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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #27
138/164

Part 27-3 Thirst 渇き ─かわき─

Poenari Castle, fortress of Duke Vlad III of Wallachia Arefu Argeș County Argeş-Valley Fagraș Mountains Cetatea-foothills România Eastern EuropeWestern, 21:37 Nov 27 1475

1475年11月27日21:37 東ヨーロッパ西部ルーマニア・ファガラシュ山脈ケタテア山麓台地アルジェシュ渓谷アルゲシュ県アレフ・ワレキア公国君主ヴラド三世公の城塞ポエナリ城





 空の飛び方なんて誰も教えてくれない。



 窓から夜のとばり下りた渓谷の光景を眺めるドラゴン騎士団の騎士を祖父に持つ12歳のアランカ・クリステア・ドラクレシュティは退屈していた。



 父──ヴラドは今夜も多くの貴族を招待してはうたげを繰り広げているのに、アランカは父にその席に決して参加してはならぬと厳命されており退屈していた。



 ポエナリ城への千四百八十段もの襲撃兵除けの階段を上ってくる貴族を今日も昼過ぎから眺めていたが、アランカは帰ってゆく貴族を一度も目にしたことがなかった。



 そのことを父に問うても彼は冷ややかな眼差しで見つめるばかりで決して教えてくれない。



 今日の日中、アランカは思わず世話をしにきた使役(メイド)の一人にそっとたずねてみた。



「ねえ、エフチカ、お父様が招いた貴族の人たちはいったい何時いつ帰られてるの?」



 椅子に腰掛けたアランカの髪をといていた使役(メイド)が急にブラシの手を止めたので彼女が驚いたのをアランカは気づいた。一瞬、使役(メイド)のエフチカは顔を強ばらせた。



 そうしてドアの方へ振り向き閉まっていることを確認してから使役(メイド)はアランカの正面に回り込みひざを折ってしゃがむと少女に顔を近づけささやいた。



「お嬢様、ご内密にしていただけますならお教えします」



 アランカは眉根寄せてうなづいた。



「お嬢様はオスマン帝国、ハンガリー、ポーランドなどの国々をご存知でしょうか?」



 それくらい知ってるとアランカはあごを突き出して答えた。



「知ってるわ。我が国ルーマニアへ手出ししてくるよくない国々よ」



 エフチカは微笑んでうなづき続けた。



「君主様はこのルーマニアを護るために絶対的な君主としてたみを率いるには好き勝手言い放題の貴族らをお邪魔だとお考えになられました」



 アランカは話の成り行きに真顔になって使役(メイド)を見つめた。



「君主様は貴族らを言いくるめるよりも排除しようとお考えになられたのです」



 排除という言葉にアランカは覚えがあった。



 父──ヴラドは反抗を唱えるたみを大きな屋敷に集め出られぬように窓や扉を木材で閉じ火を放ったなどと使役しえき人の中に噂するものがいることをアランカは知っていた。



 傲慢ごうまんな貴族らを父が許すはずがなかった。



「そう────排除したの。貴族らが悪いわ」



 そうアランカが言い切ると使役(メイド)が困った表情を浮かべた。



「でも君主様のそのやり方が────」



 言いかけたエフチカの顔に手のひらを上げアランカは言葉を切った。



「方法はどうでもいいの。お父様がだめだと決めたことが大事なの」



 その物言いに使役(メイド)はあの父にしてこの子だと眉根しかめた。



 話はそれで終わった。



 エフチカはあわてるようにアランカの髪を整え部屋を後にした。



 お父様がどのようにしようと、されたものたちが悪いのよとアランカは窓から暗闇の渓谷をながめ考えていた。



 その刹那せつな、真っ暗なはずの渓谷に光りを見つけた。



松明たいまつかしら?」



 じっと見つめながらそうアランカはつぶやいた。



 だが松明たいまつの色は赤い。





 谷間の光りは青紫の光点だった。





 いいや点ではない。距離からあれは馬車(キャリッジ)よりも大きいかもしれない。



 妖精だろうか!?



