Part 24-5 近接戦闘(CQB)
West 23rd.Street - 10th Ave. Manhattan NYC, 02:31 Jul 14/
NDC HQ Chelsea Manhattan, NY 02:46
7月14日02:31ニューヨーク州マンハッタン 10番アヴェニュー・西23番ストリート交差点/
7月14日02:46ニューヨーク州マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
気が急いていた。
油断した理由は様々。
西23番ストリートを10番街へ向かいドカッティ1098Sのタンクに顎が着きそうなほど前傾し時速65マイルで疾走して交差点に差し掛かったその時だった。
交差点左から長距離バスの巨体が現れた。
その後尾が出てくる左へとモーターバイクの左へ身体を落とし込みラインを左へと取った瞬間、フロントタイヤがマンホールの蓋の上を掠った。
一瞬で傾いた120/70ーZR17フロントタイヤがグリップを失い急激に前方が下がるスライドダウンという危険な状況になった。
だがヴィクトリア・ウエンズディの記憶と技巧をすべて受け継いでいたマリア・ガーランドは無意識に1000分の7ミリ秒で反応した。
フロントブレーキを人さし指1つで握りしめスリップし倒れてゆく前輪のディスクプレートを締め上げフロントタイヤを1000分の9秒間ロックさせグリップを取り戻しブレーキに掛けた指を浮かせカウンターステアを切りスロットルを急激に開いて右へパワースライドさせた。
ハイサイドのピンチを凌いだものの時速70マイルのドリフト状態で夜行バスの巨大な後輪が迫った。
急激に迫る大きなタイヤにマリーは巻き込まれると身構えたがヴィッキーはとんでもない経験と技術を会得していた。
左に倒れドリフトしてゆくドカッティ1098Sの太いリアタイヤが回転するバスのリアタイヤ・サイドウォールにぶつかる寸前、マリア・ガーランドはセパレート・ハンドルを強引に左へ僅かに切り同時にリアに加重しスロットルをさらに開いた。
ドリフト状態でフロントタイヤを浮かせた鉄馬はリアタイヤを長距離バスのリアタイヤ・サイドウォールにぶつけ上げたフロントタイヤをバスのボディ側面下部に乗せ一気にバス後部へと走り抜けた。
10番アヴェニューの6車線左から2番目のレーンで半ばスピン状態でテールスライドさせバスが走り去る方向へ向いたモーターバイクのスタンディング状態でマリーは眼を丸くして走り去る長距離バスのテールランプを見つめ、素早くローにシフトダウンしフロントブレーキを人さし指と中指で握りしめ両足をバックステップに乗せたまま後輪を空転させ一気に10番アヴェニュの進行方向とは逆向きにドカッティ1098Sを向けリアに加重した。
大して走らせないでNDC本社ビルがある西21番ストリートとの交差点が迫った。
交差点に停められた警察車輌のフラッシュライトが見えマリーは歩道際のバス停横にモーターバイクを停めエンジンを切った。
逆走してるのでこれ以上西21番ストリートとの交差点に近づくと確実に警察に止められ職質を受けるのが眼に見えていた。
それにモーターバイクを使わずともこの距離ならビル内の特定のフロアに異空通路で正確に移動できる。
「ベス────」
────どうした主様。
「ベルセキアを追い詰めていわよ」
────そうか。わかった。身体借りるぞ。
マリーは身構えた。インクルージョンのベスに身体を自由にさせたことは数回あるので違和感はない。ベルセキアを感知できる能力と戦闘力を鑑みたら1番ベターな方法だった。
マリーが身体制御を退いた寸秒、ベスは周囲を見まわした。瞬時に手足の筋力を18倍に増強する。
マリア・ガーランドはベスがNDC本社へと跳躍するのかと思った。ベスも異空通路を利用できるのにと観察してるとベスは歩道際のバス停のポールに近づくなりいきなりその時刻表の部分を蹴り上げ2インチの濃緑色の鉄製ポールを蹴り折りマリーは唖然となった。
「飛び道具は嫌いだ」
────ええ、わかった。
対魔獣戦闘兵器だったベスは腕力とスピードの権化なのをマリーは今にして思いだした。
