Part 28-4 Regret 後悔
Corner of W Houston Street and W Broadway, Lower Manhattan, New York City, NY.,
2019年7月15日10:43ニューヨーク州ニューヨーク市ロウアー・マンハッタン・Wヒューストン通りとWブロードウェイとの交差点
アリスの乗る路線バス前方のウエスト・ブロードバンドウェイの交差点北側から信号を無視して強引にシルバー・メタリック色をしたレンジローバー・ヴェラールL560が3台ウエスト・ヒューストン通りへと曲がってきて東へ2台、西へ1台が走り込み、通りを走っていた乗用車が1台が歩道を乗り越え店舗に突っ込み、路線バスの運転手も驚いて急ハンドルを切り蛇行してSUVを躱した。
路線バスとは反対車線に入り込んだレンジローバーの運転しているドロシア・ヘヴィサイドの傭兵の男はすれ違う路線バスの方を見やり、そこに追いかけてる逃げだした少女を目にして、助手席に乗る別な傭兵の女に怒鳴った。
「あのバスだ! 小娘が乗ってるとバスの頭とった連中に報せろ!」
助手席の傭兵の女はすぐにモバイル・フォンで別の2台へと連絡を入れた。
「こちらジィギー、そっちへ行ったバスに逃げた娘が乗ってる! バスを止めさせて拉致せよ!」
2人の傭兵が乗るレンジローバーが次の交差点でUターンしようとした矢先に西から猛然と走ってきた黒のジープ・ラングラーにぶつかりそうになり急ブレーキを踏んで大きくテールを振って交差点中央に停車した。
「あのバスかしら!?」
ジープを運転するポーラ・ケースが200ヤード先を走る路線バスの後部を見つめ助手席のクリスチーナ・ロスネス──クリスに尋ねた。
「たぶんそうよポーラ! バスの隣り車線にシルバーのレンジローバー2台が張り付いてるから!」
そう言うなり助手席のクリスはFN SCARーH・CQCーEvo3のボルトハンドルを引き放し薬室にM118LRを装填して、ジープの電動ルーフを後退させ助手席に立ち上がり片足をダッシュボードに突っ張り背もたれのヘッドレストに座り込んでピストルグリップとMVG/MーLOKバーティカル・フォアグリップを握りしめバレルを振り上げバトル・ライフルを45度傾け肩付けし斜めにオフセットしたトリジコンRMRタイプ2光学ダットサイトを右目で覗き込んだ。
路線バスの左車線にいる2台のレンジローバーの後車リアウインド越しに搭乗者がハンドガンを用意しているのが見え、クリスは即座にその後ろにいるレンジローバーの左後輪を狙いトリガー・タップで4連バースト射撃した。
フラッシュ・ハイダー前にマズルフラッシュが膨れ上がり爆轟が重なりレシーバーから4つの空の薬莢が運転するポーラの頭上を飛び越え乾いた硬質の音を立て路上に踊り跳ねた。
後続のレンジローバーは左後輪をバーストさせいきなり左にハンドルを取られ緑地になっている中央分離帯に激突し跳ね上がると車線に弾き戻され右回転に横転した。
それをポーラはジープをバスの後ろに振って躱し、横転したレンジローバーが通り過ぎると振り戻し、もう1台のレンジローバー後方30ヤードに付けた。
「大丈夫、クリス!?」
そうハンドル握るポーラが怒鳴り問うとルーフ上に上半身乗り出してるクリスが大声で応えた。
「問題なし! 車間維持お願い!」
「了解!」
いきなり交差点で割り込んできたシルバーのSUV3台の内2台がバスの前の隣り車線を走り出し、1台が反対車線を西へ走り去った。
大きく揺れるバスの中で後方へ走り去ったSUVの運転手がこちらを見ていたとアリスは眼が合って気づいた。
女武器商人の兵隊だわ、と少女は小さな唇を歪めた。
