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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #25
128/164

Part 25-3 A crack in the Reorganization of all Things 万物改編の綻び


NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan, NY 09:45/

Hasbrouck Heights East Teterboro Airport, New Jersey 10:07

09:45ニューヨーク州マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル/

10:07 ニュージャージー州ハスブラック・ハイツ東部テターボロ空港





 そのエレベーターボックスから出てこようとしない老齢の背の高い身形みなりの良い男は、容姿とは裏腹に白髪の鼻髭を伸ばした表情になんの感情も読めずスーツの両側に下げた両手を動かす気配も見せず、だがみずからを神と名乗る狂信さにどんな武器を隠し持つのかとマリア・ガーランドは警戒しながらわずかに腰を落とし半身で右手を腰の後ろのクイックドロスターに差し入れたファイヴセヴンの銃握に指をかけ半眼で男を見据えながら困惑した。





 われは君に力を与えた──────絶対神だ。







 つくり上げた世界──そう、貴女の多様性(ポリバレンス)を授けたのは大いなる父。彼が徒死することを許しません。貴女はあらゆる能力を身につける事のできるフル・スペックなのよ──至高(スプレマシー)のマリア────。そう銀の羽根を広げた天上人が告げた言葉が意識に蘇った。







 あの後から世の中に膨大な変数の記述が重なって見えるようになった。



 それはルナにしか打ち明けてない。



 この神を名乗る異常者はそのことをどうして知ってるのだ!? とマリーが意識した直後、男がエレベーターボックスから踏みだしてエレベーター・ホールの床に立ってマリーは間合いを詰められるのを嫌い3歩後退あとずさった。





「君はこう思っているのだ────どうして付与された万物を操る力を知っているのか────と」





 マリーは男がテレパスかと思ってマインド・ファイアー・ウォールを意識し防壁を広げた。





「無駄だよ。君の特殊能力すべては私が与えたすべてをおのれのものとする力が根底にあるからその呪縛から逃れられない」





 苛立ちを感じてマリーは腰の後ろから急激にハンドガンを引き抜き銃口を神を名乗る男へ振り向けようとした。その瞬間、周囲に流れる膨大な変数の値が一斉に目まぐるしく変化し書き換えられ銃を振り向けきらずに身体を動かせなくなった。



 それなのに思考は変化なく維持し続けている。



 暗殺者ザームエル・バルヒェットに触れて手に入れた時空間コントロールの力からマリア・ガーランドは周囲で変化した変数が時間流に関するものだと気づき1つの変数が膨大な9973進数の尽きることない無限桁変数が歌い上げる恐ろしい繋がりを朧気おぼろげに一瞬感じ変更された値群を一気に巻き戻そうとした。



 刹那せつな、マリーが書き換えた端から変数がさらに値を換え始めその津波がマリア・ガーランドの操作に追いついた。





「婉曲に無駄だと言ったはずだ。君は私が与えた呪縛の内にいると────」





 斜めに振り上げる途中で止まったハンドガン握る右腕どころか虹彩一つ動かず自分だけが時間流から取り残されている事実にマリア・ガーランドは眼の前の男に腹立ちを感じた。



 この老齢の男は何食わぬ顔で万物改編の同じ力を────いや、それ以上の次元の異なる処理能力で莫大な変数値を操っている。



 この男は本当に神なのか!? 肉体の自由を奪われはしたが、まだ具体的ながら攻撃を受けていない。神などでなくただの尋常でない特殊能力者だとマリーは思い続けた。





「まだ否定し続けるか。君には信仰心はないのかねマリア・ガーランド?」





 否定し言い返したかったが唇一つ動かせない状況で思考だけが回り続け──そうかどうせ精神防壁越しに考えを読まれている。なら考えで男を否定すれば良かったとマリーは気づいた。



────貴様は神などでなくただの特殊能力者だ! ただの人だ!





「その愚かさゆえ至高(スプレマシー)の力を君に与えたことが正しかったのかと私は疑念を抱き続けている」





 マリーはふとある事実に気づいた。



 老齢の男の横から背後にかけ変数の値が変化していない。どういうことだ!? ルナの話しだと私が見え干渉できる空間のパラメーター群は絶えず変化し続ける。宇宙放射線の影響、重力場の揺らぎ、原子の崩壊、熱エントロピーの増大、見える情報としての変数が均一でどのような変化が起きる起きるか不確実になる傾向、多くの変化が空港の便案内ボードのように絶えずパラパラと変化し続けているのを見慣れているのに、その男の周囲から後ろにかけ変数が固定されている!



