Part 24-2 Phenomenal 驚天動地
★Part 24-2 Phenomenal 驚天動地
33th Street Queens NYC. NY 02:16 Jul 14
7月14日02:16ニューヨーク州ニューヨーク州クイーンズ33番ストリート
扇型の横長のデジタルメーターがバックライトに照らされ『RACI』に続いて『EVO』と表示されマリア・ガーランドは混乱に拍車を掛けた。
ルナの知識にあったのはスペックばかりで肝心の操作方法は皆無だった。マリア・ガーランドは跨がったモーターサイクルをどう扱ってよいのか助けを求めるようにメキシコのフォート・ブリス上空にいるヴィクトリア・ウエンズディの意識にコンタクトをとった。
ヴィッキー! 貴女バイクに乗れるの!?
────チーフ、あぁ!? こっちは怪物らの航空機を索敵中で。
それはわかってる! モーターサイクルに乗れるの!?
────ああ、乗れるよ。
その言葉を期待したのだ。刹那、マリア・ガーランドは1870マイル余り離れたスターズ・ナンバー・ワンのパイロットにレベル5でシンクロし、後ろから頭を殴られた様な衝撃を感じ、濁流の様に恐ろしい量の知識や経験が流れ込み始めた。
それも数秒、動体視力と反射神経の塊のような女のすべてを受け継ぎマリーは自分が跨がっているのがイタリアンのドカッティ1098Sの改造車だと生まれて初めて知り鳥肌立った。
ベルセキアを追い立てるのに他の手段を模索する余裕はなかった。
行くしかない!
乾式多板油圧式クラッチを切り、シフトをローに落としスロットルを多めに回し回転計を5千まで上げておいてテスタストレッタL型ツイン1リットルの脈動を身体中で感じ躊躇なく一気にクラッチ・レバーを放した。
後輪を激しく空転させフロントカウルが急激にせり上がってくるのを見ながらニーグリップを利かせ腋を締めリアを蛇行させてタンクに顎が着きそうなほど前傾になりフロントを押さえ込みながら前方に急激に加速する。
160馬力以上のメカニカル・ノイズと排気音が吼え恐ろしい勢いで空気が押し寄せてくる。
ヴィッキーはこれを軽く脚で走る感覚で操ることにマリーは呆れ返った。まるでセキュリティらが銃器をペンを操る感覚でいるのと変わらない。
瞬き一回で35番アヴェニューとの交差点が迫りそれでもウィリーした状態で2速にかき上げ後輪のみでバンクさせ左膝を開いて腰を落とし込み身体を左に入れながらに西へ曲がりきらずに交差点の北側の歩道へ乗り上げ建築物の入り隅に後輪を引っ掛けエマニュエルカリスマ教会の前を猛速で突っ切った。
ライトの照らし出す周囲の暗がりが数千の矢のように迫り身体を突き抜けてゆく。
マリーは激しく流れる光景にヴィッキーの視力処理が通常と異なることにすぐに気づいた。KVA動体視力と深視力が抜きん出て優れておりマリーはその恩恵を受けてなお神経処理が追いつかず路駐車が打ちつけられるテニス球よりも速く見える。
3速にシフトアップし前輪が接地した刹那、路駐車の開いた間合いから車道に返り咲き1度左にテールを振ってほぼ直進に入った。
路面の接地抵抗の低さに振り回す都度お釣りがくる。
スクリーンに触れそうなほどの前傾姿勢で見上げるのは辛かったが視界の上辺に闇夜に飛び上がるベルセキアの後ろ姿が見えさらにスロットルを捻った。
周囲を駆け抜ける光景から時速60マイルを越えているのがヴィッキーの経験から直感的に判別できた。
この深夜の時間帯から他の走行車や歩行人がいないことが幸いしていた。1度でも交差点で出会ったら一瞬でアウトだ。
夜の暗く狭い裏通りでまるでトンネルを駆け抜けるような威圧感でもヴィッキーの動体視力処理は完璧だった。コンマ1秒に満たない一瞬に見える舗装のシミ──マンホールに暴れる後輪を完璧に制御する。
6度目の跳躍で200ヤード上空に跳び上がったクラーラ・ヴァルタリは怖気を感じて弧を描く空中で半身振り向いて威圧感の原因を探った。
風唸る背後の空中には何もなかった。
見下ろした街並みの街灯の明かり連なる中に矢のように追い上げてくる狭いヘッドライトの明かりがあった。
あれか!?
マリア・ガーランドがモーターバイクで追いすがっているのかと目にしたものを否定しかかった。あんな暗く狭い裏通りをライトの照らしだす小さな範囲しか見えぬ状況で猛速で走り抜けられるはずがない。
低層のビル屋上に飛び下りたクラーラは一瞬ステップを踏み換え南へと跳躍し半身振り向いて交差点を見つめた。
モーターバイクが減速しそれでも速すぎるスピードで交差点をテールを振りながら曲がり路駐車に掠りそうなほど膨らみ加速に入った。街灯の明かりに見えたその一瞬、赤いモーターバイクに黒いジャンプスーツのライダーが見えた。
マリア・ガーランドだ! 間違いない!
