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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #27
139/164

Part 27-4 Rău 邪悪

Poenari Castle, fortress of Duke Vlad III of Wallachia Arefu Argeș County Argeş-Valley Fagraș Mountains Cetatea-foothills România Eastern EuropeWestern, 21:59 Nov 27 1475/

NDC Hummingbird Tactical Ground Attack Transport Aircraft over the Atlantic Ocean, 01:07 Jul 15 2019

1475年11月27日21:59 東ヨーロッパ西部ルーマニア・ファガラシュ山脈ケタテア山麓台地アルジェシュ渓谷アルゲシュ県アレフ・ワレキア公国君主ヴラド三世公の城塞ポエナリ城/

2019年7月15日01:07 大西洋上空のNDC戦術対地攻撃輸送機ハミングバード





 君主ヴラド三世公の一人娘が部屋にいないと気づいたのは使役(メイド)だった。



 部屋のランプを消しにきた使役(メイド)コーネリアはベッドがからで広い部屋のどこにもアランカの姿がなく激しく動揺した。



 お嬢様はまた無断で森へ出かけたのかもしれないとコーネリアは困惑した。



 森には熊や狼などの危険な動物が少なからずおり、ヴラド様から娘を一人で森に出さぬよう申し付かっていた。しかもこんな夜更けにと。



 このままでは串刺しにされてしまうと使役(メイド)は青ざめて執事長タスク・バセスクへと報告に走った。



 知らせを受けた執事長バセスクは捜索の人手を準備し城を中心に捜索へ当たらせると同時にヴラド公に報告に向かった。どのみち騒ぎにヴラド公は気づかれる。その後に報告すればとんでもない呵責かしゃくを受けることは必定だった。



 だが執事長バセスクはヴラド公お抱えの傭兵ようへいのリーダーであるヴィライ・ドゥミトレスクにまず話を持ちかけた。



 捜索に当たるのは大人たちだったが、森へ繰り出す、しかもこんな夜更けに武器の扱いに習熟した傭兵ようへいらの保護が必要だった。



 城の周囲に松明たいまつを手にした兵と使用人たちが森へと繰り出した。



 その頃、ヴラド公は宴会に訪れた貴族11人を毒殺しその遺体を目に酒を呑んでいた。



 傭兵ようへいリーダーのドゥミトレスクと執事長バセスクがうたげに現れてヴラド公は憮然ぶぜんとした面もちで二人をにらみつけた。



「君主よ、誠に申し上げにくいことながら、お嬢様が夜の森へ出かけられております。調べましたが付き添いがおらぬとわかり捜索者を森へ出しました」



 姿勢を正しこうべ垂れ報告する傭兵ようへいのリーダーであるドゥミトレスクへ激怒したヴラド公はワインの入った銀のさかずきを投げつけた。



「ドゥミトレスク、そこの食卓にあるお前に一番近い燭台しょくだいを見よ! その蝋燭ろうそくが燃え尽きるまでに娘を世の元に連れて来なければ我がポエナリ城の斜塔先に貴様を串刺しにして一年──さらし者にしてやるぞ!」



