Part 28-2 Beyond the imagination 打った布石
Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs Syria, 12:41 Jul 8 2019
2019年7月8日12:41 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ
難民の女と粗末なテント入り口でニカブのフードを深く被りバンパイア・ハンターは眼の前を通り過ぎる数人のシリア兵をやり過ごした。
武器を持った兵士らが乱立するテントの先に姿消すとエステル・ヴァン・ヘルシングは横に隠れる場所を与えてくれた難民の女に声をかけた。
"شكرا. لقد أنقذت حياتي. تلقي شكر لك"
(:ありがとう。助かったわ。お礼を受け取って)
礼を告げエステルは難民の女に65万シリア・ポンドの使い古した紙幣束を握らせて立ち上がった。札束だが内戦でインフレが進み50英国ポンド(:約1万円)の値打ちしかない。それでも闇市で食料を買う足しにはなる。
そうしてエステルはニカブから左腕を出し時計を確かめた。
日没までまだ7時間あまりある。
淵源が力を取り戻し狩りを始めるまでかなり余裕があった。
もしもそれまでに棺を見つけたら止めを刺すし、夜にもつれ込んだら隙を窺い奇襲をかける。
さっき見つけた寝床はテント内の地中に埋められ絨毯まで掛けられて巧妙に偽装されていた。
万の避難民ひしめく難民キャンプのテント一つひとつを探し歩くほどには時間はなかった。
エステルはテントの合間に入り込み膝を落とすとニカブの中でアリスパックを肩から下ろしフラップを開いた。
そうして中から携帯型のセシウム光ポンピング磁力計を装備した小型ドローンとコントロール・ユニットを取り出してDJI製ドローンを地面に置いてまたニカブの中で背嚢に腕を通しドローンの電源を入れ置いた操縦装置をつかみ立ち上がった。
近年になってわかったのだが吸血鬼らが潜む場所は地磁気が微妙に乱れることをエステルは捕らえた使役の実験で見つけていた。
どうして吸血鬼らが地磁気を乱すのか理由はわからない。だが異常遺体の発見場所を統計的手法を用いてやつらの寝床の場所を見つけだすより効率が良かった。
エステルは周囲の状況へ注意を向けてコントロール・ユニットの電源を入れアプリを立ち上げ両手で二つのスティックを操作し、一気にドローンの六つのファンが回転を上げ空中に舞い上がった。
ドローンはテントからおおよそ50フィートの高さで素速く移動し始めた。
カメラから送られてくるテントは激しく流れ見分けがつかずエステルはセシウム光ポンピング磁力計の単調なシグナルに意識を集中した。
血を分けた使役でさえ地磁気をかなり乱す。淵源ならもっとはっきりと反応が出るだろうとヴァンパイア・ハンターは思った。
なぜ魔物が地磁気を乱すのか────。
そんなことはやつらを捕らえ解剖してみればいい。前の奴は切り刻んだが何もわからず仕舞いだったが。
ドローンの滞空時間はおおよそ40分だ。
難民キャンプを調べるには短すぎた。手元に戻しても急速充電に1時間ほどかかる。
バッテリーの警告アイコンが表示されエステルはドローンを呼び戻した。時刻を確かめると13時50分だった。
次は3時から再開だとエステルはテントの陰に身を潜め思った。
あのコークスクリュウのツイン・テールめと。
現地時刻午前10時過ぎに戦術対地攻撃輸送機ハミングバード2の貨物室から異空通路を通じてダマスカス北東150マイルのシリア砂漠に舞い降りたマリア・ガーランドら7人は徒歩でシリア、ヨルダン、イラクの国境が集まるヒムス南東タンフ国境通行所へと砂漠を歩き始めた。
用意された服装は女は白や暗い色合いのコットンのマルグラーナの上にアバヤを着込み、刺繍の施されたスカーフ──シャンバー・クレーシュを被った。男は踝までの暗い色合いのディシュダシャを着込み、頭には肩まで覆う赤白千鳥格子模様のグートラルを被りアガルという柔らかい輪で締めた。