 神は万能だが有限で万物の眼前のことにしか限定してシステムを創らなかったのかもしれないとルナが説明してくれた。



 すべての存在にとって世界は意識干渉できる範囲でしか構成されない────と。



 PCにおいて立ち上げるプログラムが増えていくと処理には一時停止(ウェイト)が増え、基幹であるオペレーション・システムが破綻する原因となる。





 世界構成の負荷を減らそうとしたのだ。





「なるほど猿より進化した分、小賢しさだけはあるのか」



 そう告げた神名乗る男がエレベーター・ドアが開いて1度もマリア・ガーランドから逸らさなかった視線をわずかにずらし彼女の肩越しの何かに意識を逸らした。







 右肩にかけられた手のひらの重みと感触を感じた一瞬、マリア・ガーランドは急激に時間の流れを取り戻し耳元に聞き慣れた落ちついた声を聞いた。







「マリア、大丈夫だ。そのものに対抗するのは君一人ではない」







 横目で見たのはNDC会長ヘラルド・バスーンの笑みだった。



 表情から感情をまったく読み切れなかった神名乗る男が初めて鼻筋にしわを刻み不快感を露わにしていることにマリーは驚いた。



 ただの人であるヘラルドが現れたことに眼の前の狂信者はどうして警戒したのだ!?



「外の高次のファクターでありながらなぜ干渉する!?」



 老齢の男のその問いは明らかに自分に向けられたものでないとマリーは自覚した。ヘラルドが領域外の高次元の存在!? 意味が理解できない! どういうことなのとマリーは困惑した。



「マリアに与えた能力が、思わぬ力を見せ始めたので与えし力を奪いにきたのか────神気取りよ」



 押し殺した声で老齢の男にヘラルドは問うた。



「貴様には関係なきこと。邪魔立てするのならその女と共にほふり去るまでのこと」



 その言いぐさにマリーは神名乗る老齢の男の本性を見た気がした。



「マリア、その男は確かに君に力与えたが、君が思った以上に力を操り始めていることに不安になり、君を破綻させようと小賢しく立ち回っている。テキサスに異星の生き物たちを呼び込んだのも、マスメディアを操り君を追い込もうとしているのも、すべてそいつが仕組んだんだ」



 そう説明してくれたヘラルドの話しにマリーは混乱した。



 私のこの万物のパラメーターを改編させる能力は神から遣わされた天使からのギフト。ならこの老齢の男は本当に神なのか!?



 マリーが照星の先に神名乗る男の顔の中心を合わせ続けているとその男が眼を細めた。



 寸秒、男の周囲から波打つように膨大な変数が一気にマリーらの方へ値を書き換え、リアルなエレベーター・ホールからマリーらがいる方へ壁や床、天井が大きくうねった。



 次元に細工された!



 その攻撃にマリーが気づいた刹那せつな、それが爆発したように老齢の男へと押し返されエレベーター・ホールで変化が消失し老齢の男が顔をゆがののしった。



「このぉ! 小癪こしゃくな! ヘラルド・バスーンめ!」



 自分の万物干渉能力じゃない! ヘラルドがやったのかとマリーは眼をおよがせた。どうしてただの人のはずのヘラルドがこんな力を!?



「面白い話しをしてやる、神よ。われはここにいるこの女性にずっと昔に本気で肩入れすることに決めたのだよ。貴様がマリア・ガーランドの母と姉を爆死させた時からその理不尽なやり口にうんざりしたのだ」



 そうヘラルドが言い切った須臾しゅゆ、また老齢の男の周囲の膨大なパラメーター群が凄まじい勢いでマリーとヘラルドの方へ変化し始めた。その二次攻撃を目の当たりにした寸秒、ヘラルドがマリア・ガーランドへ顔を向けはげました。







「マリア、乗り越えろ」







 銃で撃つ必要などなかった。



 マリア・ガーランドはたとえ男が神であれテキサスに怪物遣わし死ぬ必要もなかった多くの陸軍兵を残虐に殺した報いを受けさせる思いに瞬時に至った。それ以上にエミリアとステラを私から奪ったことを後悔させてやる。



 その瞬間、凄まじい怒りに取り囲んでいる万物の変数値が激減し始めてその境界が神の方へ突っ切った。





 絶対零度なんて甘い。





 情報をすべて奪ってやる!