 アランカは胸がときめきじっとしていられなくなった。



 見に行こう。



 ただこんな夜更けに出かけるとお父様に知れたらお怒こりになるのは目に見えていた。



 使役しえきらに見つからぬよう松明たいまつを用意してあそこへ行ってみよう。



 そう決意したアランカ・クリステア・ドラクレシュティは音を立てぬようにゆっくりと扉を開いた。











 時空軸座標は正確ではなかった。



 最初に現界したレイジョ(レギオン)は蒸発する寸前に恒星表面のフレアに突入したことを共有した。



 二度目の現界は座標修正されたものの第三惑星の成層圏に現界しすぐさま自由落下で急激に速度が上がり火だるまになった。



 80光年という途方もない距離の転移はほんのわずかな誤差でも致命的だった。



 三度目の現界は高次空間の時空をゆがめ過ぎて地表に現界した寸秒、凄まじいプラズマと帯電を生み構成素材に致命的な損傷が広がった。



 三度目のレイジョ(レギオン)は現在の転移技術ではこの第三惑星に威力偵察を行うことが危険であると共有し異空間共有を閉じた。



 これで以降の第四次威力偵察は行われなくなり、無駄に構成素材を失うリスクは減ったことをレイジョ(レギオン)は認識した。



 高次空間転移に伴う場を閉じるエネルギーは霧散し青紫の雷球は急激に薄れ、周囲1クルーラ(:約1マイル)に脅威となる1アールマ(:約1ヤード)以上の大きさを持つ動体を検知できなかったが構成素材が激しく傷つき移動もままならならず状況は良くなかった。



 立ち上がろうとするレイジョ(レギオン)の脚は構造を担う素材の構成が不安定で形(くず)れると異星生命体は前のめりに水の流れに倒れ込んで水飛沫みずしぶきを上げた。



 数百兆のナノマテリアルである構成素材が思うにならず、意図せずに様々な星々の多種族の形に変化しながら保有エネルギーを無駄に消費し続けた。



 その一つの集合体であるレイジョ(レギオン)はもはやエネルギーの浪費にえられず、暗がりで岩のようにかたまりになった。



 その川辺に水を取り込みにきた炭素系生物をセンサーを担う構成素材が気づいた。



 大きさは2.51アールマ(:約2.5ヤード)ある。



 その大きさを持つ細胞集合体が動いているということは、それなりにエネルギー代謝能力を有している可能性があった。



 一体のレイジョ(レギオン)は凄まじいエネルギーの集中力で触手(プローブ)を水を摂取している炭素系生命体へと伸ばした。



 40アールマ(:約40ヤード)の距離に伸びた触手(プローブ)がその炭素系生命体の移動脚の一つへ近づきいきなりそれを刺し食い込んだ。



 四つ脚の炭素系生命体は激しく暴れ始めたが、レイジョ(レギオン)は素早く神経中枢を見つけるとそこへ食い込み一瞬でその炭素系生命体の運動信号を遮断した。



 そうして膨大な細胞へとナノマテリアルを散らし一つひとつが細胞壁を破り細胞核へと到達し解析を始めた。



 この炭素系生命体の構成素材はアンモニアの水素原子を炭化水素基または芳香族原子団で置き換えた化合物、炭素鎖の末端にヒドロキシ基一つと酸素原子が二重結合した親水性の官能基からなるものを構成素材とし、他に脂質や糖質を構成素材にしていた。