装備は各人が大判の薄い刺繍布にまとめ端を合わせ結びつけ肩に背負い、火器は各人の緩やかな服装の内に負い革で肩に下げた。
酷暑に全員は寡黙になり、砂丘を乗り越えてゆきながら全周囲に警戒の視線を怠らなかったが、疲労も激しく行軍の間合いも短く休憩を頻繁にとった。
「ショ、少佐ァ────なんで~ェ、魔法通路をォォォォ──使わねぇんだぁ────ァ」
シャンバー・クレーシュに汗だくの顔半分隠れたアン・プリストリが、苦しそうに巻き舌で先頭を行くマリア・ガーランドに尋ねた。
「行ったことのない場所にガイドもなくどうやって行くの?」
がァガイドだぁ!? とアンは真っ赤な下唇を突き出した。異界のハイエルフはどこにでも魔法通路を構築するじゃねぇかぁと思いだした。こォ、この女ァァァ、北の島をあらかた吹き飛ばしたあんな爆裂魔法を放てるくせェにィとサファイアブルーの瞳を座らせて唇をへの字にねじ曲げた。
「だったらァ、ハミングバードで乗り込みャいィだァろうがァ────」
いきなりマリーが立ち止まり六人が合わせるように足を止め警戒し周囲を見まわした。
「砂塵巻き上げて御一行到着と宣伝し千の兵に取り囲まれるの?」
不満顔のアンの肩に背後にいるレイカ・アズマが片手を乗せ呟いた。
「好きで、ついて来たんでしょ」
それが気に食わなかった。
「せめてェ──車ァ──調達するゥ──とかさァ」
巻き舌で強請るアンは哀れな気分になってくるとまた歩きだしたマリーが応えた。
「砂で車を創る? 誰が?」
「お前がァ──だよ少佐ァ」
立ち止まってそう頼むアンを次々に他のセキュリティらが追い抜き始めた。
両腕を振り上げ顔を歪めた煉獄の王女は仕方なく歩き始めると風景が一変した。
地平線まで続いていた砂丘が消え失せ、荒れ地に立っていた。
「何だァ、こりゃア────!?」
地平線を蠢く何か。
眼を凝らすとその何かは地平線の左右に広がっているだけでなく膨れ上がっていた。
「あいつら────兵士だァ! 向かってくるぞ少佐ァァァ!」
そう怒鳴ったAPは眼の前で背を向けるマリア・ガーランドが両手を左右に振り下ろしダマスカス鋼のファイティング・ナイフを握っているのを眼にして破顔した。
「殺るのかァ少佐ァ!」
チーフの周囲にこの砂漠の地に同行している他のセキュリティらも片手にコンバット・ナイフを握りしめ立っていた。
一発、頬を叩かれて我に返ったアンはマリーにすぐ傍で顔を覗き込まれていた。
「大丈夫かアン? 熱中症になる前に水を取りなさい」
上半身を起こしたアンは差しだされた水筒の口を咥え水を貪った。
「少佐ァ、ああ成ることをォ承知でェこの地にィ来たのかァ?」
「何のこと? 幻覚? 悪夢でも見てたの?」
そう聞き返しマリーはアンの傍で立ち上がり見下ろすとアンは水筒のキャップを閉じながら日陰になったMGを見上げ警告した。
「少佐ァ────お前ェ、マジでェ壊れるぞォ」
鼻を鳴らしマリーは皆に指示した。
「このまま日暮れまで行軍。夜目立たなくなったらヒムス南東のタンフ国境通行所近隣へ異空通路を開き一気に索敵侵攻する」
説明終わりマリーが歩き出すと他のセキュリティらも追従しだした。
なら日中はどこかのオアシスでェ待機すりゃいいじゃんかァ、とアンはムスッとして立ち上がりアバヤの砂を払ってスカーフのシャンバー・クレーシュを深めに被り鼻先まで影に入れ最後尾を歩き始めた。
歩きながら、アンは見たものを思い返した。
地平線から迫って来ていたァあれは数千の兵士だったァ。大隊規模の兵士だァ。少佐はァまだ16の時のォ地獄の白兵戦をォ引き摺っているゥ。
ありゃァ──地獄の魑魅魍魎にィ追い立てられてるような責め苦だァ。
だがアン・プリストリはふと気づいた。
見たものは紛れもない今の少佐とレイカらの後ろ姿だった。
ありゃァ過去の呪縛じゃねェ!
これから起きるゥことをォ覗き込んだんだァ!
