Part 25-2 Devastation 蹂躙─じゅうりん─
DFW(/Dallas Fort Worth International Airport) 2400 Aviation Dr. Dallas TX. 75261 01:57 Jul 14/
NDC HQ Chelsea Manhattan, NY 02:55
7月14日01:57 テキサス州ダラス・アヴィエーション・ドライブウェイ2400──ダラス・フォートワース国際空港/
02:55ニューヨーク州マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
M-8マレーナ・スコルディーアは照明減光された空港ロビーでジェシカ・ミラーと並んでベンチに腰掛けたままWiFiを通しインターネット経由で見ているNDC本社内のセキュリティ・カムの画像を見て、同時にジェスのモバイルフォンにデザリングし同じ画像を見せていた。
我が社のセキュリティAI──オウルは132階でパトリシア・クレウーザと8人のセキュリティが対応している人物をコード・ベルセキアと判断している。そしてベルセキアは現状マリア・ガーランドと近接格闘の戦闘を行っていた。
相変わらずの彼女の強引で合理的な攻撃は見入るべきものがありベルセキアとコード付く女の動きと共にライブラリーに保存し続け、同時に自動人形はベルセキアが放った爆炎が火焔放射器などの化学的効果なのかと演算し続けていた。
ベルセキアは戦闘装備品は身に付けておらず、なのにテルミット弾相当量の火力がサーモグラフの解析から判明していた。
これはマリアやシルフィー・リッツアが使う自然エネルギー操作の魔法なのかと仮想したが術式を唱えず魔法呪文詠唱なしで行える事実に火器と互角の即応性があるとマークした。
いきなりカム映像のフレームが跳んだようにベルセキアが27ヤードも立ち位置を移動しパトリシアの傍らに現れ特殊上級情報職員少女をつかみ人質にしマリアへ脅しかけた。
『この糞女め! 今からお前の大切にするパトリシアを喰らってやる!』
廊下の聴音に聞こえた糞女め──罵りである。劣勢の状況を否定するための虚勢で状況に変わりない。
パトリシアを喰らってやる──同族を食うのは野生種と変わりない。喰らう──マリアを脅し牽制しているのか。それとも養分摂取を目的に戦闘中に人食行為を行う利点とはなんだとMー8は目まぐるしく演算した。
マリアは交渉にでると87ポイントの確率でマースは仮想したが結果は先の画像フレームの跳びと同じくマリアがパトリシア・クレウーザの傍らに2.3ピコ秒出現し30ヤード余りの場所に少女を連れ現れた。
空間転移している!?
これは興味深いとマースは仮想した。マリアやハイエルフが時折作戦中に使う異空通路とは違う仕組みの特殊能力だとゴスロリの少女はタグを付け分類アーカイブした。
設計された能力しか発揮できないマキナと違い、人の能力は未知数で上限が見えない。
データ・センターで異世界の怪物と戦い人以上の戦闘力を持つ怪物に仮想したのは、この世界の主は人ではないという疑念。
なら我が主となろうと1度は人に見切りつけジェシカ・ミラーを抹殺しようとした。
だが仮想したのは我よりもマリア・ガーランドが上位であるというアーカイブの分析結果に立ち返り、世界の主となる仮想に足止めを掛けた。
マリア・ガーランド──次はどのような我知らぬ手段に出ると仮想した瞬間、また最高指揮官の姿が通路から消失した。
時間は相対的だ。
自分の時間を嵩上げするも、周囲の時間を低下させるも、結果として同じ効果を生む。
まだよく知りもしないユニバース・データ・ライブラリーの時間流の値に干渉し132階通路を次元空間から隔離し時間の流れを千フェムト秒分の1に減衰させた。
3フェムト秒の世界では光がコンマ1インチしか進めない。
恐ろしく緩慢なその世界でマリア・ガーランドは歩み始めると視野の前方が青の領域に偏移し側面から後方は赤方偏移しかかり薄く黄色に変色し、魚眼レンズで覗くように壁の内装を繋ぐ縦の目地が前方に軽く湾曲し前方が集中して見えた。