 エネルギー発生や転換プロセスは容易に解析できたがレイジョ(レギオン)よりも遥かに非効率で発生エネルギーも低かった。



 これでは群体を維持するために先の構成素材を外部から取り込む必要がある。



 レイジョ(レギオン)触手(プローブ)を炭素系生命体の信号索ぞいに辿たどり、演算と記憶プロセスを担うシナプス神経の集合体を見つけ出しナノマテリアルをばら撒いた。



 この炭素系生命体はレイジョ(レギオン)のように名を持たないが個体で生存していた。



 記憶にある他の炭素系生命体の概念は曖昧であり認識はしているが、大きいか小さいか、危険かそうでないか程度の判別しかしていなかった。



 だがこれでこの第三惑星には炭素系生命体が多種多数いることが理解できた。



 この程度では80光年離れた我が母星に到達するどころか成層圏の外にすら出ることができずわれの脅威となることはないとレイジョ(レギオン)は想定した。



 生命体は爆発的な進化をすることがこれまで攻略した幾つかの生命圏を持つ惑星で見られ、知能を高めた生命体は技術を身に付け、やがて技術は爆発的に変革し、我が母星の脅威になる。



 エネルギーを失いつつあるレイジョ(レギオン)はこの炭素系生命体に同化し活動を延命し将来得るであろう炭素系生命体の技術体系を阻害するという結論に至った。





 レイジョ(レギオン)の構成素材ナノマテリアルは熊の数多の細胞核に食い込み遺伝子を改変し始めた。











 青紫の光りが見えたのは城のそばを流れるアルジェシュ川の北側、中洲のあるまっすぐに森を160ヤード抜けた場所だった。



 アランカは松明たいまつを灯しながら鬱蒼うっそうとした森の中を用心深く歩いていた。



 この辺りの森には狼や熊がいるのは知っていた。



 夜の森には何度かお父様に鹿の狩りに連れられてきて色々と聞かされていた。



 だが虫の鳴くかすかな音が聞こえているということはけものが近くにいないということだとアランカは思った。



 だが熊や狼は遠く離れたところから人の気配をぎつけて一気に駆け迫ってくる。



 片手に握る松明たいまつの火は足元を照らすだけでなくけものを追い払うのに役立つかもしれない。



 ようはその度胸があるかどうかだった。



 わたしはヴラド三世の娘よ。





 その度胸は十分に持ってる。





 左手でドレスのスカートをたくし上げ白い息を吐きながら木々をじぐざぐに抜けていると急に川のせせらぎが聞こえて森を抜けた。



 青紫の妖精さんはどこなのだろうと川縁でアランカは周囲を見まわした。



 しばらく川縁を歩いて見回していると、おかしなものを見つけ立ち止まった。





 岩が半分に断ち切れている。





 よく見ようと松明たいまつを近づけてその揺れる灯りに照らされたものに見入った。



 球面にえぐられている。



 どうやったら岩をこんな綺麗な曲面に切り落とすことができるのだろうとアランカは近寄り球面に切れ落ちている岩に触れてみた。



 まったくざらついた感触がない。



 (シルク)のようになめらかな岩なんてこれまで見たことがなかった。



 他にも似たような岩があるのかと少女は松明たいまつを四方に向けてみた。



 だが岸辺の岩はどれも普通のものばかりだった。



 ここで何か起きたのだとアランカは思った。



 城から見下ろした青紫の光りはこの辺りのはずだった。



 ふと少女は虫のがないことに気づき、自分が隠れるものもない川の岸辺にたたずんでいることに愕然がくぜんとなった。



 今、狼の群れに出くわしたら逃げ場を失ってしまう。



 そう思ったアランカは球状に切れ落ちた岩から離れ木々の方へと急いだ。



 だがその距離の半分もゆかない場所でいきなり何かにつまづきひざを落としてしまった。



 足を引っ掛けるようなものを見落としたはずがなかった。



 地面は砂地で小石よりも大きいものはなかった。



 転がった松明たいまつへ手を伸ばし炎を足先へと向けて目にしたものに鳥肌立った。





