Part 27-1 Zuiveren 成敗
Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs Syria, 12:07 Jul 15 2019
2019年7月15日12:07 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ
15台の6輪軍用トラック・ウラル375の荷台から6B7ヘルメットを被りM81ウッドランド迷彩服、その上にTATーBAー7バリステックベストを着たAKS74アサルトライフルを手に持つ男らが次々に下りると分隊ごとに整列し指示を待った。
シリア陸軍第65旅団第2大隊第1中隊から派兵された3小隊の兵士らは粗末なテント乱立するキャンプ外縁にいた。
彼ら歩兵の前に立つのはヘルメットでなく黒のベレー帽被る第5軍団予備兵のISISハンターのラザーン・アッディーン・アル=カワジャ大尉だった。
" انظر، مهمتك الآن هي البحث في مخيم اللاجئين! الشخص الذي يبحثون عنه هو القاتل. ليس من السهل معرفة ذلك، لكن قد لا يكون هذا الشخص مناسبًا لمخيم اللاجئين أو ربما يخفي أشياء غير مناسبة للاجئين! "
(:いいか、諸君らの任務はこれから難民キャンプで捜索を行う! 探しだすのは殺人犯だ。見分けは容易ではないがその者は難民キャンプに相応しくないかもしれないし、難民が手にするのに相応しくない物を隠し持っているかもしれない!)
その説明に兵士らが動揺し始めた。
" عادة، يتم تنفيذ هذه المهمة من قبل الشرطة العسكرية، لكن مخيم اللاجئين كبير ويضم العديد من اللاجئين. القاتل من بين اللاجئين، فسنشويه! "
(:本来なら憲兵がやる任務だが難民キャンプは広く難民も多い。その難民に殺人犯は紛れ込んでいるので我々で炙り出す!)
遅きに失したかもそれぬ。兵を引き連れ難民キャンプに戻るまで一週間無駄に過ごしたとラザーンが思った寸秒、兵士の一人が手を上げた。
"هل لي أن أطرح سؤالاً يا كابتن؟"
(:質問よろしいでしょうか大尉)
兵士らの中ではまだ若い男だった。
"السماح للأسئلة"
(:よろしい! 何だ?)
"هل القاتل سوري؟"
「その殺人犯はシリア人ですか?」
ラザーンは僅かに間をおいて応えた。
" إنه ليس بالضرورة سورياً، ومن الممكن أنه ليس عربياً. الشيء المهم هو البحث عن الأشياء التي لا تناسب مخيم اللاجئين! أي أسئلة أخرى! ؟ "
(:シリア人とは限らない──アラブの人間ではない可能性もある。大事なことは難民キャンプに不似合いなものを探すことだ! 他に質問は!?)
先ほどとは別な伍長の階級章を肩に付けている中年の兵士が手を上げた。
"إذا كانت هناك مقاومة، فهل سيكون إطلاق النار عليهم أمرًا لا مفر منه؟"
(:抵抗されたら射殺も止むを得ないのですか?)
"اعتقلوه قدر الإمكان. تجنب الإصابات القاتلة عند القتال بالأسلحة."
(:できるだけ拘束しろ。武器を使って反撃する場合も致命傷を避けよ)
兵士らはバリステックベストを身に着けているが中国製のコピィー品で信頼がおけず男らの顔が不安げになった。難民がアサルトライフルを持ちはしないだろうが、続く内戦で誰もが火器を手に入れ易かった。
"كيف يتم تخصيص مناطق البحث؟"
(:捜索エリアの割り当てはどうしますか?)
大尉の直属の兵曹長が横から尋ねた。
" ادفع من الجنوب الغربي إلى الشمال الشرقي في تشكيل خط أفقي. لا تحاول القضاء عليها بمفردك أثناء دعم كل فرقة. وسنكافئ من يمسك بهم، فشجعهم. ابدأ البحث! "
(:この南西から北東へ横ラインフォーメーションで押してゆく。分隊ごとで連係し支援しつつ単独で取り押さえようとするな。捕らえたものへは報償を出すので励め。開始せよ!)
号令に横に長く広がった兵士らは一斉に粗末なテント乱立する間合いに入って行った。
ラザーン・アッディーン・アル=カワジャ大尉は3人の兵士を連れキャンプへ見えなくなるとその中央へと向かうと兵曹長が問うた。
"كابتن، ماذا تنوي أن تفعل عندما تقبض على قاتل يستنزف دماء الناس؟"
(:大尉、その血抜きする殺人犯を捕らえてどうなさるおつもりですか?」
「知りたいのだ。何故にあのような所行をするのか。見つけた遺体は二つだが、この先もっと増える可能性がある以上、先手を打たないととんでもない事態になる気がする」
テントの間を抜け警戒と不安の眼差し向ける女子どもや老人ら難民を見やりながらラザーンは念入りに観察し始めた。
命奪った犯人は生命だけでなく血と共に人の尊厳をも奪い去ったのだ。その徹底したやり口は正気の沙汰ではなかった。それは狂人か────悪魔か!?
