Part 25-2 Advent 来臨
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan, NY 09:03
09:03ニューヨーク州マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
ジャンプ・スーツのような真っ黒のバトル・スーツを着たままマリア・ガーランドは事務椅子に浅く腰掛け腕組みし説教をムスッとした面もちでじっと聞いていた。
「いいですかマリア! こういう事は司法の管轄であり一市民の貴女が──部下の命の危険も省みずに行う事には法的責任以上に────あなた方の倫理基準さえ疑問視される──────非常にグレーゾーンの行いなのですよ!」
ルナに詰られるのにはもう慣れがあったが、国家安全保障局のマーサ・サブリングスに淡々と指摘されるのにはマリーは苛立ちが沸き立ってボソリと言い返した。
「いいじゃない。ドロシア・ヘヴィサイドをインターポールに渡せるんだから」
その言い分にNSA・NY支局長は眼にわかるほど大きく息を吸い込んで顳顬に青筋浮かべ説教を再装填した。
「あなたのその思考パターンが市井のものと大きく乖離しているのは、根性がねじ曲がっている証拠ですか!?」
言うに事及んで根性がどうのと言い出した自分より若い女にマリーは眉根を寄せた。
「いぃんじゃない? 費用を国に請求するわけじゃないし、マンハッタンでバトル・ライフルを使った事はBATF(:アルコール煙草火器及び爆発物取締局)にあなたがちょっと電話してくれるだけで私の身内からも検挙者は出ないし。それとも私が国防総省に電話して軍事作戦の一環だったと国防長官に電話させる方がいぃ? それはそれでマスコミが聞きつけると騒ぎが起きるでしょうけれど────」
マーサはスーツの腰に両手当て座っている超大企業の女社長を三白眼で見下ろし唇を一度ねじ曲げ口を開いた。
「ATF長官にはもう電話しました! それだけじゃありません! 深夜にクイーンズであなたの部下シルフィーが爆炎魔法で一ストリートを壊滅的に焼き払い、責任者のあなたは同時刻にモーターバイクでマンハッタン中を暴走し多くの防犯カムにその厚顔無恥な顔が記録されて────」
MGは腕組みを解いて右手を挙手した。
「反論するわ。厚顔無恥は却下。クイーンズからチェルシーまでの最短コースよ。緊急事態対処の一環。他の車輌は事故を────」
言ってる最中に女社長は横転したピックアップを思いだし眼を游がせた。あれは私の責任だ。言い逃れできない。まあ運転手と借用したバイクのオーナーには十分な補償を行うから示談だわと開き直った。
「いいですかマリア、ヴェロニカの事があるので大概の事には眼をつむりますが────」
「ますが────なによ!?」
「このビルに巡航ミサイルが撃ち込まれたのは、あなたが武器商人を執拗に追い立てたからであり、マンハッタンでそのような事態があれば多くの市民が命の危険に曝され、あなたはその事に責任を取れないでしょう!」
「大丈夫よ、市と地区に寄付を増やすわ」
それを聞いてマーサ・サブリングスは一度顔を強ばらせ睨む三白眼の眼を細めた。
「テロリストだけでなくベルセキアみたいな怪物までもがあなた方を付け狙い、あなたや、身近な人が命落としてからでは遅いのよ。それにどうしてサウジの王子があなたに暗殺者を差し向けるの? 怨みかうような事を私が預かり知らぬところでしてるの? あなたが死んで途方にくれるなんて!」
泣き落としにきたかとマリーは片口角を吊り上げ反論した。
「テロリストやモンスターだけではないのよ。指で数え上げれば百手の巨人でも数え切れない。気にするだけ無駄よ」
それを聞いてマーサ・サブリングスは本当に泣き顔になった。
「マリア、本気で心配してるのよ」
「大人気」
それを聞いてNSA・NY支局長は発作のようにスーツの内側からSIGP320を引き抜きマリア・ガーランドの顔に銃口を振り向けた。
「こうでもしなきゃあなたは反省しないの!?」
「無駄よ。精霊の加護で銃弾を弾き返すから、この狭い部屋では跳弾でむしろあなたが危険よ」
この女は、ああ言えばこう言うとマーサは困惑の表情を浮かべた。だが手練れの兵を多数率いて多くの悪人らと対峙するにはこれくらいのふてぶてしさが必要なのだろうと自信を省みた。
ハンドガンを腰のホルスターに戻しマーサは小さくため息をついて最後に一つマリーに頼んだ。