まだポーラとクリスが来ないというのに難題発生だとアリスは思って、なんとかできないかとバスの中を見まわした。
直後、隣り車線を走るSUV2台が速度を落としてバスの真横に並び込んだ。
アリスはふと女武器商人のビルで倒れた傭兵から盗んだハンドガンがまだポーチの中にあるのを思いだし、ファスナーを開きSIG SAUER P250コンパクトをつかんで引き抜くのを躊躇した。
車内には乗客が10人ほど乗っていてハンドガンを引き抜くときっと大騒ぎになると少女は思った。
だが一度バスが傭兵らに止められるともっと厄介なことになる。
思い切ってアリスはSIGコンパクトを引き抜くと両手で握りしめ膝の間に構えた。
ふと横へ顔を向けると反対側の席に座る中年のおばさんが顔を引き攣らせて少女をじっと見つめていた。
思わずアリッサ・バノーニーノは苦笑いを浮かべてみせた。
バースト射撃の発砲音が聞こえいきなり後続の仲間の車が中央分離帯に突っ込み飛び上がり、後方に横倒しで落ちるのがルームミラー越しに見えて運転する傭兵は助手席と後席の3人へ怒鳴った。
「発砲した連中が後方にいる! 後方を警戒しろ!」
すぐさま3人がホルスターからハンドガンを引き抜くと座席の上で半身振り向きリアウインド越しに後方を警戒すると30ヤードの近さで路線バスの後方から黒いが現れ車体を揺すって真後ろについた。
そのルーフに上半身曝した女が自動小銃を構えているのを目にして男らは車内からジープ目掛け発砲し始めた。
寸秒、ジープから身を乗りだした女の構える自動小銃のマズルに火焔が広がった直後、まず後席の右の男が背もたれ越しに胸を撃たれて助手席にぶつかり、助手席の男がハンドガンを跳ね上げてしまい直後、左後席の男も背もたれ越しに胸を撃たれ運転席の背もたれにぶつかった。その衝撃で運転している男はハンドルをとられ一度レンジローバーをバスにぶつけかかり慌ててハンドルを切り直した。
振られる車内で助手席の男が体勢を立て直したその寸秒、ジープの車外に身を乗りだした女が背を向けて後方に発砲し始めた。
その背中に幾つもの弾痕が蜘蛛の巣のように広がったリアウインド越しに男はSIGのサイトを照準した。
2台目のレンジローバー車内でハンドガンを構える姿が見えた寸秒、クリスはRMRタイプ2光学ダットサイトの赤い光点を搭乗者の椅子の背もたれに合わせダブルタップで撃ち始めた。
バイタルゾーンの頭部を狙うのが確実だったが、中東から戻ったチーフにどんな叱責を受けるかと思いクリスはそれを避けた。
武器商人の傭兵らに攫われようとしているアリスを助けるためだとしてもあのメスゴリラは決して命奪う行為を正当化させようとはしないだろう。
だがたとえシート越しでもスターズでトップ・レヴェルの腕を誇るシューティング・テクニックに曇りはなかった。
まず後席の2人を沈黙させ、次に助手席の奴に照準すべく赤いダットを背もたれ中央に照準した。
刹那、自分が身を乗りだすルーフの角に銃弾が跳弾し、クリスはFN SCARーHを振り回し後ろへと向きを変えた。
後方40ヤードに追いすがるシルバー・メタリックのランドローバーがあった。その助手席窓から身を乗りだした女がハンドガンをワンハンドシュートで構えていた。
クリスは一瞬感心した。
激しく揺れる両車にも関わらず40ヤード余りの距離で相手の女は1ヤード弱に銃弾を送り込んでいた。
数発撃たれれば、1発は当たる勘定になる。
クリスは後方で身を乗りだす傭兵崩れの女の胸を狙おうとしてダットがフロントガラス・ピラーと重なり諦め、運転手の男の肩を狙いバースト射撃を始めた。
