Part 25-1 The stray path of life 踏み外した道
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan, NY 08:12
08:12ニューヨーク州マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
爆轟のあと凄まじい熱風が下階段から吹き上げてきて10階フロアの階段口の床に伏せているマリア・ガーランドは眼を細めた。
「あいつ────ビルを壊すな!」
シルフィーがかなり下のフロアで爆炎魔法を放ったのだとマリーは鼻筋に皺を刻んで唇を引き締めた。
焼けるような熱風を避けて踊場の男らがアサルトライフル構え姿現した。それをマリーは次々に足をタップシュートで撃ち抜き倒し始めた。
それを手すりの陰から半身曝した男がすかさずスリー・バーストで威嚇射撃しその間隙にブロンドの長髪の女が倒れた男の肩をつかみ手すりの陰に引き摺り込んだ。
ブロンドの女はドロシア・ヘヴィサイドだった!
ならあれの捕縛の妨げになるのは残存する技量の劣る兵らではなく手すりの陰から一瞬だけ身を乗りだしバースト射撃した男だけだと最上段から身を隠すマリア・ガーランドは想定した。
あの踊場に駆け下りてコンバットナイフ片手に暴れたいと横向きに身に着けた胸の鞘の中味を強く意識して冷や水を被ったように青ざめた。
あの地獄に背を向けたのだ。
それを手繰り寄せどうするの!?
誰が相手だろうが生殺与奪を握るのはこの私だと知らしめる驕った気持ちは捨てさったのだ。
呼吸を抑え45度横に傾けたFN SCARーHのアッパーレシーバー・レイル45度オフセットアダプタに載せたトリジコンRMRタイプ2光学ダットサイトの光学照準器視野に意識を集中し手すりの陰からアサルトライフルに続き出てきた手を狙いダブル・タップで小銃を撃ち跳ばした。
すぐにその手が倒れた男の脚を引っ張りアサルトライフルを奪い取るのがダットサイト越しに見えた。
炙り出してやる!
そうマリーは思い踊場の陰になっている手前の天井に銃口を向け親指でセレクターをフルオートにし引き金を絞り込んだ。
天井で跳弾した数十発の銃弾が踊場の陰に激しく降り注いだ。
その銃撃に階下の襲撃者らが喚き声をあげ階段を駆け下りる音が重なった。
その先にセシリー・ワイルドが待ち構え、その背後に長身のシルフィー・リッツアを目にして下りたことを後悔する時には2人があの武器商人を傷めつけているとマリーは思って立ち上がりバトル・ライフルのストック端を肩付けし手すり角に照準し構えながら階段を下り始めた。
踊場につま先を下ろしバレルを振り向け脅威がないことにトリガーから僅かに人さし指を浮かせ下段へと回り込んでゆく。脚撃たれ倒れ押さえ呻く男らの間に足を運び踊場から9階フロアへとFN SCARーHの銃口を振り下ろした。
刹那、8階よりも下層から単発の銃声が不規則に起こりセシリー・ワイルドが近接格闘に持ち込んだのだと知った。
すでに攻めに来た連中が立場を崩し敗走の徒に堕ちていた。
駆け上がって活路を開こうとする先人を切るのはあのドロシアに雇われている手練れの部下か、それとも女武器商人か!?
残党は4、5人か────とマリア・ガーランドが意識した直後、9階フロアに駆け上がりブロンドの長髪を広げ流し上層の踊場を振り向き見上げたドロシア・ヘヴィサイドが視線を合わせ眉間に皺刻み目尻を吊り上げた。
だが発砲する素振りも見せず9階フロアの通路に一年近い宿敵は踵返し駆け込み、下層からまだ散発的な銃声が聞こえセシリー・ワイルドをドロシアの部下が手こずらせていると考えながらマリア・ガーランドは9階フロアへと下り立った。
武器商人を追い詰めきるのは目前だとばかりにマリア・ガーランドはバトル・ライフルを揺らさないように小走りで通路を進んでゆく。
1つ目のブロンズ硝子ドアをつま先で押し広げ家電部門の事務所の1つへと銃口を素早く振り抜き標的を探った。
並ぶ幾列もの机とファイルキャビネットのどこにも待ち構えた罠も、動く敵もダットサイトの先におらずマリーは周囲の音に気を配り後退さると踵で硝子ドアを押し開いた。
事務所内を完璧に確認したわけではない。
動くもの、違和感を感じさせるものを横目で探りながら、片眼で通路の先を確かめ外へと出る。
そうやって次の部屋、次のと追い立ててゆく都度に接近遭遇戦の確率が跳ね上がってゆくほどマリア・ガーランドは氷のように冷静になった。
