跳び離れ片手を地面について片腕の力一つで瞬間にバク転しヴァンパイア・ハンターの背後を取ろうとした。



 だがベルセキア操るマリーは空中で回転するツインテールの少女を正確に見切っていた。



 一瞬で振り上がった足首を左手でつかみ少女を地面にたたきつけた。



 驚き顔の吸血鬼の小娘の胸に地面に両膝りょうひざ落としたエステル・ヴァン・ヘルシングが急激にくいねらいつけハンマーを振り上げた寸秒だった。







 吸血鬼の少女がいた天幕からマリーの背後へ新たな若い女が現れ、伸び尖った尖頭歯の口を大きく開いてマリア・ガーランドの首に跳びかかった。












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