4発目が運転手の左肩を撃ち抜き急激に左へと逸れてゆくレンジローバーをさらに撃つ必要があるかとクリスがダットサイトの光学照準器視野で蛇行する傭兵らの車を追い始めた矢先に右耳のすぐ際を銃弾が飛び過ぎる音を耳にして首をすくめ進行方向へと振り向いた。
前走するレンジローバーの助手席の背もたれ越しにウィーバースタンスでハンドガンを構える男が見えた直後、クリスは愕かされた。
併走する路線バスの横から誰かが腕を出してハンドガンでレンジローバーのルーフを連射し始めた。
ルーフ越しでは車内の状況がわからず運任せの盲撃ちだったが効果があった。
助手席でハンドガンを構えていた男が両腕を振り上げ頭を庇う光景にクリスはニヤついてしまった。
バスに乗り合わせた乗客が加勢してくれているのかと考え、乗客にどちらが誘拐犯でどっちがそれを阻止しようとしてるかなどわかるまいと否定した。
なら撃っているのはアリッサの可能性が高かった。
これを知ったらチーフはどのように少女を説教したらいいか苦慮するだろうとクリスは苦笑いした。
その矢先にバスから突き出されたハンドガンが弾切れしスライドオープンし小さな手が車外に空の弾倉を捨て新たな弾倉にマグチェンジし窓枠に弾倉の底を叩きつけるその手馴れた仕草にクリスは間違いなくアリッサだと笑い始めた。
バスから突き出された手に握られたSIGが再びガンガンにレンジローバーの屋根を撃ち始めるとローバーはたまらずバスから下がり始めた。
その後退してくる傭兵らの運転手の肩目掛け45度アングルに付けられたトリジコンRMRタイプ2光学ダットサイトの赤い光点を合わせクリスはM118ロングレンジ・ライフル弾を3発タップシュートで撃ち込んだ。
急激に大きく蛇行し始めたレンジローバーは斜めにつんのめるように空中へ後部を跳ね上げハイサイドで横転し、それをジープ・ラングラー運転するポーラは大きくハンドルを切って際どく躱すと前方に路線バスが停車し、急ブレーキをかけた。
「大丈夫、クリス!?」
そうポーラが運転席から見上げて尋ねるとクリスが慌てて助手席のヘッドレストを蹴り込んでルーフの開口部から外へ飛び下りた。
「大丈夫じゃねぇ! ライフル落っことした!」
運転席で振り向いたポーラは、リアウインド越しに同僚が中央分離帯の茂みに上半身突っ込んでFN SCARーHを引き摺り出すのを見て苦笑いした。
その50ヤード後方の歩道にある街路樹に正面からぶつかり止まっているレンジローバーの助手席ドアが開きオリーブドラブ色のジャンパー着た女が下りて両手でハンドガン構え走って来るのが見えてポーラは慌てて腰のホルスターからファイヴセヴンを引き抜きながら運転席のドアを開いた。
クリスは分離帯の茂みに引っかかったバトル・ライフルに気を取られ走ってくる武器商人の手下に気づいていなかった。
座席横の窓を押し上げてアリスがSIGコンパクトを構えると車内の数人の乗客が悲鳴を上げた。
「勘違いしないで! あいつら誘拐犯です!」
一瞬、車内へ振り向きそう言い切った少女は並び走る武器商人らのSUVの屋根目掛けトリガーを引き始めた。
コンパクトだからと子供向きではない。むしろ短めの銃は反動が強く一発撃つごとに派手に銃口を振り上げた。
それをアリスは力任せに振り下ろしてはシルバー・メタリックの屋根にじゃんじゃんと撃った。
後続の1台は追いついたクリスが撃った銃弾でコントロールを失い中央分離帯に激突して跳ね上がるとバスの後方で横転した。
残る傭兵らの車は2台。バス横と後方を走るクリスたちのジープのずっと後ろにいた。