そこら辺の旅人や農民を襲うのなら容易いだろう。だが難民の集まるこの場を選んだ犯人は身を隠すだけでなく多くの贄を渇望しているのだとラザーンは思った。
戦争の最中、悦楽のために女子どもを殺す手合いの兵士が時々いる。
興奮を得るために堂々と殺してゆく。
もうそれは人の所行ではない。
ラザーンは今までに二人そのような男を眼にして、二人とも射殺した。本来なら軍法会議にかけるべきなのだろうが、もう人として終わってると判断し声もかけず一撃で殺した。
ゆるせないという考えもあるが、それよりも同じ人として見過ごせなかった。
一人は若い女を死ぬまで殴りつけていた。
もう一人は子どもの手足を撃ち抜き、その胸をナイフで切り裂いていた。
そのような輩は地獄へ堕とすべきだと考えるのは驕りではない。生を受けた人として見過ごせないのだ。
ラザーンはそう考えながら回り込んだテントの前から隠れるように中に入り込んだ人物を確認するために垂れている麻布を捲り奥を覗き込んだ。
中に痩せた女の子を抱きしめる警戒しきった女がいた。
" لا تقلق. لن يحدث أي ضرر. هل رأيت شيئًا غريبًا يشبه اللاجئ؟ "
(:心配するな。危害は加えない。難民の顔をした様子のおかしいものを見なかったか?)
ラザーンが穏やかに声をかけると子ども抱きしめた女が頭振った。
頷いて大尉がテントから出ると後ろから女が声をかけた。
"أيها الجندي، من فضلك انتظر."
(:兵隊さん、待って────)
ラザーンが振り向くと麻布を捲って女が左右に視線游がせ彼を見つめ告げた。
"في وقت متأخر من الليل────"
(:昨夜遅く──)
"رأيت ثلاثة توابيت يتم تفريغها من الشاحنة."
(:三つの棺がトラックから下ろされてるのを見ました)
ラザーンは興味引かれた。難民が亡くなるとそのまま土葬されるのが一般的だ。それを棺に入れ土葬するのはとても珍しい。しかも深夜に三つもとなると尋常ではなかった。
"أين رأيت ذلك؟"
(:それを見たのはどのあたりだ?)
女は腕を伸ばし北側を指さして距離を教えた。
"بالقرب من وسط مخيم اللاجئين"
(:難民キャンプの真ん中の近く)
大尉はポケットからマネークリップを取り出すと紙幣数枚引き抜いて女に渡し礼を述べた。
"الآن أعط الأطفال شيئا يأكلونه"
(:これで子どもらに何か食べさせろ)
ラザーンが振り向くと五つ先のテントに一分隊が検分を行っていた。彼は伍長に命じて第1中隊の分隊ら10人を呼びつけた。すぐに兵士らが戻って来ると大尉は簡素に命じた。
"يوجه ما تبحث عنه. العثور على التابوت. إنه مركز المخيم"
(:捜すものを指示する。棺桶を捜しだせ。キャンプ中央だ)
駆けだした兵士らを追ってラザーン・アッディーン・アル=カワジャ大尉も急ぎながら思った。
棺に血抜きの遺体を隠すにもおかしすぎる。埋めればそれで済むだろう。
難民が行き交う天幕の開いた通りを人の流れに逆らうように時々立ち止まっては周囲を見回すイスラム教徒の女性衣装であるニカブを深々と被った一人がいた。
その女は通りから離れた天幕を合わせたような大きな暗い色合いのテントを眼にすると天幕の間合いに入り込んで行った。
そうして布地をつなぎ合わせ一つの大型にしたテントに近づくと辺りを素早く見回し人目がないことを確かめると入口の大布を捲り中を覗き込んだ。
内部は中央に垂れ幕があり半分しか見られなかった。
調度品はなにもなく古びた革張りのスーツケースが五つ隅に重ねられている。
エステル・ヴァン・ヘルシングはここだと直感で悟った。
見つけだすのに一週間も費やした。
ドラキュラ狩りの名手ヘルシング教授の曾孫は今一度テントの外に顔を出し振り向いて邪魔となる人目を警戒すると素早くテント内に入り込んだ。
そうしてニカブを脱ぎアリスパックを肩から下ろしフリップを捲った。
中から赤ん坊の身長ほどもある純銀の杭三本を抜き出し二本をパンツの後ろ左右のポケットにねじ込み片手でアリスパックから自分の片腕もの長さをした柄の頭部が純銀でできたハンマーを取り出し振って柄に手を滑らせると端を握りしめた。
バンパイアを殺すのは三年ぶりだった。
前回、南アフリカで見つけだした時は淵源はおらず感染した末端の使役らだけだった。それでも手こずり左腕の骨を折られた。
バンパイアに感染すると異常なほど人血に飢え紫外線に抵抗力がなくなる。なくなるどころか連中は太陽光を浴びると化学反応を起こし派手に発火する。
天幕を引き剥がし棺を叩き壊してもよかったが発火死した連中はひと月もすると灰から復活するのを曾祖父さんの手記から知っていた。
やつらを地獄に送り返すには心臓に銀の杭を打ち込むしか方法はない。
エステルはハンマーの頭でテント内の垂れ幕を捲り薄暗い奥を覗き呟いた。
「──欲深いものにとって時は短いが、人を愛しむものにとって永遠なり────」
奥に目当ての棺はなくエステルは床に広げられた古びたペルシャ絨毯を見やった。
調度品一つないと思ったテントに不釣り合いなものだった。
エステルは杭握った手で絨毯の端をつかみ力込め引き剥がした。
眼にした地面は思ったよりなだらかになっていた。
やつらのやり口は熟知していた。
息をしないバンパイアがどこにいるか百も承知だった。
エステルは両膝を地面に着くと銀の杭で地面を掘り始めた。思った通り土は柔らかだった。
一フィートも掘らずして杭先が固いものに触れエステルは眼を細めるとその樫の木の板へ杭を当て大ハンマーを叩きつけた。
板が左右に割れ見えた顔にヘルシング教授の曾孫は息を呑んだ。
埋葬されたにしては張りのある肌をした若い男の安らかな寝顔だった。
淵源ではないがこいつはバンパイアだ!