最後3部屋残すのみとなり、マリーがブロンズ硝子ドアをつま先で押し開けた寸秒、袖壁の裏から踊り出た人物の振り下ろしてきた銃口を視野の隅で眼にするのとマリア・ガーランドがFN SCARーHのストックをそれに叩きつけ蹴り上げるのが同時だった。
フルオートの銃声が重なり押し開いたブロンズ硝子ドアが砕け飛び、マリア・ガーランドは瞬時に振り上げたバトル・ライフルのストックのバットプレートを相手の顔面に打ち込んだ。
鼻血を曳き仰け反ったドロシア・ヘヴィサイドが金髪の長髪を振り乱しアサルトライフルを引いて銃口を狭い間合いに入れようと急激に動いた。
マリーは1度素速く引いたバトル・ライフルをさらに打ち出し武器商人の細い顎に叩きつけ同時にマグプルのバーチカルグリップから放した左手の手刀でドロシアのアサルトライフルの短いバレルを外下に叩き下ろし、振り回したバトル・ライフルのレシーバーで相手の顳顬を痛撃した。
目眩に襲われているはずの女武器商人が咄嗟に取った行動はチェストリグに縦に付けた鞘からコンバットナイフを引き抜きその銀色の刃をマリア・ガーランドの喉元に振り抜いた。
それをマリーは首に回していたバトル・ライフルの負い革で受け弾き相手のプレートキャリアの下端を膝で蹴り上げた。
呻き腹を引いたドロシアの前に突き出た顔へマリア・ガーランドは思いっきり額をぶつけ相手が歯の数本を折り吐きだし仰け反るのを眼にしながら追いかけ相手の両脚の間に大きく踏み込みその鳩尾に左手の拳を打ち込んだ。
この私に近接格闘を挑んできたのが大きな誤りだとばかりに腹を折り顔を振り戻したドロシアの鼻目掛けマリア・ガーランドは後ろ脚の膝を凄まじい勢いで蹴り上げ鼻の軟骨が砕ける歪な音が2人の間に広がった。
よろめき後退さるドロシア・ヘヴィサイドがチェストリグのリングに提げた手榴弾を引き抜くのが見えていた。
この近接距離で爆破させたら精霊に護られる自分は無事でも女武器商人は即死だとマリア・ガーランドは左手で相手が手榴弾握る指の上から被せるように握りしめその右腕の上へ左脚を振り上げ膝裏でドロシアの腕を引っ掛けマリア・ガーランドは片足で床を蹴り上がり引っ掛けた相手の右腕を捻りながら体重をかけ一気に引き倒した。
頬から床に激突した女の背後に捻り回した手からレバーを飛ばさずにマリア・ガーランドは手榴弾を奪い取った。
「勝ったつもりか──マリア・ガーランドめ────」
横にした顔を床に押しつけられながらドロシア・ヘヴィサイドは呪いを吐くとマリア・ガーランドは短く鼻で笑った。
「ふん! 戦術核爆弾ならうちのものが解除した。お前が逃げ出せないようにこれから両脚の股関節を外す。楽しむがいい激痛なんてものじゃないからな!」
そう脅してマリア・ガーランドは女武器商人を跨ぎ自分の両脚でまずドロシアの右脚を絡め捻りながら背後にねじ上げた。女武器商人が暴れだした直後マリア・ガーランドは相手の腰に体重を乗せ一気に片足を捻り曲げた。
叫び声を上げ一瞬動かなくなったドロシア・ヘヴィサイドへマリア・ガーランドは押し殺した声で囁いて逆の足に両脚を絡め捻り始めた。
「ドロシアよ、刑務所で私を────呪うがいい」
そう言い捨てた直後一気に体重を乗せ関節を外し抜くと叫び声を上げた女武器商人は気を失い動かなくなった。
片膝を床に着き片腕で失神した女を仰向かせマリーは右手1つでチェストリグにぶら下がるセーフティー・ピンを外すと手榴弾のレバー付け根の横穴に差し込みピンの長い方を指で僅かに折り曲げ立ち上がると白目をむいている世界中の紛争地に死の商人として渡り歩いていた女を見下ろし呟いた。
「お前は────使い道を誤ったんだ」
マリーはその家電部門第9事務所を後にするとエレベーター・ホール際の階段口へと急いだ。
セシリー・ワイルドが女武器商人が雇っていた手練れの兵に負けるとは思わないがよもやということもあると思って脚をくり出していた。
1階フロアからシルフィーが駆けつけているはずだった。
先に彼女が加勢に入らずとも決着がついていることを望みマリア・ガーランドは階段を4段跳びで駆け下りた。
7階フロアと上の8階を繋ぐ階段踊場を回り込んだ刹那セシリー・ワイルドは振り上げた視線で8階階段開口部から下りて来ようとする武器商人の女と兵を眼にした。
躊躇も判断もなかった。
振り向けられるアサルトライフルの銃口の動線を見上げる氷のような灰色の三白眼で睨みながらセスは階段を左右にと急激にジグザグに駆け上がり追うように銃声が響き重なり跳弾が跳ね続いた。
前屈みで駆け上がるセスは右腕を背後に回し腰の後ろからダガー・ナイフを引き抜いた。
それを眼にした男の兵は弾薬切れしたアサルトライフルをフロアに投げ捨てその手で太腿の鞘から黒のコンバットナイフを引き抜いた。
