Part 27-2 Kaleidoscope 万華鏡
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan, NY 17:45 Jul 14 2019/
Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs Syria, 12:15 Jul 15 2019
2019年7月14日17:45 ニューヨーク州ニューヨーク市チェルシー地区NDC本社/
2019年7月15日12:15 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ
想定していたマンハッタンの核爆発が起きなかったのは留置されていて気づいていた。
公園傍らの路駐車に仕掛けた戦術核爆弾が起爆すれば市警本部も粉微塵になったはずだった。
だがあの忌々しい牝狐が鼻で笑って言い捨てたように仕込んだ戦術核爆弾は見つかり解除されたのだ。
PFLーNY支社の社長室で革張りの椅子にふんぞり返て腕組みしたドロシア・ヘヴィサイドはかれこれ一時間近くも三白眼で支店長の執務デスクに載せられたPCのモニタを睨んでいた。
液晶画面に映し出されたのはNDC社長マリア・ガーランドの社長就任後の公開インタヴューの動画だった。
「世界中のテロリストども! この──マリア・ガーランドにかかって来い! ────だと!?」
ふざけやがって。
戦場に生きる者を舐めきっていると女武器商人は思った。
どこの軍人崩れにトレーニングを受けたか知らぬが、この私に恥をかかせた礼は生ぬるいものではないぞ。
ドロシアは組んでいた腕を解くと、マウスを操作し自分の本社サーバーにアクセスし、32桁のパスワードを打ち込みプライベート・ファイルにアクセスした。
その中にNDCというフォルダがありマリア・ガーランド情報というドキュメント・ファイルを開いた。
あの女社長の配下である人物を調べられるだけ調べ上げていた。
マウスのホイールを回しドキュメントをスクロールさせると名前だけでなく盗み撮りした写真がそこにいくつもあった。
それらを見渡しドロシアは一人の情報枠でスクロールの指を止めた。
どのように強固な要塞にも攻め手となる弱点が存在する。
あの牝狐の手足を身動きできなくなるまで締め上げてやる!
液晶画面に映しだされたポニーテールの少女の横顔を女武器商人はじっと見つめた。
パトリシア・クレウーザの横顔を見つめアリスは不思議そうな面もちでいた。
特殊上級職員の少女はその眼差しに気づいたとでもいう風に振り向いた。
「なぁあにアリッサ?」
「ねぇねぇ、パティにもあの異世界のマリアと私たちのマリア見分けつかなかったの?」
パティは頭振った。
「いいえ、見分けられたわ。精神が微妙に違ってた。あなたは?」
そう問うパティにアリスは下唇を突き出した。
「えぇ!? ムリムリ、見分けなんてぇ! でもね。わたし異世界のパティやわたしに会ってみたいなって思うの」
パティが短く鼻を鳴らした。
「止めといたほうがいいわよ」
「なんでぇ?」
「喧嘩になりそうな気がするの。自分が負けてるって信じられなくて────」
アリスは眼を寄せて考え込んだ。
「そっかぁ──」
二人の後ろを結構な数のファイルを抱えた情報第三課のアイラ・トゥワンが通りかかり子供らが見ている四課ブースのPCモニタを覗き込んだ。
「あなた達、何を熱心に調べているの?」
「サウジアラビア王室の資料」
そうぼそりとパティが視線をモニタに向けたまま答えた。
「なぁあに? パティあなた王子の玉の輿にでも乗るつもり?」
「いいえ、チーフがそれを赦しません」
アイラは驚いてパトリシアに尋ねた。
「なぜ?」
「だってマリアは王室を潰すつもりだから」
驚いてアイラはファイルをすべて落とし少女に問いただした。
「パティ、チーフに何を言われたの!?」
少女はブロンドのポニーテールを振って三課のエンジニアをエメラルドグリーンの瞳で見つめ恐ろしいことを告げた。
「マリアは謂れ無き悪意を絶対に赦さないから」
アイラはサウジ王室の関係する事案があるのだと警戒した。うっかりしたことを口にすると後々恐ろしい情報戦に巻き込まれるのが眼に見えていた。
しかしチーフとサウジ王室との間に何があったのだとアイラは考え込んだ。
スターズは一度もサウジアラビアでの作戦行動をしてなかった。いや、まてまて! 昨日現れた兄妹の暗殺者はサウジ王室の王子が差し向けたと回された今朝のファイルにあった。