「ヴェロニカに発火能力の操り方を教えて頂戴」
マリーは発火能力が魔法じゃないと思い呪文詠唱の鍛錬では駄目だと気づいた。だが超爆攻撃魔法ですら操れているんだから、なんとかなるだろうと安請け合いし頷いた。
まるで他の部屋で盗聴をしていたように話しの切れ目で医務室のドアがノックされ扉が開くとルナが覗き込んだ。
「マーサ、もうよろしいでしょうか?」
問いかけられてマーサ・サブリングスは頷きマリーへ「自重してマリア」と告げ部屋を出て行った。それと入れ違いにルナと総務部長のリズが医務室に入ってきた。その顔ぶれにまた説教かとマリーは視線を逸らして眉間に皺を寄せた。
「マリア、聞きたいことが幾つかあります。ですがまずリズが大事な話を──」
そうルナが切りだしMGは顔をルナの斜め後ろにいる総務部長へ向け手加減してともいうように微笑んだ。
「社長、NBCが本日12時にライヴ放送でインタヴューを申し込んできています。断りたいところですが、パトリシアが探った情報ではNBC側は社長の衛星動画を入手しそれを公開するつもりです」
マリーは何の衛星画像だと怪訝な面もちになった。
「何? 私のプライベートな動画なら衛星画像でなくても幾らでも撮れるでしょうに?」
リズは気まずそうな表情になりマリーに問うた。
「社長、10代のときにレバノンのベカー高原に行かれましたか?」
マリーは顔を強ばらせた。
あれだ! テロリスト・キャンプを襲撃した作戦だと冷や水を浴びせられた。あの衛星画像なんてどこから入手したのか!? ロシアだろうか? ペンタゴンのはずはない。16の私がシールズに従軍していたと公表されれば国防総省は叩かれる。
「16歳の時にシールズの一員としてベカー高原のテロリスト・キャンプを襲撃したわ」
その告白にルナは僅かに眼を細めリズはあからさまに驚きの表情になって問い返した。
「ほんとに!? 16歳で!? 信じられない。だとしたらその動画の公開をなんとしても阻止しなければ貴女は世間から叩かれることになります。インタヴューを断るのは得策ではないでしょう」
マリア・ガーランドは俯くとリズに頼んだ。
「インタヴューを受ける方向で話しを通して。他には、ルナ?」
マリーが話しの先をルナに振ると彼女はもっとも知りたいことを真っ先に尋ねた。
「マリア、フォート・ブリスの陸軍を襲った怪物らがグラバスター系星から来たと言いましたね。その怪物らの移動宇宙船は? どうやって地球を知り、どうやって地球へ来たのですか? どこの星団から?」
ああ、ルナは危機感を抱いているのだとマリーは思った。この侵略が一度では終わらずさらなる襲撃に備えなければと考えているのだ。
「80光年離れたグラバスター系星よ。移動手段は異空通路と同種の手法。でも怪物らが攻めて来ることはもうないわ。奴らの巣にいた女王を核爆弾で吹き飛ばしたから」
「どうしてそんなに遠くから地球へ攻めて来たの? マリアご存知なの?」
そんなこと知るわけがなかった。ただ言える事実は地球への侵略の索敵だった。威力偵察だったのだろうとマリーは元軍人の知識で思った。
「攻めて来た理由はわからない。だけどもう攻めて来られないからそんなことはどうでもいいわ」
ルナは一瞬思案顔になりマリーに説明した。
「攻めて来た理由を明確にしなければ、同種のことが起きる理由になります」
「当面は安全よ」
そうマリーが言うとルナが釘を刺した。
「当面? いつまで? 100年? 1年? 明日?」
マリーは苛立たしくなった。ただでさえ大変な一日だったのに、猜疑心に振り回されたくはなかった。今はもう心に余裕がないのが本音だ。
「ルナ、危険が起きるまでその事には触れないで────ところでジェスとマースは大人しくしている?」
マリーは勝手に戦場前線離脱した二人の事に話題を逸らした。
「え? あ、はい──反省させています。マースがあなたに話しがあるそうです。命令不随行に関してだそうです」
「後で弁明を聞くからと伝えといて。他に何もなければ今は一人にしておいて」
そう伝えマリア・ガーランドが視線落とすとルナは短くため息ついてリズを引き連れ医務室を後にした。
マリア・ガーランドは思った。
糞忌々しい日だった。
トレーニング・ルームのマットに互いに向き合って太ももに両手乗せて正座させられたジェシカ・ミラーとM-8マレーナ・スコルディーアの二人はふて腐れていた。
「やっぱりお前の言うこと聞くんじゃなかった。勝手に戦線離脱したと思われてんじゃん」
