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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #26
133/164

Part 26-3 The Walking Dead 歩く死者

NYPD(/NYCity Police Department) HQ. One Police Plaza Path Downtown NY, 16:12 Jul 14 2019

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan, NY 16:35

2019年7月14日16:12ニューヨーク州ニューヨーク市ダウンタウン・ポリスプラザ1ニューヨーク市警本部/

16:35 ニューヨーク州マンハッタン チェルシー地区NDC本社ビル





 狭い面会室の机一つ挟み刑事事件専門弁護士のダレル・ハズラムは拘置されている依頼主(クライアント)を必死でなだめようとしていた。



「────ですから、フランスへの貴女あなたの身柄送致はインタポールの管轄でありNY市警に圧力をかけても正攻法ではいくら金を積んでも検察官は保釈を認めないんですよ」



 灰皿すら乗っていないただの傷だらけの事務机を挟み腕組みをし憮然ぶぜんとした面もちで見返す二十歳半ばのブロンド・ロングヘアの美貌の女がとても国際手配中の闇武器商人(UWWD)だとは未だに思えずダレルは困惑していた。



 この依頼主(クライアント)は特別な上物でアメリカでトップの法律事務所カーティス・ウェイド&マッケンジー法律事務所に時間二千ドルの破格の費用で顧問弁護を依頼していた。



「そんなことはどうでもいいのよ。我が社──PFL(/パシフィック・フィレーナ・ロジスティック)の副社長(VP)はどうすると言ってるの?」



 ダレルは目をおよがせた。



 伝えるだけでも囚人逃亡共謀(きょうぼう)罪に問われる危険性があった。だが法律事務所社長(COO)は強制はしないがと前置きし年俸引き上げと将来事務所を任せてもいいと確約していた。



 このドロシア・ヘヴィサイドがいったいどれだけの金を積んだのか想像もできなかった。



 ダレルはスーツの内側ポケットから一冊の手帳を取り出し白紙のページを開きパーカーの万年筆のキャップを外し無言で走り書きした。



 その1枚を元から破り取ると黙ってドロシアへ差しだした。



 女はそれに目を落とすとうなづいて紙を差し返した。



「それでいいんだ。お前の仕事はこれでお仕舞いだ」



 そう告げて女武器商人はパイプ椅子を退き腰を上げドアに向かい声を掛けた。



「弁護人が帰る。ぼうに戻せ!」



 ドアののぞき窓が開き刑務官がのぞき見ると弁護士は机へうつむいていた。











 市警本部南側に面するマディソン・ストリート西にブルックリン橋バイパス下を南下し一区画南でつながるウォーター・ストリートのワン・シーポート・プラザ前に市警本部へ向かい同じシルバー・メタリックのレンジローバー・ヴェラールL560が8台連なって路駐していた。



 それぞれにマルチカム迷彩服を着込んだ男女ら30人が分乗していた。





 先頭車輌の助手席の男の持つモトローラ・モバイルフォンに着信音が鳴り男が通話アイコンをタップしスピーカー通話にした。



『伝書鳩です。用件は伝えました』



 それだけ言うと通話が切れ、助手席の男はチェストリグのポシェットにモバイルフォンを押し込みベルクロの付いたフラップを閉じた。



「リーダー・ワン、作戦を開始する」



 そう助手席の男がスロート・マイクのタッチスイッチを入れ無線で繋がる各車輌に告げた。



 すべての男女が一斉に目出し帽(バラクラヴァ)を被り負い革(スリング)で首に下げていたCZ BREN2─7.62x39mm 9インチバレル・モデルのチャージング・ハンドルを引き放ち57N231を薬室(チェンバー)に送り込んだ。



 エンジンを吹かし一斉に隊列を組み路肩から離れたレンジローバー・ヴェラールL560は他の通行車輌を強引に追い抜き加速し市警本部を目指した。



 1分を切る56秒でマディソン・ストリートの市警本部南側地下駐車場出入り口前の路上にタイヤから白煙を上げ停車したSUVから30人の私兵が下りると4人が車輌後部ハッチを引き開きRPGー32を取り出し右肩に担いで市警本部ビルにTBGー32サーモバリック弾を次々に撃ち込み始めた。