 存在そのものを消し去ってやる!!!







 まるでデジタル・ピースが次々に欠けてゆく神が姿残すうちにとエレベーターへ早足で後ずさりステンレスの二重扉がゆっくりと閉じる。それをにらみつけながらマリア・ガーランドは変化を爆速させた。







 逃がさない!!!







 一瞬でエレベーターがエレベーター・シャフトごとNDC本社ビルから消失しそこへ多量の空気が乱入し甲高い音を放った。



 消え去ったエレベーター・シャフトの奥の壁に向け構えるファイヴセヴンが上下に揺れていた。マリーはエレベーター・シャフトを見つめたままヘラルドに問うた。



「ヘラルド──私────神を殺したの?」



「残念だよマリア、あいつは逃げ延びた」



 残念そうに聞こえない優しい言い方でそう告げてヘラルド・バスーンが女指揮官の構えるハンドガンのアッパー・レシバーに手をかけ下げさせるとマリア・ガーランドは意識失いふらつき神から外部因子と言われた男が両肩をつかみ抱きしめ支えた。











「────なことが人に可能とは思えません」



「だがマリアはどんどんと高見に至っている」



 ヘラルドとルナの声にマリーは意識取り戻し、壁のデジタル時計を眼にして一時間近く気を失っていたことを知った。



 医務室のベッドに寝かされていた。



「気がつきましたねマリア────ああ、私をエレベーター・シャフトのように消し去らないでください」



 ベッドで上半身起こそうとするマリーにルナが警告した。



 ベッドに座り込んだマリーはまずヘラルドに大事なことを尋ねた。



「ヘラルド、私が幼少のころにテロの犠牲に母と姉が死んだときにあなたは近くにいたの?」



「君を爆殺から守ったのは私だ。すまないが君の母と姉を救えなかったことを責めないでほしい。私とて万能ではないのだ」



 マリーはヘラルドが現れてからの神の警戒感を思いだした。



「なぜ? 神はなぜあなたを恐れるの?」





「さぁ? 昔、殴ったからかな」





 はぐらかされた! うつむいていたマリーは顔を上げ年端のそう違わないはずの会長をにらみ据えた。



 もしもあのテロの時にヘラルドが居合わせたとしても同じく幼少だったはずだ。それなのにどうやってヘラルドは爆殺から私を救えたのだ!?



 いいやそれよりも万物改編の力を操れるものが他にもいるのだ。しかもそいつはおごりつけあがっているのか神を自称していた。人ふたり再生させるのが限界の私に対して奴はもっと大掛かりなものを自在に操れそうな気がする。不安ばかりが思い浮かび気分は最悪だった。



 もっとも最悪なのは自分が怒りに駆られた時の能力の使い方だった。



 人を消すどころか、史実から、人々の意識からあの男の本気の消去を望んだんだ。



 できるできないではない。とても恐ろしいことだった。



 世界中の人の記憶を、累々と積み重なった歴史を変えようとしたのだ。





────そう、貴女のポリバレンス(/Polyvalence:多様性)を授けたのは大いなる父。彼が徒死することを許しません。貴女はあらゆる能力を身につける事のできるフル・スペックなのよ──スプレマシー(至高の)・マリア────





 大天使ミカエルが告げた言葉をつい先ほどのように思いだした。だがその力はあの神名乗る男から直接授けられたのではない。大天使ミカエルから授かったのだ。なら天使すら敵にまわしたような不安な思いにさいなまれた。



 あれは自称──神男と違い紛れもない天使の一柱だった。



 マリーは不安をそらすためにルナに話しを振った。



「ルナ、私が何でも消せるからとMSC(:魔法抑制首輪(チョーカー))は止めてちょうだい」



 すぐに返事がないことに不安になりマリーが顔を振り向けると技術に関しては天才的な女が思案顔で腕組みしていた。



「意味がないでしょうマリア。MSCすら自在に消せるのでしょうから」



 突き放されたような気がしてマリーは唇をねじ曲げた。



「ですが、何らかの方法は幾つか考えにあります。貴女あなたの不安解消になるなら尽力じんりょくしましょう。もっともなのはナノマシンを貴女あなたの脳に────」



 マリーが引きった顔になりルナは眼を細め説明を止めた。それを見てマリーはルナが本気で脳にロボットを入れようと考えていると鳥肌立って話しをヘラルドに振った。



「ヘラルド、異次元で中東に現れて私をサウジアラビアの王子の追っ手から救い出してくれたあなたはこの世界の共通認識を持っていたわ。どうやって連絡を取り合っているの?」