 ただの脅しではない。



 これは呪いだとヴィライ・ドゥミトレスクは思った。



 この人は本気だと顔を上げ燭台しょくだい見つめる傭兵ようへいのリーダーは青ざめた。



御意ぎょい! 必ずやお嬢様を無事にお連れ戻します」



 そう言い切り傭兵ようへいきびす返し急ぎ足で宴会場を出て行くのに付いて行こうとした執事長バセスクをヴラド公が大声で呼び止めた。





「バセスク!」





 びくついたように立ち止まりゆっくりと執事長バセスクが振り向くと長テーブルの先に座るヴラド公が食卓の上に短剣を乱暴に放り出した。



「アランカが戻る戻らぬの話しではない」



 バセスクはうつむいて顔を上げられなかった。



「このような騒ぎを起こした責任を誰かが取らねばならぬと思わないか?」



 年老いた執事長の額に玉の汗が吹き出していた。



 責任を取らせるならお嬢様の夜の番を任されている古い使役(メイド)のコーネリアだとバセスクは思った。だがヴラド公はそんなことを言ってるのではない。



 怒りの鉾先ほこさきを誰かに負わせなければ、公はおさまらないのだ。そんなヴラド三世の恐ろしさを長年務めた執事長タスク・バセスクはよく知っていた。



 この後控えているであろう責め苦を思うと一息でしんぞうつらぬく方が楽だとわかっていてテーブルへと身を乗り出し伸ばした腕で短剣を手に取ってゆるしをうた。



「申し上げまする旦那だんな様」



「申してみよバセスク」



 そう押し殺した声でヴラド公がうながした。



「お嬢様のことを思うばかりに鳥かごの中に入れるようなことを控えさせて頂きました。今夜のことは誰の不手際ではなく、ましてやお嬢様にその責を──」





「バセスクよ、わきまえておるだろうな」





 な、何がまずかったのかと、問われ君主を見つめる執事長は言葉にまり目をおよがせた。







「アランカが戻り無事なら、娘の前で詫びて左手首をり落とせ。アランカが怪我を負ったり亡き者となって戻ったらみずからの手でお前の家族(みな)の首をねよ」



 そんな殺生せっしょうな──と執事長タスク・バセスクは引いていく血潮の音が聞こえていた。



 自分の家族におよ災厄さいやくを越えるものなどありはしない。老齢の使用人はどうかヴラド公の娘が無事に戻ることを願い短剣を両手で握りしめうなづいた。



「下がれバセスク」



 君主に言われこうべ垂れたまま執事長は退しりぞきドアを後ろ手で開きうたげを後にした。



 扉閉じるときびす返しその足でバセスクは家族の元に急いだ。



 家族を逃がす猶予はあるだろうか。



 少しでも遠くへ逃がせば、妻と子が命失うのを避けられるかもしれなかった。



 幸いにも息子は荷馬車を操ることができる。



 単馬のように速く駆けることはできぬが、多少の身の回りの品を持たせることができるとバセスクは考えた。



 石段を駆け下り居館(パレス)へと急ぐ執事長は自分の部屋の木戸を荒々しく開くと、ランプ灯した部屋にいる妻と息子に硬い口調で命じた。



「城を出る準備をしなさい」



 唖然と見つめる二人に執事長は声を荒げた。





「急ぐのだ!」











 ヴラド公に雇われる傭兵ようへいの筆頭であるヴィライ・ドゥミトレスクの右腕ハリトン・ルチェスクは憮然ぶぜんたる表情で使用人の男女四人を引き連れポエナリ城北側の森へと分け入っていた。



 アランカ・クリステア・ドラクレシュティの身勝手な行いで振り回されるのはこれで何度目だとハリトンは機嫌を損ねていた。



 何度、こうから命じられても娘は森の一人歩きを止めはしなかった。



 だが今日というきょうは、腹に据えかねていた。



 酔った心地で寝入った直後に起こされたのだ。



 使用人らが大声で呼ぶ娘の名に返事はなくハリトンは違う方角へアランカが行っていると思った。



 アルジェシュ川まで行き見つからなければ彼の判断で使用人らと渡河とかするかどうか決めなければならなかった。



 川には近場に橋がなく浅くもなく川幅がある。腰まで確実につかるのを覚悟しなければならない。



 冬直前のこの時期に川に入りたくはなかった。



 どうせ小娘のことだ。ドレスが水につかるのを嫌い川向こうには行ってないだろうとハリトンは思った。この方面ならじきに見つかるだろう。



 見つけたら片耳を引っ張って苦言の一つでも浴びせてやろうと五人の中で唯一武装している傭兵ようへいは考えながら松明たいまつを先に差しだし森の中にいるやも知れぬ牙をけものの気配を探っていた。



 ふと彼は不安につかまれ松明たいまつの灯りの外にいるものを探ろうとした。



 戦場いくさばで時々感じる全滅の予感がそこに居座っていた。



 何だこ!? この怖気おぞけは、と手練てだれのハリトンは歩きながら身震いした。



 酒が抜けかかり寒気を感じてるにしては不安の大きさが半端ではなかった。



 彼は他の使用人の手前、右手を腰もののハンドルに乗せつかみ即応で(ソード)を引き抜けるように構えた。



 もしも熊でも出たならまず左手に握る松明たいまつの火を鼻っ柱に浴びせひるんだところを(ソード)で叩きるしかないと腹を据えた。



 糞度胸くそどきょうは熊にも劣らぬと開き直った。





「アランカ様ぁ──アランカ様ぁ──アラン────」





 右斜め後ろで君主の娘名を叫んでいた使役(メイド)が名を途中で切ったのでハリトンは横へ顔を巡らすと使役(メイド)の姿はなく彼は立ち止まり後ろへ振り向いた。



 三人の使用人らがいなくなり一人若い男の使用人だけがそこにいて怯えた目でハリトンを見つめていた。



「三人はどこに行った? 離れるなと言っただろうが」



 そうハリトンが非難めいた口調で問うと若い男の使用人は震えだしいきなりきびす返し松明たいまつを持ったまま彼から逃げだした。



「あ! あの野郎ぅ!」



 ハリトンが悪態ついたその寸秒森の先に消えゆく松明たいまつがいきなり木々の上に向かい躍り上がった。



 叫び声が聞こえ、使用人が何らかのけものに襲われたと知った傭兵ようへいは顔を強ばらせ(ソード)を引き抜いて片手で構えた。



 下生えの草や木々の枝葉はまったく動かず、40ヤード離れた場所に落ちた松明たいまつの灯りが木の幹を照らしていた。



 ハリトンは眉間にしわを刻み両耳に全神経を集中し気配を知ろうとした。



 風もなくわずかに聞こえていた虫のが止んでいることに彼は暗がり何かが潜んでいることを予感した。



 こちらの出方をうかがっている。



 その知略にけものではないかもしれないとハリトンは思い始めた。





 魔物かもしれない。





 悪霊(ダエモン)かもしれなかった。



 地獄の使者──悪魔ならほのおを恐れぬだろう。



 松明たいまつは役立たぬやもしれぬとハリトンは左手に持っていた松明たいまつを足元に放り出し両手で(ソード)のハンドルを握りしめ、いつでもどの方向にでも振り切れるように身構えた。