 残りの26人がCZ BREN2─7.62x39mm 9インチバレル・モデルを肩付けしピカティニーレールに装着したトリジコンRMRタイプ2光学ダットサイトをのぞ込みながら小走りにスロープを駆け下り駐車場へと乱入し居合わせた警察官たちを次々に撃ち始めた。



 襲撃者リーダーは5人を地下フロア確保に残し20人を引き連れ駐車場受付前へと手榴弾(RGDー5)を投げ込み強化硝子(ガラス)を粉砕し受付の事務をしていた警察官を射殺し小部屋へと1人が入り込みドアの電磁錠を解放し奥へ突入した。



 地下一階の通路に侵攻すると防弾チョッキ(AXBⅢA)を身に付けた複数の警察官がM4A1やショットガンで撃ち返してきた。



 だが傭兵ようへいとしてベテランの襲撃者らが使う銃弾(ブレット)57N231は易々(やすやす)と警察官たちのボディアーマーを撃ち抜き、それで駄目なら手榴弾(RGDー5)で倒し進路を強引に切り開き1階フロアへと上がった。



 事前の下調べで留置房は2階にあることが分かっていた。



 時間との勝負で経過ごとにSWATであるESUとの交戦確率が高まる。火力と戦闘技術では優位だったが弾薬は有限で数で押されることは目に見えていた。



 襲撃から5分以内でクイーンを助け出し撤退する必要があった。



 一階フロアで40人以上の警察官らを射殺または負傷させた彼らは12人で2階フロアの制圧に掛かった。



 ここで激しい抵抗に合い彼ら襲撃者らは1つの通路制圧に手間取り通路奥にある留置房へ辿たどり着くために屋内で2発のRPGー32携帯榴弾発射器を使わねばならなかった。



 その通路で110秒を無駄にし彼らは留置室へ4人でインドアアタックを仕掛けた。



 留置室の警察官の武装は拳銃だけで奥に放り込んだ手榴弾(RGDー5)三発で容易に攻め落とせた。



 留置室へ押し入ったリーダーは腕時計のタイマーを確認した。



 すでに330秒使っていた。



 抵抗を鎮圧し足早に鉄格子てつごうしの並ぶ通路を駆けクイーンを探し見つけると彼女にベッドのマットレスを立ててガードしろと命じて出入り口格子の鍵部分をC4プラスチック爆薬で破壊しクイーンに声を掛けた。