 会長が困り顔になって応えた。



「君がマルチバースの君をこの世界に連れてきたのと大して変わらないよ。ああ、もう1人の君が元の世界に連れ戻し約束を果たして欲しいと君がドロシア・ヘヴィサイドらと闘っている時に私に訴えてきている」



 あぁとマリーは約束を思いだして意気消沈した。まだ別のパラレルワールドに行きその世界のベルセキアであるクラーラ・ヴァルタリを倒さないといけない。ただ問題は今はもう一つだけのパラレルワールドの世界の話しなのだが、きっともっと多く際限なく多数の次元世界から助けを求められるかもしれない。



 身は一つなのに無限の回廊がずっと先へ続いているように感じて目眩めまいを感じた。



「ああ、それともう一つ。君がマルチバースから連れてきた二頭のベンガル虎をどうするんだい? 私の部屋に軟禁してるが部屋が滅茶苦茶だぞ」





 ベッドから脚を下ろして座っていたマリア・ガーランドは黙ってベッドに横になりヘラルドとルナに背を向けて壁をにらんで思った。





 ホワイトタイガーを──ど──どうしよう!?











「ああ、どうするんじゃビクトリア!?」



 ニュージャージー州ハスブラック・ハイツ東部テターボロ空港の崩壊した格納庫(ハンガー)の残骸前でワーレン・マジンギ教授に言われヴィクトリア・ウエンズディは眼の前に並べて駐機させた戦闘機群を見つめ眉根をしかめた。独断で出撃させ怪物らの昆虫型航空機と戦闘を繰り広げ帰還させた戦闘精霊シルフィの無人戦闘機(UCAV)はどれも急激な機動(マニューバ)で機体の疲労限界がきてボロボロだった。



 百パーセント風の精霊に加護されるシルフィはヴィッキーの乱暴な操縦にもまったく機体を損なっていないが、保護が中途半端なドローンらは10G以上の軌道の連続に主翼付け根にクラックが広がっていた。



「1機も落とされなかったからいいじゃん。ルナに報告書上げて娘達(UCAV)の補修か新規製造の許可取っといてよ。あ、改良版の新型でもいいよ」



 そうキャンプ用折りたたみ椅子にふんぞり返ったビクトリアは教授(プロフェッサー)に気軽に頼んだ。



「新型だぁ!? 一機幾らかお前さん知ってるだろうがぁ! ルナにどやされるのはこの私なんだぞ!」





「17億5千万ダラー。爆撃機(スピリット)より安いじゃん。シルフィを造るよりももっと安いし。彼女50億だし」





 金銭感覚のおかしな娘に頭にきてマジンギがビクの座る椅子を蹴り飛ばした。



 一瞬早く腰を上げたビクトリアの横へ折りたたみ椅子が勢いよく跳び転がった。



「さぁ──て、シルフィ、洗機してやるぞ!」



 そう言いながらNDCの荒馬乗りは背伸びしながらホース・リールの方へ歩き始めた。











 NY市警本部の拘置所の牢屋にインタポールへの移送を控え放り込まれたドロシア・ヘヴィサイドは股関節が外れたままベッドにも座れずコンクリートの床に寝転がって暗い表情でぶつぶつとつぶやいていた。



「マリア・ガーランドめ────このまま私が喀喀(おめおめ)と引き下がると思うなよ────」





「絶対に脱獄し────お前をひざまづかせ脳天をハンマーでぶち割ってやる────」







「うるせぇぞ! このメス豚ぁ!」







 いきなり向かいのぼうから別の容疑で放り込まれているいかつい中年女にアルミ・マグカップで水をぶっかけられてもドロシア・ヘヴィサイドは身動きできなかった。



 少しでも身動きすると外された股関節に激痛が走るのでじっと我慢していた。












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