それを眼にしたセスは男がハンドガンを選ばずナイフ引き抜いたことを内心誉め讃えた。火力は至近距離で必ずしも相手に銃口を振り向けることが可能を意味しない。間合いに手首捻り火線向けるのは意外と困難なのだ。
背後で引き攣った眼差しを向けるドロシア・ヘヴィサイドは踵返し階段を9階へと駆け上がった。
8階フロアへ回り込むように走り登りきったセスに合わせるようにロシア軍特殊部隊スペナツズ出身のマカール・エフィモヴィチ・クライネフはコンバット・ナイフ握る利き腕を躰の背後に隠しながら振り向いた。
ナイフ・ファインティングは間合いを読ませぬよう刃物を背後や逆手で腕に隠す。それは少しでも優位に立とうとする戦術だった。
だがそれは間合いを取られないことが優劣の最優先だとの固定観念に成り立つとセスは知っていた。
その最優先が揺らぐのは最速の切っ先。
セスは男の視線を三白眼で睨みながら隠している腕の方へ大きく踏み込み恐ろしい速さで利き腕の肩へ刃を振り抜いた。
その腕に下から交差するように男がコンバット・ナイフを突き出してきた。
セスは眼で追わなかったが男の視線が揺れ動いたのを見逃さなかった。下から突き出されてくる刃物握った腕の手首を左手の手刀で横へ弾き身を右へと逃がし男の正面になるとすかさず顎へバッティングし同時に男の肩にダガー・ナイフを食い込ませた。
顎への打撃に顔を仰け反らせた男は肩を刺されながらなおセスの腹目掛け蹴りを入れてきた。
こいつの近接格闘技は軍人のそれだとセスは咄嗟に左手で相手のコンバット・ブーツの踵をつかみ強引に上へと引き上げた。
バランスを崩し後ろに倒れ込んだ元スペナツズの男は躰を捻りつかまれた足を振り解こうと転がり一転した直後攻撃に反転しようと女の出方を見た瞬間、地雷を踏んだと思い込んだ。
ロシア特殊部隊スペナツズのマカール・エフィモヴィチ・クライネフの足元を跨いでセシリー・ワイルドがファイヴセヴンの銃口で男の眉間を狙っていた。
たとえこの女に足払いをかけたところでバランスを崩しながらも正確に顔を狙ってくる手合いだとマカールの数多の場数で鍛え抜いた勘が逃げ場のないことを警告していた。
脅し文句の一つもなく敵対した標的の私兵がバレンツ海の様な冷ややかな瞳でサイティングし素速くタップシュートした。
敵の少ないことに不満顔のシルフィー・リッツアはビル正面通り襲撃兵とエントランスの2兵を易々と倒しエレベーター横の階段を凄まじい身体能力で4段跳びで駆け上がっていた。
爆炎攻撃魔法で上のフロアにいた連中を容赦なく焼き焦がした後、階段上層の方から射撃音がこだましあの傭兵のリーダーがそこにいるのだと胸が高鳴った。
マリア・ガーランドが采配振るう悪人狩りはそれはそれで面白い。そしてハイエルフ・シルフィーは元いた世界より刺激溢れるこの世界が大好きだった。
朝から都市中枢の大企業ビルを堂々と襲撃してくるような頭のイかれた連中が多くいることに幸せを感じる。
その中には時折この世界の戦争請負人が混じっており戦闘経験値を底上げする絶好の機会を齎す。それは連日──魔族幹部と一騎打ちをしているような胸のすく思いを与えてくれると感じるようになった。
それをあの戦闘狂マリア・ガーランドに独り占めにさせるいわれはない。
あの闘争本能の塊のような女の鼻をあかせる機会は貴重なのだ。
去年の末、姉スオメタル・リッツアの創りし戦闘ホモンクルス──ベルセキアを倒せたのはマリア・ガーランドが身を挺して怪物の動きを止めてくれたせいだった。
思い出すとそれがあまりにも歯がゆく悔しい。
いつかこの戦溢れる世界であの女に意趣返しをしてみせることこそベルンフォートのハイエルフ族最高の魔族狩り戦士の矜持。
息も切らさず一気に7階フロアから上層へ繋がる階段踊場を柔軟なコンバット・ブーツの底を滑らせ曲がりきったハイエルフは見上げたフロアにセシリー・ワイルドが床の誰かにファイヴセヴンを向け今にもトリガーを引ききろうとする光景。
長髪のブロンドを真後ろに靡かせ飛び上がるように14段を二歩で駆け上ったシルフィー・リッツアが肩でサーベルタイガーの様な女に体当たりした刹那、仰向けに倒れている傭兵のリーダーの男の顔横の床に2発の跳弾が踊り狂い男の左耳が切れ飛んだ。
横に倒れたセシリー・ワイルドがシルフィーを睨み上げ腕を振り傭兵のリーダーの横顔に銃口を向けもう1度撃とうした寸秒、シルフィー・リッツアはその手首を踏みつけ怒鳴った。
"It's what Maria Garand hates the most!!!"
(:マリア・ガーランドが最も嫌うことだぞ!)