「怪我は!? 走れるか!?」



 マットを放りだしたクイーンが大丈夫だと応え立ち上がると4人でガードしながら来た通路を駆け足で戻り始めた。



「クイーン確保! 撤収する!」



 リーダーの男はスロート・マイクに命じて上階から下りてきた防弾チョッキを着けた警察官を数人撃ち倒した。



 そうしてフロア制圧に上がっていた11人と階段を駆け下り地下駐車場に走り込んだ。



 駐車場制圧に残っていた襲撃者と共に地下駐車場出入り口のスロープを駆け上がった時には4人が殺され23人になっていた。だが警察側の犠牲者はその二十倍におよんでいた。



 道路に駐車していたレンジローバーに次々に乗り込みSUVが走り出したのは襲撃から291秒後だった。



 先頭車輌の後部席に乗り込んだドロシア・ヘヴィサイドが同乗の傭兵ようへいらにたずねた。



「水はあるか?」



 傭兵ようへいのリーダーがコンソールボックスからミネラルウォーターのボトルを取り出し振り向いて雇い主に差しだした告げた。



「別料金だ」



 言われた瞬間、女武器商人はこの脱出に二千万ドルが消えたと鼻筋にしわを刻んだ。











 エレナ・ケイツ──レノチカが作戦指揮室以外で探し求め浮かぬ顔を見せた瞬間、ルナの執務室にいたマリア・ガーランドは眉根をしかめた。



「チーフ、市警本部が襲撃されました。現在、詳細不明。目的も分かっていません」



 セシリー・ワイルドとルナの執務デスクにいたマリーは簡素に命じた。



「犯人と目的を探って頂戴ちょうだい



 レノチカはうなづくと硝子(ガラス)ドアを閉じた。



「市警本部を襲うなんて馬鹿じゃないですか」



 そうセスがつぶやくとマリーが教えた。



「無謀でも馬鹿でもないわ。勝算があって目的を遂行すいこうしたのよ。十分な人数と火力で」



「襲撃者らをたたくおつもりですか?」





 セスに問われマリーは小さくかぶり振った。





「今は無理よ。第一中隊全員テキサスでのことで疲弊し切っているから」



 そう告げマリーはサウジアラビア王宮に共に侵入するセシリー・ワイルドと日本製のタフブックに映し出されたサウジ宮殿の一つの間取り図面をスクロールさせ始めた。



 数分、突然ブロンズ・硝子(ガラス)ドアが開きルナの執務デスクでラップトップを見ていたマリア・ガーランドとセシリー・ワイルドは一瞬視線を振り向けマリーが急いでタフブックの液晶画面を乱暴に閉じた。



 それからルナと押し問答になり、彼女に脅される形でサウジ第三王子襲撃計画が優秀な副指揮官(XO)であり戦術管理官(TSO)のルナの手に渡った。



 憮然ぶぜんとした面もちでセスを連れ上階の作戦指揮室へと向かったマリーは市警本部襲撃事件のことが気になっていた。



 広大な作戦指揮室の階段を下りている途中で情報2課のブースにいる指揮室統括代理のレノチカが顔を上げマリーとセスを見つめ、その表情に気づいたMGは陰鬱な面もちになった。



 レノチカのあの表情はきっと被害が大きいのだ。



──Who sold the fight to the NY Police Department?!──

(:どこのどいつだ!? 警察本部に喧嘩うったのは!?)



 そう思いながらフロアに下りるなり、情報3課の主任(SC)ニコル・アルタウスがブースから立ち上がりマリーに声を掛けた。



「マリア来てくれ」



 マリーは2課のブースで見つめるレノチカへ片手を上げ待ってとジェスチャーし近いニコルへと歩いて行き椅子に腰を下ろし4面の液晶モニタに顔を向けた主任の横に立ちどの画面をニコルは見ているのだと視線を走らせた。



「マリア、NY7月7日13:45現地時間7月7日21:45のシリア、イラク、ヨルダンとの三国の国境が交わるシリア南東タンフの国境通行所近くにある難民キャンプ南部国境線シリア側の映像です」



 主任(SC)正面の上のモニタに夜間の衛星画像であるモノトーンの俯瞰映像が映し出されていた。



 マリーは一眼見て一台のトラックを四台の装甲車が取り囲んでいると判断した。



 トラックはそう大きくなく4輪のクラス3のボンネットタイプ──ボディ側面が波打っているのでほろ付きの中東によくある手合いの古いものだ。



 取り囲んでいるのは────複雑な形状から恐らくクーガーH装甲車────あの国境線が集まる場所は確かアメリカの保護地区で駐屯基地があったとマリーは思いだしあれは合衆国海兵隊(マリーンズ)のものでパトロールか緊急出動だろうと予想した。