それに空気との摩擦熱が生みだす膨大な熱量にすぐに暑くなりマリーは熱エントロピーの変数値にも干渉し熱エネルギーを放射し始めた。
通路内の誰もが動きを止めたように見え、実体は恐ろしく遅い速度で動いている。
これを時空間操作の能力を持った暗殺者ザームエル・バルヒェットも目にしたのだろうかとマリーは考え否定した。
たった1度の接触で彼の記憶と能力限界を見た。あの男はもっと端的な能力しか持ち合わせていなかったのだとマリーは知っていた。
ならベルセキア──クラーラ・ヴァルタリはこの領域まで上がっては来れない。
その全身黒く小さな鱗に皮膚を変貌させた女に近づき右手で首をつかみ指を食い込ませ床から急激に引き上げた。
その少ない動作にも関わらずベルセキアは急激に体温を上げ水蒸気を放ち始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと、その怪物の顔が苦痛に歪み始める。
お前はパトリシア・クレウーザに手をかけた。
その罪は万死に価する。
それに多くの人々の命を日常の如く奪い続けてきた。
ベスの時と違い温情を与える気にもならない。
それでもマリア・ガーランドはクラーラ・ヴァルタリの意識に滑り込み過去を探った。
記憶にある限り家は幼少の頃から寒かった。
ストーブも暖炉もめったに火が入ることはない。
着込んだ片親である母親の生業は体を売ることだった。
陽が高いうちから男をベッドに引き込みトイレと風呂以外ではベッドから出ようともしない。食事はいつもクラーラの兄が母に脅されベッドへと運んだ。
兄妹で支え合う──そんな経験は有り得なかった。
少ない食事を兄はいつもクラーラから奪い盗った。
母から暴力を振るわれ、兄からも虐げられ、クラーラはこれが世界だと絶望した。
幼少の時、襲ってきた野良犬をつかんだ石で叩き殺した。それが連鎖の引き金となった。
ある日、食事を取り上げられたクラーラは兄の顔を手斧で殴りつけ、ベッドでぬくぬくと寝る母に包丁で襲いかかった。
世界を変えるのは暴力だと確信を抱いた。
だが狂信的な暴力主義者ではなかった。
ティーンになりギャングスタの一員となり狡知と喧嘩腕で上にのし上がった。
敵は愚かな民衆だと気づき打倒政権のために暴力の質が変化し始めた。
兵を鍛え上げマフィアも引き下がるような徒党になると国境を越え主義を植えつけるために過激路線を突っ走った。
弱肉強食が世の常。
力こそすべて。
手下に首相官邸を襲撃する指揮をしているクラーラ・ヴァルタリの右肩をつかみ振り向かせた。
さらにガイウス・カエサル・ゲルマニクスを目指すか。
声に愕然とした吊り上げられた女テロリストは苦悩の顔でマリア・ガーランドのラピスラズリの瞳を見下ろし首締め上げる右手首を両手でつかんだ。
「マリア──ガーランド────土足で踏み入るなぁ!!!」
叫聲を浴びせたベルセキアと化した女にマリーは眼を細め告げた。
「ほう、同じ位に嵩上げしたか」
クラーラ・ヴァルタリは土壇場でザームエル・バルヒェットの時空間操作の能力をより高見へとシフトさせ、マリア・ガーランドの設定した時間流に入り込んできた。
だがそれもつかの間、クラーラはいきなり口から泡を吹き顎元を掻き毟り始めた。
マリーはつかんでいた首を振り回しクラーラを床に放りだし、放置された女はなおも喉を押さえ背を丸め足掻き苦しんだ。
「この時間流は通常よりも恐ろしく速い。当然、吸い込む空気中の分子運動も相対的に大きく異なりまともに息できまい。肺が取り込めないのさ」
苦痛の表情で睨むように見上げてくるテロリストを蔑んでマリア・ガーランドは見下ろすとその手押さえる喉をバトル・ブーツの爪先で踏みつけた言い聞かせた。
「パトリシアに手を出したんだ。この私が赦すなどと甘くみたな」
クラーラ・ヴァルタリはいきなり喉を踏みつけていたマリア・ガーランドの足を振り払い跳び上がり退いた。その女は呼吸を止めていることにマリーは気づいた。
「体内の代謝系を組み替えて酸化物から酸素を手に? だがそれも長くは持つまい」
マリア・ガーランドに指摘されクラーラはあからさまに目を游がせ動揺を露わにした。