見上げた一瞬、跳び逃げるベルセキアが交差点近くの低いビル屋上から南へと向き変え大きく跳躍した。
マリーは交差点に向け右グリップを人さし指と親指だけで操り急激にシフトダウンし中指から小指でブレーキ・レヴァーを真綿締めるように握りしめフロント・フォークをフルダイヴさせ、浮き上がりかかる後輪のグリップ・ギリギリでリアブレーキをつま先で操った。
キャスターの立った状態で一気に左へドカッティ1098Sを引き込み交差点を左へ旋回しスロットルを開いた。
吹き上がる排気の爆轟を感じながらフロントを持ち上げバンクした後輪を滑らせながら路駐車を掠りそうなギリギリでハンドル・バーエンドぎりぎりで直線加速に入りシフトアップしさらにスロットルを回した。
見上げた上空に飛び上がり半身振り向き見下ろすベルセキアがあった。
気づいたなら死に物狂いで逃げ始める。
気をゆるすと加速のたびに持ち上がってくるフロントに体重をかけガソリンタンクを抱き込む。160馬力以上の力を小さすぎる車体で爆発させて追い立てた。大勾配のゲレンデを2枚の板を操りシュプールを描き滑降しているようだとマリーは思った。
ヴィクトリア・ウエンズディは鉄壁な操縦で鉄馬をランディングできた。それを忠実にトレースする。加減速のたびに左右に踊り狂う液晶デジタルのゲージが爆音とアンサンブルする。
28番ストリートを駆け下りながら、空を逃げるベルセキアを追い立てる。狭い通りを疾走する速度が時速100マイルを越えていると受け継いだ能力が知らせてくる。
いきなりクイーンズ大通り角のビル屋上からベルセキアが59番ストリート橋の方へ向きを変え跳躍したのが一瞬、見えた。
交差するクイーンズボロ・ブリッジ・グリーンウェイが急激に迫り交差する一車線の道路に間合いをあけ左から右へ抜ける乗用車やトラックが数回見えマリーはドカッティ1098Sに急制動をかけ時速40マイルまで速度を落とし横切る乗用車の鼻面際を抜け横断歩道を走り抜け三車線のエド・コック・クイーンズボロ橋ローワー・ロードウェイへと腰を右に落とし右膝をアスファルトに擦りながら車体を倒し走ってきた乗用車の前へ強引割り込み曲がりきった。
マリーはお越しきらないモーターバイクのスロットルを開きまたしてもウィリーした状態で後輪だけでステアし前を走る乗用車のミラーに肘をぶつけさらに前を走る隣の車を躱すために激しく左へ体重移動し鉄馬を引き込んで蛇行し抜き去るとさらに前行くミニバンを躱すために右へ身体を振って右へドカッティを引き摺り込んでミニバンを追い抜いた。
その先の車両はジグザグにずれて三車線を走っておりマリーは両脇を絞めて1098Sを蛇行させながら次々に追い抜いてゆく。
ベルセキアが並走する鉄道橋を跳躍しマンハッタンへ向かう後ろ姿が左の空中に見えた。
追いつきかけた矢先に二車線になり乗用車を追い抜くのが難しくなった。だが深夜で交通量は少なく蛇行して次々に追い抜いてゆく。
頭上を走っていた鉄道橋は右へ逸れ橋の北側を走る。すぐに連続して頭上を鋼鉄の構造材が並ぶようになりそれが続けざまに後方へ流れ頭上を確認できなくなった。さらに河に近づくとループから回り込んできた車道が頭上を走り構造材の間を塞がれまったく上空を確認できないことにマリーは苛立った。
だがベルセキアは間違いなくマンハッタンを目指してイースト河を渡っているとマリーは確信し他の走行車を抜き続けた。ここまで逃げてきてクイーンズに舞い戻るとは考えにくい。
河上の橋になると二車線の幅がさらに狭まり段々と乗用車を追い抜けなる。それでもマリーは左右の乗用車の速度差を利用し抜き続けた。
問題はマンハッタン島に渡りベルセキアがどの方角に向かうかだった。
数分でイースト河を渡りきり頭上の車道を避けるようにマリーの走る道は側道にバイパスされるところまで来てモーターバイクを歩道際に止め胸の中のベスに問いかけた。
ベス、お前のまがいものの行く先はわかる!?
