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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #26
135/164

Part 26-5 صياد ハンター

Rukban Refugee Camp 42 miles 1st Company Garrison 2nd Battalion 65th Brigade 3rd Division Syrian Army 3rd Corps Northeast Damascus suburbs Damascus, Syria, 08:45 Jul 8 2019/

Rukban camp near the Tanf border crossing southeast of Homs Syria, 08:17

2019年7月8日08:45 シリア・ダマスカス北東部ダマスカス郊外シリア陸軍第3軍団第3師団第65旅団第2大隊第1中隊駐屯地ルクバーン難民キャンプまで42マイル/

08:17 シリア・ヒムス南東タンフ国境通行所近隣ルクバーン・キャンプ





 荒れ地(デザート)を濛々と砂塵巻き上げBRDMー2偵察装甲車がルクバーン難民キャンプから南西を目指していた。



 難民キャンプの血を抜かれた二体の変死体の処分を指示し避難民のエリアを離れすでに1時間半が過ぎていた。



 シリア陸軍第5軍団予備部隊ISISハンターの大尉(KT)であるラザーン・アッディーン・アル=カワジャはキャンプ内の捜索をするために最も近い第65旅団第2大隊第1中隊の手を借りる腹積もりでいたが、問題は中隊長である大尉(KT)をどうやって説得するかだった。



 同じ階級とはいえ第5軍団の予備部隊であるISISハンター部隊はただの情報部隊で自分の階級は仮のものに過ぎないから中隊長は一階級上になる。



 軍と諜報機関は、シリア南部での小規模な反乱、シリア中部でのほぼ毎日のイスラーム国(ISIS)襲撃、ハマ州とイドリブ州での頻発する小規模な戦闘、そして全土での血なまぐさい戦闘で泥沼にはまり込んでいる状況下で、難民キャンプの悪魔だの迷信じみた話に十小隊近くの員数を割けるはずもなくそれを動かそうというのなら、それなりの名目が必要となる。



 右の助手席に座るラザーンは仕方ないと思った。



 イスラーム国(ISIS)の百に近い逃亡者が武装決起のために難民キャンプに潜伏し準備していると話進めるかとの腹積もりになった。



 そうすれば中隊から相当数の兵をキャンプに派兵できるだろう。



 あの血抜きの所業を行えるのはただの殺人者ではない。あれは悪魔が行ったのだとラザーンは確信していた。



"لماذا قتلوا بهذه الطريقة المروعة يا كابتن؟"

(:大尉(KT)、あの二人何のためにあんなむごい殺され方を?)



 後ろの席に座る一等兵(RV)が遠慮がちにラザーンにたずねた。



"أنا لا أعرف لماذا. مهمتنا هي التحقيق"

(:わからん。それを捜査するのが我々の仕事だ)



 ラザーンはもう少しで憲兵には任せられないと口にしかかり荒く息を吸い込んだ。



"كابتن ، حامية الشركة"

(:大尉(KT)、中隊駐屯地です)



 装甲車を運転している兵に言われラザーンはフロントガラス越しに先を見やった。



 幾つもの天幕と軍用トラックが並ぶ光景が見えていた。歩哨ほしょうはおらず呑気なものだとラザーンは思った。



"أين يجب أن أوقف سيارتي المدرعة؟"

(:どこに駐車させましょうか?)



 運転の兵に問われラザーンは彼の肩越しに窓の外を指さし命じた。



"أوقف هذه السيارة في نهاية تلك القافلة"

(:あの車列の端に止めろ)



 装甲車が横並びのトラックの端に止まるとラザーンは部下らに待機していろと命じて開けたままの天窓から両腕を着いて身を乗り出し側面の握り手をつかみ車側に飛び下りた。



 天幕の合間に行き交う兵を見たが誰もやって来た装甲車やラザーンに警戒感のある目を向けてはいなかった。



 ラザーンは黒のベレーを被ったまま幾つもの天幕の間を抜けて司令テントを探し歩いた。



 ほとんどの駐屯地では司令テントを警備の手厚い中央に置く。



 だいたいの向きは合ってるのだがと、ラザーンは険しい表情で黙々と歩き回った。



 誰かに聞けば教えてくれるだろうが、その前にわざわざベレーを頭から取らなくてはならない。黒のベレーは普通の連隊将校ではなかった。



 十五分ほど歩くとそれらしい天幕を見つけ出した。



 そのテント出入り口にだけ一人の歩哨ほしょうがいたが、AKアサルトライフルを負い革(スリング)で右肩に提げ気の抜けたようなだらしない立ち方をしていた。



 ラザーンが近づくとその歩哨ほしょうは視線向けたが姿勢を正さず彼は無視して出入り口幕を引き広げて中へ入った。



"اعذرني. أنا النقيب رحسان الدين الخواجة من وحدة صيادي داعش."