 片方の足首に黒くぬらぬらと光るなわ状の何かが巻きつきそれが横に伸びて暗闇の先に続いていた。





 自由な足の靴でその黒い何かを蹴り離そうとした。



 その寸秒、そのぬらぬらと光る黒いなわ状の何かがうねり自由な足にまで踊り巻きついた。



 何か邪悪なものに捕まってしまったとアランカは必死で両足をばたつかせ逃れようとした。



 だが足は自由にならず少女は焼き切ろうと松明たいまつの炎をその巻きついた黒いものへ近づけあぶった。



 炎に焼かれ一旦いったんは離れるかに見えた黒いものはさらに巻き上がりひざ下までをも巻きついた。



 その自由を奪う邪悪なものから逃れようと必死な少女はかたわらの星空がいびつに断ち切れていることに気づいて顔を振り向けると松明たいまつの炎の灯りにかろうじて照らし出されたそれを見上げ顔を強ばらせた。





 すぐ間近に大人の背丈よりも高い仁王立ちの熊がアランカを見下ろしていた。



 だが少女はそれが熊ではないと思った。



 見下ろすその双眼が闇に紫紺の輝きを放っていた。



 少女はその邪悪なものを追い払おうと松明たいまつを振り向けた。







 熊の背後に蜘蛛くものような足が幾つも広がっていた。







 悪魔! そうアランカ・クリステア・ドラクレシュティが思った刹那せつな、熊の口からどす黒い液体のごとき何かがあふれ出てそれが少女を丸呑みにした。











 四つ足の炭素系生命体を乗っ取ったレイジョ(レギオン)は、それが空腹というエネルギーとアミノ酸や様々な栄養素を渇望かつぼうしていた。



 それらを摂取するには他の炭素系生命体を襲い倒し命を奪い喰らわなければならなかった。



 なんと非効率な構成体なのだと、レイジョ(レギオン)はその炭素系生命体をしろに選んだことを悔やんだ。



 異星生命体はこの炭素系生命体にもっと効率のよい構成体摂取へとシフトさせるためにさらにナノマシンで2本のポリヌクレオチド鎖が互いに巻きついて二重らせんを形成しているポリマーへ改編を加えた。



 その四つ足の炭素系生命体は他の炭素系生命体の栄養素に富む媒質ばいしつを求め周囲へレーダーのように電磁波を放った。



 だがこの時期、しかも夜中に川辺かわべに生き物なぞいやしなかった。





 その冷気の中に物質の急激な酸化に伴うエネルギー放射を見つけ四つ足のレイジョ(レギオン)はゆっくりとその方へ足を踏みだした。





 継続的な酸化作用は熱エネルギーを放射し川辺かわべの一帯の温度分布を嵩上かさあげしていた。



 乗っ取った炭素系生命体に炎を操る技術や知能はなかった。むしろ炎を本能から警戒していた。



 なら炎を操り道具とする炭素系生命体の種がいるのだとレイジョ(レギオン)は想定した。



 その炎立ち上らせる木の棒を持つ二本足の炭素系生命体を見つけ出しレイジョ(レギオン)は忍び寄った。



 それは今、しろとする四つ足の炭素系生命体よりも遥かに小さくとても華奢きゃしゃだった。



 その歩行の片足首に触手プローブを巻きつけ逃走手段奪い仁王立ちで近づいた刹那せつな、その二足歩行の炭素系生命体は木の棒に灯した炎を振り向けた。





 仁王立ちのレイジョ(レギオン)は一気に口からナノマテリアルを吐き出すとその炎操る小柄な炭素系生命体を包み込み一気にあらゆる皮膚から侵食し始め同時にあらゆる細胞の中心にある2本のポリヌクレオチド鎖が互いに巻きついて二重らせんを形成しているポリマーへ改編を強制し、他の炭素系生命体から得るよりも遥かに簡単な複数いるその種の人間という炭素系生命体から媒質ばいしつを得ることを本能として刷り込んで準備が整うと最後にコアを埋め込んだ。







 アランカ・クリステア・ドラクレシュティという原住民(アルケティトス)どもの君主の娘は血への強いかわきを覚えた。












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