その意趣返しをチーフが画策してるとなるとルナの耳に入れる必要があった。
うわぁ! 中東だぞ! あんな面倒な地で軍事展開させるなんて正気じゃない。
アイラは慌ててファイルを拾い上げるとまずこのことを情報部門主幹代理を務めるエレナ・ケイツ──レノチカに報告すべきだった。
最後の落ちたファイルをつかんだアイラの右手首を前屈みになったパトリシアが握りしめて警告した。
「アイラ、必要ないわ。ルナは承知してマリアを中東に行かせたのよ」
耳にした瞬間、第三課のセカンド・エンジニアは片手に抱いていたファイルすべてをまた落とした。
半泣きの顔でパトリシアを見つめたアイラ・トゥワンは顔を上げて助け求めてレノチカを探し視線游がせた。その大人に少女は囁いた。
「無駄よアイラ。もうチーフ達は大西洋の上だもの」
五、六人でどうするつもりなのだとアイラは震え上がった。
コークスクリュウのブロンド・ツインテールに暗い色合いのゴシック・ドレスを着込んだ綺麗な顔立ちの品のある少女が豹変し恐ろしい数の鋭い牙をむき出しにして吼えた。
その吸血鬼の根元が突き出した両手から恐ろしいほどの蒸気が立ち上がっていた。
こいつにも銀の耐性がないと気づいたバンパイア・ハンターは左手に握って頭を地面につけていた純銀の大ハンマーを振り上げ少女の頬を強かに殴りつけた。
小さな顔を大きく横に弾かれ銀の打撃面に頬を持っていかれたヴァンパイアは崩れかけ穴の開いた顔を振り戻しハンターの顔に喰らいつこうと顔を出した。
その小娘の腹をエステル・ヴァン・ヘルシングはブーツで蹴り上げ離れた吸血鬼を追い込みさらに振り戻した銀の大ハンマーで殴りつけたようと間合い詰めた。
その進み出てくる顔を抉ろうと少女吸血鬼は爪伸びた腕を振り抜いた。
迫ってくる黒い爪を鼻先で仰け反るように躱したエステルは銀の大ハンマーで殴りつけたものの躱した分浅くなりヴァンパイアは天幕内の側幕へと跳び逃げ地面に落ちている仕切りに使っていた裂けた麻布をつかみ上げエステルを回り込み逃げ続けた。
唇を真一文字に引き結びバンパイア・ハンターはそれを追いかけステップ踏み換え急激に向きを変えた。
エステルはテントの隅に転がった銀の杭に気づいたが拾い上げる余裕はなく、逃げ回る少女吸血鬼へ銀の大ハンマーを打ち込もうと躍起になって顔を振り向け続けた。
その寸秒、いきなりヴァンパイアは麻布を躯に巻きつけ天幕の出入り口から外へ飛びだした。
エステルは唖然となった。
まさか吸血鬼が麻布を纏ったからと陽が射す中へ出て行くとは思いもしなかった。
エステルは舌打ちすると銀の杭を拾い上げそれとハンマーを転がったアリスパックに戻してフラップ掛け肩にかつぐと床に落ちたニカブを手に取って頭から被った。
天幕の外に走ってくる数人の足音を聞きつけヴァンパイア・ハンターは天幕の後ろにゆくと後幕をナイフで切り開き外へ出た。乱立する粗末なテントの間を縫うように急ぎ足で抜けながら深々と被ったニカブの下で片方の口角を吊り上げた。
逃がしたものの収穫はあった。
二体の使役を倒し、何よりも淵源を眼にすることができた。
文献に淵源の記載は幾つか見つけていたが、まさかあんな少女とは思いもしなかった。
だが紛れもないヴァンプであり、あの動きの素速さと力強さが物語っていた。
この日差しの下どこへ逃げたのだろうか。
闇雲に逃れたはずもない。
ヴァンパイアは必ずこのような事態に備え第二、第三の棺を用意している。それらは近くではなかった。だが日光の下をキャンプ離れ荒れ地を歩いて行くとは思えなかった。
この広い難民キャンプのどこかに潜んだのだ。
足早に駆け抜けているのに背後からの幾つもの足音と男らのアラビア語が聞こえていた。
捕まるわけにはいかなかった。
シリア人ではないことは一目瞭然で、キャンプに入り込んだ理由を証明することは難しかった。考古学者が難民キャンプになぜ足を踏み入れると問われるだろう。下手をするとテロリスト扱いされる。
いきなりエステルは横へ向きを変え逃げる方向を転じた。
ニカブの下に背負うアリスパックは大きくニカブは膨らんでとても目立つ。シリア兵は難民らしくないものを目にしたら必ず誰何する。
レンジローバーに戻り一旦キャンプから離れるかとエステルは一瞬考えそれを止めた。
荒れ地に出たところをパトロールに見つかると逃げ場はなかった。
一度夜になればまた犠牲者が出るだろうが、あの淵源の新たな寝床が推定できる。
あの少女は失った使役を補充するだろう。