(:失礼します。ISISハンター部隊ラザーン・アッディーン・アル=カワジャ大尉(KT)であります)



 入室し姿勢ただしラザーンは天幕の中の簡易パイプ机で執務中の尉官に身分を名乗った。



 その大尉(KT)はペンを机に下ろすと顔を上げをおいて訪れた予備部隊の尉官を見上げた。その視線一つでラザーンは正規の将校ではないと卑下ひげされたのを見抜いた。



"لماذا صيادو داعش هنا؟"

(:ISISハンターが何の用件だ?)



 余計な根回しは抜きだ。この手合いの官僚将校はへつらいに慣れているとラザーンは判断し単刀直入に切りだした。



"جنود داعش يختبئون في مخيم الركبان للاجئين ويستعدون لانتفاضة مسلحة."

(:ルクバーン難民キャンプにISISの兵士らが潜伏し武装決起の準備を進めております)



 机の中隊長は眉毛一つ動かさずにまたを取った。



"أليست تلك معلومات غير دقيقة؟"

(:ただのたれ込みではないのかね)



"لا ، لقد رأيت ذلك بأم عيني"

(:いえ、この目で確かめて参りました)



"سيكون خطأ على أي حال"

(:どうせ見間違いだろう)



 ラザーンは内心鼻を鳴らした。きさまの様なやからがいるからいつまで経っても内戦が治まらないのだ。



"وجدناهم وقتلناهم رميا بالرصاص"

(:二名を見つけだし射殺しました)



 初めて名乗りもせぬ中隊長が片眉毛を動かしラザーンはえさに食いついたと思った。自分の昇進になるやもしれぬと考え始めている。



"كم عدد الجماعات المتمردة المختبئة؟"

(:潜伏している反政府組織の人数は?)



 ここで多すぎても少なすぎてもいけないとラザーンは思った。多ければ中隊の手に余り大隊や連隊本部に報告しなかった罪に問われ、少なすぎれば手柄てがらにならぬと憲兵を差し向けるにとどまる。



"خمسون إلى ستون شخصا"

(:五十から六十で有ります)



 また連隊長がをとった。だが今度は長く必要な制圧に派兵する員数とリスクを考えているとラザーンはもう一押しだと思った。



"إذا أرسلت عشر فصائل، فسيذهب الفضل إلى الكابتن."

(:十小隊出して頂ければ手柄てがら大尉(KT)のものであります)





 連隊長は目を細め簡易机に視線を一度下ろしそれを振り上げてたずねた。





"لازان، هل يمكنك تحمل مسؤولية نقل تفاصيل القمع؟"

(:ラザーン、制圧の詳細を報告できる責任を負えるか?)



 これだから官僚将校はちょろいとラザーンはゆっくりと息を吸い込んで応えた。



"بالطبع أيها القائد."

(:もちろんであります、中隊長)











 難民キャンプの国境から遠い方へ年代もののレンジローバーを回し荒れ地に駐車させるとエステル・ヴァン・ヘルシングはアリスパック一つを地面に下ろしシリア軍兵士の目がないか十分に見回し時間おいてSUVに擦り切れたぼろぼろのシートを掛け風に飛ばされないように幾つもの大きめの石を拾い上げてシートの周囲や車の上に載せた。



 時計を見ると八時を過ぎていた。



 明け方前に国境近辺で見つけ出したアメリカ軍兵士の遺体首には明確な痕跡こんせきがあった。



 どの遺体も最後まで血を吸い取り下僕(モンストロ)にはせずえさとしていた。



 淵源(オリジン)は移動途中でアメリカ軍兵士に遭遇しその兵士らをにえとした。



 本当にそうだろうかとエステルはアリスパックから顔と全身を覆うニカブを引きぬいてアリスパック担いでその上からイスラム教徒の女性衣装であるニカブを着込み考え続けた。



 えさとするならこの難民キャンプに沢山いる。わざわざ危険犯しアメリカ軍兵士を襲った理由にならない。あいつらは半不死とはいえ、幾つかの弱点を持つ。偶然にも戦闘慣れした兵士がその一つに気づいたなら終止符を打たれる危険性があったのだ。