一弾倉に残っていた弾をすべて撃ち尽くし、トリガー・ガード付け根にあるマガジンキャッチを押し込んで窓外へ空の弾倉を捨てると素早くポーチから銃と共に奪い取った新しい弾倉を取り出しマグチェンジして、スライドストップへ親指を掛け押し下げて初弾をリローデッドするとマガジンウェルに覗く弾低を窓枠に叩きつけた。
手早く射撃体勢に戻ったアリスは眼下のSUVルーフの大人4人が座っているであろう場所に次々と9ミリ・ホローポイントを撃ち込み始めた。
弾倉はもう一つあり、武器商人の傭兵らの乗る車が止まるまで少女は射撃を止めるつもりはなかった。
2本目の弾倉を撃ち切る前に、いきなり隣りを走るレンジローバーは蛇行してバスにぶつかりそのまま後方へ下がると後部を跳ね上げ横転した。
撃つのを止めて窓から顔を出して見ていたアリスが安心するとバスが停車した。
熱くなったSIGコンパクトをポシェットに仕舞いアリスは窓に下がっている黄色のワイヤーを引いて運転手に降車合図すると、両膝ついていた座席から下りて少女は車内前方に集まってじっと見つめる乗客らにスカートの両側を摘まんで片足引いてお辞儀して詫びた。
「お騒がせしてごめんなさい」
ぴょっこりと頭上げた瞬間、乗客らはびくつき、アリスが運転席横の乗降車口に歩いてゆくと乗客らは先を競うように車内後方へと逃げだした。
運転手が生唾呑み込んでドアをリモートで開いてくれるとアリスは兎のように跳ねてステップを下りて後方に止まるクリスらのジープへと振り向いた。
黒のジープ・ラングラーのずっと後方で街路樹にぶつかって止まっているレンジローバーの助手席が開き女の傭兵が両手でハンドガンを構え下りてくると向かって走って来るのが見えてアリスは顔を引き攣らせ困惑した。
どうしてクリスとポーラはあの女を阻止しないの!? 2人とも撃たれたの!?
もしもあの女がクリスらの止めを刺しにきているとなれば────とアリスは震え上がった。
少女は向かって来る女から視線外さず、首に提げたポーチのファスナーを開いてまだ冷め切らぬハンドガンを引き抜き両手でホールドすると構え上げウィーバースタンスで歩き始めた。
眼で見える人を撃ったことはこれまで一度もなかった。訓練で標的を撃ったことなら何度でもあり、せいぜい壁越しなど遮蔽物を挟んでの射撃止まりだった。
さっきだって車のルーフを撃ったんだ。
強張った顔で照準しながら武器商人の手下の女が30ヤードに達した瞬間、アリスは女傭兵の胸目掛け発砲した。
寸秒、そのハンドガン構えた女が片足を後方へ弾かれがっくりと大きく傾きそれでも両腕を上げ拳銃を構えようとした。
駄目だ! まだ脅威だ!
続けてアリスは2発SIGコンパクトを連射した。
バランスを崩しかかってさらに銃を構え上げる女傭兵は両膝をアスファルトに落としうつ伏せに倒れた。
初めて人を傷つけた衝撃にアリッサ・バノーニーノは両の瞼に涙を溢れさせポロポロと泣き始めた。
ジープ・ラングラーの後方を回り込んでくるポーラ・ケースが少女に気づきファイヴセヴンを倒れた女に向けたまま少女に後退さりしてきた。
「わたし──わたし────人を────」
「大丈夫よアリッサ、撃ったのは私だから」
そう言い振り向いたポーラが少女の肩に片手かけ抱き寄せた刹那、うつ伏せに倒れていた女傭兵が片腕で上半身起こし片手でハンドガン振り上げ銃口を向けるのをアリスは眼にして、ポーラの腕越しにP250コンパクトを振り上げた。
寸秒、上半身起こした武器商人の手下へバトル・ライフルのバレルつかんで駆け寄ったクリスチーナ・ロスネスがライフルを振り回して傭兵の女を殴り倒した。そればかりでなく、怒り狂ったクリスがうつ伏せになった無抵抗の悪人を数回蹴りつける様を目の当たりにしてしまった。
少女は涙目でああはなりたくないと思った。