 その寸秒、いきなりそれ(・・)を目にした傭兵ようへいは動きを封じられ固まってしまった。





 背中から蜘蛛くものような足を幾本も伸ばし木の葉の生い茂った頭上から見下ろしているそれ(・・)が何なのか。





 だがからだは大人ほどもなく明らかに子供のそれであり、首の左右から垂れ下がったロールした金髪に見える髪が君主の娘のそれと同じに見えるだけでなく顔が瓜二つなことを受け入れられずにハリトン・ルチェスクは振り上げた(ソード)切っ先(ポイント)が小刻みに震えているのを抑えられなかった。



 いきなり傭兵ようへいの横に落とされたものに驚き彼は怪物から目を離さずに横下へ流し目で確認して顔が引きった。



 ハリトンから駆けて逃げだした若い男と同じ服装の死体だった。



 異様なことにその顔が干からびたようにしわ枯れており、土と同じ色合いになっていた。



「化け物め────さぁかかって来い!」



 そう頭上のそれ(・・)に言い放った瞬間それが目の前に飛び下りてきてハリトンは目を疑った。







 アランカ・クリステア・ドラクレシュティそのものだった。それ(・・)が唇を吊り上げてけもののように長く尖った牙が二本(のぞ)いていた。







 手練れの傭兵ようへい(ソード)を振り下ろしかかった一瞬、その君主の一人娘の背後にうごめいていた蜘蛛くもの足のような十数本の触手が一斉に男へと襲いかかった。



 そのあまりにもの速さで迫った触手に締め上げられハリトン・ルチェスクは少女の口へとゆっくりと引き寄せられた。







 逃れえぬ恐怖に傭兵ようへいの男は悲鳴をほとばしらせた。











 ショックを受けたように機内側壁の折り畳みベンチで目覚めたマリア・ガーランドは寝不足からいつの間にか眠りに落ちていたのだと理解するのにわずかに時間を要した。



 酷い夢だった。



 見知らぬ森で松明たいまつを持ち誰かを探していた。



 それが、森へ分け入ったもの達が次々に襲われた。



 何だったのだとマリーは困惑した。



 いきなり咳払いが聞こえマリーが横を振り向くと同じ列の席に居座っているアン・プリストリが腕組みしたまま反対の内壁をにらんでいた。



「なによ!?」



 そうマリーが問うとスターズ・ナンバー2のガンファイターが澄ました声で指摘した。



「頑張りィ過ぎじゃァねぇのか、少佐(LCDR)よォ?」



 マリア・ガーランドは鼻を鳴らし床を見つめ言い返した。



「わかってるわよ」



 わずかにをおいてアンがささやくような巻き舌でまた指摘した。



「なァ少佐(LCDR)────中東行きィ止めねェかァ?」



「なんでよ?」





「嫌ァァァなァ──予感がァすんだァ──」





 マリーはまた傍若無人な長身の女へ振り向くと問い返した。



「どういう根拠?」



「知ってるんだろォ。待ち構えているゥのはァ相当ヤバい奴だァ」



「サウジアラビアの第3王子が?」とマリーは眉根寄せた。



「違ェェェよォ。あんなァムハンマドなんてェ怖くもなんともォねェよォ。衛星のォ赤外線カムにィ写らなかったァ連中のことさァ」



 マリーはアンの横顔を見つめる眼を丸くした。



「アン! 何か知ってるの?」



 アンは鼻筋にしわを刻むと短く鼻で笑いマリーに顔を近づけささやいた。



「知ってるゥじゃねぇかァ────女のォかんだァよォ」



 女指揮官はため息をつくと思い返した。



 ニューヨークに核爆弾が持ち込まれた夜からAPが普通の人でないことは承知していた。だが、この問題児の能力は未知数だった。



 アンがかんだというなら、それは人のものではなく極めて特殊なもの。いわゆる異次元のものだとはわかっている。神話そのものの三首みつくびのケルベロスをセントラルパークに現界させたぐらいだ。



 こいつ(・・・)が正体を隠してどうして人の社会に紛れ込んでいるのかと去年の10月に感じたことをマリーは思いだした。





 だが今し方夢見たあの夜の森に覚えはなかった。





 あそこで人を狩っていたのがすこぶる邪悪なのだとどうして知ってるのだとマリア・ガーランドは中東へ向かう戦術対地攻撃輸送機の貨物室(カーゴルーム)で困惑し続けた。












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