対処的な逃げには限界も見えていた。
この女テロリストがどの様に能力向上させようとも肉体的な上限がありそれがこいつの袋小路だとマリーは思った。
自由に動き回れぬようにエントロピー拡大を止めてしまおう。そうマリーは意識して莫大な変数値の目的のものを操作し熱エネルギーの拡散に制約を課した。
怪物の身となった女テロリストはすぐに体温が上がり始めたことに気づき徐々に広がる代謝異常に残り時間が少ないと悟ると、踵返し駆けだして廊下奥でP90を構えるセキュリティに襲いかかってプロテクトのない首を咬み千切ろうとした。
その皮膚に牙が食い込まず必死で数回噛みついた。
「無駄だクラーラ。お前と私以外の時間を完全近くに遅らせた。つまり干渉できないんだよ」
背後から言われクラーラはセキュリティから手を放し愕然となりその男を拳で殴りつけたが髪の毛一本揺れもしない事実にマリア・ガーランドへと怒りの形相で振り向いた。
「これがユニバースと同一になることを受け入れた私の力」
そう言い聞かせマリーは女テロリストが檻の中で暴れまくる猿に思えた。だが鉄格子は信じられないほど頑丈でどこにも出口はない。
この私を倒したとて改変した変数は元に戻らない。お前に仕組みは理解できない。
死が足音を響かせお前に忍び寄っている。
「お前の殺してきた人の無念をクラーラ・ヴァルタリ────受け入れろ」
そうマリアが言い放った刹那、狂戦士は駆け込んでマリア・ガーランドへ向かってきた。
「同じ時間流にいる貴様を喰らえば、取って代わりユニバースになるさ!」
そう言い放ち女テロリストは大きくマリア・ガーランドの間合いに踏み込んで膝を蹴り上げかかった。
その膝裏にマリーは片手を差し入れ腋に引き上げ支えている逆の足首に踵を掛け横へスライドさせバランスを崩した女テロリストの曲げた膝を抱き込み一気に身を乗り出し相手を後頭部から床に倒した。
寸秒、クラーラは躯を捻り左手を床に突いてマリーの方へ上半身を向けながら右手の人さし指から小指までを鋭い黒のダガーナイフに豹変させた。
その振り出したクラーラの利き腕の手首をマリーはつかみ床に押しつけ着け右脚を振り上げベルセキアの右腕を跨ぎ折り曲げた膝裏で右腕の自由奪い、左肩を引き上げ後ろを取ると首に回し込んだ右腕を曲げた左肘でロックし上半身を仰け反らせた。
斜めに首を締め上げられたクラーラは床を左の踵で蹴り込みバク転し近接格闘に卓越したマリーの背後を取ろうとした。
その跳び上がった女テロリストの肩をつかみマリーは倒れ込むように横へ引き落とした。
横様になったクラーラへマリーはバク転しその胴を跨ぎ両膝で自由を奪い側頭部へ握り合わせた両拳を打ち込んだ。
左手で打撃を防ごうとしたクラーラの手首をマリア・ガーランドはつかみ女テロリストの背後へ捻り上げた。
この女、なぜにここまで格闘慣れしているのだ!?
近接格闘なら十分に経験を積んでいる。それをこうも簡単に手玉に取る。
苛つき困惑しながらもクラーラ・ヴァルタリは両脚を空に急激に振り回し上半身を捻り逃れようとした。捻り上げられた左腕を脱臼しようとも、骨折してでも離れ間合いを取る必要があった。
躯が異様に熱くて集中力に欠き始めていた。
消耗戦になると不利だと経験が警告していた。
跳び離れ粉砕骨折した左腕を急激に再生させる。
この女社長──格闘慣れしているだけではない。
まだ太腿に着けた鞘からナイフを抜いていなかった。
斬り合いになれば有利に持ち込めるとクラーラは己を鼓舞した。ナイフ・ファイティングにはティーンの頃から精通していた。
得体の知れないこの女の能力には勝ち目なくとも、刃物を抜かせれば、形勢を逆転できる。
刃物は奪い取れば相手は無防備になり奪った我は王となる。
ナイフを取り上げる手法は幾つか心得があった。
「そう考えているの────か」
唇を吊り上げた女社長の表情にクラーラ・ヴァルタリは不安が爆発した。
クラーラはふと息をしていないことに気づいた。
目の前の両腕を下げた隙だらけの忌々しい女にクラーラ・ヴァルタリは顔を歪めた。
そうか。この女もテレパシストなのだ!