 それを押してアメリカ軍兵士らと交戦した。



 あの四輌の装甲車周囲に散らばって倒れていた兵士らがあそこにいたすべてではないのかもしれないとエステルは疑念を抱き続けた。



 兵士の内数人を下僕(モンストロ)にした可能性があった。



 淵源(オリジン)はアメリカ軍に足掛かりを作ったのだ。



 何を企んでいると思いながらヘルシング教授の曾孫ひいまごは、あいつらは陽光を避けキャンプ内に潜んでいると粗末な布で作られたテント乱立するキャンプへと入った。



 キャンプ内で見かけるのは老人子どもと女性がほとんどだった。十分な食事が行き届かずキャンプ内にいる誰もが飢えた目を周囲に向けている。



 ニカブで頭髪や肌を覆っているので余計な視線だけは避けられた。



 まず見つけるのは変死体だった。



 餓死や病死でない明らかに異常な死に方をしたものがいるはずだった。



 淵源(オリジン)下僕(モンストロ)は絶えず喉の渇きにさいなまれ人を襲う。だが長年の経験から無闇にはえさをとらなかった。やたらと異常な死体が出ると人々は恐れ警戒し警察や軍をたよるからだ。そうなればあいつらは餌場えさばを追われることになると知恵をつけていた。



 禿鷲はげわしが遺体をついばんでなかったのでアメリカ軍兵士が襲われたのは昨夜だ。



 だとしたら淵源(オリジン)らがキャンプに入ってまだ半日ほど。ここでえさとなったのは数体だろう。



 エステルはぼろ布の天幕前に座り込んでいる無精ひげの高齢の男の前で足を止め腰を折って男の顔に頭近づけたずねた。



"ألم تكن هناك بعض الضجة هذا الصباح عندما تم العثور على جثة غريبة؟"

(:今朝、変な死体が出て騒ぎにならなかったか?)



 男が無表情で答えないので、エステルはニカブの下のジャンパーのポケットから一本のスニッカーズを取り出し男の目の前で振ってみせた。



"هذا طعام حلو. إذا كنت تريد هذا الرجاء الإجابة على السؤال"

(:甘い食い物だ。欲しければ答えろ)



 男が両手伸ばしスニッカーズをつかもうとしエステルは遠ざけてもう一度(たず)ねた。



"ألم تكن هناك بعض الضجة هذا الصباح عندما تم العثور على جثة غريبة؟"

(:今朝、変な死体が出て騒ぎにならなかったか?)



 高齢の男はうなづいて小道の一方へ腕を振り向け指さし答えた。



"في وقت مبكر من الصباح، تم العثور على جثتين وجاء الجنود."

(:朝早く、二つの遺体が見つかって兵士らが来た)



 わざわざ支援のNPOでなく兵士らが来たとなると餓死や病死でない可能性が高かった。



 高齢の男が彼女の手にする菓子へと腕を伸ばしエステルは高く手を上げそれを遠ざけた。



"كم يبعد ذلك؟ كم عدد الخيام؟"

(:そこはどれくらい先か? テント幾つ分?)



"إنها على بعد حوالي 40 خيمة."

(:四十あまり先)



 エステルがスニッカーズを渡すと男は包み紙もかずむさぼり始めた。



 それを眼にしてエステルは一瞬(あわ)れみを抱き立ち上がりテントの合間の小道を歩き始めた。



 兵士らは遺体をどうしただろうか。



 にえとなった人の遺体が変死体かそうでないかは一目瞭然にわかる。ミイラのように皮膚は骨に張り付きしわだらけになる。



 駆けつけた兵士らは遺体を目にして伝染病のたぐいを疑ってかかるだろう。



 判断のためにまず医者を呼んだはずだ。



 医者は自然死ではないと検死するはずだ。



 当たり前だ────血がほとんど残っていないのだ。



 どうやって血抜きされたかは結論が出ず、それを聞いた兵士らは困惑し遺体を焼却したと思われる。伝染病の疑いはぬぐい去れなかったからだ。





 ならやつら(・・・)はこの場を離れ嫌疑を避けただろう。





 兵士らは他の同種の遺体がないか捜索したからだ。



 この広い難民キャンプの東の外れ近くでやつら(・・・)は今朝間際にえさを取った。



 日の出前にそう遠くない天幕にあいつら(・・・・)は逃げ込んだんだ。



 やつら(・・・)は今夜の餌場を離れた場所にする。遺体の出る場所を散らすために別なキャンプ外縁で人を襲うだろう。





 夜半このキャンプ中央に運び込まれた幾つかのひつぎを見たものがいるはずだ。





 エイブラハム・ファン・ヘルシング教授の曾孫ひいまごは菓子を与えた男が指さした方向の横へ顔を振り向け別な小道をキャンプ中心方向へと歩き始めた。



 陽はまだ高い。



 だがいずれ暮れる。







 その前に見つけ出しあいつら(・・・・)の胸に銀のくいたたき込むのだ。












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