 トラックの周囲でマズルフラッシュが明滅するのが見え、手榴弾(グレネード)が一発炸裂しトラック左横の狭い範囲がハレーションを起こした。



 戦闘が起きている。



 小さなマズルフラッシュも見え発砲はアサルトライフルとハンドガン──装甲車横の閃光は重機関銃だとマリーは黙って見つめた。



 火線は数分で終わり。場が決着したのだとマリーは思った。恐らくイスラム組織(ISIS)の車輌を海兵隊が見つけ撃ち合いになったのだろうとマリーは想像した。



「マリア、撃ち合いは始まって97秒で終わってます。問題はこの後です」



 そう言ってニコルは録画を早送りし始めた。



 状況に変化がなく画面右下の時間カウンターが早く繰り上がってゆく。



 四十分過ぎても4台の装甲車に動きがなく突如とつじょトラックが装甲車の間を抜けて国境線から離れ始めた。



 海兵隊が負けた!? ISISが勝ってしまったのか? 撃ち合いをしていたのだ。問題がなかったとは思えない。



 マリーの肩後ろからのぞき込んでるセスがぼそりとつぶやいた。



「おかしいですよ。海兵隊のあの手の装甲車にはルーフ砲台にM2が搭載されいる。なのにどうして撃ち負けるんです?」



 まあブローニングM2とは限らないとマリーは思った。だが員数にして4倍以上海兵隊は十分な火力を持ってたはずだ。よほどの油断をしない限り負けることはない。



「マリア、変でしょう。トラックが去った後も装甲車は一台も動かない。この後観測衛星が圏外へでる一時間半過ぎても4台はそのままです。おかしいと思い撃ち合い直後のトラック周辺を増感してみました」



 録画は巻き戻されズームされたトラック左側面にトラック下に逃げ込もうとする人が白く浮いて映った。その足首を1人がつかみ引きりだしまたがると覆い被さった。覆い被さった映像で引きり出されたのが大人、引きり出したのが未成年の子供のように思えた。



 だが問題はそんなことじゃないとマリア・ガーランドは即座に気づいた。



 これは高性能な遠赤外線カムの映像だ。



 トラック下から引きり出された人はまだ生きており増感され白くハレーション気味だが覆い被さった子供は手足頭部まで地面の黒に近いダークグレーなのだ。



 生きてるはずなのに変だと思い赤外線防御戦闘服でもこうはならないとマリーは眼を細めた。



 中東のあの地域が夜間どれくらい地面の温度が下がるか知らない。だが確実に華氏70度(:約21℃)を下回っている。その体温で動き回れるのはまともな人ではなかった。



「トラック全体がフレームに入るまでズームダウン」



 そうマリーが命じてニコルはトラックボールでカーソルを操りキーボードのテンキーを打ち込んだ。



 録画が急激に引き、液晶画面半分にグレーのトラックが遠ざかった。





 他にも2人────ダークグレーの人が動き回っていた。





「何なのこいつら」



 マリーの言い放ったそれに応じてニコル・アルタウスも同意した。



「理解に苦しむでしょう」



「観測衛星か本部サーヴァーに技術的に不具合があるか、画像処理を担うAIが何か勘違いしてるか、それとも────こいつら死人だとか」



 そうマリア・ガーランドがつぶやくと椅子に座っている第3課主任(SC)が顔を横に向け斜め後ろの社長(COO)の顔を横目で見つめ苦笑いを浮かべ言い返した。





「ベルセキアから生体エネルギーを奪われた被害者の残りですか?」





 ポーランドやアメリカからシリアは遠すぎるとマリーは思ってニコルに問うた。



「トラックの行方ゆくえは?」



「無理ですよ。一週間も前で継続して追ってたわけじゃないですし、あの手合いのボンネット・トラックは中東にゴロゴロしてるんです」



 サウジの第三王子ムハンマド・アール=サウードに意趣返しをするため以外に中東へ行く口実ができたのだが、気持ちは下げ気味だった。



「ニコル、1課から6課まで連係最優先で逃亡をはかったトラックを見つけだして」



 そう命じてマリーは2課のブースへ向かいレノチカへ声を掛けた。



「待たせたなレノチカ。で、市警本部の状況は?」



 指揮室統括代理のレノチカが顔を曇らせたままマリーに報告を始めた。







「まず最初にお知らせすべきはドロシア・ヘヴィサイドが留置されていた市警本部から逃亡しました」












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