この格闘で負かされ続ける現実が仮想の空間なのか、とクラーラは逃げだす方法を喰らったルイゾン・バゼーヌの能力の記憶から狂ったように模索し始めた。
現実じゃない。
何がユニバースだ!
仮想の空間なら時間の有り様も思いのままなのだと女テロリストは理解した。
こいつはルイだけじゃなくパトリシア・クレウーザと同じペテン師なのだと思いながらクラーラはプラチナブロンドの女から離れようと後退さりしだした。
カラフルな極めて薄い多角形を多量に投げつけたパトリシアの攻撃を思いだし現実では有り得ないこんな夢想のどこまでもリアルな世界をどうやったら構築し溺れさせられるのかとクラーラ・ヴァルタリは混乱した。
喰らおうと決めた女を、廊下を、NDC本社ビル自体を発火能力で焼き払おうと顳顬に力込め意識を集中し生みだした爆炎が急激に広がり目の前を呑み込んで────────。
鉄製の潰れた円盤が付いた先端を床に着けそのバス停標識を右手に握りしめた仁王立ちのマリア・ガーランドが冷ややかなラピスラズリの半眼で見下ろすは、床に両膝着いて腕をだらしなく投げ出し頭垂れたベルセキアの遺伝子に改変された女テロリスト。
ミニミ機関銃を提げたパトリシア・クレウーザが歩いてきてぶつぶつと呟く女テロリストの前で立ち止まるとマリア・ガーランドが囁くように誉めた。
「上出来だわ──パトリシア」
ポニーテールの少女はマリアに問うた。
「これで良かったのですか、マリア?」
「我は──ノワールの申し子────諸悪の権化で────」
俯いたままクラーラ・ヴァルタリは吐露のように信条を口にしていた。
「ノワールだと? それがお前の暴力を崇拝する理由か」
マリア・ガーランドはクラーラにそう告げながら俯いて座り込んだ女テロリストの背姿を見つめ思った。
こいつには慈悲のかけようがなかった。
「なんて────善良なんだ」
マリアはため息のように言い聞かせそうして左手を伸ばし悪を標榜する女の後ろ髪の生え際で指を広げ襟首を鷲掴みにした。
「それを言い切れる理由を明かそう。私は純粋な戦闘アルゴリズム────戦神なんだよ。これからクラーラ・ヴァルタリ────お前を送り込む先には本物の暴力のカオスが待っている」
マリアはうなだれから顔を上げた女テロリストの襟首をつかみヴェルセキアの血を消し去ると片手で軽々と引き上げた。その半立ちのクラーラ・ヴァルタリは132階の通路が奥の方から崩壊してゆくのを困惑げに見つめその代わりに目前に広がる紫紺の渦が幾つも重なりあい暗い口を開きかかっていた。
「そこには私が囚われた兆────京、垓を遥かに超えた無限級の呪いがある────知るがいい────────ノワールなど童話に思える本物の暴力が何なのかを!」
マリア・ガーランドは言い放ち開けた異時空間の門へクラーラ・ヴァルタリを蹴り込んだ。
地面に転がり落ちた女テロリストは荒れ乾ききった地肌に顔をぶつけ滑り両手をついて頬を浮かせ砂を吐き捨て上半身を起こした。
クラーラが目の前に落ちていた2振りの黒とダマスカス鋼の刃物へ気づきとっさに手を伸ばし握りしめたのは保身の本能からだった。コンバットナイフをつかんだ刹那、途方もない罵声が永遠の雷轟の津波のように押し寄せ彼女を蹂躙した。
「何だ、この響きは────!?」
呟き顔を振り上げたクラーラ・ヴァルタリは握りしめたナイフを構え立ち上がるしか選択肢は残されていなかった。游がせたライトブラウンの虹彩に飛び込んできた男らの怒り駆られた顔、顔、凄まじき数の顔! どの男も目が据わり説得など耳も貸さない群れ!
地平を埋め尽くす途方もない数のシリア兵の男らが銃剣を構え押し寄せてきた。