あんな兵士らに少佐を好き勝手させてなるものかとアン・プリストリが眼を細めるとその虹彩が縦長に細まりサファイアブルーの色合いが赤紫に豹変した。
怪しいテントを見つけ出したのは陽がかなり傾いた夕刻の6時近くだった。
エステル・ヴァン・ヘルシングは急襲するか夜を待つか躊躇した。まだ中隊規模のシリア兵らはキャンプ外縁におり引き返す気配はない。反乱分子がまだ難民キャンプ内にいるとでも思っているのか。
騒ぎが起きれば日中のときよりも素早く包囲される可能性があった。
だが日中、一度、顔を合わせたヴァンプ淵源のあの小娘は警戒し夜になれば配下と一緒に難民キャンプを後にするやもしれなかった。
見失えば、再び捜し出すのに、異常な血を抜かれた遺体の発生地点を繋ぎ合わせ新たな巣穴を見つけるまでに早くても半年、長ければ数年かかる。また何百という命が餌食になるのだ。
それを思うと今、淵源を捕獲か抹殺すべきだった。
ヴァンパイア・ハンターは決意してドローンをアリスパックにしまい込み肩に担ぐとその上から大きめのニカブを着込んだ。
テントの合間を縫うように伸びる獣道のような狭い通りを行き交う難民を躱し紛れ地磁気の乱れたテントを目指した。
目的のテントは特長があった。
大型テントではなく、四人家族が並び寝られる程度のやや小さな暗い色合いのテントを天幕でつなぎ合わせてある。
すぐに見つかるだろうと思ったエステルは行った先で迷い捜すことになった。ドローンで見たときは中小のテントが密集した場所だった。
捜すのに20分ほどかかり、見つけ出した時に納得した。
他のテントよりも頭二つ低いのだ。横から見るとその繋いだものは他のテントに隠れてしまう。ヴァンプらは中で生活するわけでなく、これまでの寝床は殆どが地中だった。
「狭そうだな──」
そう吐き捨てるように呟いたエステルは格闘になると周囲のテントにいる難民に危害がおよぶと思った。
真っ先に淵源の棺を見つけないと、使役どもが目覚めると乱闘になる。
キングかクイーンを頂点にするヴァンパイアはこれまで眷族となった配下の寝床を周囲に置いて中央に己の棺を置くパターンが殆どだった。
だとすれば左右のテントに埋めた棺は手下のもので中央の天幕で繋いだ部分が怪しいとエステルは睨んだ。
彼女は一度、通りから離れた奥のテントの合間に行き、ニカブを脱いでアリスパックを下ろし銀のハンマーと杭を数本取り出し杭をベルトのポーチに差し、銀のナイフを右太腿の鞘に収め、紫外線閃光手榴弾をベルト通しにカラビナで左右に二個ずつ提げ最後にアリスパックの外にベルクロで固定した折り畳みシャベルを外し手に握りしめたまま、目立たぬように繋いだテントへと向かった。
傍らへ行くとヴァンパイア・ハンターはまず左右のテントを繋いだ天幕をナイフで切り広げ、次いで左右のテントを切り裂いて夕日に内部を曝した。そうして地面に敷かれた粗末な絨毯を数枚引き剥がした。
これで、掘り起こされ棺を開かれた吸血鬼どもは格闘するよりも己の身を護ろうと遮蔽布を探し混乱する。
時計を見るともう日没まで半時間なかった。
エステルはハンマーを置いてその傍の天幕で繋がれていた下の地面を猛然と掘り始めた。
十インチも掘らずしてシャベルの先が固形物に触れた。
エステルは見つけ出した棺の蓋表面の土を手早く取り除き大きく蓋を開けるようにするとシャベルを際に置いて銀のハンマーを手に取り、銀の杭を一本腰のポシェットから引き抜きその先を蓋横の隙間に斜めにあてがい大きく振り上げた銀のハンマーで杭の頭を一発叩き先端を食い込ませ杭で強引に蓋を引き起こした。
眼にしたのは大人の若い女の使役!
淵源の小娘じゃない!!!
いきなり瞼開いたその配下のヴァンパイアは両腕を振り上げエステルをつかもうとして夕陽に炙られ叫び声を上げ派手に燃えだした。
謀られた! と立ち上がりテントのフレーム残る左右を見回すと次々に土が盛り上がり棺の蓋が跳ね開き、ヴァンパイアらが上半身を起こし焔を派手に吹き上げた。
淵源のツインテールの少女はどこだとヴァンパイア・ハンターは眼を游がせた。
すでにテント二つとその合間の地面は開いた棺で五つで殆ど余地がなかった。
地磁気を過信しすぎたとエステルは夕陽に染まる照柿色の顔を強ばらせた。
彼女の真後ろのテントの壁布に僅かな色合いの違いで中に人が起き上がる影が映っていた。
そのツインテールがテントの中で踊り上がった。