ベスは5フィート余りのポール頂部を手繰り寄せバスのイラストが描かれた円形の鉄板を残しその下の長方形の系統と停留所番号の描かれた看板を引き千切りポールの中間を小脇に抱え超高層ビルのグラスシャトーへと振り向いた。
「主様よ、跳ぶとはこうやるんだ」
ベスがそう告げた直後、はち切れんばかりに両脚の筋肉が一瞬で極限まで強化されマリーの身体借りるベスは膝を折り姿勢を落とした。
アスファルトを陥没させ爆発するように跳び上がったベスはその瞬間、200階近い超高層のNDC本社ビルよりも高い空中にいた。
ベスは風景になにも抱かなかったが暗闇に輝く街の灯りが綺麗だとマリーは思った。
次の瞬間、暴風にプラチナブロンドのショートヘアを靡かせ一気にビル屋上のヘリポートに着地し鋼鉄のヘリポートを軋ませた。
「どうだ主様よ。爽快だろう」
確かに──とマリーは賛同した。
崩れくる氷山にクラーラ・ヴァルタリは身構え腰まで凍りついた躰庇おうと逃げ道を探した。
直後、瀑布のような雪崩に呑み込まれ蹂躙され、白い闇が呼吸を断った。
いいようにされてはいけない。
これは小娘の作り出す世界────幻覚なのだとクラーラ・ヴァルタリは己に言い聞かせようとした。
精神を潰されれば肉体も滅びるとポーランドで喰らったテレパス──ルイゾン・バゼーヌの記憶が教えていた。
強固なイメージを持ってパトリシア・クレウーザの力をはね退けるのだ。
押しつぶしてくる膨大な雪と氷に息ができない。
クラーラは白い闇の中で喉を掻きむしった。
ふと女テロリストは攻めてくる小娘と己の違いに思い至った。
パトリシア・クレウーザになく自分にあるもの。
能力強奪、絶対死領域、発火能力、時空跳躍力────。
一瞬で状況を覆す。
この仮想空間で発火能力を全開で引きだした。
凄まじい熱は寸秒で膨大な雪と氷を気化させ言い知れぬ圧迫感が瞬時になくなった。
どうだ小娘と遠方の少女を睨みつけたのと同時に数え切れぬ衝撃に意識を振り戻した。
撃ってくるミリタリーボールの徹甲弾を鱗状の皮膚正面で受けずに角度をもってすべて跳弾させる。
レーザーなどのビーム兵器ならこうはいかなかったが、もう銃器の銃弾は怖れるに足らなかった。
今ならブローニング50口径弾でも弾いてみせる。
兵士引き連れたパトリシア・クレウーザがFNHミニミ機関銃を、他の8名余りの兵士らがFNHーP90をフルオートで発砲し猛然と銃弾を浴びせてくる。
目や唇を守るのに振り上げた左腕1つで陰を作り庇い銃弾の雨に抗い踏みだす。
もうこいつらに正体はバレているとクラーラ・ヴァルタリは全身を制服警官から黒い総鱗に豹変させていた。
さあ、迫り来る死へ抗ってみせろ!
上げた左腕の陰でベルセキアと化した女テロリストは醜い笑みを浮かべていた。
弱肉強食の定め。
暴力はこれだから止められない。
思えば幼少の時に力の陶酔を覚えた。
親兄弟に刃向かい、ストリートのギャングスタに暴力の限りを尽くし、それが警察機構や軍、市民へと向かっていった。
力こそすべてであり、力なきものは滅べばいい。
慈愛や擁護なぞ糞喰らえだといつも思ってきた。
崩れてゆく世の中をもっと盛大に恐怖撒き散らし崩してやる。
爽快さだけがあればいい。
強靭な肉体と特殊な能力を得て今やその二歩手前まで来ていた。
20ヤードを切り間合いを詰めるとパトリシア・クレウーザはセキュリティらを退かせ始めた。
少女は右腕一つで機関銃を発砲しながら左手でチェストリグのリングから破砕手榴弾を次々に引き抜き連続して投擲し射撃を止め廊下に開いたドアの陰に隠れた。
連爆する手榴弾の数百の高速破片に曝されてもクラーラは怯まなかった。
数百の破片は弾き返し、突き刺さった数十のものは即座に体外へ押し出し傷口を再生させ続けた。
連爆で視野が霞んでそれでもなお女テロリストは進み続け開いたドアに近づき小娘の隠れるそのブロンズの強化ガラスを引き剥がそうと手を伸ばした。
そのドア下に立てかけられた電話帳サイズのそれを目にしてクラーラ・ヴァルタリは顔を強ばらせた。
FFV013フォードンスニィナ対装甲地雷!