────主様よ、擬きをずっと感じている。
橋を出てマンハッタン島のアッパー・イースト・サイドの地区は高層ビルもなくまだ跳躍するベルセキアを見つけだすことは難しくなかった。
だがビルが数多くあるそれより南のセントラルパーク南端エリア──ミッドタウンに入り込まれると追うことができなくなる。
────奴は南西へと向かっている。距離はおおよそ600ヤード。
マリーはスロットルを捻り乾式多盤クラッチを切りギアをローに落とすと勢いよくクラッチをミートした。極太のリアタイヤが短く空転し白煙を上げドカッティ1098Sはフル加速に入った。
アッパー・イースト・サイドは大部分が居住区で小規模な店舗はあるが殆どが低い住宅だった。この辺りはマンハッタンとはいえ深夜帯になると車は少ない。だがミッドタウンに近づくにつれ車両は確実に増えてくるのでクイーンズみたく飛ばせなかった。
マリーは建物上空に頻繁に視線を向け人通りのない裏通りを時速30マイルでモーターバイクを流した。その上げた視線の先──200ヤード余り先の上空を一瞬何かが横切った。
ベス、お前のまがいものとの距離は!?
────主様よ、おおよそ250ヤード。正面から右手に移動している。
マリーはタンク下のニーグリップを利かせ眼を細めより前傾になるとスロットルを急激に開いた。2気筒のピストンが急激に送り込まれた燃料と多量の空気に爆轟を放ちフロントを持ち上げたドカッティ1098Sは狂おしいばかりに後輪を左右に暴れさせ恐ろしい加速に返り咲いた。
ウエスト54番ストリートを西へ疾走し近代美術館の正面玄関先をコンマ6秒の猛速でパスする。
ビルに挟まれた上空の視野は迫る前方ほどに狭く跳躍するベルセキアの姿を見いだせなかった。
ベス! 擬きを追えているの!?
────大丈夫だ主様。真後ろをとらえている。その先の大通りを──南へと転進した。
マリーは鉄馬を駆りながら気づいたことに動揺した。
この先の大通りといえば6番アヴェニュー。その通りは北へ向かう一方通行だ!
見えてきた交差点先の左右に吊り下げられた信号機が赤く点灯しているのを承知でにマリーはドカッティを左に倒し込み5車線の大通りへと膝を路面に擦りながら時速30マイルで一気に曲がり正面に見えた対向車のヘッドライトに気づきテールスライドさせ一気にラインを左に取って向かって来る大型セダンのバンパー先を20インチで躱し、その斜め後ろから走ってくるSUVがパッシングしながらホーンをけたたましく鳴らし迫るのを一気にモーターバイクの車体右に体重移動し右へ急激に旋回させたドカッティの後輪がその車のバンパー下を抉り一瞬の差で通り抜けた。
こんな夜更けになぜこんなにも車が走っているのだとマリーは怒りにかられ何度もS字を描くように嫌がらせのごとく走ってくる対向車を躱し時速50マイルにペースアップした。
ベルセキアを探し上空を見上げている余裕はまったくなかった。
一瞬でも気を抜いた瞬間、対向車と正面衝突する!
ベルセキアはチェルシーへ向かっている気がしてならなかった。
NDC本社ビルへ何をしに向かっているのだ!?
油断した瞬間、躱すのに遅れたそのピックアップのドライバーがよりにもよってマリア・ガーランドのステアした方へハンドルを切った。
マンハッタンの街並みに沿ってクラーラ・ヴァルタリは跳躍を続けていた。
車の流れに逆らい南西に向かう。
執拗なマリア・ガーランドを食い止めるには脅しをかける必要があった。
NDCの本社ビルへと先にたどり着き、人質を取るというアイデアに女テロリストはとり憑かれていた。
パトリシア・クレウーザを人質にすれば、マリア・ガーランドはおいそれと手出しできなくなるだろう。逆手に取ってあの女を殺すこともできる。
殺せばあの得体の知れぬ女社長を喰らいその能力を根こそぎ奪うことも可能だった。
クラッシュする轟音を眼下の通りで耳にしてクラーラ・ヴァルタリは跳躍しなが空中で半身振り向いた。
大通り後方で何台もの乗用車がぶつかり始めていた。その混迷の渦中に狭いヘッドライトが見えモーターバイクだとクラーラは気づいた。
抜け出して来いマリア・ガーランド!
お前を喰らわせろ!
いきなり前方へと現れたモーターバイクに急ハンドルを切ったピックアップは隣の車線を走っていたハッチバックの左フェンダーに激突し真横を向いていきなり横方向へタイヤのグリップが戻るとハイサイド状態で横様に空中に舞い上がった。
「くそっ!」
その空中で横様に回転する白のピックアップ・トラックを見つめながらマリア・ガーランドは悪態をついて右つま先を強く踏み下ろしリアホイールのブレンボ製キャリパーを鋳鉄のディスクプレートへ食い込ませた。
一気に左へテールスライドさせ60度向きを変えたドカッティ1098Sのフロント・タイヤをカウンターステアさせ接地した右ステップから派手に火花撒き散らし回転しながら落ちてくる車体の下へマリア・ガーランドは鉄馬を導いた。
空中で切ったピックアップのマッドタイヤがマリア・ガーランドの左肩をはげしく打ちつけた。