「いや、ジェス。NYに帰ったのは正しい。フォート・ブリスへ戻ってもルナと第一中隊は先にNYへ帰還していたので私たちは荒れ地で途方に暮れていただろう」
一々言うことが正しいように聞こえるが悪魔の囁きだと思った。ジェスはこの小娘がだんだんとわかってきた。耳をかすと事態がどんどん悪くなる手合いだと思った寸秒マースがまたとんでもないことを言いだした。
「そこで提案だジェス。名誉挽回のために奇策を取ろう」
ジェシカ・ミラーが半眼になりジャージ姿の小娘を睨んだ。
「マリーのために留置所に入れられたドロシア・ヘヴィサイドを急襲し身柄を奪い拘束し、どこかの倉庫で拷問責めにして隠し資産の全容をつかむんだ」
ほら、こいつはもっともらしくそそのかしてくる。銀髪のためだぁ!? 留置所の武器商人を奪い出すだぁ!? それって市警本部を襲撃してみろ。そんなことがルナに知れたらスターズ除籍どころじゃねぇ────NDCを懲戒解雇されちまう。
「やんねぇ。お前一人で行けばぁ」
つっけんどんにジェスがマースに言うと小娘がさらに言いくるめようとしてきた。
「隠し資産を見つけるどころじゃないぞジェス! 不法に入手した武器の山を持ち帰れば武器商人の罪はさらに重くなり重罪判決が下され捕縛したマリーの評価がうなぎ登りだ」
それを聞いていたジェスは冷ややかな視線でゴスロリ娘の言ったことを考えた。ドロシアの隠している武器を見つけ出したところで、結びつきを証明できなければ武器商人はしらを切るだけだろう。用心深いドロシアのことだ。武器との繋がりを簡単につかめさせるわけがない。
「いや、どうでもいい。お前一人でやれ。行け! 行ってこいよ! やってこいよ!」
マースは顎の先に人さし指を当てて小首傾げた。
「う────ん、一人だと荷が重い。是非とも君の協力が必要なんだよジェシカ・ミラー」
こいつ頭にうじでも湧いてるんじゃねぇのかとジェスは鼻すじに皺刻んで小鼻をひくつかせた。
協力する義理はねぇ!
「言っとくがマース、お前、データセンターで俺を殺そうとしたんだぞ。その詫びもなしにさらに奈落に引き摺りこもうってか!?」
ジェスは片膝立ててマースのジャージの胸ぐらをつかんだ。激しく揺さぶられた小娘がゆっくりと横へ顔を向けつられるようにジェスも横へ顔を向けた。
いつの間にかトレーニング・ルームに入ってきていたマリア・ガーランドが冷たい眼差しでじっと二人を見つめていた。
二人を叱責もせずトレーニング・ルームから出てきたマリア・ガーランドは浮かぬ顔で作戦指揮室へ向かうためエレベーター・ホールへ歩いた。
どいつもこいつもとは思わない。
それぞれが最善をつくし判断を下す。
人に、自分に、善かれと思って。
いけないのは不幸がごろごろと転がっていることだ。そこらかしこに転がっている。
それを拾って両手に持って私のところにやってくる。
どうすればいいのだと思った。
エレベーターの扉がゆっくりと開いてゆくと先客がいた。見知らぬ背の高い粋なスーツ姿の初老の男が乗っていた。
「下ですか?」
そうマリーが尋ねるとその鼻から顎にかけて白髪に被われた顔で笑みを浮かべた。
「奈落の底ということだろうか、マリア・ガーランド?」
マリーは怪訝な面もちになりエレベーターから一歩離れ半身になってゆっくりと右腕を腰の後ろに回した。
「あなた誰? 見かけないわ。今朝は社員は自宅待機と指示が出ているはずよ」
そう指摘すると初老の男は目を細めた。
「あぁ、ここの社員────ならな」
「誰なの? 答えなさい!」
そう問いながらマリア・ガーランドは腰の後ろに回した右手でホルスターのファイヴセヴンの銃握に指をかけた。
「マリア・ガーランドよ、これしきのことで根を上げるのか?」
初老の男に言われマリーは何のことだと思い半眼になり眉根を軽く寄せた。
「君はそのハンドガンに指をかけながら素手の私に向けていいものかと躊躇している」
マリーは僅かに力かけてクイックドロスターから拳銃を少し引き抜いた。
「かりに私を撃ったところでバイタルゾーンから外せばと考えたことが、安易なのかと迷い始めている」
「誰だお前は!!?」
銃口を振り向け鋭く怒鳴った生粋の戦闘鬼神へ真顔の男が押し殺した声で身分を名乗った。
「我は君に力を与えた──────絶対神だ」
トリジコンRMRタイプ2光学ダットサイトの光点に男の顔をとらえたMGは何の冗談だともう一度誰何した。
「貴様! 何ものだ!!!」