NDC本社ビル地下12階に設けられた研究所で走査型透過電子顕微鏡の画像をモニタで見ながらダイアナ・イラスコ・ロリンズ──ルナはマリーの言うところの80光年離れたグラバスター系星から攻めてきた怪物らの構成物を目の当たりにしてルナは驚いていた。
怪物らの構成単位は変幻自在さから細胞ではないと推測していたがその機械ともとれるナノマシンは大きさが最小のウイルスの半分──4ナノメートルしかないが、かみきり虫のような昆虫状の形態をしていた。
すごい。
このサイズでなお構成体はさらに小さく恐らくはコンマ1ナノメートルないとルナは思った。
この何10の14乗個という集合体が統制を持ってあの怪物1体を構成していたことになる。
自然進化の産物ではないとルナは思った。
初期のナノマシンが偶然に生まれアセンブラによるレプリケーターが自己増殖したとするとグレイグーを発生しその怪物らのグラバスター系星は48時間も必要とせずナノマシンで呑み込まれてしまうだろう。
意図的に設計されたものだとルナは想定した。
恐ろしく進んだテクノロジーを持つ種族が何かの意図を持ってその星を実験場としたとする方が自然だとルナは想像した。
このナノマシンはどうやってコントロールされているのだろうか。音波ではないだろう。恐らくは電磁波の何か。それにこのナノマシンが増殖し同類を作り出すには細胞やウイルスを生みだすよりも莫大なエネルギーが必要になる。
エネルギーの供給源と補給手段、それとコミュニケーション手段が何かを特定すれば人のテクノロジーを数段先進させることができる可能性があった。
ルナは走査型透過電子顕微鏡に掛けたナノマシンのサンプルに電磁波の一種ガンマ線を5メガボルトでかけ挙動を観察し始めた。
奴らは我々の罪を利用する。
傲慢だ。
それが人を贄とする十分な理由だった。
重ねた麻布を抜けてくる紫外線が変性した細胞をちりちりと焼いていたが、あのヘルシング教授の曾孫から逃れるためには我慢が必要だった。
アランカ・クリステアは自分の渇き、自分の能力が悪魔の呪いだと何百年も思っていた。
現代医学に逃げ道を探しレンフィールド症候群という臨床吸血症を見つけたが精神疾患でくくられ違うとアランカは思って諦めた。
精神疾患で紫外線で燃えたり獣に化けるなぞ有り得なかった。
人は我が血族を忌まわしき悪魔だと決めつけ迫害してきた。
それを遠ざけるには恐怖しかなかった。
伝説を振りまき畏怖を浸透させるのに時間は大して必要でなかった。
だが近代、人は濡れ手のごとく情報をつかみ取れる社会を構築し知ることで迷信を遠ざけた。
それが逆に好都合だと気づいた。
変死体が方々で出ても他の情報に埋没してしまう。
このシリアの難民の集まりは諦めるには惜しい餌場だった。
ヘルシング教授の血筋の足音だけでなく難民に混じり力強い男らの足音が多数聞こえているのは、兵士だと気づいていた。
難民に混じっているのは反政府のものか、我ぐらいだろうとアランカは考えた。
探しにかかるのはそれなりの根拠があるからだろうが、反政府者の足跡なぞ知ったことではなかった。
その捜索の手が自分に及ばなければよかった。
淵源が小さなテントの一つに逃げ込むと暗いテント内にアメリカ人の女が待っていた。
女はまだ新しい使役の一人だった。
マーパット迷彩服を着たクレア・ハマートン下級伍長はまるで知っていたとでもいうように麻布を躰に巻きつけ被ったアランカ・クリステアが入ってくるとテントの片側に身を寄せ地面に埋め蓋を開いた内装張りされた棺桶へ手を示した。
暗いテント内で麻布を脱ぎ落とすと淵源は棺の底に脚を下ろし素早く仰向けに躰横たえた。
クレアはすぐに蓋を閉じると折り畳みシャベルで土を被せ始めた。
合衆国海兵隊の兵士は口頭での指示は受けていなかったが、このあとやることは知っていた。
土をならし終わり運び込んでいる重火器を使いテントに入り込もうとするシリア兵を排除する。
土を被せ終わり表面を均していると一組の男女が入ってきた。
初老の男と若い女だった。
「王女は無事に来られたらようですね」
そう初老の男──オスモ・リスカラ──40年に渡り淵源に仕える人のままの使役は使役となった海兵隊の女に告げた。
「キャンプに多数のシリア兵が入り込んでいます。王女を守らないと」
「では私たちが囮になりましょう」
そう応えたのは後からテントに入ってきた若い方の女──サイラ・レヘトラ──9年淵源に従うこれも人のままの使役だった。
クレア・ハマートンは木箱に入れているFN SCARーLと弾倉ポーチの付いたチェストリグをつかむと次々に人の使役に投げ渡した。
寸秒、テント外に足音でなくアラビア語の男らの声が近づいていた。