純銀の杭先を男の手を握りあわせた左胸に当て大ハンマーを振り上げ叩き下ろそうとした刹那、その杭を男が恐ろしい力で両手で握りしめておりエステルは強引にハンマーを叩き下ろした。
長く尖った犬歯の口を大きく開いて叫ぶ男が杭を引き抜こうとして握りしめる手のひらから激しく煙り吹き出して指の皮膚や肉が崩れ始めた。
だがなかなか顔が崩れないことにエステルは表情を強ばらせた。
エステルは男が淵源に近い血筋だと判断した。
直近の使役だ!
こいつの近くに淵源はいる!
エステルはもう一度ハンマー振り上げ純銀の杭目掛け振り落とした。
棺の中の男は激しく身を捩り暴れると服の隙間から激しく煙りが噴出しだした。
苦しむバンパイアを見下ろしエステル・ヴァン・ヘルシングは杭から左手を離しパンツの前ポケットから銀の十字架を取り出すとそれを男の額に押しつけた。
一線、十字架の触れた皮膚から白煙が吹き出し顔の皮膚や肉が崩れ始める。
もう一息というところで横の地面が罅割れ盛り上がり棺桶の蓋が開き別なバンパイアが飛び上がるように上半身を起こしエステルへと腕振り上げて牙を剥いた。
顔を引き攣らせたヘルシング教授の曾孫は大ハンマーを横へ振り起き上がったバンパイアの顔面に銀の金鎚の頭を打ち込んだ。
それを顔の寸前で片手で受け止めたバンパイアが片唇を吊り上げ醜い喜びを表現した寸秒エステル・ヴァン・ヘルシングは左手に握っている銀の十字架を上半身起こしたバンパイアの片顔に押しつけた。
逃れようと仰け反って顔から白煙上げるバンパイアはハンターの左手首をつかみ顔から引き剥がそうとした。
その頭頂部にエステルは思いっきり銀のハンマーを叩き込んだ。
土を割って出たバンパイアは上半身を棺に前倒しにして白煙吹き続ける頭を両手で庇った。
その背中へパンツの後ろポケットから銀の杭を引き抜いたエステルは怪物の心臓狙い押し当てハンマーで叩きつけた。
二体の吸血鬼は躰腐らせボロボロに崩れ去ろうとしていた。
淵源はどこだ!?
天幕の地面は二つの棺桶を並べ埋めるスペースしかなかった。
だが使役らは必ず淵源の傍で護るように仮眠している。
ふと気づいたヘルシング教授の曾孫は顔を引き攣らせテント内を仕切る垂れ幕を見やった。
そこに身を起こす少女の影が朧気に見えエステル・ヴァン・ヘルシングは急激に立ち上がると新たなバンパイアへ向けて中央の垂れ幕を天井から破るように覆い被せ、残った純銀の杭をポケットから引き抜き前へ振り出した。
いきなり被さった垂れ幕を破り細い子どもの腕が突き出るとバンパイア・ハンターの握った銀の杭を叩き飛ばした。
垂れ幕を引き裂いて天幕内に立ち上がった少女を前にエステル・ヴァン・ヘルシングは初めて淵源を眼にして驚いた。
コークスクリュウのブロンド・ツインテールに暗い色合いのゴシック・ドレスを着込んだ綺麗な顔立ちの品のある少女だった。
まだ十五にも見えないこいつがすべてのやつらの根源なのかと威圧された。
一閃、少女は両脚開き膝を折り前屈みで爪構えた両腕をハンターへと振り出すと小さな口が左右に裂けて氷柱のように並ぶ牙で威嚇し顔を醜く歪ませ吠えた。
獣の叫聲だった。