目の前で起爆した対装甲地雷が千に近い鉄球を躱す余裕もなく全身に受けエレベーターホールへと飛ばされたクラーラ・ヴァルタリは即座に腕をついて上半身を起こし小賢しい娘が隠れる強化ガラス・ドアへ視線振り上げた。
砕け散ったガラス扉の後ろ出入口に座り込んだパトリシア・クレウーザは気も失わずにミニミMk3機関銃を構えていた。
"Tule, ammu────"
(:さあ、撃てよ──)
母国のフィンランド語で呟きながらボロボロになった女テロリストは立ち上がると足を一歩踏み出し怪訝な面もちになった。
パトリシアは銃口を向けているのに1発も撃ってこない。
理由を12も思いつき、クラーラは半身振り向きエレベーターホールを確認しようとした。
対装甲地雷直爆の衝撃よりも凄まじい痛打に女テロリストは通路の天井際の壁上に打ち上げられ壁に血筋を曳きながら床に滑り落ちた。
目眩に朧気に見えたのは鉄パイプのようなものを両腕で振り切ったマリア・ガーランドの蔑んだ双眼だった。
即座に近接戦闘に備え両脚を振り上げ反動で跳び立とうとしたクラーラ・ヴァルタリは刹那目で追えないほどの速さでステップ踏み換え一転したマリア・ガーランドの繰りだした鉄パイプで壁に叩きつけられた。
ざっくりと側頭部の頭蓋骨が抉られていた。
あまりもの速さに湾曲して見えたパイプでなくその先端に付いた円盤状の薄い側面で戦斧で殴るように傷めつけられていた。
この糞女がぁ!!!
流し目で睨みつけ女テロリストは立ち上がろうと片腕を床について顔を女社長へと振り向けた。その瞬時にマリア・ガーランドはまた勢いつけ身体回転させ5フィートはある鉄パイプを振り回し鞭のようにしならせてクラーラ・ヴァルタリの顔面に薄い鉄板を食い込ませベルセキアは後頭部を壁に激突させた。
「まがい物め────我が正真の対魔物極限兵器狂戦士だ」
対魔物極限兵器!?
狂戦士!?
こいつは何を言っているのだ!?
言い捨てられクラーラは頭痛に蹂躙される頭でベルセキアという単語を知っていると考え躰中にアドレナリンが駆け巡るのを感じた。
なんだ!? この高揚感は!?
まがい物!?
マリア・ガーランドが振り回した鉄パイプを湾曲させ残像を曳きながら叩き落としてくるのが見えていた。
急激に蘇生する左側頭部にねじ曲がった薄板が轟音を放ち激突し完全に頭蓋骨に穴が開いて床に顔を叩きつけられうつ伏せに倒れた。
ああ、こいつは本気で我を殺しにきている。
右頬をリノリュームの床に貼りつけそう考えたクラーラは頭上で振り回される鉄パイプの生みだす唸りを耳にしてさらに側頭部に鉄板が食い込んだ。
数多く踏んだ場数で窮地の抜け出し方が反射神経のように身についていた。
急激に両脚を振り回し傍に立つマリア・ガーランドの足にぶつけ滑らせ倒せなくともこちらが立ち上がる余裕を生みだす。
ブレイクダンスのように開脚し急激に回転させる両足越しにクラーラが横目で見たのは空中で一回転前転し鉄パイプを爆速で振り下ろしてくる女。
後頭部にパイプ先の潰れかかった鉄板を打ち込まれクラーラ・ヴァルタリは顔面を血だまりにぶつけ再びうつ伏せになり手足を痙攣させた。
死が目の前に迫りクラーラ・ヴァルタリはそれを跳ねつけた。
2人の間合いに急激に火球が膨れ上がり、マリア・ガーランドは素早く跳び退いた。
爆炎の陰で立ち上がった女テロリストは放った発火能力の力を打ち消し思った。
焼き殺すことはない。
された分をこの手で返す必要があった。それをプライドが要求していた。
暴力がどんなものか思い知らさせるのが1つ。
急激な再生の連続で躰が血肉を欲しているのが1つ。
ノワールの旋律を意識のすみに感じながらクラーラ・ヴァルタリは10ヤードの間合い先でパイプ先端の円形が崩れた鉄板を床ギリギリに下げ小脇に構えるマリア・ガーランドを喰らうために駆けだした。
目の前でライダースーツのような黒いジャンプスーツに身を包んだ女兵器が得物を爆速で打ちだしてくるのが直後、ブレて見えなくなった。